解明し尽くされた自然現象



皆既月食という現象がある。
一般的に月食というと月が全て隠れる様を思い浮かべがちだが、月が一部分だけ欠けたりする部分月食や逆の現象である日食など種類は様々だ。
遥か過去には不思議な現象として捉えられ、呪術的な意味合いも強かったりしたらしいが、現代ではそのメカニズムもタマゴが剥けるかのごとくつるっと解明されている。
それどころか次にあるのは何年後、なんていうことまで解る始末である。

なのでぶっちゃけそれほど興味の無い私はニュースなんかで皆既月食が近いことを説明されても、へー皆既月食あるんだー。で済んでしまう。
多分実際に月食に出くわしても、お、ちょっと暗い、くらいで終わらせる自信がある。
が、我が家には現在緑っ子が居る。

ニュースを見た三人に皆既月食ってなーに?っていう質問を飛ばされるだろうと予測していたので、一応月食について何時に始まるとか何年に一度の現象なのかとか調べておいた。
が。

「三人とも、手が止まってるわよ」

皆既月食が間近に迫り、朝のニュース番組では月食が何故起きるかという特集を組んでいたのだが、三人は朝食を食べるのも忘れてその番組を食い入るように見ていた。
私が指摘してもじーっとテレビを見ていて動かない。
イオンだけならともかく、シオンやシンクまでこうなるとはちょっと予想外だった。

「……カナ」

「はいはい、なぁに。さっさと食べちゃって欲しいんだけど」

「地球って太陽の周り回ってたの?」

「そうかそこからか!」

「月食って音素が起こす怪奇現象じゃなかったの?」

「誰だそんな事教えたの!」

「月って実際に満ち欠けしてたわけではないんですか!?」

「んなわけあるか!」

珍しく、本当に珍しく三者三様にボケを繰り出してくれる緑っ子たち。
ちなみに上から順番にシオン、シンク、イオンである。
誰だ、シンクとイオンにそんな摩訶不思議な説明をしたのは。
つかここ音素ないだろ。

とりあえず三人には朝食を食べてもらい、後片付けをしてから太陽系について説明を始める。
基礎知識の違いが激しすぎてかなりの時間を取られてしまった。
水金地火木土天海冥とか久しぶりすぎて順番間違えかけた。
あれ?今は冥王星は惑星に数えられないんだっけ??ま、いっか。

「へぇ…日本の学生ってこんなの習うんだね。これ、覚えてなんか役に立つの?」

「天文系の仕事に就いた時は必須の知識よ。
それに色んなことを学ぶ事で、様々な分野に興味を持ってもらうことも出来るでしょ?」

「星の名前なんて考えたことも無かったよ」

「そうですね。惑星もそうですけど、星座というのもロマンがあって素敵だと思います。
また機会があれば教えてくださいね」

「そうだね、時間を作ってプラネタリウムでも行きたいねぇ。
ま、それはさておき。今回起きる皆既月食については解った?」

私の質問に三人ともこくりと頷く。
その表情を見る限り三人とも月食を満喫する気満々なようで、私は思わず笑みを零してしまう。
私一人では何と無しに流してしまっていたことも、三人が居れば一大イベントになるのだから、笑みも零れてしまうというものだ。

「テレビでは何時に月食が起きるか言ってた?」

「19時……何分だっけ?」

「あれ?皆既月食が始まるのは9時ちょっと前でしょ?」

「部分月食が始まるのが19時15分くらいって言ってませんでしたか?」

うん、綺麗に意見が食い違ってるね。
わいのわいのと話す三人を見て、念のため携帯で時間を調べておく必要があるかなと一人ごちる。
あと必要なのは月食中三人が空に釘付けになるのは決定事項のようなので、その前に食事くらいは取らせておくべきということか。
ベランダから見られる角度で月食が起きれば良いなと思いながら、月食について話していた筈なのに何故か音素について話が飛んでいる三人を見て苦笑をもらすのだった。






