トリップ!×トリップ?05



「……なんか、良いものでも作ってやるか」

目が覚めて、まず考えたのは今日はルークが帰る日か、ということだった。
未だ覚醒しきらずにぼうっとしている頭の中ではどう送るのが一番か考えていて、とりあえず朝ご飯はまずトーストにしてポテトとから揚げを付け、昼ごはんはチキンのソテーをメインにし、早めの夕食は手羽先でも出そうかと思案する。
とにかくチキンを出せば喜ぶのだ、ルークは。
海老?高いから却下。

軽く身支度をした後、顔を洗って目を覚ました私は早速朝食を作り始める。
トーストは自分たちで焼いてもらうため、準備するのはから揚げとポテトだ。
朝っぱらからポテトとから揚げじゃ重いかな、とかは微塵も思わなかった。
なんてったって食べるのは中身は2歳児と7歳児でも、身体は14歳と17歳なのだ。
食べ盛り真っ盛り。コチラが真っ青になるほどよく食べる。

フライパンを使ってちょっとずるをしながら朝っぱらから揚げ物を済ませ、そろそろ頃合かなと思う頃にはシンクが起きてきた。
おはようと挨拶をしてから朝ごはんのプレートを見せれば、今日は和食じゃないんだねと言われる。
ルークが居るからねと返せば納得された。

「ところで後何分?」

「3分。今日はルークとイオンも餌食になるね」

「起こしたの?」

「起こしたよ。けどルークもイオンも昨日は遅くまで話し込んでたみたいだからさ、珍しく二度寝してた」

肩を竦めるシンクは6枚切りの食パンを手に取ると、そのままトースターに放り込む。
そして目覚めの1杯といわんばかりにコップに牛乳を注ぎ、それを一気に飲み干した。
一緒にジャムを出していたあたり、どうやらトーストにはジャムを塗る気のようだ。


ジリリリリリリリリ。


「あ、鳴ったね」

「うん、起きたかな」

うわあぁ!という声が聞こえた気がしたが、私とシンクはあえてそれをスルーした。
いつもはシオンの起床にのみ活躍する大音量の目覚まし時計だが、今日はルークやイオンが起こすのにも一役買ってくれたようだ。
やがて目覚ましの音がぴたりと止まり、暫くしてからパジャマを着たままのルークとイオンが起きてくる。

「心臓止まるかと思った…」

「もう1回止まってますけどね」

「いや、俺止まってねーし!」

「2人ともおはよう」

「おはようございます」

「おはよー。お、もう朝飯できてる。早いなー」

「トーストは自分で焼きなさいよー」

一気に賑やかになった台所でわいのわいのとしながら、全員分のプレートを盛り付けていく。
出来合いのポテトサラダを使って手を抜きつつ、彩り用にプチトマトを乗せて完成したプレートはそれなりにおいしそうだった。
自分用に8枚切りの食パンを焼き、マーガリンを塗って朝食に添えれば完成だ。

「おはよー……」
「あ、シオンもおはようございます」
「あ、おはよ。頭爆発してんぞ」
「いつものことじゃないか。さっさと顔洗って目覚ましてきたら?」
「……ん?」
「まだ寝ぼけてるんですか?」
「目つき悪すぎ」
「…シンクに言われたくないなぁ。ボク達の中で一番悪人面じゃないか」
「悪人面も何も同じ顔だろ、てゆーかやっぱアンタ起きてるだろ」
「あはは、お陰で目が覚めたよ」
「いつもこんな感じなのか?」
「はい。2人とも仲が良くて、羨ましいくらいです」
「イオン、オレ、それちょっと違うと思う……」

……1人増えただけなのに本当に賑やかい。
シオンが嫌味を言い、シンクが挑発に乗り、イオンはボケをかまし、ルークがそれに突っ込む。
緑っ子トリオにルークが加わり更に姦しくなったわけだが、私はとりあえずお玉で思い切り鍋の蓋を叩いて注目を集めた。
ガンガンガンッという耳障りな金属音に全員がぴたりと口を噤み、視線が私に集中する。

