シンクの場合02



 ぶすっとした僕を、カナコが見下ろしている。
 無様に投げ飛ばされた後、反射的に受身を取ったものの呆気なくカナコに捕縛された。本当に軍人じゃないのか、嘘だろ絶対。

 カナコの技には型がない。だから次手が読めない。それが一番の問題で、難関だった。僕がカナコに負ける最大の理由だ。
 逆に僕の技はスピード頼りな分動きが単調で読まれやすい。しかも音素を使えない以上、神速と、烈風と呼ばれたほどの速さは出せず、結果カナコに先読みされて攻撃をいなされるか防がれてしまう。

 その場で正座させられながらそんなことをつらつらと分析していたら、腕を組んで僕を見下ろしているカナコが話を聞いているのかと怒ってきた。
 知るものか。何故聞かなきゃならない。そもそも僕とシオンの喧嘩なのだ。口を挟まれる義理はない。だから、素直にそう言った。

「鬱陶しいんだよ、あーだこーだと説教してきてさ。どうせすぐ捨てるくせに。何様のつもり?」
「何様も何も保護者様に決まってるでしょ。すぐに捨てようが何だろうがアンタは今私の庇護下に居るの。アンタが何かしたら私が責任取らなきゃいけないんだよ」
「そんなの頼んでないよ」
「あらそう、じゃあ出て行きなさい」
「……は?」
「聞こえなかった? 私に保護されたくないなら出て行きなさいって言ったの」
「っ……結局、アンタだってそうなんじゃないか! 僕は要らないんだ! 被験者やイオンがいいんだろ!! 偉そうなこと言ったってどうせあんたも、」

 全部言い切る前に、乾いた音が響いた。一瞬何をされたか解らず、じんじんとした痛みを感じてやっと頬をはたかれたのだと解る。
 いつの間にか顰め面をしているカナコの顔が目の前に来ていて、その背後では真剣な顔の被験者と驚いた顔の七番目が居た。

「いい加減にしなさい。私がいつイオンのほうが良いって言った? シオンのほうが良いって言った? 私が何で怒ったかちゃんと言ったよな? お前の耳はちくわかなんかか。言ったことが理解できないほどお前の脳味噌はスポンジか。違うよな? 本当はわかってるよな? 現実から目を逸らして言い訳並べて駄々捏ねてるだけってホントは解ってんだろ。ここにお前がレプリカだから、失敗作だからって言った人間が居たか? いないだろ。それが答えだ。そんな簡単なことすら解らないならとっとと出てけ!」

 出てけという言葉と共に外を指差して僕を"叱る"カナコにカッと頭に血が上る。
 多分それは図星だったからというのもあるし、頬をはたかれたせいもあるだろう。
 そうなってしまえばあとは感情のままにわめき散らすことしかできない。
 ああ、子供みたいだ、なんて思ったって止まらない。思考する間もなく、衝動のままに口を開く。

「じゃあどうすればいいのさ!! ああそうだよ、認めるよ、認めてやるよ!! 僕はずっと妬ましくて、憎かった!! 被験者も、成功作も、僕がどう足掻いても与えられないものを享受しておきながら当たり前みたいな顔をして、気に触って苛々して仕方がない!! あんたからすりゃ、僕は手がかかって面倒な、駄々を捏ねる子供でしかないんだろうさ!!」

 腹の底から感情をぶちまける。
 一度声に出してしまえば止まらなくて、眉根を寄せたカナコに向かって叫ぶ。
 解ってる。ただの八つ当たりだ。でも止まらない。

「けどそうしたのは僕を生み出して、失敗作と判断して廃棄した大人たちで、それを許容したのは世界のほうだ!! だから僕はアンタも、被験者も、成功作も、大人達も、世界そのものが大嫌いで憎くて妬ましくて仕方がなくて、当り散らしてる! でもそれを否定なんかさせない……だってこれは、失敗作の僕が得た、無価値といわれた僕だけの、唯一のものなんだ!!」

 はぁ、と一つ息を吐く。感情のままにわめき散らすなんて、製造さ産まれて初めてのことだと思う。
 怒鳴り散らすというのは案外面倒で、そして体力を使うものらしい。無言で僕の言葉を最後まで聞いていたカナコは厳しい顔のままだ。
 そしてその背後では被験者と七番目が息を呑んでいる。きっと想像だにしていなかったのだろう。僕がこんな、感情的になるなんて。
 挑発したのはそっちだろうと思うと、軽く目を見張っている被験者に舌打ちが漏れた。

「言いたいことはそれだけか」

 ぴり、としたものが背筋を走った。捨てられる。硬質な声に、そう直感した。
 本能的に逃げようと一歩下がったが、カナコの両手が伸びてきたかと思うと両頬を包まれるという妙な拘束をされる。
 少し冷たい指先が心地よくて気持ち悪い。慣れない他人の体温に自然と肩が跳ねた。
 強制的に視線が合わせられた。燃えるような熱を孕んだ真っ黒な瞳。

