05.賑やかになった朝の風景



久々の出社は、つい最近雇った新人の尻拭いと言う何とも言えない仕事だった。
大慌てで職場に向かい、お説教もそこそこにすぐさま取引先に電話をかけ、ぺこぺこ頭を下げて何とか妥協点へと着地し、会社にとんぼ返りしてそのまま残務処理。

新人と指導役の社員のほかに有志の人員が集ってくれたため思ったよりも早く終わりはしたものの、ヘロヘロになって帰宅する頃には既に日付が超えようとしていた。

「ただいまぁー…」

既に寝ているだろう三人のことを思い、小声で帰宅の挨拶をしてパンプスを脱ぐ。
ソファに座り込み、このまま寝たい衝動に駆られるもののメイクを落としてお風呂に浸かりたいという欲求もある。

ずぶずぶとソファに沈んでいく身体は重く、ついでに瞼も重くなっていく。
いかん、このままだとソファで寝そうだ。

「……風呂、入るか」

大きく息を吐き、何とか身体を動かしてソファから立ち上がる。
風呂に入る前に水を飲もうとキッチンに行って冷蔵庫を開ければ、ふと見慣れないものが入っていることに気付いた。

"カナのぶん"と下手糞なひらがなで書かれた紙の張られたカップデザートだ。
恐らくスーパーに買い物に行った三人のお土産だろう。
驚いて固まってしまった私は暫くぱちぱちと瞬きを繰り返していたが、じんわりと胸の内から広がる温かなものに疲れが融けていくように感じた。
頬が緩むのを止められないまま、カップデザートに手を伸ばしたのだった。








「おはようイオン」

「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」

「ありがとう。シンクもおはよう」

「はよ……でも思ったよりも早かったよね。日付変わる前に帰ってきたみたいだし」

「へ?起こしちゃった?」

「ううん、気配で起きただけ」

朝ごはんを作りながらシンクの言葉に申し訳なく思ったものの、あっさりと返されてどう反応して良いか困る。
気配って何ですか。素人にはさっぱりです。
思わず微妙な顔をしていただろう私に、イオンが苦笑をしながらフォローしてくれた。

「シンクは軍人でしたから、仕方ありません。職業病のようなものです」

「あぁ、なるほど」

「イオンが常に敬語なのもある意味職業病だろ」

納得する私の横で水を飲みながらシンクが突っ込みを入れる。
やっぱりそれにも納得しつつ、私は良い具合に焼けた鮭を確認してからガスコンロの火を止めた。
今日の朝ごはんは白米と味噌汁、そして鮭の塩焼きと味海苔だ。

「ところでシンク」

「なに?」

「シオンは?」

「今頃三度寝してるんじゃない?」

「四度寝じゃないでしょうか。シンクが起こした後僕も起こしましたから」

「つまりまた寝坊してるんだね…」

しゃもじを片手に私は呆れを隠せなかった。
流石にイオンもフォローしきれないのか、コレばかりは苦笑している。
シンクにいたっては嘲笑すら浮かべているのでフォローする気など微塵も無いのだろう。

シオンは非常に良く寝る。
寝つきが悪く、そして寝覚めが悪い。つまりたちが悪い。
同室のイオンとシンクが毎朝起こしているようだが、それでも二度寝、三度寝を繰り返している。

ちなみにシンクは眠りが浅く目覚めも早い。
イオンの言う職業病だろうが、その代わりがっつり寝るとたまに起きない。

イオンはすぐ寝てすっきり起きる。
一番手間がかからない。

「しょうがないなぁ…ご飯できたし、もう一回起こしてきてくれる?」

食器は一気に洗いたいし、さっさと食べて貰わねばお味噌汁が冷めてしまう。
しかしシンクは渋い顔をしているし、イオンもどうだろう?と自信なさげだ。
なので私はリビングにあったアナログ時計を見た。

