トリップ!×トリップ?01



「…音素?」

それはいつものようにシオンとシンクがゲームをして、イオンが勉強をしていたときのこと。
突然シオンが小さく呟いたかと思うとゲームの手を止め、同時にシンクもコントローラーを放り出し警戒を露わにして腰を浮かせる。
イオンもまたノートから顔を上げたかと思うと一点を見つめて集中していて…なんだろう、ちょっと疎外感。

そんな中、三人が視線を向けていた先…お客さんを泊めるのに使っている仏間の部屋から何やらぅわっ!?という間抜けな声が微かに聞こえた。
三人が完全に立ち上がり、私を庇うようにして部屋の入り口へと集まっていく。

あのね、お姉さん地球じゃ守られるほど弱くないわよ。
こっちに来た時フルボッコにされそうになったのを忘れたんだろうか?
そう思った私は三人の背後を通り抜け、モップを手に持って三人の元へと戻ってみた。

「カナ、誰か来たみたいだから気をつけ……って、懐かしいね、それ」

「うわ…」

シオンが私がモップを持ってきたのを見て苦笑し、シンクが実際に殴られた記憶を思い出したのか、何とも形容し難い顔をしている。
しかしイオンだけが違った。
イオンは唇を戦慄かせたかと思うと、瞳に涙を滲ませながらそのまま廊下を走って仏間へと向かってしまう。

「イオン?」

「あの馬鹿っ」

慌てて私たちも追いかける。
三人の反応で、かつて緑っ子たちが突然この家に現れたときのようにまた誰かがやってきたのだろう、というのは私でも解った。
しかし、今回来た相手が味方であるとは限らないのだ。

それなのに飛び出すなど危険じゃないのかと、私達も短い廊下を駆け抜けて仏間へと向かう。
そして開かれた襖の先、私達は予想外の展開を起こしているイオン達に、さてどうしたものかと顔を見合わせた。
目を白黒させて座り込んで呆然としている赤毛の青年と、その青年にしがみ付いているイオン。
一体どうしろっちゅーねん。

「…とりあえず、家宅侵入罪でボコればいい?」

「カナ、それ僕達に対してやったこと繰り返すだけだよね?」

「お、おい。イオン…だよな?」

「ルーク…ルークぅ、会いたかったでず!ぅ、う…っ」

ぐずぐずと鼻を鳴らしながらルークと名前を連呼し、ルークにしがみ付いて離れないイオン。
ルークは私達の存在を気にしつつも、自分にしがみ付いて離れないイオンをどうして良いかわからないようだ。
さてはてまずはイオンを引き剥がすべきか、はたまた会えて良かったねと言うべきか。
状況を把握しきれていないであろうに、それでもイオンを慰めようとしている姿を見ると声をかけるのも躊躇われてしまう。

「俺もまた、会えて良かった…なぁイオン、ココどこだ?イオンはその、ザレッホ火山で…」

「ぅっ…は、い。一度、死んでます…っ」

「そっか、じゃあ死後の世界って奴か?」

イオンが服の袖で涙を拭いながら離れた事で、そう言いながらルークはやっと立ち上がる。
そこでどうしたものかと考えていた私は、土足で畳の上に立つという暴挙をやってのけたルーク坊やにぷつっと切れ掛かった。
水気の無いもしゃっとしたモップの先をルークの居る方へとびしっと向ける。

「そこの赤毛の青年!!」

「ぅをっ!?お、俺!?」

「そう、アンタ以外赤毛いる?いないでしょ?ここにいるのは緑と黒だけよ!」

「緑ってボク達のことかな?」

「あれ?知らなかった?カナって僕達のことたまに緑っ子って呼んでるじゃん」

……何か背後でのんきなシオンとシンクの会話が聞こえたが、それは全力でスルーすることにした。

「何でウチに着たかしらないけどね、家の中なんだからまずは靴を脱げ!そしてこの国じゃ帯剣はご法度だ、イオンと話したくばその剣寄越しなさい!!」

「えええぇえぇ!?」

「あ、こら!畳を踏むんじゃない!傷んだらどうするの!」

「え?えぇ?えぇえぇ!?」

「動くなっつってんだろうこの…親善大使がっ!!

