04.3人による初めてのお使い



※シンク視点


「あ、カナ?仕事中悪いね。実は夕飯食べようとして冷蔵庫開けたんだけど、レンジにかけられるものが無くてさ」

シオンが電話を片手に話しているのを眺めながら、冷蔵庫の中身を眺めているイオンを横目で見る。
あんまり開けっ放しにすると冷気が逃げるってカナが怒るよって言えば、イオンは慌てて冷蔵庫を閉めた。
どれだけ見ても中身は変わらないだろうに。

「うん、冷凍庫も見た。前に見せてくれた冷凍食品?が無くて…うん、うん」

ことの発端はカナが突如出社したことだった。
冷蔵庫の中身を適当に食べてくれといわれたのだが、その適当に食べるものが無いという事態に陥ったのだ。
こればかりはどうしようもなく、現在シオンが電話でカナにヘルプを求めている最中で、僕は手持ち無沙汰というわけ。

「うーん…そう、だね。解った。じゃあそうするよ、うん…ありがと。お仕事頑張って」

ピ、という電子音と共にシオンがふぅ、とため息をついた。
電話が終わったらしい。
僕とイオンがシオンに視線を向けると、シオンは電話の子機を戻しつつ着替えるよ、と僕達に向かって言って来た。

まずどうしてそうなったか説明して欲しいんだけど。
僕達のオリジナルは早々に自己完結して説明不足に陥る面が多々ある。

「着替え、ですか?寝るにはまだ早いですよ?」

どうやらイオンはパジャマに着替えるものだと思っているらしい。
でも今の流れでパジャマは無いと思う。

「違うよ。カナが前買ってくれた奴と…あとは帽子もね」

「…出かけるの?」

帽子という言葉が出てきたためにそう聞けば、シオンはニッと笑う。
言葉にするまでもなく、肯定の意だ。

「カナがね、悪いけどスーパーで調達してってさ」

「すーぱー、ですか?」

「食料品店のことだって」

首を傾げるイオンに対し説明するシオンの言葉になるほど、と納得しつつそれならばと僕も着替えることにした。
室内着では流石にラフすぎるだろうし、どのみち帽子は部屋だ。

この国では黒髪黒目が一般的らしく、僕達のような緑の髪はとても目立つらしい。
だからこそカナは僕達にそれぞれ帽子を買ってきてくれた。
それぞれ外出できるような服を身に纏い、最期に帽子を被ってからまだ履き慣れていない靴を履く。

ポケットに突っ込んだ財布にはお小遣いとして渡された3000円が入っている。
多分イオンとシオンも似たり寄ったりだろう。
家の鍵はシオンが持っていて、シオンは僕とイオンに財布の存在を確認してからきっちり鍵を閉めた。

「さて、行こうか」

「そのスーパーってのはどこにあるのさ」

自分だけで完結しているシオンに当然の疑問をぶつければ、家を出て右に曲がって真っ直ぐ行って三番目の十字路を左に曲がると見えてくるという答えを貰った。
大きいからすぐに解るらしいよ、とも。

「カタカナ表記で看板があるからボク達でも解るってさ」

「ふぅん、歩いてどれくらい?」

「5分くらいで着くと思うけど…」

「ぼ、ぼく、家出るの初めてです…」

「大丈夫だよ、三人だし」

緊張気味のイオンにそう言ってから、以前カナが言っていた外出の際に気をつけることを思い出す。

車に気をつけること(馬車のようなもので、物凄くスピードが出るらしい)

信号には従うこと(どうがというもので見せられた、赤と青と黄色の奴だ)

身分証明書を持ち歩くこと(僕らの容姿が目立つのと、事故などに巻き込まれた際に必要らしい)

戦闘はしないこと(そもそも音素が無いからそこまで強くないのだが、格闘術を習得しているという時点でカナの中では不安要素の一つなようだ)

そして最期に言われたのが、例え見知らぬ人に声を掛けられても相手に敵意が無い場合はきちんと挨拶をして、礼節を保つこと。
日本というのは礼儀に煩い国らしく、特に目立つ容姿を抱えている以上自ら争いごとを招くのは愚か者のやることだからと…。

まぁ、知り合いなど居ないのだから話しかけられることなど無いだろうが。

頭の中で以前言われたことを纏めつつ、車を避けるために道の端に寄って三人で歩く。
シオン曰くこの国では右側通行が一般的だと以前カナが言っていたとかで、全員右側を歩いている。

「ダアトとは全然違いますね…」

「そもそも文明の発達具合が違うからね。創世暦時代もこんな感じだったのかもね」

きょろきょろとせわしなく周囲を見渡すイオンが道の真ん中に寄って行くため、腕を引いて端っこに引き寄せながらシオンの話を聞く。
はっきり言って2000年前のことなど想像もできないが、確かにこんな感じなのかもしれない。

