逃げ場が皆無です。


「…それで、私に何かご用ですか」

「…………」

無視ですか。そうですか。切れるぞコノヤロウ。
コーラル城の一室に連れて来られた私はじっとコチラを向いているシンクへとそう声をかけたのですが、シンクは無言で私を見下ろすだけ。
ちょっと視線が痛いですねー。

「……アンタ、僕の顔……知ってるね?」

あ、なんか突然ストレートにきました。ちっとも会話を噛み合わせる気が無い模様。
そんなとこだけ傭兵のシンクに似なくて良いです。
そう思いつつ知っていることは知っているので頷いておけばシンクが仮面を外します。
案の定現れたのは導師と同じ顔。しかし眉間に皺が寄っているうえ私はシンクとの付き合いのほうが長いので、導師よりもシンクと同じ顔という印象のほうが強いです。
一歩一歩近寄ってくるシンクに何となく身の危険を感じて一歩ずつ後ずさります。
しかしすぐに背後は壁になりました。逃げ場が皆無です。
何このイベント、こんなのゲームには無かったでしょう!

「僕の産まれも、知ってるわけ?」

「……レプリカの、ことですか」

「そうだよ。なんだ、全部知ってるわけだ。
やっぱりアンタが原因で前の僕は姿を消したってワケか」

はははっとほの暗く自嘲的に笑いながらシンクは距離を詰めてきます。
シンクが何をしようとしているのか解らず、緊張したままシンクを見上げますがその顔に乗っているのは嘲りのみ。
というか私が原因で逃走したと思われてたんですね。それなら探されているのも納得です。
しかしこのままでは埒が明かないので、一か八かの気持ちで私からも質問をすることにしました。

「貴方は……一体何なんです?」

その質問にシンクが歪な笑みを浮かべます。
聞くんじゃなかったと、後悔してももう遅い。

「僕?僕はね、あの完璧な前の僕が姿を消した事で焦ったヴァンが作ったレプリカだよ。
前の参謀総長なら、前の師団長なら、前のシンクなら、前の前の前の前のって失敗作のはずなのに全員が渇望するくらい完璧だった前の僕の後釜に据えられた、失敗作にすらなれなかった木偶人形さ!」

感情的になったシンクから拳が飛んできます。
慌てて避ければ拳が壁にクリーンヒット。ボロボロ零れる壁に避けてよかったと心の底から思いました。
思わず拳がぶち当たった左側の壁を凝視していたら右側の壁にも手をつかれ、いつの間にかシンクと壁に挟まれる形に。おかしいです。またもや逃げ場が消えました。

「そう、前の僕は完璧だった……シンクロ値の低ささえ除けば被験者よりも丈夫な身体を持つ、完璧なレプリカだった。
任務は失敗知らず、仕事も迅速、部下への対応も完璧で、その強さは閣下を凌ぐのではないかといわれるほど……同じレプリカなのにどうしてこうも違うのか、不思議だよね」

「それは…前のシンクと今の貴方は別人だからでしょう」

「はは、は、ははっ。僕と前の僕が別人?面白いこと言うね……僕に求められたのは前の僕の跡を継ぐことであり、前の僕のように完璧であることだ。そのためだけに作られたんだから、そうでなきゃ僕の価値なんて無いんだよ。
けど前の僕は完璧すぎた。劣化レプリカである僕じゃ、その跡を継ぐなんてできるわけがなかったんだっ!」

再度拳が壁に打ち付けられます。これじゃあまるで子供の癇癪です。
むしろ下手に力がある分子供の癇癪よりタチが悪いですね。下手すれば私一発であの世行きですよ。
そして劣等感抱きすぎですよこの子。
いや、逆行しすぎてチート状態だったシンクの後釜ですから、本当に不運としか言いようが無いんですが。
けど前のシンクは逆行してたから完璧だったんだよ、初めての貴方がそれが出来なくても仕方が無いよって言っても通じる筈がありません。
さてどうしたもんかと思ってると、強く肩を捕まれます。痛いイタイイタイ。

