02-3



パパさんとの交渉内容を洗いざらい吐かされました。
シュザンヌ様の前では交渉なんて言葉は存在しないようです。

「………………」

「………………」

「そう……あの子は私が産んだ子ではなかったのね」

ふぅ、とため息をついてカップに口をつけるシュザンヌ様。
その所作はとても優雅で、見ているこちらも思わず感嘆の息を漏らしたくなるほどだ。
まぁ今は床に正座したくなるような心境なので、出そうになっているのは感嘆の息ではなく恐怖の涙なのだが。

「貴方がルークを生かそうとしてくれているのは解りました。礼を言います」

「あ、いえ…私もルーク様に助けられましたから…」

「貴方は預言に詠まれていないからこそ、ルークが希望の光になると言いましたね。そこは私も解りました。では、貴方はルークにどうなって欲しいのかしら?」

「は。ルーク様にはしかるべき教育を受けていただき、キムラスカの政治に参加していただければと愚考しております」

「何故?」

「世界の滅びを避けるには預言からの脱却は必須です。
しかし聞けば現在のキムラスカの政治は7割は預言頼りとか…なので預言に染まっていないルーク様に、預言に頼らない政治へと方向転換を行っていただくのです。

即ち自分で考え、決めなければならないということ。
預言に頼っていたものたちでは難しいでしょうが…ルーク様ならば可能な筈です」

「今までろくに教育を行っていなかった分、ルークはまだ矯正が可能、ということね。
そうして教育を施したルークは血筋や王色を持つという点から、議会に食い込むのも容易い。
そのうえで政治上の重要な人物になればレプリカであろうと早々に排斥ができなくなる…。

確かに、キムラスカに益を齎しルークの地位をゆるぎないものにするには、預言離れの舞台というのはうってつけのようね」

にっこりと微笑むシュザンヌ様、素敵です。
隣に座っている筈のパパさんが小さく見えるのはきっと気のせいではない。

「しかし預言に染まらない政治力など、誰があの子に教えるというのかしら」

「そこは僭越ながら私が協力させていただこうかと」

「貴方が?貴方は帝王学を習得していると?」

「帝王学は知りません。しかしながら専攻していたわけではないものの、経済と政治の基礎は12年に渡り学んできました」

その言葉にパパさんは驚き、シュザンヌ様は少しだけ目を丸くする。
小学校で社会を習い、中高学校で政治経済を学び、専門学校でも叩き込まれたんだからそれくらいにはなるはずだ。
しかしそんなに意外ですかね。あ、今小さくなってるんだから当たり前か。

シュザンヌ様の目がすぅ、と細められる。
恐らく信じていないのだろう。

なので一か八かで、私は事実を話すことにした。
最早交渉ではない。当たって砕けろである。

「……今はこのような姿をしてはいますが、屋敷に来る前は24歳でした。
学校自体は7歳から通っており、その後中等学校(中学校)・高等学校(高校)・専門学校を経て22歳まで勉学に励みました。

それと実家が商いをしておりましたので、15歳からその手伝いをしていました。
その後家業を相続し、規模は比べ物になりませんが人を従えた経験もございます。
商いと政治は勝手が違うでしょうが、決定したことに責任をとるという点は変わりません。

以上の点から、微力ではありますがお力添えにはなれるかと」

私の答えにシュザンヌ様は細めた筈の目をぱちくりとさせていた。
パパさんなんかは口をあんぐりと開けてこちらを見ている。
……何となく、器の差というのを見せ付けられた気がした。

「……何故貴方は小さくなってしまったのかしら?」

「それに関しては全く持って解りません」

「家業はどのようなものを?」

「服飾です。女性用の衣服などのオリジナルブランドを展開しておりました」

「どんなものかしら?是非見てみたいわ」

「オールドラントには存在しないので、お見せできません。
それに関しては私が預言を知らぬことと、こちらの結果を見て信じていただくほかございません」

私が暴露した事実にかっくん、と顎を外しているパパさんを横目に先程渡された資料を入れた封筒をシュザンヌ様に渡す。
シュザンヌ様はそれを熟読した後、笑みをたたえたまま私を見た。

