お家に帰して下さい。


実は私、前世の記憶があるんです。
あと、未来のことも知ってるのです。

こんなこと言われても信じられる人は居ないと思います。
事実私が同じことを言われたとしても笑い飛ばす自信があります。
むしろ馬鹿じゃねーの?って馬鹿にする自信があります。最低ですね。

でもこれ、自分の身に降りかかってくると笑い事じゃすまなくなります。
私、前世の記憶あります。未来のことも知ってます。
正確に言うとこれから起こるだろうことを別の媒体を通して知っています。

でも口にはしません。言えません。言いたくないです。
言ったって信じてもらえるとは思いませんし、信じてもらったとしても面倒ごとになるのが目に見えてます。
私は平穏無事に一般市民モブ役として一生を終えたいのです。
そんなのゴメンです。だから口を噤みます。

しかし一個問題があります。
私、昔日本で暮らしてました。弟妹が居る極普通のお姉ちゃんでした。
けど今はオールドラントのタトリン一家の長女として暮らしてます。
そう、問題ってここです。

妹居るんですよ。
……アニスって名前の。

冗談じゃありません。
主要キャラの側に居たら巻き込まれる確率がぐんと上がります。
しかもオールドラントでの両親に当たるオリバーとパメラ。
この二人、もう蹴り上げてやりたいくらいのお人よしです。
お人好しも他人に迷惑をかけなければ別に構いません。
けど子供に迷惑をかけるのはいただけないです。

何で私とアニスが借金返済の手助けしなきゃいけないんですか。
アニスなんてまだ幼年学校出たばっかですよ?
アニスが妹なんて実感はサラサラありませんが、やっぱり幼い子供が酒場で働いてるのは見ていて同情します。
両親だろうと何だろうと私の中でのオリバーとパメラの評価は最低ですよ。

しかもこの二人、私にも預言に従うようやんわりと言ってきます。
貴方の名前も預言に詠まれたのよ、って知りませんよ。私の名前はトモカです。
なんか古代イスパニア語の意味もあるらしいですけど知りません。
前世で馴染んだ名前のが良いです。

ちなみにオールドラントでの名前はヒューレン・タトリンです。
皆さん略してヒューとかレン呼びます。どう考えても女の名前じゃない。
嬉しくなんてありませんよ。預言で名前決めるとか馬鹿じゃないですか。

けどこんなのでも両親です。思い切り見捨てたいですが両親です。
しょうがないのでヒューと呼ばれれば反応します。
今日も呼ばれたので渋々行けば、何でも生誕預言を詠みに教会に行こうとのこと。

その金どっから出てくるんですか。
私とアニスが精一杯働いてる金を預言なんかにつぎ込むんですか。
馬鹿じゃないですか、阿呆じゃないですか、それくらいなら食費に回してください。
そう言えばそれでも預言は大切なものだからと言われました。
脳味噌融けてんじゃないのかこの二人。

言っても無駄だよって苦笑するアニスと別れ、渋々嫌々教会に向かいます。
拒否しても良いのですが、そうするとどうしてそんな事を言うのと問い詰められるのです。
それは非常に面倒臭い。下手すりゃ一ヶ月くらい言われます。
しかも何か嫌なことがあると、それは私が預言に従わなかったせいにされるのです。
なので預言を詠むための寄付金は両親の分の食費削ることを約束させて教会に行きます。

ちなみにアニスは仕官学校に行くために途中まで同行してました。
大詠師モースに目をかけられて学校に通ってるそうです。
そう言えばそろそろそんな時期ですね。

預言師が第七音素を集め、相変わらずよく解らないけったいな言い回しの預言が詠まれます。
譜石が生成され、預言師が解りやすくしてから私に伝えてくれます。

……私、ND2018の半ばまで鉱山の町で働くそうです。
ちなみに今はND2016……冗談じゃありません!

「嫌です。行きたくありません。断固拒否します」

そう言えば預言師が預言に逆らうのかと憤慨し、両親がどうしてそんな事を言うの!と哀れっぽく言います。
当たり前です。ND2018と言えば預言の年。
崩落に巻き込まれて死ぬなんてごめんですよ。断固拒否です。

憤慨する預言師と泣きながら私に預言に従うように言う両親。
ああ、面倒です。流石に崩落するのを知ってるからですとは言えません。
なんと言いましょうか。言い訳考えるのすら面倒です。

「何を騒いでる」

そんな中、何か余計に厄介なことになりそうな予感が。
現れたのは黒に緑を入れた団服を着て、鳥の嘴みたいな仮面をつけた緑の少年。
シンクです。烈風だか疾風だかの二つ名を持っていた筈のレプリカ少年です。
もう嫌です。家に帰って不貞寝したい。

ぶすくされる私はさておき、預言師が私が預言を拒否したことを説明します。
シンクは預言師の説明を聞いた後、少し考えてから私の腕をつかみます。何で?

