どうでもいいんですけどね。


つ、疲れた。めっちゃ疲れた…っ!
シンクの何を知ってる全部話せでなきゃボコすっていう脅しを、背中を冷や汗塗れにしながらも何とか乗り切りました。

私は殆ど何も知らされてないのです。シンクが何で音素盤を奪おうとしたかとか、同調フォンスロットを開かせまいとしたかとか。
えぇ、元々知ってますからわざわざシンクの口から説明を受けたりとかはしてないです。だから何も聞かされてないって言うのは嘘じゃないのです。
喋ってないだけです。お口にチャックしてるだけですよ?

とりあえず私の主張をいまいち疑いながらも信用してくれたシンクは、私が抵抗しないところを見て拘束を解いてくれました。
逃げ出そうとは思わないわけ?って聞かれましたが、あなた私より強いじゃないですか。
相手の力量を読めないほど耄碌した覚えはありませんし、勝てない相手に負け戦を覚悟で挑むほどファイティングスピリッツに溢れているわけでもありません。
どちらかというと勝てると確信を持たない限り挑みません。負けるといろんな意味で面倒なので。
素直にそう言えば今度は微妙な顔をされました。

それから仕事の合間合間に覗きに来るシンクとぽつぽつと喋っていたのですが、この子の卑屈度半端ない…。
もうゲーム後半のルークなんて目じゃないですよ。劣等感と卑屈をこね回して二乗したような感じです。
カイツールまでの道中について聞かれたので素直に答えていたのですが、導師の護衛をしていたといえばあの成功作のお守ねぇと皮肉げな笑みを一つ。
一応こっちのシンクの中でもイオンは成功作扱いらしいですよ?

ま、んなことはどうでもいいのです。
とりあえずあの導師は視野が狭い、後先を考えない、周囲からの評価というものを考慮しない、コレを何とかしない限り導師をやめたほうが良いですねとキッパリ言えばまたもや微妙な顔をされました。
成功作だろうと何だろうと上に立つなら必須の能力、というか人とコミュニケーションをとって生きていく以上必須の能力です。

イオンの場合全部幼いが故でしょうから情状酌量の余地はありますが、他人はそうと知らないわけですから結局はただの非常識に見えてしまいます。
私もイオンがレプリカだと知らなければ辟易していた自信があります。
むしろどんなに報酬が魅力的でもお守なんて引き受けなかったでしょう。

そう言えばシンクは酢でも飲んだような顔をしていました。
予想外だったんでしょうが、私のような評価を下す人間は結構居ると思いますよ。
現に導師イオンの変化に気付いた人は居るでしょう?
人には本音と建前というものがあります、穏やかになったと口で言いながら騙しやすくなったと思う人間が居ないとは限りません。
ま、私に影響がない限りはどうでもいいんですけどね。

肩を竦めればシンクは少し考えた後、それならまたお守りをしてよととんでもないことを言い出しました。
私の言ったこと聞いてましたか。嫌ですよ、子供の面倒を見るのは苦手なんです。
そう言ってみたものの私の主張は無きものにされました。いえ、解ってましたが一応抵抗したかったんです。

なんかバチカルで導師を拾うそうなので、私にその世話をしろとのこと。
あっちのシンクと良いこっちのシンクと良い、一体私をなんだと思ってるんでしょう?
しかし一応私捕虜ですし、渋々言うことを聞きます。
ちなみに何故バチカルへ?と話の流れ上一応聞いておけば、導師を拾うためだけでそれ以外に用事はないようです。
シンクとしてはタルタロスはマルクトの戦艦なので、バチカルに近寄るのは嫌だし持っての外だろうと主張したそうですが、すぐに回収すればばれない、問題ないと言われたそうな。

思わず苦労してるみたいですねって同情したら前の僕ならもっとうまくやったんだろうけどねっていわれました。
どうでしょう。傭兵のシンクなら馬鹿じゃないのと一刀両断する気がします。
つまりヴァンの命令は無視して、イオンだけ誘拐してくる…あぁ、ありそうです。
結果さえ出せれば良いんだろみたいなあの態度、実は一部の傭兵仲間から反感を買ってることに気付いているんでしょうか。
いえ、シンクの事ですから気付いていて無視していそうですが。