「とりあえず全員、さっさと朝食食べちゃってくれる?ああ、喧嘩するなら朝食抜きね」

にっこりと笑って言う私に全員赤べこのように頷き、素直に朝ごはんを食べてくれました。
洗いものは一気に済ませたいんだよね。
というかお前等は電車の中でたむろしている女子高生か、井戸端会議も大概にしとけ。

こうして朝食を食べ終えた私達だったが、今日ルークが帰るからといって特に何かした訳でもなかった。
勿論お昼ご飯にはチキンのソテーも出したし、夕飯には手羽先を出した。
しいて言うならルークが手羽先に酷く感動していたぐらいか。
そんなに美味しかったんだろうか、名古屋名物・手羽先。

特別何かしたわけじゃない。
いつもみたいに家事手伝ってもらって、私はパソコン立ち上げて仕事して、緑っ子達は日本語の勉強をして、ルークはその隣でひらがなで自分の名前を書けるようにして。
ただ、何気ない日常というものにルークは感動していたようだったから、あえてどこか思い出作りに行ったりはしなかった。

だから夕飯を食べ終えて、あのゲームの衣装に再度身を包み、ローレライの剣を腰に差したルークと一緒にテーブルを囲みながら、いつも通りを装って最後の団欒をする。
テーブルの上に広げられたお煎餅はルークにとって衝撃の味だったらしいので、是非一枚くらい持ち帰って欲しい。
というかあの魔法の道具袋、こっちでは使えないのが非常に残念だ。
色んなお土産持たせたかったのに。

「てゆうかさー…凄い今更なんだけど、何でルークって腹出しなわけ?」

「は?なんだよ急に」

「何となくだよ。基本教団の法衣ってゆったりしてるし、騎士団の衣装は動きやすさや防御力重視だからルークみたいな奇抜な衣装ってあんまり見たこと無いんだよね」

「奇抜で悪かったな」

「でも何で本当にお腹出してるんですか?風邪引いちゃいますよ?」

「……言っても笑わないか?」

「笑われるような理由なわけ?」

「ちげーよ!
……折角頑張って筋トレして腹筋割ったんだ、やっぱ自慢したいじゃねーか」

「「……」」

「ああ、ルークの努力の証なんですね」

「シオンもシンクもこっそり笑ってんじゃねーよ!!」

しかしまぁ、ちょっとリラックスしすぎではないだろうか。
これからオールドラントに帰還し、最終決戦である師匠との戦闘が待っているというのに緊張感の欠片も無い。
声に出して笑い始めたシオンとシンクに顔を真っ赤にしながら突っ込んでいるルークはとても自然体で、緊張のきの字も見当たらない。

「というか腹筋ごときで何言ってんの?こっちは全身筋骨隆々だよ、シンクが」

「シンクかよ!」

「あー無理無理、シオンは病死してるからね。ひょろひょろのガリガリだから」

「あ、なんだかとってもガ○ガリ君食べたいです」

「相変わらず突拍子も無いね、イオン」

「なんだよガリガ○君って!?」

「実質のところどうなのかな、シンクとルークどっちが腹筋割れてるのかな?」

「話戻すのかよ!?」

「ちょっ、服を捲るな馬鹿っ!この……オリジナルがっ!!