「それ悪口!?悪口なの!?」

混乱しながらその場で足踏みをするルークに対し、泥が畳についていくのを見てぷつっと来た私のモップが唸る。
イオンの声無き悲鳴が響き、それからシンクとシオンが私を落ち着かせるまで、おおよそ10分の時間を要したのだった。








「はい、お茶淹れたからいい加減カナも落ち着いてよね」

「もう落ちついてるっつーに」

アレからイオンの説明を受けて靴を脱ぎ、リビングにて落ち着いたルークは靴を脱いだ状態で椅子に座っていた。
寄越せと言った剣に到っては流石に拒まれたため、私が譲歩して今はバスタオルを巻いた状態でルークが持っている。
鞘に納まっているとはいえ剣が目の前にあるというのは精神衛生上非常によろしくないからだ。

「実に見事なモップ捌きだったね」

「シオン、茶化すな」

「あー…その、何か悪かったな。まさか靴を脱いで過ごす家があるなんて思わなくて…」

結局私にポカッとやられた頭をさすりながら、ルークは謝罪の言葉を述べた。
私はそれを受けて脱いでくれたからもう良いと言い、シンクが全員にお茶を配り終え座ったのを見てから改めて咳払いをする。

「それじゃ、改めて自己紹介を。私は#カナコ#、カナでいいよ。この子達の保護者で、この家の持ち主ね。はい次シオン」

「ボク?ボクはシオン。イオンとシンクのオリジナルって言えば解るかな?」

「え?オリジナルって…」

「そ。ボクも死んでるんだ。名前はイオンに譲って、ココではシオン・ミーティアって名乗ってる。宜しくね。はい次シンク」

「は?僕も?……元六神将烈風のシンク。今はシンク・ミーティア。シオンと一緒でもう死んでるよ。はい次イオン」

「ぼ、ぼくもですか?えっと、ザレッホ火山で一度死にましたが、今はイオン・ミーティアと名乗ってます。ぼく達三人でカナのお世話になってるんですよ。じゃあ次は…ルークで」

「俺もかよ!?えっと、ルークだ。ルーク・フォン・ファブレ。
シオンやカナは知ってるかどうか知らないけど、俺もレプリカだ。死にかけてたけど一応生きてる」

どこから突っ込むべきか迷うような自己紹介が一通り終わり、私たちの間に無言が流れた。
なんてったってココに居るのは私を除いて最年長者が12歳、一番下はたったの2歳。
とりあえずお茶を一つ啜った後、ココは最年長者たる私が司会を務めるべきかと口を開く。

「えっと、ルークのことは私もシオンも知ってる。その上で聞きたいんだけど、どうやってこっちに来たの?
イオン達はどっちかっていうと死んだ後気付いたらこっちに来てた、って感じなんだけど、ルークは違うんでしょう?」

「どう…って、そうだな…どう説明したらいいかな。あー…エルドラントって解るか?」

とりあえず、三人と違ってルークは死んだからこっちに来たわけではなさそうだった。
なので確認の意味を込めて聞いてみれば、逆にルークからされる確認に私とシンクは頷く。
反対にシオンとイオンはきょとんとしていて、私がヴァンが作ったホドのレプリカ大地だと説明すれば目をぱちぱちさせている。

「そうそう、そこで俺は仲間達と一緒にヴァン師匠と戦ってたんだ」

「てことは、僕を殺した後か」

「う…まぁそうなんだけど。そこでヴァン師匠と剣を合わせた途端、擬似超振動が起きてさ」

「で、こっちまで飛ばされてきたと」

「そう。もう何が何だか…まだローレライも解放してないのに…」

シンクの言葉にルークは深いため息をつき、お茶を一口啜った途端噴出して目を白黒させた。
そして湯のみの中身を見た後、シンクの顔とお茶を見比べている。
とりあえず驚いたのは解った。

「シンク、アンタ何淹れたの?」

「緑茶」

「せめてウーロン茶にしてあげなさい。ごめんねルーク、慣れない味でびっくりしたでしょ。すぐ紅茶を淹れるから」

「美味しいのに」

アンタだって最初は驚いてたでしょうが。
突っ込みを飲み込む代わりにシンクの頭に軽いチョップを落とし、未だに驚きが引かないらしいルークから湯飲みを受け取ってキッチンへと向かうために立ち上がる。
ルークが噴出した事で空気がほぐれたのか、私が席を外した後、四人はわいのわいのと話し始めていた。