「何か訳があるんだろ。僕からも話してみるから、アンタは仕事に戻りな」

「宜しいのですか?」

「見れば年も近いみたいだし、大人には言いたくないこととかあるかもしれないしね」

「ああ、シンク様、ありがとうございます。娘をよろしくお願いします」

「ヒュー、シンク様の言うことをきちんと聞くんだよ」

おいコラ待ちなさい。年頃の娘を簡単に男に引き渡すんじゃない。
シンクの申し出に両親はあっさりと引き下がります。お前らもう最低。

拒否する暇も無くシンクに引っ張られ、私は教団の奥の方へ。
こっちの方は入ったことがありません。段々人気が無くなっていくのは気のせいでしょうか。
これはアレですか。預言嫌いと勘違いされてレプリカ計画に勧誘される感じですか。
私なんか引き込んでもメリットは皆無です。とっとと帰して下さい。

しかし私の願いも虚しく、完全に人気の無くなった辺りで適当な部屋に放り込まれました。
カチャリとかけられた鍵の音がやけに無慈悲に聞こえました。
シンクがコチラを向きます。こっち見んなあっち行け。

「さて、と。ヒューレン・タトリンだったね」

「……そうです」

「鉱山の町に行きたくないんだって?」

「そうです」

「何で?」

答えられるはずもなく、俯いて無言を貫きます。
例え本当のことを話したとしても、秘預言を知っているとして消される可能性が高い。
そんなのゴメンです。そうなればそれらしい言い訳をするか、ひたすら無言を貫くしかありません。

それからどれくらい沈黙が続いたでしょうか。
意外なことにシンクから問い詰められることはありませんでした。
シンクは適当な椅子に座って、無言を貫く私を見つめ続けるだけ。
これは根気勝負ですか。なら負けません。嫌でも喋りませんよ。

「……知ってるから、行きたくない、とか?」

私が意地を張った辺りで、シンクの方が口を開きました。
根気勝負は私に軍配が上がったようですが、今何かおかしな言葉が聞こえました。
知ってるって何を?
思わず顔を上げれば口を引き結んだシンクが居ます。

「ヒューレン。アンタ、知ってるんじゃない?」

もう一度同じ言葉を繰り返されますが、主語を言えと言いたいです。
この質問に答えるならば、何を知っているかを私が定めなければなりません。
藪を突付いて蛇を出す気はありません。ここは無難な質問が吉と見た。

「知ってるって、何をですか」

「アクゼリュスが崩落することさ」

わぁ、直球だった。
もうちょっとこねくり回されたりするかと思いましたが、そんな事ありませんでした。
普通の預言師ならともかく、預言憎しなシンクなら崩落による死を回避したいと願っても見逃してくれそうな気がします。
なので素直に頷けば、シンクの唇がにやりと釣りあがりました。
非常に嫌な予感がします。

「やっぱりね。おかしいと思ったんだ」

だから何が。
突っ込みたいですが、突っ込みません。
回れ右して部屋から出ようとしたら襟首を掴まれました。私は猫じゃないぞ。
無理矢理座らされます。お家に帰して下さい。

「僕が知る限り、タトリン一家は一人娘しか居ない筈だった」

うん?何か言い回しがおかしいです。
それにタトリン一家の不幸姉妹と言えばダアトでも有名です。
見知らぬ人に哀れまれたり蔑まれたりなんかは日常茶飯事ですから。
しかも過去形とはこれいかに。

「アンタ、何者?」

先程からシンクの質問は答えにくいものばかりです。
嫌がらせですかこんちくしょう。

「どういう意味ですか?」

「そのままだよ。解りづらかったなら質問を変えようか。あんたは何回目?」

「意味が解りません。帰って良いですか」

ストレートに言えば今度は口がへの字に。
お気に召す答えではなかったようです。
しかし怒ることなく、シンクは身を乗り出して質問を変えます。

「アンタの人生は何回目かって聞いてンの」

「……二回目、です」

……驚きました。
アンタの人生はってことはシンクも前の記憶があるんでしょうか。
シンクはまた唇を吊り上げます。
どうやら今度の答えはお気に召したようです。
というかアレですか。

「……シンク様はもしや、人生を繰り返されているのですか?」

私は転生ですが、シンクの口ぶりからしてそれではなさそうです。
なので遠まわしに逆行してるのかと聞けば、シンクは少し驚いた後に頷きました。
うわ、めんどくさそう。帰って良いかな。


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