03-3



思い切り突き飛ばされ、私は尻餅をつきそうになるのを何とか堪えた。
あぶねぇあぶねぇ。踏ん張ってよかった。

「貴方がルークをたぶらかしたのでしょう!」

ヒステリックな声が耳に届く。
もちろん、私を突き飛ばしたこの国の王女様の声である。
もういい加減この王女様殴りてぇと思うのだが、身分というものが邪魔をする。
ああ、日本が懐かしい。

私が怒りを堪えている間に、金切り声を聞きつけたらしい使用人頭のラムダスが駆けつけてきた。
毎回あの個性的な髪型に噴出しそうになってしまうのは内緒だ。
シンクの髪型もそうだが、一体どうやって維持しているのか。

「その女を解雇なさい!ルークをたぶらかす女ですのよ!」

「ナタリア様、彼女はお坊ちゃまが直々に雇ったメイドです。無断で解雇することは、」

「言い訳など聞きたくありませんわ!ラムダス、ファブレを害するものを排除するのが貴方の役目でしょう!」

「し、しかし…」

戸惑うラムダス。憤る王女様。
ため息が零れそうになるのをぐっと堪えていたら、他のメイドがそっと耳打ちしてきた。
それに頷き、礼を言ってからラムダスに声をかける。

「ラムダス様、ルーク様に呼ばれましたので私はこれで」

「うむ、行きなさい」

「お待ちなさい!今度はルークに何を吹き込むつもりです!」

「仕事です。失礼致します、殿下」

顔を真っ赤にして怒鳴る王女様の言葉に答えになっていない答えを返し、礼をしてくるりと踵を返す。
これ以上ここに居ると苛々が突き抜けて思い切り毒づいてしまいそうだった。
なのでさっさと背中を見せたのがいけなかったのだろうか。
王女様に肩を捕まれ、思い切り引き寄せられて私は今度こそ尻餅をつく羽目になった。

「私が待てと言っているのが聞こえませんの!?ラムダス、貴方は一体どういう教育をしているのです!」

まさか王女様が自ら手を出して無理矢理引き止める、なんてことをするとは思っていなかった。
多分周囲も同じなのだろう。驚愕を隠しきれておらず、中には信じられないものを見るような目をしているものもいる。

さてどうするか。
手を差し出してくれる同僚に大丈夫だと告げつつ、私は立ち上がる。
未だにやかましい王女様にいい加減反論しても良いんじゃないかと思い始めた矢先、騒ぎを駆けつけたらしいパパさんが渋い顔を隠さずにやってきた。

「殿下、コチラに居られましたか」

「叔父様!一体ファブレの使用人に対する教育はどうなっているのです!この女、王女である私の命令を無視して退室しようとしましたのよ!
ラムダスに解雇しろといっても言い訳ばかりで!」

王女様の主張を聞いたパパさんは私を一瞥し、視線を受けた私は姿勢を正して頭を下げる。
ラムダスがパパさんに何か耳打ちすると、パパさんは長いため息を吐き出した後王女様に向かって億劫そうに口を開いた。

「殿下、この娘はルークが私の許可を得て直々に雇ったメイド。
いくら使用人頭であるラムダスであれ独断での解雇は許されないのです」

「しかし!」

「そしてルークが雇っている以上この娘はルークの命令を最優先とします。
当然ですな。この娘にとって主とはルークのことを指すのですから」

「それでも私は王女でしてよ!現に私付きのメイドも、私よりお父様の命令を優先させますわ。
だったら彼女も私の命令を優先させるべきでしょう!」

「それはメイドを雇っているのが殿下ではなく国王陛下だからです。
雇用主を優先しているだけであり、別段おかしなことではありません」

パパさんの言葉がようやく脳味噌に届いたらしく、王女様はようやく口をつぐんだ。
しかし私を思い切り睨みつけているあたり、理解しているとは言いがたいのがよく解る。
あの、いい加減ルーク様のところ行きたいんですけど。

「それと殿下、また城を抜け出して来られましたな?
陛下がお呼びです。城にお戻りください」

「お父様も解ってくださいますわ!ルークをたぶらかす女など放ってなどおけませんもの!」

「殿下、陛下のご命令に逆らうおつもりですか」

パパさんの目が細められる。
威圧的な雰囲気が露わになり、流石の王女様も何か感じ取ったのかビクリと肩を跳ねさせた。

「解ってくださると仰るのであれば、解っていただいてからお越しください」

「そ、そうですわね。解りましたわ」

ようやく引き下がった王女様は、最後に私を睨みつけてから帰路に着いてくれた。
やかましいのがやっと行ったという事で、私はラムダスとパパさんに再度頭を下げてからルーク様の下へと向かう。
ルーク様は勉強部屋にいて、私が来たのを見てから片手を上げてねぎらってくれた。