しとしとと雨が降ってきた中、一応世話役に任命された手前一般兵が連れてきたイオンを迎えるために外へと出ます。
遠くに見えるのは…廃工場の出口でしょうか?
ということはアレですか。ルークのイオンをかえせぇ(以下略)イベントがあるんでしょうか。
そんな阿呆なことを考えながら傘を差し、濡れているイオンにタオルを渡していると案の定ルーク達が現れます。
ただし一個頭が多いです。緑の頭です。傭兵のシンクです。どうして同行してるんだ。

「モカッ!」

「イオンッ!!」

思わず首を傾げた私はさておき、緑と赤が突っ込んできます。
クリスマスカラーが迫ってくるとか阿呆なこと考えている暇はありません。
こっちのクリスマスカラーコンビもそれを迎え撃ち、こんな間近で戦闘開始です。
慌ててイオンを背中に隠します。危ないでしょう!気軽に刃物を振り回すんじゃありません!

赤vs赤、緑vs緑……に、なると思ったんですがそんな事なかった。
まずアッシュが傭兵シンクに吹っ飛ばされました。こっちに飛んできたので思わず避けたら戦艦の中へとナイスシュート。
へぶっとか間抜けな声と共にアッシュがタルタロスの中へと飛んでいきました。
とても素敵なコントロールでしたが、ルークも抜きかけた剣を片手にぽかんとしてます。
俺と同じ顔!?とか言ってる暇すらありませんでしたよ、きっと。

そしてルークを背に庇いながら傭兵シンクが六神将シンクと相対します。
拳がぶつかり合い、蹴りが交差し、お互い音素を弾きあいます。
全く同じ型で戦いますが、お互い利き手が同じなので鏡あわせとはいきません。
それに傭兵シンクの方がレベルは上、同じ打ち合いでも徐々に六神将シンクの方が押されていきます。

そうしてシンクvsシンクの攻防を見ていた私とイオンですが、戦艦にシュートされたアッシュに促され、六神将シンクは舌打ちの後に私の方へ。
思わずこっち来んな!と言いかけた私の首根っこを掴み、そのまま戦艦へと連れて行かれます。
アッシュがイオンを拾い、そのまま動き出すタルタロス。
結局傭兵シンクと合流することは叶いませんでした。

「…………」

「あの…」

「おいシンク!貴様何考えてやがる!」

「煩いんだよ!」

そうして動き出したタルタロスの中、アッシュの罵声を切り捨てたシンクは呼気を荒げたまま船室へ行ってしまいました。
アッシュも舌打ちをした後私に導師を押し付けて船室へ……あの、私捕虜なんですけど。
何この放置プレイ。仕方ないのでイオンを適当な船室へ連れて行き、そこら辺を歩いていた神託の盾兵の人に濡れていた服の替えとホットミルクを頼みます。
そうしてイオンの身体を温め、勝手に出歩るくとこういうことになるんですから次からはちゃんと守護役をつけなさいとお説教をしてからベッドに寝かしつけます。

イオン、私貴方を叱ってるんですよ?何で私になつくんですか。懐かなくて良いです。
私の周りに緑ばかり増えていく気がします。
ああ、でもイオンが一番純粋ですね。そういう意味では唯一の癒しです。
一番苛っとする対象でもありますが、ソコは教育次第で何とかなってくれると嬉しいです。
そうしてイオンを寝かしつけた後、船室を出て神託の盾兵の人に護衛を頼み、シンクの部屋に案内してもらいます。
皆さん私に警戒してません。一体シンクはどんな説明をしたのか。

「シンク、入りますよ」

案内してくれた兵士に礼を言った後、ノックをしても返事が無いのでゆっくりゆっくりドアを開けます。
すると中からにゅっと伸びてきた手に襟首を捕まれ、中へと引きずり込まれました。
ドアが無情に閉まります。情を出して様子見になんて来るんじゃなかったと早くも後悔した瞬間でした。
シンクは私を室内へとぶん投げ、私はベッドの上へとぼふんと落ちます。
さすが戦艦、ベッドも硬いです。マットレスがあったのに私頭打ちました。
これ以上馬鹿になったらどう責任を取ってくれるのか、激しく問い詰めたいです。

