03-2



「ルーク、こんなところに居ましたの!?貴方からもお父様に何とか言ってくださいませ!」

「…ンだよ、いきなり」

「決まっていますわ!婚約破棄のことです!」

姦しい、というよりやかましい。
勢いよく扉を開いたかと思えば感情を露わに叫ぶナタリア。
私はうんざりとした顔になりそうになって、慌てて顔を引き締める。
ちらりとシュザンヌ様を見れば、シュザンヌ様は私に対してにこりと微笑むだけ。
任せなさいといわれたのだと受け取り、私は貝になることにした。

「伯父上が決めたことだろ?オレがさからえるわけねーじゃん。大体会ったこともないのにムチャ言うなよ」

「手紙でも何でも送れるではありませんか!ルークは私との婚約破棄が嫌ではありませんの!?」

「イヤじゃねーけど」

ヒステリックな声に耳を塞ぎたい気持ちを何とか堪えていたら、ルーク様の天然砲がクリティカルヒットを決め、ナタリアは言葉を失った。
そしてダークグリーンの瞳に涙が溜まったかと思うと、掌で顔を覆ってわっと泣き出してしまう。

「どうしてそのようなことを仰るのですか!記憶を失ってからの貴方はまるで別人ですわっ!」

「ンなこと言われても昔のことなんて覚えてねーし」

「早く約束を思い出してくださいませ!そうすればきっと…!」

涙ながらに語る姿に、大抵の人間は心を打たれるのだろう。
しかしルーク様はうんざりと言った表情を隠していないし、シュザンヌ様は冷笑を浮かべてナタリアを見下ろしている。
これだけでナタリアは幾度となくこの台詞を繰り返してきたのだなぁと察するに余りある。
悲劇のヒロインの気分なのだろうなと私が生ぬるい視線を送っていると、その視線を察したのかナタリアは入室して初めて私の方へと視線を寄越してきた。

「…ルーク、そちらのメイドは何ですの?初めて見る顔ですわ」

「あ?カナはオレがやとったメイドだ。今はオレつきの世話係で、あと母上の」

「貴方がルークをたぶらかし、叔母様方をそそのかしたのですね!?」

ルーク様の言葉を遮り、ナタリアはぽろぽろと涙を流し続けながら突然憤り始めた。
その妄想の飛躍具合も凄いが、半分当たってるのも凄い。これが女の勘という奴か。
だがルーク様をたぶらかした覚えはない。断じて。

「答えなさい!ルークや叔母様方に何をしたというのです!!」

ヒステリックに叫ぶナタリアに私はシュザンヌ様に視線だけで助けを求める。
シュザンヌ様は深々とため息をつき、諌めるようにナタリアを呼んだ。

「殿下、何の確証があってこの子を非難されているのかしら?」

「だっておかしいではありませんか!いきなり婚約破棄などと…私は早く以前のルークに戻って欲しいとあんなにも努力を重ねていたというのに!」

「それは何の証拠にもなりませんわ。それにこの子はルークが自ら雇ったメイド。この子を卑下するということはルークをも貶しているのだと殿下は理解なさっているのかしら?」

穏やかな声音だが、その声は先程ルーク様と歓談していた時よりも低く、機嫌が悪いのがすぐに解る。
副音声をつけるなら、それ位王女を名乗ってるなら解ってんだろうな、あぁん?だろうか。
私はメンチを切っているシュザンヌ様を想像して、噴出しそうになるのを必死に堪えた。

「ルークは騙されているのです!!正しい道に導くのは婚約者の、いえ、従兄弟として幼馴染としての役目ですわ!」

「それはルークが騙されているのを見抜けないほど私や夫が間抜けだと言うことかしら?」

「そ、そうではありませんわ。しかし…そう考えれば全て納得いきますもの!」

「…殿下、婚約破棄は兄上がお決めになられたこと。納得できないと言うのであれば兄上に奏上なさることです。
カナリア、殿下のお帰りです。城までお送りを」

「畏まりました」

「叔母様!」

「殿下、こちらへどうぞ。護衛の準備もできております」

有無を言わせぬまま、ナタリアは城へと強制帰還させられることになった。
その手腕に舌を巻きつつ機嫌が悪くなったらしいシュザンヌ様に冷や汗が流れる。
甲高い声が遠ざかるのを感じながら、私はやっと出て行ったといわんばかりにため息をつくルーク様に新しい紅茶を淹れることに専念した。

「はー…やっと行ったぜ」

「ルーク、ああは言いましたが貴方は殿下との婚約破棄に何も思わないのですか?」

「べつにー。ナタリアっておこってばっかだし。
何でもっと勉強しないんだとか、早く約束を思い出してくれとか、うぜぇーんだよなー」

シュザンヌ様の質問に対し、だるそうに答えるルーク様に私は苦笑を漏らす。
勉強嫌いの理由の一つを垣間見た気がした。

「それが殿下の愛だとしても、貴方は嫌かしら?」

「は?アイって人がいやがることをするもんなのか?」

ルーク様は珍しく眉間に皺を寄せながら私を見上げてくる。
何とも難しい質問に私は首を捻った後、私なりの考えですがと前置きをしてから説明を始める。

「愛と一口に言っても色々あります。友愛、親愛、親子愛、恋愛。
形が違えば表現方法も様々です。
相手を見守ろうとする、相手を支える、共に支えあう、時には愛ゆえに怒ることもありますし、率直に言葉にする愛もあるでしょう。
思うに、ナタリア殿下はルーク様を支えているつもりだったのではないかと」

「…オレ、いつナタリアに支えられたんだろう?」

「先程言ったように愛にも様々な形がありますし、それが正しく伝わるとは限りません。
これが正解、というものも無いでしょう。
ナタリア殿下はナタリア殿下なりにルーク様を支えているつもりだったのではないか、ということです」

「要は殿下は一方的に自分の思いを貴方にぶつけていたということです。相手の心など省みない愛し方を愛などと呼んで良いのかは判断しかねるけれど」

折角人が湾曲に言ったというのに、シュザンヌ様はストレートに言葉をぶつける。
でもまぁ否定はできなかった。話を聞く限りナタリアの愛し方は明らかに相手の気持ちを考えていない。
独りよがりで、恋に恋をしているような傍迷惑な乙女だ。

「…ルーク様はきちんと相手の気持ちを考えて行動するようになさってくださいね」

「そうだな、ナタリアみたいになりたくないもんな」

その感想もどうかと思うが、シュザンヌ様がにっこりと微笑まれているのでそれ以上のコメントはやめておくことにする。
シュザンヌ様が怖いのでこれ以上突進してきて欲しくないものだが…さて、あのお姫様が一回の突撃で終わるとも思えない。
私は二度目三度目の突撃を予想し、心の奥底で思い切りため息をつくのだった。


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