「遅くなりましたことお詫び申し上げます。お呼びでしょうか」

「ナタリアに絡まれてたんだろ。しゃーねぇよ。
それよりさ、コレに見覚えあるか?」

そう言ってルーク様が見せてくれたのは、銀色のネックレスだった。
中央に透明な石があり、その石を包むようにして羽が展開されている銀色のそれ。

「ぁ…」

自分の目が見開かれているのが、段々と涙が瞳に溜まっていくのが解る。
見慣れたそれは私がいつもつけていた、あの子達からのプレゼントで…。

「カナ…?ど、どうしたんだよ!?どっか痛いのか!?」

「ぁ、いえ…違います。お見苦しいところをお見せしました」

慌てて涙を拭い、怪我でもしたのかと私の周囲をぐるぐると回ろうとするルーク様を留める。
そんなことされたらどっちが使用人なのか解らないじゃないか。

「コレ知ってるのか?」

「はい。信じていただけるか解りませんが…私の家族が、私にプレゼントしてくれたものです。
てっきりコチラに来た時に無くしたものと思っていたので」

ぶかぶかになった服やサンダルなどは宛がわれた私室のクローゼットにある。
一緒に無かったからてっきり無くなったものとばかり思っていた。

「そっか、やっぱカナのか」

「私のものだと思われていたんですか?」

「おぅ。ほら、カナがたおれてたとこの近くにあったんだよ。あそこはオレ以外行くヤツいねーし、だからカナのじゃねーかなーって」

ほれ、と軽い掛け声と共にネックレスを渡される。
しゃらりと掌に収まってきたネックレスは以前と同じように冷たい。
手元に戻ってきたことが嬉しくて、ネックレスをぎゅっと抱きしめてもう一度ルーク様にお礼を言った。

「べつにいいって。それよりソレ何の石だ?」

「コレですか?多分水晶だと思いますけど、もらい物なので私も詳しくは知らないんです」

鎖の部分を持ち、少し照れたようなルーク様にも見えるようにぶら下げてみる。
途端に鎖が壊れ、石の部分がぽたりと絨毯の上に落ちた。

「うぉっ!?」

奇声を上げるルーク様の前で慌てて拾い上げるが、よくよく見ると石や羽の部分にも細かい傷が大量についていた。
石に罅が救いだろうか?鎖に到っては千切れてしまったのが当然というか、かなりボロボロだった。

「な、なんだ!?こわれたのか!?」

「みたい、です。でも大丈夫ですよ。鎖がちぎれただけですから、石は無事です」

そう言って石を見せれば、おろおろしていたルーク様はホッと胸を撫で下ろした。
けど石が無事とはいえ、やはり少し悲しいものがある。
これではもう首にぶらさげることはできないだろう。勿論代わりの鎖を買ってくるという手もあるが、このオールドラントに細い鎖が安い値段で売っているとも思えない。

「…なぁ、直せないのか?」

「そう、ですね…調べてみないと解りませんが、私には難しいかと」

「何で?」

「まず代わりの鎖を買うのに手間取ると思われます。このような細い鎖を探すのにも時間がかかるでしょうし、安い値段で見つかるとは思えませんから」

私の言葉にルーク様はふぅん、と言った後再度まじまじと石を見る。
そこで何かひらめいたのか、そうだ!と言いながら椅子から立ち上がった。

「母上にそーだんすればいい!宝石のリメイクとか、前にラムダスにたのんでたし!」

「ルーク様…お気持ちは嬉しいですが、私は一介のメイドです。シュザンヌ様に目をかけられてはおりますが、そのようなことはお願いできません」

「えー…あ、じゃあオレからたのむよ。それなら平気だろ?」

「確かに平気でしょうが…大丈夫ですよ。代わりのものを何か探しますから、それで何とかします。お気遣いありがとうございます」

そう言ってルーク様に深々と頭を下げる。
見つけてくれて、私に渡してくれただけでも御の字だ。
そこまでご迷惑をおかけするわけにはいかないと思ったのだが、頭を上げると何故かルーク様はむすっとしていた。
何故。

「…あの、ルーク様?」

「オレにはたよりたくないのかよ?」

「いえ、そういう訳では…」

「大事なものなんだろ?じゃあオレにたのめば良いじゃん」

「そこまでご迷惑をおかけするわけには参りません」

「めいわくだなんて思ってねーよ!」

がたんと音を立てて椅子から立ち上がり、ルーク様はキッと睨みつけるようにして私を見る。
これは…一体どうしたらいいのだろうか。
メイドとして遠慮すべきことを遠慮しただけだと思うのだが、まさかそれに怒られるなどと思ってもみなかった。
そこで私はあまり動きのよろしくない脳味噌を必死にこねくり回し、何とかことを収めようと知恵を搾り出す。

「では…シュザンヌ様の許可が出ましたら、ルーク様にお願いすることに致します」

そうして搾り出した結果は、シュザンヌ様に丸投げする、という答えだった。
多分シュザンヌ様ならいくら専属のメイドでも心を砕きすぎるのは良くないとルーク様を諌めてくれると思ったからだ。
私の答えに渋々納得したルーク様は後日本当にシュザンヌ様に相談したらしい。

結果、返ってきた私のネックレスは、修理のために手放す羽目になってしまった。
ルーク様は何故かご機嫌だった。何で?
あとシュザンヌ様、いくらなんでもルーク様に甘すぎやしませんか??


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