03-1



シュザンヌ様の(自称)珍しい我が侭により(夫人に負けた)公爵のバックアップを得て、ファブレ家から新たな企業勃発が(半ば強制的に)決定さ(せら)れ、ひたすら忙しい日々を送っていた。

まず確認したのが合成繊維の有無。これは案の定存在しなかった。
これにより布のレパートリーがぐっと減ることが確定。

更に布の加工や服の縫製工程をなどを学んだところ、これは日本に比べて随分と前時代的だといわざるを得なかった。
これは譜業大国キムラスカだからこそだろうが、糸を寄り合わせて布へするまでの織りや編みの過程は譜業がまかなっている。
しかしイオン達が日本の利便性に驚いていたことから解るように、複雑な織り合わせは不可能であり単調に一色の一枚の布地を作り上げるのが精一杯というところ。
布地に刺繍を入れたり、服へ縫製する手間などのその他諸々は全て人の手によってまかなわれている状態だ。

最後に確認したのは、各地方々にある独自の織りである。
これは日本でも同じことが言えるのだが、やはり暑い地方には可能なまでに布を軽く、そして薄く織る伝統というものがある。
寒い地方にも然り、布を可能なまでに厚く、そして隙間無く編む。
そして糸から布へと昇華させる織りと編みだが、これらも似ているようで違う。
それぞれ異なる性質があり、適切な判断を下せなければいくら金をかけようと豪奢なだけで快適さは微塵も無い衣服などが出来上がるのだから溜まったものではない。

ただこの情報は手に入れるのに結構な時間がかかるらしい。
というのも今まで誰もそんなことを気にしていなかったとかで、蓋を開けてみたらあら不思議、細分化されすぎていていくら天下のファブレ家といえど調べるのに時間がかかるのだ。
しかし誰も手をつけていないということは、逆を言うのであればそこに商売のチャンスがあるということ。
今までは全てが手探りであったものがやっと取っ掛かりを見つけた気がして、私は密かに安堵していた。

そんな中、シュザンヌの趣味丸出しのメイド服が届いた。

シュザンヌのルーク様専用のメイドになるのだから制服も専用のものを、ということで散々弄ばれた結果ともいう。
それを見たとき、恐らく私の頬は引きつっていただろう。
それだけシュザンヌの趣味が全面に出されたメイド服はフリルがふんだんに使われており、一言で言うのであればごってごてだった。
スカート丈が短くないのだけが救いではあるが、ボリュームのあるスカートを見て私はパニエだけでなくドロワーズも着用すべきなのかもしれないと現実逃避気味に考えたものだ。
思わずゴスロリか!と口に仕掛けたほどに。

しかし現実逃避をしても目の前のふりっふりでごってごてのメイド服は無くならないし変わらない。
ルーク様がうわぁ…という微妙な声を出されたのをきっかけに、本来なら許されないのだろうが、私は死を覚悟でシュザンヌ様にあのメイド服は無理ですと懇願することになったのだった。






「似合うと思ったのだけれど…」

「私の扁平顔ですから、アレでは服に負けてしまいます。しかしシュザンヌ様の服の趣味は解りました」

「あら、あれだけで?」

「ゴスロリでしょう。甘ロリだろうとゴスロリだろうと、それこそゴスパンだろうとご希望とあらばデザインしますよ」

仕事をするというのはそういうことだ。
ちなみにルーク様はもぐもぐとケーキを頬張っていて、頬にクリームがついているのでそっとナプキンを差し出す。
そんな私を、シュザンヌ夫人は珍しくもきょとんとした顔で私を見ていた。

「そのごすろり?というのは何かしら?」

「? ご存知ないのですか?てっきりそういったジャンルがお好みなのだとばかり…」

「私はレースやフリルをたっぷりと用いた衣装が好きなだけよ?」

その言葉に私はふむ、と考え込む。
ルーク様に断りを入れた後、試しに先日与えられたスケッチブックを開いた私はオーソドックスな、というよりはありふれたゴシックロリータの衣装を手早く描き上げてみた。
着色も何もしていない素のデッサン画を二人に見せれば、シュザンヌ様は目をきらきらと輝かせ、ルーク様はきょとんと首をかしげている。

