トリップ!×トリップ?04



※イオン視点

「え?明日……帰る?」

からん、と音がしました。
それはぼくが落としたお箸がご飯茶碗にぶつかった音。

普段ならカナに落としてごめんなさいって謝って、新しいお箸を取りに行くところです。
けどそんな事気にならないくらい、ぼくはルークの言葉に衝撃を受けていました。

「そんな……なんで、急に」

「昨日またベッドに入った後、夢って言う形でローレライと交信できたんだ。
ローレライが、明日の夕方には向こうに……オールドラントに戻してくれるってさ」

ぼくが取り落としたお箸を拾い上げ、苦笑を浮かべながらルークは説明してくれます。
その表情は穏やかで、帰ることに抵抗も無く、ただ黙って全てを受け入れていました。

「それ、ただの夢じゃなくて?」

「そうそう、何でそれが本当だって言い切れるのさ。それに仮にその夢が本当だったとしてもだ、それが本当にローレライとは限らないじゃないか」

呆然とするぼくの横で、シオンとシンクがどこか不機嫌そうに言います。
確かにそうだと、はっとしたぼくも追従しようとしたのですが、ルークは静かに首をふるだけでした。

「解るよ。ローレライはずっと俺に声を送ってきていたし、地殻では直にローレライの声を聞いてるんだ、間違えようもない。
それにさ、何でオレがこっちに送られてきたのかも……わかったから」

「ルーク……」

「そんな顔すんなって!それに師匠はまだ倒せてないんだ。ちゃんと帰って、皆を助けないと。オレだけ途中離脱しちゃってるわけだしさ!」

それが空元気でないことは、見ていて解りました。
ルークは本当に受け入れているようでした。
けど、ぼくは嫌なんです。ずっと、ずっとこうやって一緒に居たい。

「いやです」

「へ?」

「嫌です……もう、たくさん頑張ってきたじゃないですか!ルークは充分罪を償いました!なんでまだルークばっかり頑張らなきゃいけないんですか!?
ここで一緒に勉強して、日本で大人になって暮らしていけば良いじゃないですか!
なんで、なんでわざわざ…また……あんな、辛いとこ…にっ!」

ルークの服を掴んで、残って欲しいとそう主張してみるもののうまく言葉がまとまりません。
それどころかどんどん視界がぼやけてきて、それが涙だって気付くのに時間がかかって、嗚咽が漏れ始めた頃には言葉にすることすらできなくなっていました。
服の裾で涙を拭ってみるものの涙は次々に溢れてきます。
ルークが困惑しているのは解るんですが、一向に止まる気配はありません。

「イオン……その、心配してくれてるんだよな?ありがとう」

「なら!」

「でも駄目なんだ。オレは罪を犯した。それは変わらない。
昨日カナがオレも幸せになって良いんだって言ってくれてすげぇ嬉しかったし、心が軽くなるって言うのかな?とにかく楽になった。

だからこそ、って言ったら変かもしれないけど、オレはオレのやれることを放棄したくないんだ。
どんな風に償っていけば良いかなんて未だに解んないんだけど、解らないからこそ立ち止まりたくない。
師匠のことも、逃げ出さずに向き合わなきゃ駄目なんだって思ったんだよ」

一生懸命言葉を手繰り寄せて、選んで、ぼくに伝わるようにゆっくりと話すルーク。
また涙がぶわっと溢れてきて、ついに耐え切れなくなってぼくはルークにしがみついたまま思い切り泣きました。

ルークは、とどまってくれない。
ルークの言葉からそれが解ってしまって、余計に涙が止まらなかったんです。
鼻を啜るぼくの頭を恐る恐る撫でてくれたのは、他でもないルークの手です。
シオンの手や、シンクの手とも違う、剣ダコのあるぼくを守ってくれた懐かしい手でした。

「あらあらまぁまぁ、短い期間だったけど居なくなると思うと寂しくなるわね」

それからぐずっていたぼくのせいで無言になってしまっていた室内に、カナの呑気な声が響きました。
思わず顔を上げればお味噌汁を乗せたお盆を持ったカナが居ました。
カナはお盆を置いた後にぼくの後頭部をするりと撫でた後、柔らかい微笑みを浮かべながらルークに向き合います。

「明日帰るのね?」

「……あぁ」

「納得してるのね?」

「あぁ、決めたんだ。逃げ出さずに向き合うんだって」

「そう……なら、止めないよ。ルークが自分で考えて、決めたならね」

「うん。ありがとう」

未だに溢れる涙を拭いながら食卓を見渡せば、仕方ないという風にため息をついているシオンとシンク。
カナはルークが決めたことならばと引き止めることはしないようでした。
それからカナとルークに宥められながらぼく達は朝食を食べ終えます。
いつもはとても美味しいんですけど、泣いたせいか殆ど味がしませんでした。

食事を終えた後、カナは用事があるという事で車に乗って出かけてしまいました。
ぼく達は自分達だけで外出する気にもなれず、いつも通りの日常を過ごします。
全員ノートを開き、ドリルを広げながらの勉強です。
ルークは漢字の量の多さに目をちかちかさせてました。

「これは?」

「ぬ」

「こっちは?」

「め」

「……これは?」

「ヌ」

「こっちは?」

「メ」

「一緒じゃねーかっ!」

「違うだろ!こっちはひらがなで、こっちはカタカナ!」

「だからどう違うンだっつーの!どっちも似たような形しやがって!一緒で良いねーかっ!」

「ちなみにこれも"め"だよ」

言い争う?シンクとルークに割り込み、シオンが辞書を片手にノートに目、芽、眼と書いていきます。
ルークはそれをじーっと見ながら首をかしげ、腕を組んでいました。
思わずくすくすと笑ってしまいます。