「シンクの言いたいことはよーく解った。じゃあ私が教えてやる。オールドラントじゃなくてこの世界の流儀だ。耳をかっぽじってよーく聞け。欲しいものがあるなら欲しがれ、ねだれ、駄々を捏ねろ、手を伸ばせ、何もしないうちに諦めるな。私は今お前達の保護者だ。私自身がそうなると決めた。だから私にはお前達を養う義務があり、何かが欲しいと言われたらそれに応えるだけの義務がある。これは成功作も失敗作も関係なく発生する義務だ」
「……でも、結局捨てるんじゃないか」

 情けないほどに小さな反論の言葉は、僅かに震えていた。
 義務だ、という形で必ず応えてやると暗に言われたことに気付かないほど、僕は馬鹿じゃない。
 けれど最終的にはそこに行き着く。成功作だろうと失敗作だろうと、結局は捨てるのだろうと。
 俯こうとしたが、無理矢理顔をあげさせられる。視線が絡む。

「捨てられるのは嫌か」
「ッ……当たり前だろ!」
「じゃあそう言え」

 言われた言葉の意味が一瞬理解できず、視線をさ迷わせる。
 そして言われた言葉の意味を理解して、希望を見出したような気持ちになったのはほんの一瞬の間だ。
 すぐに逃げ腰になった僕の気持ちは、こんな失敗作を受け入れてくれる筈がないという思いと、一体何をたくらんでいるのかという疑問で占められた。
 頬を包む手は未だはがれず、退けるために腕を掴んでみてもカナコは揺らがない。

「こんな役立たず拾ってどうしようっていうのさ」
「シンク、」
「解ってる! あんたがレプリカだからとか被験者だからとか言うんじゃないって言うのは解ってる……もうその問答をするつもりもないよ。僕だって馬鹿じゃない。けど、あんたが僕たちを受け入れるメリットがない。今の僕らはただの役に立たない子供だ。そう言う意味では、僕達三人は等しく『無価値』だ」

 自分がカナコを試すような言葉を吐いている自覚はあった。
 何故こんな役立たずを拾うのか、何かを企んでるんじゃないか、疑念が胸から離れない。

 無償の愛? ありえない。僕の今までの短い人生経験が、その選択肢を潰している。
 裏に何かしらあるだろうと、疑ってかかるのが当然だ。勿論、目の前に差し出されたものに臆病になっているというのは解ってる。
 けれど無価値なのは事実だ。現にその自覚がある被験者も七番目もカナコの後ろで下唇を噛んで俯いている。

「……オールドラントでない以上、軍人であることも導師であることも、意味がない。それは確かだ。否定はしない。けど無価値じゃあ、ない」

 力強く、断言される。
 それが真実だというように。

「シンク、もう一度聞くよ。捨てられるのは嫌?」

 言われた言葉の意味が咀嚼しきれないまま、戸惑いつつもその言葉に頷く。軍人でも、導師でもない僕たちに一体何の価値があるというのか。
 そして僕が頷いたのを見たカナコは、その時点になってようやく相好を崩し微笑みを浮かべた。

「じゃあ、シンクに何ができる? この家の中でできること、絶対にあるでしょう? 何でもいい、些細なことでも、これからできるようになるって宣言するでもいい、言ってごらん?」

 僕にできる、何でもいいから、些細なこと。
 先ほどまでの厳しい顔が消えて、まるで姉が弟に諭すような柔らかな声で問われた。
 予想外の展開に思わず目を見開き、理解が追いつかないまま考える。正直、混乱している自覚はある。

「ご、護衛……とか?」
「ふふ、家の中で?」

 笑われた。
 しかし言われた通りなので再度考える。停止しかけた思考回路はまともに働かない。
 これからやるという宣言でもいいらしい。

「か、家事。家事、手伝う……料理とか、掃除、とか」

 とりあえずこれまでカナコがやっていたことを思い浮かべて、それを手伝うと宣言してみる。
 やる、と断言はできなかった。何せ訳の解らない譜業をふんだんに使っているせいで、操作の仕方が解らない。
 教わればできるかもしれないが、すぐには無理だ。だから、手伝う。

 でも、本当にそんなことは些細なことだ。手伝いにしかならない、カナコが一人でできることを多少肩代わりしたところでメリットになるはずなんてない。
 そう思ったのに、何故かカナコはふんわりと笑った。

「じゃあ、これでメリットが生まれたね。あとはシンクがどうしたいか、だ」
「……こんなのがメリットになるわけ?」
「なるよ」
「……うそだ」
「嘘じゃない。シンクは子供なんだから、それでいいんだよ」

 意味が解らなかった。

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