「それ悪口!?悪口なの!?」

完全にシオンの、というか緑っ子達のペースに巻き込まれているルーク。
そしてシンクは結局シオンに服を脱がされてしまった。アレはじゃれあいのうちに入るのだろうか?
でもまぁ、それを止めることなく噴出しそうになるのを必死で堪えている私を許して欲しい。
一応今は仕事してるって名目になってるんだ。一応は。

「というかローレライも時間指定してくれれば良いのにね。迎えって何時なわけ?」

「流石にそこまで聞いてねーや。夕方としか言ってなかったしなー」

「ねぇ、いい加減服返してくれる?」

「時間にルーズなんだね。女性に嫌われるタイプだな」

「え?ローレライって男なんですか?」

「知らない」

「ねぇ、ローレライって仮にも自分達がトップ勤めてた教団のあがめてた存在なんだけど。そんな軽い扱いでいいわけ?
てゆーかパーカー返してよ!」

痺れを切らしたシンクがシオンに対し実力行使に出て、ルークがそれを見てぽかんとしている。
慣れきっているイオンはにこにことその様子を眺めていたのだが、そんな中ルークの身体が淡く光り始めた。
同時に三人が一斉にルークのほうを見たため、外から眺めていた私はその動きにちょっとびっくりした。

「迎え、来たみたいだね」

「ったく、次からはちゃんと時間決めてアポ取るようにローレライに言っておきな」

「ルーク…名残惜しいです」

シオンがいつもの笑みを浮かべ、シンクが奪い返したパーカーを着込みながら無茶を言い、イオンが涙ぐみながらも微笑みを作る。
私も仕事の手を止めてルークの方を見れば、ルークは淡く発光している自分の手をまじまじと見た後私達をぐるりと見渡した。

「ん、じゃあオレ…行くよ。短い間だったけど、楽しかった。本当にありがとう」

「全部終わったらまた来たら良いんじゃない?」

「それ死ねってこと?」

「ローレライにお願いすれば来れるかもしれませんよ?」

「まあどっちにしろまた来た時は歓迎するからね。向こうでも身体には気をつけて」

私がそう言えばルークはこくりと頷き、まるで記憶に刻み付けるようにシオンを見て、シンクを見て、イオンを見て、私を見る。
その間にもルークの身体を包む光量は増していき、少しずつ不思議な音が室内に満ち始めた。
何の素養も無い私だったが、膨大な第七音素が収束しつつあることがそれだけで解った。

「本当に、ありがとう。オレ、シオンもシンクもイオンもカナもみんな大好きだ!」

「はは、ストレートだね。ボクもだよ。あっちでも頑張って」

「ハイハイ。さっさとヴァン倒してきな」

「ぼくも大好きです!だから、怪我をしたらすぐにティアかナタリアに治してもらってくださいね」

「うん。カナも、ブレスレットもありがとな、絶対大事にするから、だから…だから、」

やがて光の柱が立ち、ぷつりとルークの言葉が途切れる。
だから、の次に何と言いたかったのは解らない。
その膨大な光に私は反射的に目を瞑ってしまっていたし、そのエネルギーの奔流にその場で踏ん張るのが精一杯だったからだ。
やがて光が消失し、恐る恐る瞼を上げたときには書類が数枚宙を舞っていて、ルークの姿はそこには存在しなかった。

「……ローレライ、最後まで空気が読めない奴だったね」

「預言は詠めても空気詠めないとか、無いわー」

「カナもうまいこと言いますね」

「預言詠むのはローレライじゃなくて預言師でしょ」

実に、あっさりとした別れだった。
かといって全く悲しくない訳じゃない。
それでも私達は何故か、それこそ僅かに涙ぐむイオンも含めていつも通りを貫いた。
それは多分、ルークが何気ない日常というものにとても感動していたからだと思う。

「……ルーク、勝てるでしょうか?」

「勝てるよ。物語の主人公はね、最後は必ず勝つって決まってるんだから」

不安そうな顔をするイオンの頭をするりと撫でて、私はパソコンの前へと戻る。
幸い、あの膨大な第七音素の影響は受けていないようだ。

こうして、突如現れたルークは無事?オールドラントに帰っていった。
それは短い期間だったけど、確かに私たちの心に何かを残していった。
きっとこれから先、私達は忘れることは無いだろう。

あの翡翠のような瞳と、燃えるような赤毛を持った青年のことを……。


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