07.片道切符になりえるのは
※シンク視点
「…………そう、アリエッタの母親を殺したわけだ」
「あ、の……」
フーブラス川を超えたあたりで起きたイベントに、シオンの機嫌が絶賛急下降中だ。
隣ではイオンが居辛そうにしているけれど、事実な分僕は何も言えないし、言わない。
「まぁ…あのライガクイーンがアリエッタの母親だって気付かなかった時点でボクが馬鹿だったってことかな」
自嘲気味に笑うシオン。
最終的にアリエッタは死を迎えている。
ラルゴ曰く、あの人形士である導師守護役に殺されたという話だけれど、そのイベントを迎えた時シオンは一体どうする気なんだろう?
この物語はレプリカルークの視点で描かれているわけだから、敵であったヴァンサイドの人間はことごとく淘汰される側にいるというのに。
アリエッタもラルゴも、リグレットも、全員淘汰される側に居る。
イオンだけは、違うけれど。
シオンは暫くコントローラーを握り締めていたけれど、アリエッタの殺害宣言を聞いた時点で更に顔を顰めていた。
「…ここまで馬鹿な子じゃなかった筈なんだけど、やっぱり歪んじゃったか…いや、これはボクの教育不足かなぁ…」
そう言って障気に倒れるアリエッタを淡々と見つめていた。
王族への殺害予告だ、これだけでも首を跳ねられてもおかしくない。
アリエッタはそれを知らない訳ではないけれど、感情的になりやすく身分を忘れがちなためにこんなことになってしまったのだろう。
障気に倒れたアリエッタにイオンが温情をかけ、更にレプリカルークまで槍を取り出した死霊使いを止めた。
その様子にシオンは重々しいため息をつく。
「イオン、情けをかければいいってもんじゃないんだよ。
この場合、アリエッタは王族に対して殺害予告をしてる。
これはダアトがキムラスカに対して宣戦布告をしてるのと同じだ」
僕と同じこと(斬首のこと)を思ったのか、イオンに対して淡々と説明を始めるシオン。
イオンは居心地が悪そうにしながらもそれを聞いていて、また話が長くなるなと僕はコントローラーを放り出した。
そもそも僕が参加しているのは戦闘時のみなのだ。
「しかし殺すのを黙認するのは…」
「勿論ボク個人としては救ってほしいと思うし、ボクがこの場にいたらあらゆる手を使ってアリエッタを助けようとするだろうさ。
けどね、ボクが言いたいのはそこじゃない。
何故ルークに謝罪しない?部下が殺すと言ってるんだよ?」
「あ…」
「ライガクイーンの件や王族云々を抜きにしても、謝罪すべきだろう、ここは」
そう言ってシオンはもう一度深々とため息をついた。
再度フィールド画面に戻されたレプリカルークを操り、宝箱の中身をせしめていく。
……それにしてもこのチーグル、変に役に立つよね。見た目はともかく。
簡略化されているフィールドは上から眺めているのもあって実際のフーブラス川とは違う。
先程放り出したコントローラーを拾い上げ、戦闘シーンへと移り変わった画面を見つめた。
ティアが早速ナイトメアを唄い始める。
「それにしてもヴァンの妹の譜歌…ボクも聞いたことがないな。戦闘じゃてんで使えないけど」
「発動時間も長いしね、普通の譜歌より威力があるのは認めるけど」
「旋律は綺麗で良いと思うんですけど…」
「そんなの戦闘じゃ何の役にも立たないだろ」
気持ちを切り替えたらしいシオンと軽口を叩きながら、エナジーブラストを叩き込もうとして攻撃を喰らっている死霊使いとの間に割って入る。
この死霊使い、ゲームじゃてんで役に立たない。
何故エネミーの前に立って詠唱を始めるんだ…。
そんな事を話していると、珍しくカナが口を挟んできた。
「そういえばさ、ティアの譜歌って独特の歌詞じゃない?他の譜歌もこんな感じなの?」
「いや、違うよ。詠唱を旋律に乗せる訳だから、ちゃんと歌詞がある」
「確か…ティアの譜歌は音律ごとに言葉が決まっていた筈です」
「あぁ、だから余計に独特な歌詞になる訳か…つまり効果はほぼ音律だけで決定してるって事?