結局私が時間を調べなおし、時間が時間なので夕食をとった後に全員でベランダへと集合した。
流石に日が落ちると肌寒さを感じるので、三人に何か羽織らせるのも忘れない。
そうして空を眺めて今か今かと待っていた私達だったが、部分月食が始まる時間になってもすぐに解るものではないだろう。
風邪を引かないように念のためホットココアでも淹れておくかと思い立ち、三人に一言断ってから私はベランダから部屋の中へと戻った。

私の分も含めて四つのマグカップをココアで満たし、お盆に乗せてベランダへと戻る。
私が戻る頃には少し月が欠けているのも解って、こんなもんかと思いながら三人へとココアを手渡した。

「ずーっと見てると首痛くなるわよ。皆既月食自体はまだまだ先だからなんだったら家の中入りなさいな」

「時間解ってるんだっけ?」

「あと30分以上はあるわね」

「じゃあボク入る」

「僕も」

「あ、じゃあぼくも入ります」

結局全員入るんかい。
のそのそとベランダから室内へと入ってきた三人に心の中だけで突っ込みつつ、全員でテーブルを取り囲みココアを啜る。
楽しみにしてはいたものの、余りにもスローすぎてずっと眺めているには向かなかったようだ。

「完全に月が隠れるのは12分だけらしいわよ」

「それでも12分もあるんだ」

「その間って月が完全に見えなくなっちゃうんですか?」

「そうなんじゃないの?」

「一応見えるには見えるみたい。色は違うみたいだけど」

とはいえやはり話は皆既月食について一色に染まっていて、イオンの疑問に対して調べた情報を公開する。
ようやっと私の調査内容が実になった瞬間である。
だがやはりというかなんと言うか、この子達がずっと真面目な話になんてする筈も無かった。
安直に言えば、ちょっとずつ話題はずれていった。

「でも本当に凄いですね。月食の時間すら分単位で解るなんて、びっくりしました」

「それだけ技術が発展してるってことなんだろうね」

「でもさ、それをきっちり数字に出してテレビで伝える几帳面さってなんか日本人らしいっていうか…なんていったら良いのかな」

「言いたいことは解るよ。整理整頓した時もきっちりしてる感じってことでしょ?」

「集合時間の5分前には集まってて、お店に並ぶ時も綺麗に並んでるところとか、ですか?」

「「そう、まさにそれ」」

それは一体どういう意味だ。
イオンの発言にシンクとシオンが食いつき、テレビで見たらしい日本人の行列について話がスライドする。
そもそもあそこまで綺麗に並ぶ姿自体、三人にとってはありえないようだ。

「他の人の邪魔にならないよう綺麗に並ぶことが何かおかしいの?」

「軍でも怒鳴りつけて何回も練習しないとあんな綺麗に並べないし」

「むしろ何の訓練も受けてない上、誰に指示されたわけでもないのにアレだけ綺麗に並べるって一種の才能だと思うよ?」

「逆に聞きたいんだけど、並ぶことに訓練が必要ってどんなよ?」

まあ日本人の場合は目立つ行動をとって注目を集めたくないがために、アレだけ綺麗に並ぶという側面もあるだろうが。
そんな風に話を二転三転させながら時間を潰していた私達だったが、ココアの入ったマグカップが空になった頃、外をもう一度確認すればだいぶ月が欠けていた。
なのでもう一度ベランダに集まり、全員で空を見上げる。
ご近所を見渡せば他にも外に出ている人はちらほら居た。

「うわー、ほんとに欠けてる」

「見てて思ったんですけど、事前に知らせてくれると本当に助かりますね」

「向こうだと突発的だから、天変地異の前触れだなんだって大騒ぎだもんね」

「それこそ預言で解らないの?」

「解るんでしょうか?」

「お天気預言があるんだから、日食月食預言があっても良くない?」

「あはは、需要も無いのにそんなの詠むわけないじゃないか」

「そういうものなの?」

「一応商売だからね。ただでぽんぽん預言詠んだりはしないよ」

「納得した」

やっぱり上を向きっぱなしというのは疲れるので、全員視線を降ろしてからそんな会話をする。
結構シビアな話をしつつも、今度は室内に戻らないのは皆既食が近いからだ。
徐々に欠けていく月はいつもの白っぽい色から赤銅色へと変色していっている。