「そう、こういう衣装が欲しかったのよ!女の子に着せればきっと可愛いわ!」

そのシュザンヌ様のはしゃぎように私は密かに納得する。
つまりこの世界ではゴシックロリータと言うファッションジャンルが確立していないのだ。
しかしこれで取り扱う衣装のジャンルも定まった。
先程も言ったように、誰も手をつけていないということは開拓の余地があるということだ。
ついでに言うのなら予想顧客層もこれで大分絞られることになる。

「私の世界ではこういった服装を総称としてゴシックロリータ、略してゴスロリと呼んでおりました。
もしこのジャンルの被服を開拓するのであればかなりハイリスクになる上、狙うのは富裕層になります」

「そこは貴方に一任します。期待していてよ」

「カナ、ふゆーそう?ってなんだ?」

「富裕層、というのは簡単に言うのであればある程度財力を持った方、つまりお金持ちの人達ということです。
この服は必要な布地の量が多く、また緻密な刺繍や繊細なレースを使用すればするほど美しく見える傾向があります。
勿論例外はありますが」

疑問を口にしたルーク様に答えながら、私はそこで一旦言葉を切る。
ルーク様が私の言葉を頭の中で咀嚼した後、その先を自分から口にした。

「つまり手間がかかるから、金もかかる。だから金持ちに売るしかなくなる、ってことだな?」

「大雑把に言ってしまえばそういうことです。必要な人手が多い分、人件費なども多くかかりますから。
それに着飾ることに意味を見出す貴族たちはともかく、一般庶民の方にはこういった利便性を無視した服はあまり好まれないでしょう。
需要と供給を一致させるということですね」

「じゅよーときょーきゅー?」

小首を傾げるルーク様に、今度は需要と供給について説明する。
大雑把に話した後、詳しい経済理論のお時間でお話しましょうと告げればルーク様は解ったと短く答えた。

ルーク様は、私と出会った時から自分で勉強が嫌いだ公言していた。
しかしこうして私が小さな疑問に答えるようになってからは日々抱える疑問が増えたようで、今では自ら書物を読み解いている所も見かけるようになった。
元々知識欲が旺盛なのだろう。家庭教師の一新も決定しているので、このまま行けば勉学の時間も好きになってくれるに違いない。

「その需要の方なのだけれど、似たようなドレスを好む知り合いが何人か居ます。そちらの方に声をかけておきましょう」

「ありがとうございます」

シュザンヌ様の顧客候補を紹介するという言葉に深々と頭を下げる。
貴族というものは総じて横のつながりが広い。そこから更に新たな顧客を得ることが理想だが、それは実際にやってみなければ解らない。
そんな風にルーク様の疑問に答えつつ話を進めていたら、メイドの一人が少し慌てた様子で入室してきた。
私と一緒にルーク様のお世話つきとなっているメイドで、名前はカナリア。
誘拐されたルーク様が今の状態になられても熱心にお世話を続けていた、根の良いメイドである。

「失礼します…奥様、ルーク様、お二方にお客様が参られました」

「あら?今日は来客の予定など無かった筈だけれど…どちら様かしら?」

「ナタリア殿下です」

どこかうんざりとした声音でカナリアが答えた。
その言葉にシュザンヌ様が僅かに細められ、お通ししなさいと答えた声音は先程のような温かみは欠片も存在しなかった。
その声音に肩を跳ねさせるルーク様ににっこりと微笑んでから、シュザンヌ様は私の方へと視線を向ける。

「カナコ、貴方にはルークを守るためならばどのような手段も厭わない、という権限を与えましたね」

「はい」

「それは多くのものに適応されるでしょう。マルクト然り、ケセドニア然り、一般市民や並み大抵の貴族であるのならば問題は無い筈です。しかし…」

そこでシュザンヌ様は言葉を切った。
言いたいことは解っている。王家に対してだけは別だ、ということだ。

「母上?」

「ルーク…貴方のことは必ず母とカナコが守ります。それを忘れないように」

「? はい」

首を傾げながらも頷くルーク様の背後で、荒々しく廊下を闊歩する音が近付いてくる。
王女としての教育を受けていたのならば、決して立てないであろう音に私とシュザンヌ様は気付かれないように嘆息したのだった。



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