よっぽど特別な譜歌なのかな?」
イオンの説明にシオンは顎に手をやってなにやら考え込んでいる。
頑なにヴァンの妹と呼び続けるのは、多分一番気に食わない存在だからだろう。
そこでふと気付いた。
「そうえば、アンタはユリアの譜歌を知らなかったっけ」
「ユリアの譜歌?…………これが?」
「はい。確かフーブラス川を少し抜けて、軍港を目指している最中にそんな話をしました」
それを聞いたシオンはふぅんと言うと、そのままフーブラス川を抜けて国境を目指し始めた。
イオンのいうとおり、フィールドを少し歩いたあたりで死霊使いが待ったをかけ、譜歌について問いかける。
「…譜に込められた意味と象徴を正しく理解し、旋律に乗せるときに隠された英知の地図を作る、か」
ガイの説明を繰り返すシオン。
なにやら考え込んでいるのは、思うところがあるからだろう。何を思っているかは不明だが。
「……カナはこのゲーム全部終わらせたんだよね?」
「一応ね。2週くらいはしたかな」
「大譜歌歌える?」
「うーん…全部覚えてるわけじゃないからな、聞きたいなら検索するよ?」
「聞けるんですか!?」
「多分ようつべにあるだろうし」
パソコンに視線を固定しながらおいでおいでと手だけで呼ばれて、意外なことに真っ先に立ち上がったのはシオンだった。
イオンも続いて立ち上がり、僕もパソコンに興味があったので立ち上がる。
シオンがカナの右、イオンが左、僕が後ろを陣取って、全員でパソコンの画面を覗き込む。
カナが何か操作し、何度か画面が切り替わり、ティアの姿が出てきたと思うと譜歌が流れ始めた。
"トゥエ レイ ズェ クロァ リュォ レイ ズェ"
懐かしそうな顔をするイオンとは裏腹に、シオンは流れる譜歌を聴きながら腕を組んでひたすら無言を貫いている。
その瞳が今まで見たことが無いほど真剣な光を帯びていることに気付き、僕はシオンをちょいちょいと突付いた。
「…何が気になるのさ」
「これ、ユリアの子孫以外が歌っても効果はあると思う?」
「は?」
「カナはどう思う?」
「さて、どうかな。
作中では表記されてなかったけど…ガイは一子相伝の技術みたいなものって言ってたし。
ユリアの子孫以外が歌っても意味がないということは、もしかしたら遺伝子情報か何かが必要なのかもね」
「遺伝子情報…確かパッセージリングのユリア式封咒もユリアの子孫の遺伝子が必要でしたね。
それと同じでしょうか?」
「創世暦時代の技術か、なら譜歌に仕掛けがあってもおかしくはない?
いや、意味象徴を理解できるのは子孫だけということか?
