私はただの一般人ですよ!/前


「ふーん、つまりそれで名前をつけたら何故か懐かれちゃったと」

「はい。決して故意ではありません」

「そう?あっちの方は恋なんじゃない?」

「? とにかく懐かれただけです。何をとち狂っているのかは知りませんが私はそれ以上のことは何もしてませんよ?」

「でも恋かもしれないんでしょ?モカが何もしなくてもあっちから何かしてくる可能性はあるんじゃないの?」

「故意に近付いてくると?」

「そ、恋のために」

「……失礼、お互い使っているコイの意味が違う気がするのですが」

「……そうだね、僕もそんな気がする」

なにやら緊迫感がずるずると剥がれていきます。
壁に追い詰められつつも今までの経緯を説明したらシンクはあまり怒れないようでした。
もしかしたらかつての自分と重ねているのかもしれません。

とにかく状況は把握したようで、また面倒なのが湧いて出たねと言って私を解放してくれました。
湧いて出たも何も貴方と同じ遺伝子ですし、以前貴方が居た所ですよ。
あと次からは自力で脱出するよう怒られました。次なんてほしく無いので適当に頷いておきました。
導師様じゃないんですからそんな簡単に誘拐されて溜まるものですか。
私はただの一般人ですよ!

「とにかく、眠らせてくれませんか。ずっと緊張していたのであまり寝てないんですよ」

「へぇ?どおりで隈が凄いわけだ。君ならどこでも眠れると思ってたけどね、そんな繊細なところもあったんだ?」

「の○太くんじゃあるまいし、そんな簡単に眠れません。
明日はマスターのところに行かなきゃいけないので本気でそろそろ寝かせてください。次の職も探さないと」

「あ、そう。僕は公爵家からの依頼でアクゼリュスまでの護衛を引き受けたから、また暫く留守にするからね」

「了解です。アクゼリュスに到着したらすぐ離れるつもりで?」

「当たり前だろ。崩落に巻き込まれるつもりはさらさら無いよ。そのためには馬の調達もしないとね……あ、寝る前にご飯作ってよね」

「鬼ですか貴方は」

寝かせろって言ってるのにその前に飯を作れと言う。どこの亭主関白ですか。
ですが逆らえない私は半分眠った頭で何とか食事を作ったあと、ようやくベッドにダイブすることが出来ました。
眠ったのは夕方なのに目覚めたのは翌日の朝で、まあある意味丁度良いお目覚めです。
ガッツリ眠った私はシンクの朝食だけ作っておき、そのまま酒場へ向かいました。
マスターには謝り倒したあと、エンゲーブ以降のことをかいつまんで説明すれば何故か同情の眼差し。

そうですね、よくよく考えてみればほぼ巻き込まれてるだけです私。
自分から首突っ込んだのセントビナーでの傭兵契約のみです。
マスターは事情が事情だし次の店員も決まっていないからとこのまま契約続行してくれないかと言われました。
そんな都合の良い展開で良いんでしょうか。私、職失わなくて済むようです。
柄にも無くちょっと感動しちゃいそうでしたが、マスターの次の一言でその感動も空の彼方です。

面倒な仕事を一つ引き受けてくれといわれました。
あ、やっぱそう来ますよね。そんな気はしていました。
とりあえず話を聞いてみれば、何でも和平に着いての情報収集を頼みたいとの事。

要約するとココ最近和平の動きがあるがどうもきな臭い。
マルクトから和平の使者が出立したという話は発表されていないにも関わらず、いつの間にか和平を受けたキムラスカから親善大使としてルーク・フォン・ファブレとか言う公爵子息がバチカルを出立したらしいと聞く。
詳しい内情を知ろうにもファブレ公爵子息は今まで表舞台に立っていなかった為に足取りを終えない上、親善大使を派遣したくせにキムラスカはコソコソ戦争の準備をしているらしい。
ちょっくら情報掴んできてくれないか、ということ。

あー、そうですよね。一般市民から見ればそう映りますよね。
やってること超ちぐはぐですよね。つかマルクトは導師誘拐をしでかしているのに和平の使者が出立したこと発表してなかったのか。
阿呆か、阿呆すぎる。恐らく対立する国が一つしかなかったからこんな杜撰な政治でも何とかなったんでしょうが……民衆としては不満たらたらですよね。
ケセドニアに住んでるからこそあまり気にしていませんでしたが、キムラスカやマルクトに住んでる人は終始ストレスマックスなのやもしれません。

とりあえずマスターに情報は何でも良いんですね?と確認を取り、仕事を引き受けることにしました。
どうやら出発する前に頼みたいと言っていた仕事もこれと似たり寄ったりの仕事だったようです。
ま、どうでもいいですが。

「では報告させて頂きます。マルクトが派遣した和平の使者は"皇帝の懐刀"、"死霊使い"の二つ名を持つマルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐です。
仲介役としてローレライ教団の導師イオンを引っ張り出していますね。
最も、大詠師モースが預言に詠まれていないと反対したために教団で暴動を扇動し、導師守護役アニス・タトリン奏長の協力を得て、その隙に導師を連れ出すという誘拐紛いを起こしていますが。

そしてその誘拐紛いのおかげで演習を装い水陸両用型戦艦タルタロスに乗っていたにも関わらず、幼獣のアリエッタ・魔弾のリグレット・黒獅子ラルゴ・鮮血のアッシュ率いる神託の盾騎士団に襲撃を受けています。
その後タルタロスを捨て徒歩でバチカルを目指し、親書を渡した翌日親善大使の派遣が決定したそうです。
そうそう、先程話しましたよね?擬似超振動を起こしてしまいマルクトに飛ばされてしまったキムラスカのとあるやんごとなき方の護衛を引き受けたと。それがルークさまです。
なのでこれらの旅は全てルーク様が同行していらっしゃいます。

私はカイツールで誘拐されましたのでそこから砂漠までの経緯の詳細は不明ですが、現在ルーク様は死霊使いに使用人が一人、それと一般人を名乗るナタリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアと教団員ティア・グランツ、導師イオン、導師守護役アニス・タトリン奏長、そしてシンクと一緒につい先日、砂漠越えをしてケセドニアまでお越しになられております。
先遣隊の姿は見えませんでしたし、死霊使いは追加の救援をグランコクマに頼んでいる様子はありませんでしたね。そもそもタルタロスが神託の盾に奪われたという報告をしているかどうかも怪しいですが。

ちなみに彼等はあの少人数でこれからアクゼリュスに向かうそうです。
キムラスカが出した救助のための先遣隊は神託の盾の主席奏長であるグランツ謡将が率いて先に行ってしまったそうですよ。不思議ですね。
はい、報告は以上です。必要ならば後ほど書面での報告も致します」

「……お嬢、頭でも打ったか?」

「残念ながら全て事実です」

頬を引きつらせるマスターに真顔で言えば口を空けたまま呆然としていました。
気持ちは凄く解ります。突っ込みどころ多すぎますもの。

「待て。何故導師が同行してるんだ?」

「伝聞になりますがバチカルで六神将に誘拐されたため、導師守護役であるアニス・タトリン奏手が導師奪還を親善大使一行に依頼。
砂漠にあるザオ遺跡で導師及び私の奪還を成し遂げて下さったためです」

「…………」

「ちゃんと情報提供料払ってくださいね」

「そんな情報信じられるとでも?」

「でも事実ですから」

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