「ひらがな基礎、カタカナは海外から入ってきた言葉を使用する際に主に使うそうです。
なのでぼく達やルークの名前はカタカナで書くことになりますね」

「へぇ。オレの名前はどうやって書くんだ?」

「こうですね」

ノートにルーク・フォン・ファブレとカタカナで書けば、ルークはノートを手にとって横にしてみたり、縦にしてみたりと忙しそうです。
その横では更にシオンがさらさらとノートに何か書いていて、それをルークに見せていました。

「この国はひらがなとカタカナ以外に漢字って言うのがあってね、殆どに複数の読み方が与えられ、かつたった一つの文字で意味を持つんだ。
故に、この漢字を使って名前をつけるのが主流らしいんだよ」

「へぇー!カナもあるのか?」

「あるよ。意味もあるんだろうけど、そう言えば聞いたことがないな。
んでもって、これがボク達に与えられた漢字ね」


紫苑
真久
癒音


並べられた漢字の羅列にルークがきょとんとします。
その上にフォニック言語でルビをふればルークはじっとその漢字を見つめていました。

「これは、カナがくれたのか?」

「そ。ちゃんと意味もあるんだよ?」

ルークの質問にどこか嬉しそうに言うシンク。
ぼくは癒しの音って意味なんですよって言えば、ルークは笑顔でイオンらしくて良いと思うって言ってくれました。
ぼくの癒すという字は一番難しいんですけど、それでもぼくはシンクやシオンがよく似合っていると言ってくれたこの名前がとても好きです。

「……ちゃんと、名前貰ったんだな」

ノートをじっと見つめながらぽつりと呟いたルークに、ぼく達は顔を見合わせました。
そして三人揃って少しばかり考え込んだ後、自然と全員揃って辞書に手を伸ばします。
ぼくが漢字辞典、シンクが漢和辞典、シオンは国語辞典を引っ張り出していました。

「ルークの名前は伸ばすからね…このカタカナの伸ばし棒って漢字あるのかな?」

「フォンが見つかりません…」

「ファブレも難しいね。いっそ家名とフォンは捨ててファーストネームだけでどう?ボク達もそうだし」

「……何してんの?」

「「「ルークの名前に当てはめる漢字探し(です)」」」

何故か重なってしまったぼく達の言葉にルークはきょとんとした後、照れ臭そうに笑顔を見せてくれます。
だからぼく達はルークを手招きして、あれでもないこれでもないと漢字を探しました。

「これは?流…流れるって意味だって」

「こっちの瑠は?瑠璃の瑠だよ」

「難しすぎませんか?画数が多いと覚えるのも大変ですよ?」

「な、な、これは?」

「「それはルイ。ルじゃない」」

「クはいっぱいありますね…」

辞書を相手に全員で唸りながら過ごすこと1時間。
漢字を選ぶなんて初めてで結局決まることなく、車の音でカナが帰ってきたのを察したぼく等はカナの知恵を拝借することに決めました。
ぼく達の名前をさらさらっと決めたカナならばきっとルークの名前も決めてくれるはずです。

なのでスーパーの袋を片手に帰って来たカナに事情を話せば、カナはひとしきり笑った後良いよといってくれました。
何故笑われたのかはちょっと解りません。

「シンクー、これ冷蔵庫入れといてー」

「解った」

「あ、オレも持つよ」

「それより冷凍庫開けてくれる?そこの一番下の引き出し」

「ここだな?って冷たっ!!な、なんだ!?ケテルブルクに繋がってるのか!?」

「そンなわけあるか!」

冷凍庫の冷気に文字通り飛び上がったルークはさておき、カナはぼく達が書き出したものに一通り目を通した後、ノートにさらさらと漢字を書きます。
そこには間違いなく、"るぅく"とひらがなで書かれていました。

「……あの、カナ。これひらがなですよね?」

「そうね。でも名前は漢字じゃなきゃいけないなんて決まりはないし、ルークの名前は漢字で当てはめるには難しすぎるし、それならこっちで良いでしょ?」

そう言ってカナは鞄から何かごそごそと取り出します。
そして冷凍庫を覗き込んでいるルークを呼ぶと、小さな箱をルークに渡しました。

「……これは?」

「良いから開けてみなさい」

ルークが首を傾げながら箱を開けば、そこにあったのはブレスレッドでした。
真ん中あるのは銀色のプレートで、プレートを挟むように濃い緑色の石が二つ両サイドに着いています。
そしてその石から伸びるようにして太い鎖が輪を作っていました。

「急ぎだった上にルークは剣士でしょ?丈夫さ重視で選んで貰ったら飾り気の無いデザインになっちゃってねー」

丁度合う石があってよかったわと笑う#カナコ#を余所に、ルークはブレスレッドを手にとってまじまじと見つめています。
そして何気なくプレートをひっくり返せば、そこには"るぅく"の文字。

「裏側なら目立たないだろうし、それにひらがななら簡単だし読めるでしょ?」

ぼく達が言わずとも、カナはもう考えていてくれたようです。
そして先程名前の漢字を頼んだ時にカナが笑っていた理由がようやく解りました。
シオンがいつもの笑みを浮かべ、シンクが冷蔵庫を閉めながら微笑み、ルークは嬉しそうにカナにお礼を言っていました。

「ルークの瞳と同じ色ですね」

そう言えばルークはまた照れたように笑って。

ルークはぼくが何と言おうときっと帰ってしまいます。
だからせめてと、ぼくはそのブレスレッドを手にとって口付けを落としました。

その道が辛いと解っていながらも突き進む友人に、どうか祝福がありますようにと願いを込めて。

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