けどそれなら他人に歌えてもおかしくない…発動条件の一旦として遺伝子情報を必要としていると考えるのが妥当か?」
ぶつぶつと独り言を繰り返すシオンの意図が読めない。
思わず顔を顰める僕と、首を傾げているイオン。
仕方ないので、ストレートに疑問をぶつけることにした。
「ユリアの譜歌がどうしたっていうのさ」
「……考えてたんだけど、ボク達をこの世界に送ったのって何だと思う?」
が、質問を質問で返された。
そしてその質問に答えたのは、以外にもカナだった。
「ローレライじゃないの?」
「何でそう思う?」
「他にできそうなのがいないから。他の意識集合体って可能性もあるけど、人間世界に干渉しているように見えるのってローレライだけだし」
カナの根拠を聞いて頷くあたり、シオンも同じ結論にたどり着いていたということだろうか。
シオンは唇に手を当てながら画面を見つめている。
譜歌はとっくに終わっていて、画面にはごちゃごちゃしたものが映っているだけだ。
やがてシオンの眉間に皺が寄っていったかと思うと、とんでもないことを言い出した。
「…この世界に音素はない。けどもし…ボク等を送ったのがローレライなら、ローレライを召喚できたら…オールドラントに帰る事も可能、か?」
その推測に、僕とイオンは目を見開いた。
もしそれが事実なら、大譜歌はオールドラントへの通行手形へとなる得るかもしれない。
大譜歌はその旋律こそがローレライとの契約の証なのだ。
象徴を理解する必要もないから、僕らが大譜歌を歌ってローレライを召喚することが可能ならば、シオンの憶測は事実となりえる。
ユリアの子孫でなければ意味がない、とかなったら無意味だけど。
けど、もしローレライを呼べるとしても、だ。
「でも僕らは一回死んでるんだ、てことは帰った途端アンタは死体になるんじゃないの?」
「ぼくらは…音素に還るでしょうね」
「だろうね」
辛そうに吐かれたイオンの言葉に同意する。
シオンは被験者だから肉体が残るけれど、僕とイオンは違う。
第七音素のみで構成されているこの肉体は、死と同時に音素乖離を起こすだろう。
「あのさ、そもそも三人とも帰れるとしたとしても…いつの時間に帰るの?」
「いつの、って…帰る予定なんてないけど」
「そうじゃなくて、シオンが死んだ時?イオンが死んだ時?シンクが死んだ時?それとももっと未来?
三人ともばらばらに死んだのに一緒に現れたんだから、そのままの時間が流れてるとは考えにくいんだけど」
カナの言葉によって新たに発覚した疑問に、全員で首を捻る。
確かにその通りだった。
シオンはND2016に、イオンはザレッホ火山で、僕はエルドラントにて死を迎えている。
死んだ直後にこっちに来たなら、シオンと僕では2年以上のタイムラグがあるはずだ。
「あー…もしくはローレライがルークに解放された後、なのかな?」
「……解放されるんだ」
「うん、ヴァン討伐の後にルークが解放するよ。その後ローレライが三人をこっちに送ったって考えれば…」
「確かに三人同時になるね。何故ボク等をこっちに送ったかはともかく」
ヴァンが敗北することをあっさりとばらされたものの、そこまで悔しさは無いから不思議だ。
それよりもローレライ解放後送還ならつじつまは合う。
となると何故こっちに寄越されたかという疑問が残るわけだが、こればかりは本当に予測するしかない。
四人揃ってまた頭を捻っていると、一番最初に諦めたのは発端であるシオンだった。
「…まぁ、飽くまでも仮説だからね。確かめようがないことをこれ以上話しても仕方ない、か」
「唄ってみます?大譜歌」
「それでオールドラントに帰れたとしても、死体になるかもしれないんだよ?
そんな賭けに出るつもりは無いし、今の生活もそれなりに気に入ってるからあんまり帰りたいとも思わないな」
イオンの提案はシオンによって却下された。
今の生活が気に入っているか云々はともかくとして、帰還した途端に音素に還るのは僕も嫌なので却下に賛成だ。
「じゃあこの話は終わりね。それよりカイツール行かなくていいの?確かアッシュが奇襲かけてくるけど」
「あ、ほんと?あの鶏冠また出てくるんだ?」
「鶏冠…」
「あぁ、確かに鶏冠みたいだよね、前髪が」
シオンが鶏冠呼ばわりしたのは元同僚だが、庇う気はこれっぽっちも起きない。
大体アイツには苦労させられたばかりだったのだ。
その上僕がレプリカだと解った途端顎で使うようになったし、むしろもっと言ってやれと思う。
その後ゲームを再開した僕等だけれど、これからこの話は禁句になるんだろうなと何となく思った。
オールドラントへの帰還。
たった2年とはいえ生まれ育った土地だというのに、帰りたいとは思えない。
きっとそれはイオンやシオンも一緒なのだろう。
だから僕も口を噤む。
この平和で預言の存在しない世界に、少しでも長く居られますようにと。
心の奥底でそっと願いながら。
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