「ココでは帯剣やめたほうが良いよ。捕まるらしいから」

「は?何で?」

「武器を持っちゃ駄目って法律があるんだよ。僕達も最初驚いたけどね」

「マジかよ…盗賊とか出たらどうすんだ?」

「出ないからね。凄く平和ボケした世界なんだ、ここは」

「はい。魔物も居ない、戦争もない、とても優しい世界です。異世界なんて最初はぼく達も信じられなかったんですけど、今はすっかり慣れました」

「は?ちょっと待て…異世界ぃ!?」

イオン、あっさり暴露しすぎだよ、貴方。
紅茶を淹れるためのお湯を沸騰させつつ、聞こえてくるルークの声に苦笑をもらす。
その後もルークに対しシオンとシンク、イオンが次々とこの世界について説明を始めた。
ルークの混乱しながらも何とか情報収集しようとする様は健気だが、多分着いていけていないと思うんだ。
なので紅茶を淹れるついでにお菓子を用意し、少し早いが三時のおやつにすることにした。

「はいはい、そんなに連続で話されたってルークも混乱しちゃうでしょ。
三時のおやつ食べて少しは落ち着きなさい」

「今日のおやつ何?」

「チョコクッキー。はい、ルークもどうぞ」

「あ、ありがとう…」

シンクの質問に応えつつ、簡単に机の上を拭いてからクッキーの乗ったお皿とルークの分の紅茶を置く。
早速手を伸ばす三人を横目にルークにも遠慮無く食べなさいと言って、私はぬるくなりつつある緑茶を啜った。
クッキーを食べて頬をほころばせ、ついでに紅茶を飲んでふわっと笑顔をもらしたルークに癒される。見た目に比べて表情が幼いせいだろうな。
そうして落ち着いたルークの話を改めて聞くと、やはりエルドラント最終戦の最中にヴァンと擬似超振動を起こし、コチラへ飛ばされたらしい。

なので私たちもシンク達が来た経緯や、この家で引き取って育てていること、日本という国について説明をした。
先程よりも落ち着いて説明を受けたルークはやはり驚きつつも、今度はしっかりと話に頷いている。

「そっか…じゃあココは音素も無くて、魔物も居ない凄く平和な国…てことなんだな?」

「そう。意外?」

「そりゃまぁ。でも俺の目の前で死んでいったイオンとシンクが目の前に居て、しかもシンクがイオンと一緒に居るのに抵抗が無いって時点で夢みたいなもんだし、そういうものなんだって納得することにしとく」

そう言って苦笑した七歳児の顔は先程とは真逆に妙に大人びていて……私はつい、衝動のままに思い切りルークの頭を撫でまくった。
ルークは今日何度目かわからない驚きの表情を浮かべていたが、シオンたちが浮かべたのは苦笑だ。
何だろ、私の性格が緑っ子たちに把握されつつある気がする。

「まぁ大体の事情は解ったわ。なんだったらルークもウチに居なさいな」

「え?でも…」

「帰れるかどうか解らない状態で見知らぬ土地に飛び出すのは得策じゃないよ。それに今更一人増えたってかわりゃしないわよ。
ルークの場合シンクたちと条件が違うから何とも言えないけど、様子見って意味でもウチに居るといいよ」

私の言葉を聞いたルークは少しだけ目を見開くと、どうしたものかと迷うように視線をさ迷わせる。
イオンにお言葉に甘えてはいかがでしょうと促されても迷っている様子だったので、私は再度ルークのひよこ頭をわしゃわしゃと撫でた。

「子供が変な遠慮するんじゃないの。はい、ルー君のお泊りけってーい」

「ルーク、今日は一緒に寝ましょうね!」

「へ?えぇ!?ほ、本当に良いのか…?」

「構わないって言ってるでしょう?七歳児の癖に気使いすぎよ」

私がからからと笑えば七歳児って…と呆然と呟いているルーク。
こうしてルークの滞在が決定し、その晩は歓迎会ということで豪華な夕食となった。

サシミを当たり前のように頬張るシンクに目を剥いたり、パンツを買いに行った私の車に驚いて興奮したり、テレビに向かって何だお前!?と叫んだりと随分忙しいルーク。
その反応に笑いながら、私達はルークを向かえた一日目を終えた。

Novel Top
ALICE+