「けどそんな完璧だった前の僕も、アンタと共に姿を消した……アンタ、一体何者?
前の僕の何?前の僕が全部を放り出してまでアンタを選んだ理由って何?」

成る程、だからわざわざ連れてこられたというわけですか。
けど答え方が非常に難しい質問です。出来ることなら色々と教えてあげたいですが……それが信じてもらえるかは別の話です。
逆行も転生も傍から見ればただのおとぎ話でしかなく、下手をすれば頭がおかしい人が行く病院に連れて行かれかねない話です。口にするわけにはいきません。
そうなると適当に誤魔化すべきですかねぇ?あーめんどくさい。

「前のシンクは…教団から逃げ出したかったんです」

「…どういうこと?」

「そのままですよ。前のシンクは自分を生み出した預言という存在が憎かったんです。
けど教団は預言だらけでしょう?だからずっと逃げたかったんです。憎かったんです。
でも12歳なんて年じゃ逃げ出しても自活できない。だから同じように逃げ出したいと思っていて、ギリギリ保護者になれる年齢だった私と一緒に逃げたんです。
私が原因で逃げたというよりは、私が居て逃げれるようになったから逃げたんですよ」

とりあえず色々とぼかしてそれらしく告げてみれば、肩をつかんでいた手から力が抜けます。
納得してくれたんでしょうか。
というかあながち間違っていない言い方をしたので納得してくれなきゃ困ります。
これ以上なんか理由出せとか言われても出せません。逆さにふっても出てきません。

「ふぅん……じゃあ前の僕は今何してるわけ?」

「傭兵やってますよ。あと最近食事に目覚めてますかね」

「……アンタ一緒に行動してんの?」

「一応15歳になるまで私が保護者代わりですので」

「へぇ?」

私の言葉を聞いたシンクが嫌な笑顔を浮かべます。やばいです。嫌な予感が沸々と。
反射的に逃げ出そうとした私ですがアッサリ捕らえられて壁に押さえつけられます。
今度は前は壁、後ろはシンクです。さっきより危険値が上昇した気がします。ヤバイ、焦りすぎた。
ギリギリまで顔を近づけてくるシンクを振り返れば、背中で縛っていた腕を押さえつけられます。
お陰で腹部が圧迫されて苦しいんですが、苦しんでる私を見て笑わないで下さい。サディストですか、あなた。

「だったら、奪ってあげるよ」

「な、にを…っ」

「前の僕はアンタと居るんでしょ?前の僕からアンタを奪うのさ。
あははっ、前の僕はどんな反応するかな?苦しむかな?悲しむかな?」

「……怒ると、思います…っ」

「へぇ?僕に対して?」

「いえ、私に…ですね」

「……アンタに?」

「はい。何簡単に捕まってるの?鍛えた意味ないじゃん、って……ああ、今も怒ってそうですね。帰ったら鍛えなおしなんでしょうか…」

シンクにではなく私に怒るであろうという予測に毒気を抜かれた模様。
押さえつけられる力が抜けていましたが、遠い目をして遠くない未来のスパルタっぷりに思いを馳せている私を見て笑みを消したあと、もう一度壁へと押し付けられます。
ぎりぎりとロープの軋む音がしたかと思うと、軋む骨に今度こそ苦痛に歪む私の顔。
だから痛い苦しいと何度言えば。あ、言ってないですね。口にはしてないや。

「あの、痛いです…というか、苦し…っぁ!」

「まぁいいさ、あんたを奪って、目の前で苦しめたら流石に前の僕だって放置はできないよね?
あははっ、どんな顔するかな?自分より劣ってるただの後釜でしかない木偶人形にアンタを奪われて……苦しめば良いんだ、苦しんで苦しんで思い知れば良いっ」

どこか恍惚とした台詞に背中を駆け上がる悪寒。
どうやらこのシンクは本気で前のシンクが嫌いで、嫌いで嫌いで嫌いで仕方が無いようです。
私は前のシンクに対する嫌がらせをするための道具と言ったところでしょうか。
とりあえず殺される心配は無さそうでうがいかんせん苦しいことこの上ない。
身を捩ればシンクが離れ、床に突き倒されます。
そのまま咳き込む私を歪な笑みを浮かべたまま見下ろしたあと、仮面をつけて入り口の方を見ます。

1分ほど無言だったシンクですが、ひょっこりとピンクの頭が部屋を覗き込んできました。
ああ、アリエッタが来るから仮面をつけたんですか。
というかこのシンク、まだ幼いはずなのに私より強いです。
一体ヴァンはどんな鍛え方をさせたんだ…っ!