それにこの世界は酷く平和だ。
荒事など殆ど無く、人々は平和を当たり前のように感受している。

「シンク、すなっくってなんだと思う?」

「……アンタ変なところで純情だよね」

途中見かけた看板の言葉に首を傾げるシオン。
いや、この場合は僕のほうが穢れてるのか?と思いながらも三番目の十字路を目指す。

「馬鹿にしてない?」

「してないよ」

「ふーん?ま、いいや。
この中で買い物したことあるのシンクだけだし、買い物は任せたから」

「は?僕?アンタだって前出かけてたじゃないか!」

「ボクは近所をぐるりと回っただけだからムリ」

確かにシオンの言うとおり、僕は以前カナと一緒にコンビニに行った事がある。
深夜に出かけるというカナの護衛のつもりで行ったのだが、あの時はあちこちから明かりが漏れているのと、深夜だというのに盗賊も暴漢も出ない平和さに驚いたものだ。
そのときにカナに促されてレジでの買い物もしたが、まさかこのためのフラグだったのだろうか。

「まぁ…良いけどさ。何買うつもり」

「パンとかそこら辺かな。冷凍食品とかは説明文読めないし」

「妥当だね。イオン、アンタは?」

「ぼくもパンで良いです。冷蔵庫の中にジュースはありましたし」

たまにはそんな夕食でも良いだろうと話し合い、結局夕飯はパンがメインになることになった。
この国の流通物価は解らないが、数字は全員読めるので合計金額を超えないように買えば問題ないだろう。

無事スーパーに辿りつき、人の多さに少しだけ驚きつつ、周囲の流れに従って一つだけ籠を持って店内を見回る。
目的はパンだが、あらゆる食料品が置かれていることと店内の広さに少しだけわくわくして、ちょっとだけ見て回ろうということになった。

シールに書かれている値段やひらがなやカタカナ表記のものを見ながら、アレは何だコレはなんだと3人で店内を見回る。
目的のものまで真っ直ぐ向かわず、そんな風に寄り道していたのが悪かったのかもしれない。
僕たちは突如見知らぬおばさんに話しかけられた。

「あら、僕達お使い?兄弟かしら?」

「はぁ?アンタ誰さ?」

いきなり声を掛けられ、思わずそう返した途端シオンに思い切り足を、特に小指を重点的に踏まれる。
襲い掛かってきた痛みに顔を歪めてシオンを睨みつけたが、シオンは完璧な導師スマイルを浮かべておばさんに向かっていたため、此方の視線など歯牙にもかけていない。
すんごくムカつくんだけど。

「すみません、弟はまだ日本語が不慣れでして…お気を悪くされたでしょうか?
あ、ボクはシオンと言います。こっちがイオンで、彼がシンク」

「あらあら、そうだったの。いいのよ、子供は元気が一番だもの。それにしても、外人さんなのねぇ」

「はい。遠縁の親戚が引き取ってくれまして、日本に来て2ヶ月ほどになります」

「それにしては日本語が上手ねぇ」

「読み書きは後回しでも良いから、まずは話せるようになれと言うのがボクらの保護者の方針でして、日本に着てから叩き込まれました。おかしくありませんか?」

「とっても上手よ!うちの息子も見習わせたいくらいだわ」

そう言ってからからと笑うおばさんは敵意など微塵も感じない。
野菜の入った籠を持っていて、更にその中に財布まで入れている。
…敵意どころか隙だらけなんだけど。

「ありがとうございます。実は初めてお使いに出されたんですけど、パンの売り場が解らなかったのと、物珍しさに見回ってたんですけど…」

「そうだったの、どーりでキョロキョロしてると思ったわァ。声掛けて良かったわね!パンはこっちよ」

「案内してくださるんですか?ありがとうございます」

続いてイオンも礼を言えば、可愛らしい男の子ねぇとやっぱり笑いながら言われた。
うちの息子と大違いと言っているが、アンタの息子なんか知るか。

どうやら僕らがせわしなく周囲を見渡しているので、何か困ってることでもあるのかと声を掛けてくれたらしい。
おばさんの相手をシオンに押し付け、僕らはパンの売り場にたどり着く。
そのままパンの種類について教えてくれたり、レジの場所を教えてくれたり、かっぷでざーとという甘味について教えてくれたりと、どうやら相当世話好きのおばさんに声を掛けられたらしかった。

パンを選び、ついでにカップデザートも選び、無事レジを通過してお金を払い、おばさんに礼を言ってスーパーを出る。
これくらい構いやしないわよ!と笑いながら言うおばさんは最後までお節介だった。
まぁ助かったのは認めるが。

「あの人のおかげで助かりましたね」

「ホントだよ。クリームパンとジャムパンとあんぱんがあそこまでそっくりだとは思わなかったな」

「いや、全部書いてあるじゃん」

「読むの面倒」

「預言じゃないんだからさ…」

面倒だと言い切ったシオンは実に良い笑顔だった。
かさかさいう袋を片手にスーパーの話をしながら僕らは無事帰宅し、そのままご飯を食べた。

日本というのは本当に平和な国だ。
見ず知らずの人間に掛けられた無償の優しさに触れた今、余計にそう思う。
そして平和だからこそ、こんな優しい人たちができあがるのだろうとも。

余談だが、カップデザートはシオンとイオンで美味しく頂いた。
僕が買ったのはお煎餅だ。この香ばしさがたまらない。
コレを食べられただけで日本に来た価値はある。

最後に残ったカップデザートは"カナのぶん"と書いたメモをはりつけて冷蔵庫に放り込んでおいた。
働いた分、甘いもの補給すれば良いんじゃない?
太るだろうけど。


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