トリップ!×トリップ?03



※シンク視点

「ルーク、起きて下さい、ルーク…っ!」

それはまだ月と星が空を覆っている真夜中のこと。
イオンの切羽詰った声が聞こえて僕は目を覚ました。
何事かとカーテンをずらして二段ベッドの上の段から顔を出せば、イオンが二段ベッドの下の段に上半身を突っ込んでいる。
つまり僕の真下で寝ている人間を起こそうとしている訳だが、普段は下の段はイオンが使用している。

一瞬頭の中にクエスチョンマークが乱舞したが、そう言えば今はルークがイオンのベッドを使っているんだったと思い出し、ルークに何かあったのかともう一度首を伸ばした。
見れば反対側に置かれているベッドからシオンも顔を出していたけれど、イオンは僕達に気付くことなくルークの名を呼んでいる。

「ちょっとイオン、どうしたのさ」

「シンク!ルークが、ルークが凄く魘されていて…っ」

「魘されてる?」

泣きそうになりながら言われた言葉に、僕は正直少しだけ眉を顰めてしまった。
魘されているから何だというのだ、と思ってしまったからだ。
そんなの誰にだってあるだろうし、僕だって昔のことを断片的に…そう、あの熱と赤を夢で見て魘されることは稀にある。
でもまぁイオンがそこまで焦るには何かしらの理由があるのだろうと、ベッドから身を起こして上の段から飛び降り、魘されているらしいルークを覗き見た。

「……ちょっと、何これ」

「旅の最中は、ここまで酷くなかったんです。けど今夜は酷く魘されていて、だから起こそうとしたんですけど、おきてくれなくて…っ」

そこに居たのは、僕の予想とは大きく外れて服の胸元を強く掴み、呻き声を漏らしながら眠っているルークの姿があった。
この場合、眠っているという表現は正しいのだろうかと思ってしまうほどにその姿は苦しそうだ。
強く閉じられた瞳からは涙が絶え間なく流れているし、寝言なのか解らないがずっとごめんなさいと呟き続けている。
触れてみれば汗をぐっしょりとかいていて、強く揺さぶってみても一向に起きそうにない。
イオンが泣きそうになっている理由がようやく解ったものの、流石に僕にも解決方法は思いつかなかった。

「すんごい魘されてるね…」

さてどうすれば、なんて考えていたら、ひょいと僕の背後からシオンが顔を出した。
ただし頭には寝癖が大量についている上、目がしょぼしょぼしている。
多分船を漕いでいたところをイオンの声で目覚めてしまったのだろう。シオンは寝付くのに凄く時間がかかるから。その分寝起きも悪い。

「シオン、ルークが起きてくれないんです。どうしたら…」

「んー…ルークは剣士なんでしょ?だったら殺気でも叩き込めば起きるんじゃない?」

オロオロするイオンに対し、あっさりとそんな事を言ってのけるシオン。
そしてこんな風に、と言わんばかりに容赦なくルークに向かって拳を振り下ろす。
イオンの息の呑む音と共にシオンの拳が入りそうになった瞬間、シオンの予想通りルークは跳ね起きた。
ただ勢いよく起きすぎて、二段ベッドの天井に頭を打ってしまったのは予想外、といった所だろうか。

「ほら、起きた」

「シ、シオン!!どういう起こし方してるんですか!?」

「うるさいなぁ、夜中に大声出さないでよ」

「誰のせいですか誰のっ!」

「ルーク」

「あー、間違っちゃいないね」

「シンクも納得しないで下さいっ!あぁ、ルーク、頭大丈夫ですか!?」

「その言い方だとルークが頭がおかしい人みたいだよね」

「もうシオンは黙ってて下さいっ!」

ベッドの上で頭を抱えて痛みに悶えているルークと、大丈夫ですか?と言いながらルークの頬に流れる涙を拭うイオン。
シオンはあくびをしながらそれを見ているし、ルークも起きたんだから僕ももう一回寝ても良いかなと思っていたら、ルークが何故かきょとんとした顔で僕達を見てきた。

「ぁ…そうか、俺…今異世界に居るんだっけ」

「何?寝ぼけてるの?」

「寝ぼけてるんでしょ。とりあえず涙腺締めた方が良いよ」

その言葉にルークは一瞬だけきょとんとしたが、すぐに意味を理解した。
シオンの言葉通り、僕達を見て何故かホッとしたルークの瞳からはボロボロと涙が流れ続けていて、イオンが頑張って拭っているものの全然追いついていない。
シオンがあくびを噛み殺しながらタオルを持ってきて、それをルークに向かって投げつける。
何とか涙腺を締めようと躍起になっているルークはありがとうと言ってからタオルで涙を拭い始めたが、やっぱり涙は止まらなかった。

何となくまたベッドに戻れる雰囲気ではなく、ルークが落ち着くのを待つ。
シオンもシオンで髪を撫で付けながらベッドの端に腰掛けているし、僕もベッドにかけられているはしごに腰掛けてみる。
するとノックの音が聞こえて、どうぞとシオンが言えばカナがひょっこりと顔を出した。