「シンク…あいつ等、来ました」

「そう。じゃあ行こうか。
……逃げ出そうなんて思わないことだね。周囲はアリエッタの魔物が見張ってるし、このコーラル城近辺にも魔物を配置してある。解ったらここで大人しくしてな」

来訪を告げる言葉に頷き私に釘を刺したたあと、シンクは報告に来たアリエッタと共に行ってしまいました。
魔物の追跡を逃れるのは困難です。出来ないとは言いませんが、あまりやりたくありません。
かなり体力と譜力を消耗しますし、何より私自身があまりやる気がありません。
それ位ならば恐らく来るであろう助けを待っているほうが得策です。

なので大人しく助けを待っていたのですが、時間をおいてやってきたのは悔しそうにしているシンクでした。
傭兵の方じゃなくて、六神将の方のシンクです。助けじゃありません、誘拐犯のほうです。
おかしいです。私の目論見が外れました。
これはあれですか。手抜いた私がいけないんですか。

「くそ…っくそ、くそ…っ!」

シンクは悔しそうに、それこそ今にも泣きそうなほど悔しそうにその言葉だけを繰り返していたかと思うと、何故か私を担ぎ上げます。待て、どうしてそうなる降ろせ馬鹿!
同時に廊下から聞こえる複数の足音。どうやら追われているようです。
素直に私を渡しなさいと言いたいところですが、足音の主たちがやってくる前に私を担ぎ上げたままシンクは窓から飛び降りました。

「ちょっ、なああぁぁあ!?」

「トモカッ!!くそっ!」

落ちる、地面に激突する。
そう思った直前に私を抱えたシンクはフレスベルクに回収されました。
高度を上げたフレスベルクから見下ろした先、恐らく私が居たであろう部屋の窓のところにはコチラを見上げている傭兵シンクの姿。
ようやく状況が見えました。整備士は解放されたようですが、私はこのまま誘拐ルートのようです。
行き先はタルタロスあたりですかね。

「くそ…っ」

私を抱えたまま再度悪態をつくシンク。
思わず負けたんですかと聞けば背筋がぞっとするくらいの殺気を向けられました。
余波を受けたフレスベルクも傾きました。すみません口は噤みますから怒らないで下さい。
そうして辿り着いたタルタロスではまたもやぺいっと床に放り投げられました。
ただし今度は腕を縛られているので受身も取れず、そのまま床に転がります。

「確かに僕は負けたよ…けどアンタは渡さなかった。助けさせなかった!
ははっ、それでアイツも苦しめば良いんだ…っ!」

哄笑するシンクにフレスベルクも去って行きます。
立ちなと言われたので素直に立ち上がります。そのまま一つの船室まで自分の足で歩かされます。
私、いつ救助されるんでしょうか。
シンク同士の争いに巻き込まれる日が来るなんてちっとも思いませんでした。
ちょっと涙がちょちょぎれそうです。誰か助けてください。本気で。

部屋には当然のように鍵をかけられ、腕の拘束も解いてもらえません。
必要が無ければ部屋に来るなと厳命し、シンクは部屋の隅へと後ずさる私を見下ろします。

「前の僕はレプリカルークの同調フォンスロットを開かせまいとした」

「そうですか」

「それどころか情報の入った音素盤を奪おうとしてきた。
まるでこっちの意図が読めてるようにね」

「さようですか」

そりゃ読めると思いますよ。延々とループしてきたわけですし。
自分が考えそうなことくらい嫌でも解るでしょう。
心の中だけでそう相槌を打ちつつシンクを見上げています。
未だに苛立っているらしいシンクはまた私を壁際に追い詰めたかと思うと、仮面の下から覗く荒んで暗い瞳で私を見下ろしました。

「何を知ってる。聞かされていることを全て答えろ」

……あれ?もしかして私尋問されるパターンですか?
いけません、逃げ場が皆無です。
冷や汗がだらだら流れる中、とりあえず頑張って何も知らないと主張しようと思います。

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