あと少しで七時半というところなので、丁度良いとその時計を手に取り後ろのネジを回す。
目覚まし用の針が七時半ぴったりを指しているのを確認し、これからのことを想像するとついつい笑みを浮かべてしまう。
まさかコレを使う日が来ようとは……そんなことを考えながら、セットした目覚まし時計をシンクへと手渡した。

「じゃあ起こさなくて良いからコレをシオンの枕元に置いといて。置いたらすぐに避難しなさいね」

「は?避難?」

「うん。避難。早く」

首を傾げるシンクとイオンに説明しないまま、私はシンクを急かした。
どうせ後数分で解るのだし、説明するより聞いたほうが早い。

私の笑みに不審な目をしつつも、素直に従うシンクを見送ってから私は朝食の準備に戻った。
イオンに朝食を運んでもらいつつ、シンクが戻ってきたところで3人でテーブルに着く。
携帯の時計を見れば7:29の文字。

「そろそろかな」

「何が?」

私が目覚まし、と答えようとしたその時。
携帯のディスプレイの文字が7:30に摩り替わり、同時に二階にあるシオンたちの私室から"ジリリリリリリリ!!"という凶悪な音が響いた。
微かにシオンの声が聞こえた気がしたが、私はそれを聞かなかったことにして、代わることのない凶悪な音に懐かしさを感じる。

しかし聞きなれている私と違い、シンクは椅子から立ち上がり、イオンは目を白黒させていた。

「な、なな、なんですか!?」

「敵襲!?」

「敵襲って…ちゃうから!ただの目覚ましだから!」

こんなところでも職業病が!
腰を落としいつでも動ける体勢になっているシンクの言葉に私のツッコミが炸裂した。
目覚ましが敵襲の合図っていうのはちょっと勘弁して欲しい。
ちょっぴりカルチャーショックを体験した気分だ。

「メザマシってなんですか?」

「指定した時間に大きな音を出して起床を促してくれる時計についてる機能のこと。ちなみにシオンのところに持って行ってもらった奴は音が大きすぎるから全然使ってなかった奴」

未だに二階から聞こえる目覚ましの音を聞きながらイオンに説明をすれば、シンクも敵襲ではないと理解したのか紛らわしいと呟きながら椅子に座りなおしていた。
悪かったな紛らわしくて。

流石にコレなら起きるだろうという事でシオンを待っていたのだが、勢い良くドアが開けられた音がしたかと思うと凄いスピードでシオンが階段を駆け下りてきた。
どれくらい凄いかと言うと、漫画だったら砂埃がたちそうなくらいの勢いだった。
未だに鳴り続ける目覚まし時計を片手に、シオンがリビングに入ってくる。

「カナ!!」

ジリリリリリリリ

「おはようシオン。もう朝ごはんできてるよ」

ジリリリリリリリ

「なんだよコレ!?ボクの心臓止める気!?」

ジリリリリリリリ

「もう一回止まってるだろ」

ジリリリリリリリ

「それはぼく達も一緒ですよ、シンク」

ジリリリリリリリ

「今は動いてるんだ!もう一回止まってたまるか!」

ジリリr

ピタリ。
そんな擬音が浮かびそうなほど唐突に、騒音を奏でていた目覚ましが動きを止めた。
そのついでといわんばかりに、煩い中シンクやイオンと話していたシオンの動きもピタリと止まる。
つい噴出しそうになった私は悪くないと思う。

なにやら恐ろしいものをもつような手つきで目覚まし時計を持っているシオンから時計を受け取り、スヌーズ機能を解除して元々置いてあった場所に戻す。
そして射殺さんばかりの視線で此方を睨んでくるシオンに席に座るように言えば、彼は渋々椅子に座った。

朝ごはんを食べながら目覚ましについて説明したら、シオンはあの騒音が自分の寝起きの悪さが原因だと知って何もいえなくなり、渋い顔を維持しながら朝ごはんを食べ終えるのだった。

この件以降、シオンを起こすのにこの目覚まし時計が大活躍しているということを、私はここに記しておく。





この後夢主はきちんと三人にカップデザートのお礼を言いました。

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