「何しにきた」

「いえ、心配で見にきただけですが…お邪魔だったようなので失礼しま」

全部言い終わる前に拳が飛んできました。
おかしいです。またもや逃げ場が消えました。
後門の壁、前門のシンクです。何コレデジャヴ。

「心配?あぁ、確かに心配だね。前の僕とやりあえば今の僕が負けるのは確実だ。
つまり同情ってコトだよね?ハッ!アンタとしては僕が負けた方が逃げ出せて丁度良かったんじゃないの?
それとも劣化レプリカ風情に情をかけて…善人ぶってるつもり?鬱陶しいだけなんだよそんなのっ!」

勝手に予想して勝手に怒って、再度鈍い音を立てて壁が殴りつけられます。
壁へこんでますよ。おかしいです。一応戦艦なので鉄製の丈夫な壁の筈なんですが。
あ、ライガに隔壁引き裂かれちゃうくらいですもんね。ソコまで丈夫じゃありませんよね。
でも生身のシンクにへこまされる壁って大丈夫なんですか。
ちょっと別の意味で心配になっちゃいますよ、これ。

「……あの、シンク、とりあえず落ち着いてください。
確かに同情はしてます。してますが、多分シンクの考えてるものとは少し違います。
私もまたあのシンクにしごかれた身なので解るんですが、アレは反則ですよ。それくらい強いです。おかしいくらいにね。
だからシンクがシンクに敵わなくともなんらおかしくは無いんですよ。
シンクはシンクで、ああもうややこしい!」

今度は私が壁を殴る番でした。
お互いシンクなので話しているうちに何が何だか解らなくなってしまいます。
思わずベッドの柱を殴ったら柱がひしゃげました。
ところで何故その柱を見て固まるんですか。貴方もさっき壁をへこませていたでしょうが。
私のは傭兵シンクのせいでフォンスロットが開きすぎて馬鹿力になってるだけです。
貴方とは違いますよ。

「とりあえず名前、名前変えましょう」

「……は?何言ってんの?僕は、」

「別に通称じゃなくても良いんです。私がややこしいと感じるから言っているだけですから。
それに誰が何と言おうとあっちのシンクと貴方は別人なんですよ?
別の名前を持ったって何らおかしくありません。
という訳で貴方だけの名前を決めましょう、そうしましょう。さて、どんな名前が良いですか?」

「きゅ、急に言われたって思いつくわけないだろ!?馬鹿じゃないの!?」

その言い方は非常にシンクらしい言い方ですが今回はスルーです。
そしてほっぺがほんのりピンク色です。態度はこんなのですが喜んでる模様。お前もツンデレ属性か。
まぁ先ほどまでのネガティブが飛んでいったようなので良しとしましょう。
とりあえず腕を組んでこっちのシンクの名前を考えます。
烈風のシンクなので、風関連のお名前とかどうでしょう。
ハリケーン?旋風?つむじ?エルニーニョ?あ、エルニーニョは気候ですね。風じゃない。

「……ミストラル、というのはいかがでしょう?」

「ミストラル…?」

「はい。風の一種です。響きも綺麗ですし、いかがでしょう?」

「……古代イスパニア語では「揺らぐことなく」って意味だね」

「あ、そんな意味もあったんですね。良いじゃないですか。揺らめくことなくってことはしっかりとしたとか、一本筋の通ったってことでしょう?
ミストラルはミストラル、シンクはシンク、別人であるということを自分の中でも揺らがせないように」

「……ミストラル」

「はい、いかがです?」

そう聞けば口の中で何度も何度もミストラルと繰り返し呟くシンク、もといミストラル。
長いですね。愛称はどうしましょうか。ミスト?ストラ?ラル?

「ラル、ですかね。呼びやすいですし、しっくりきます」

「何が?」

「愛称ですよ。ミストでも良いですけどそうすると『霧』という意味になっていますし」

「ラル…」

嬉しそうですね、気に入ったならば何よりです。
という訳で貴方はこれからラルです。周囲からはシンクと呼ばれるでしょうが、私の中ではもうラル以外の誰でもないです。
納得しましたか?満足しましたか?
ならいい加減どいてください。私、いつまで壁に追い詰められてれば良いんですか。

「アンタは…前の僕と今の僕を一緒にしないんだね」

「そりゃ別人だってわかってますから」

「ふぅん…」

機嫌がよくなったらしいラル。
するりと私の頬を撫でた後、笑みを浮かべて私を見下ろしています。

「これからはちゃんとラルって呼んでよね」

「呼びますよ。ややこしいですから」

顔も一緒、名前も一緒なんて面倒なだけです。
それより早くどいてください。あなたの笑顔は怖いんですよ。


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