「何か叫び声が聞こえたけど、大丈夫?つか暗い中集まって何してんの?」

「丁度良かった。ルークの涙腺を締める方法知らない?」

「は?うわ、ルークボロ泣きしてんじゃん。なに?怖い夢でも見た?」

「ぅ…べ、別にそんなんじゃ…」

「それともアクゼリュスの夢でも見ちゃった?」

カナの言葉にルークが言葉を詰まらせる。
それだけでカナの言葉が当たったんだなって一目で解ってしまって、カナは軽くため息をついた。
たったそれだけの行為に肩を跳ねさせるルークは相当重症だと思う。
成る程、イオンが焦るわけだ。

「とりあえず…全員リビングにおいで。蜂蜜入りのホットミルク入れてあげるから」

「い、いや、大丈夫!迷惑かけてごめん…もう、大丈夫だから…シンク達も起こしちまってごめんな?次からはもっと気をつけて」

「ルーク、良いから降りてらっしゃい。どっちにしろ顔を洗って目元を冷やした方が良いわ。明日真っ赤になるわよ」

「う…」

「迷惑だなんて思ってないから、おいで。甘いの作ってあげる」

「…ごめん、なさい」

ぽつりと呟くように言ったルークの瞳からは未だに涙が流れ続けていて、それに苦笑するカナ。
仕方ないので僕とシオンでルークの腕を掴み、ベッドから引きずり出す。
僕達の行動に着いていけないルークが混乱していたが、止めるつもりはない。
イオンもベッドから引きずり出されたルークの背中を押して、僕達は暗い寝室から明るいリビングへと移動するのだった。




「……仕事してたの?」

「まぁね。はい、ホットミルク」

デザイン画やら書類やらが散乱しているリビングの机の上を簡単に片付けた後、キッチンに行っていたカナがマグカップが四つ乗ったトレーを持ってやってくる。
その間にイオンは冷やしたタオルを取りに行っていて、ルークはソファに寝転びながらそのタオルを瞳に当てて口を噤んでいた。

全員にマグカップが行き渡り、とりあえず一段落したところでカナが状況の説明を求める。
僕とシオンの視線がイオンに向けられ、マグカップに息を吹きかけていたイオンが視線に気付いた後おずおずと説明を始めた。

そもそもルークが魘されること自体は、オールドラントでもままあったことだそうだ。
アクゼリュスの一件以来ルークは性格を一変させるが、それ以降ずっと夜はうなされ続けて居たらしい。
アクゼリュスのことが心の重荷になっているのだろうと、イオンも旅をしている間魘されたルークを起こすことはあれど深く追求することはしなかったという。
下手な慰めは逆効果になりかねないし、時間が解決してくれることもあるから、と。

しかし今日のはイオン曰く、魘されるというよりは夢に脅かされていると言った方がしっくり来るような状態だったという。
寝汗が酷く、涙を流し、ずっと謝り続けている。
だから昔のように起こそうとしたが、いくら揺さぶっても起きない。
それでつい声を張り上げてしまい、ルークではなく僕達を起こしてしまった…というのが一連の流れのようだった。

ちなみにシオンの起こし方は流石にカナも容認できなかったらしく、目覚まし使えば良かったでしょうと言われていた。
殴るよりもあの破壊音の方がある意味酷い気がするが、ここは口にしないでおこうと思う。

一連の流れを聞いたカナはそう、とだけ呟くとルークの枕元に腰掛けた。
ルークの肩はそれだけ跳ねる。本当に重症だと思うのと同時に、ここまで追い詰めていたあの自称仲間達に苛立ちが募る。
けどあんなに世界を憎んでいた僕がこんな風に思えるようになったのはカナが居たからだ。
だからここは僕じゃなく、カナに任せるのが一番なんだと思う。
こんな風に追い詰められているルークに言葉をかけられるほど僕はまだ大人じゃないし、それに…。

「大丈夫よ、ここに居る人は誰もルークだけが悪いなんて思ってないからね」

「……でも、オレ…たくさんの命を、奪ったから。
なのにオレ、ここでは楽しくなっちゃって…幸せになっちゃいけないのに…っ」

「確かにルークのしたことは罪かもしれない。
たくさんの命を奪ったんだから、それだけのものをずっと背負っていかないといけないのかもしれない。
けどね、だからってルークが幸せになっちゃいけないなんてことはない。

身体を休めるように、心もちゃんと休めなきゃ。だからね、楽しんだっていいの。
幸せを感じたって、嬉しくなったって良いんだよ。
幸せになることに、罪悪感を感じることなんて無いんだよ」

優しげな声音で、まるで子供に言い聞かせるようにカナはゆっくりと語る。
僕等には紡げない、優しくて、包み込むような言葉だ。
多分それは、大人の女の人にしか出せない優しさだと思う。

ゆっくりと、カナの手がルークの頭を撫でる。
ルークは唇を噛み締めたかと思うと、やがて小さく嗚咽を漏らし始めた。
瞼の上にはタオルが乗っているから見えないけれど、多分泣いているのだろう。

これで少しはルークの心が軽くなれば良いな、なんて。
柄にも無く、そんな事を思った。


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