「つまり貴方は異世界からやってきたと、そう言いたいのかしら?」

「そうなります」

「そこで得た知識がキムラスカで通用すると?」

「貧富の差はあれどオールドラントより遥かに文明の進んだ世界でした。必ずやルーク様の糧となるでしょう」

ソファに座り、膝の上で手を重ねている私をじっと見つめているシュザンヌ様。
その目は確実に私を品定めしているもので、煩いくらいに心臓が早鐘を鳴らしている。

「……では一つ私からお願いがあるのだけれど、聞いてくれるかしら?」

「……なんでしょうか」

「ルークの指導の他にファブレブランドを展開していただきたいの。昔からの夢だったのよ」

そう言ってにっこりと微笑むシュザンヌ様。
言葉の意味を理解するのを一瞬脳味噌が拒否し、理解した途端ひくりと私の頬が引きつるのが解った。

話が壮大すぎて裏が読めない…!

しかし突然持ち上がった話についていけなかったのは私だけではなかったらしい。
ようやく現実に帰ってきたらしいパパさんがハッとしてシュザンヌ様を見た。

「シュ、シュザンヌ…それはどういう意味だ?」

「私が女の子が欲しかったのは、あなたも知っているでしょう?
ですが私はこのように病弱の身、最早もう一人子供を望むことは叶いません。
だからせめて、可愛らしいドレスを作ってみたいと常々思っていたのよ。
ねぇあなた、素敵じゃありませんこと?」

「そ、れは……メイドにでも着せればよいのではないか?」

えーと…つまり、私の話の真実を見極め、手腕を見るのと同時に自分の欲望も叶えてしまおう、ということだろうか。

「あの、私の会社は手作業によるドレスの縫製は行っておらず、私自身はデザインを起こすことはあれど指示を出す側だったのですが…」

「それで構わないわ。要はファブレという名のブランドを起こせれば良いの。
その上で私の好みを取り入れて欲しいのよ」

にこにこにこにこ。
その顔は腹のそこを探らせない為政者の顔にも見えるし、純粋にお店屋さんに期待してる幼い少女のようにも見える。
しかもさりげなくパパさんの意見はスルーしてるし。

…………は、腹の底が読めん。

「しかしだな、この娘は何の身分も持たないメイドで…」

「楽しそうじゃありませんこと?」

「シュザンヌ…」

「ねぇあなた、私の珍しい我侭です。聞いてくださいな」

珍しい我侭って…自分で言う人初めて見た。
心中で呆然としている私を横に置き、パパさんはびくんっと肩を跳ねさせる。
シュザンヌ様を見つめているが、顔色が少し悪いように見えるのは気のせいだろうか。

「い、今は幼い少女だ…あまり多忙にさせるのは…」

「そうね。それは一理ありますわ。カナコさんと言ったわね、どうかしら?」

「え!?あ、はい…そう、ですね……ルーク様のお世話を他のメイドとローテーションを組ませていただき、且つ私も勉学に励む時間をいただければ、何とかなると思います」

「貴方は基礎を学んできたのでしょう?何を学ぶというのかしら」

「こちらに存在する布地の種類の把握し、加工の行程を学び、同時に物価や物流の調査、そして流行や傾向などを調べさせていただきたいのです」

多分合成繊維なんて存在しないだろうし。
心の中でそう付け加えて言えば、シュザンヌ様は満足そうに頷いていた。
あぁ、試されてる…。

結局この後もシュザンヌ様の笑顔の質問に応える作業に没頭し、午前零時を過ぎる頃になってようやく解放されるのだった。










「……何かつかれてるみたいだけど大丈夫か?」

「申し訳ございません…昨晩少し奥様とお話をしておりまして」

「母上と?そういえば父上もきのうは母上と話してたって言ってたな…あ、そういえば母上が今日カナに会いたいって言ってたぜ」

「え゛!?」

「何かオレせんようのメイドだから、せいふくも変えたほうが良いだろうって。そのデザインを考えたいんだってさ。つーわけで、午後からは母上の部屋な」

「か、畏まりました…」

………………交渉って何だっけ。
午後からシュザンヌ様の着せ替え人形にされた私は、遠くを見つめながらそんな現実逃避に浸るのだった。






何処までも突っ走ると決めました。
さて、この後どうしよう。。

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