そして完全に月が赤銅色へと変わり、三人の口からは感嘆の息が漏れていた。
顔を伺えば僅かに目がキラキラしていて、口元には笑みがある。感動しているというのがよく解る表情だ。

「凄いです!ぼく、初めて見ました!こんな風になるんですね!」

「イオン、夜だから静かにね」

「あ、はい。ごめんなさい」

「でも本当に凄いよ。ボクも初めて見たし」

「シオンも初めてなんだ?」

「まぁね。そもそも夜空を見上げること自体、あんまり無かったからさ」

「あぁ、そうだね。僕も疲れきって寝ることが殆どだったからなぁ…」

そんな事を話しながらも、三人の視線は赤銅色に染まった月に固定されている。
たった12分の皆既月食。これが終われば次に見られるのは4年後だ。
まるでその様を脳裏に焼き付けているかのように、三人はずっと赤銅色の月を見上げていた。

しかしあらかじめ解っていたように、時間が経てば月も徐々に戻っていく。
少しずつ白みを増していく月を見て流石に三人も視線を降ろし、深く長い息を吐いた。

「後は…戻るだけだね」

「はい。またいつもの月に戻るんですね」

「なんか、長いんだか短いんだかよく解らなかったね」

「ははっ、まぁ良いじゃないか。じっくり見れたわけだしさ」

一応月食観察は終わりになったらしい。
シオンの言葉を皮切りに、三人はぞろぞろと室内に戻っていく。
何だかんだ言いつつ私もじっくりと眺めてしまい、指先が冷えていることに気付いて今度はホットミルクでも淹れようかと考える。

「こんな、何気ないことが、さ」

「ん?」

「凄く、楽しい。ありがとう、カナ」

「何それ、私が月食起こしたわけじゃないわよ?変なシオン」

「まぁ、そうなんだけどね」

にこにこと珍しく裏の無い笑顔を浮かべながら、シオンは何故か私に礼を言っていた。
意味が解らずに思わず笑ってしまったが、シオンはシオンで皆既月食に大いに満足したようだから良しとしよう。
そして私がホットミルクを淹れるために階段を降りようとした時、シオンがぽつりと呟いた。

「こんな時間を持てるようになったのも、カナのお陰だからね」

「……何かいったー?」

「何でもないよ。それよりボク何かあったかいもの飲みたいな」

「あ、ぼくも飲みたいです」

「ボクも」

「はいはい。淹れてあげるから全員下に来なさい」

「「「はーい」」」

ぽつりと呟かれたシオンの言葉。
それは多分珍しいシオンの本音で、私はあえてそれを聞こえなかったふりをした。

だって、ねぇ?
そんな事言われたら恥ずかしいじゃない??
シオンだって私に聞かれてたら恥ずかしいと思うんだ。きっと。多分。

パタパタと音を立てながら階段を駆け下りる。
じゃれあいながら降りてくる三人は笑っていて、今回の皆既月食もまた三人は楽しめたようで本当に何よりだ。






解明され尽くした自然現象





朱梨様リクエスト、トリトリで皆既月食の話でした。
朱梨様、大変お待たせいたしました。
リクエスト貰ったの4月ですよ…今10月だよ、半年もお待たせしてしまって本当に申し訳ありません。
一応作中は4月の話です。だから夜はちょっと肌寒い。

さて、皆既月食のお話…とのことでしたが、朱梨様、ご期待に添えているでしょうか?
夢主にとってはただの自然現象でも、緑っ子達が加わればそれはイベントへとなりあがり(?)ます。
そんな日常の一コマを文章に落としてみましたが、お気に召していただければ幸いです。
ちなみに私は働いてたので月食見れませんでした。ずっと建物の中!

それでは、リクエストありがとうございました!

清花

Novel Top
ALICE+