私はただの一般人ですよ!/後


私の話を端から信じちゃいないマスターはさておき、ドアに取り付けられたカウ・ベルが鳴ったので反射的にいらっしゃいませーと声を出します。
マスターも慌ててお客様に目を向けたのですが、そのまま口をあんぐりと開けて固まってしまいました。
そうですよね。私もマスターの立場ならそうなると思います。
なにせ私が話した人たちが和気藹々と……いや、和気藹々はしてないな、少しギスギスした空気でぞろぞろと入ってきたんですから。びっくりしますよ、普通なら。

「モカ、ルーク…さまが、またアンタの飯が食いたいってさ。あと導師も」

「だからって全員で来ますか普通。皇帝名代、親善大使、導師の三拍子が揃ってるって言うのに」

「あいつ等に普通が通じるなら僕は苦労してない」

「ああ、すみません。その点に関しては私が悪かったです。謝りましょう」

シンクの物凄く実感の篭った台詞に私は素直に謝りました。
フリーズしているマスターの足を思いっきり踏み込んで何とか再起動させた後、全員分のお水を持って注文を取りにいきます。
シンク、何度も言いますがメニューに無いものを注文しないで下さい。
家では作りますが流石に店では作りません。

「マスター、朝定2、A3、B2、C改変大盛り1です」

「……お嬢、さっきは疑って悪かったな」

「いえ、信じていただけたなら何よりです」

「一体どうなっちまってるんだ……」

そう呟きながらもマスターは黙々とモーニングを作ります。慣れって凄いですね。
出来上がったモーニングをそのままテーブルへと運んでいくと、何やらちょっとした言い争いをしていました。
あんまり騒ぐと金巻き上げた後外に放り出しますよ。
シンクは解っているでしょうが、他の人たちには念のため忠告をしておきます。
すると何故かティアに貴方からも何か言って頂戴と言われ、話を聞くとどうやら導師がアクゼリュスに同行したいと我が侭を言っているとのこと。
最も我が侭だと思っているのはルークとシンクだけで、他のメンバーはそんな導師の行動を立派だと思っているようですが。

「はぁ、そうですか。で、行ってどうするんです?」

「……え?」

「ですから、その身体の弱さでは救助が出来る訳でもない、物資を届けるわけでも神託の盾の応援を連れて行っている訳でもない、にも関わらず貴方が同行して一体何ができるんですかと聞いているんですよ導師イオン」

「そ、れは……」

「何をおっしゃいますの!イオンは導師なのですから慰問を行えば良いではありませんか!」

「何も知らないようですから言っておきますが、慰問とはある程度の安全性が確保されている状態で初めて可能となる公式行事です。
現在アクゼリュスでは障気が吹き出ており、それは空を紫色に染め頑丈な鉱夫達ですら次々と倒れて救援を必要とするほどだと聞いております。
そんな場所に貴人が足を運べるとでも思ってるんですか?
普通なら却下されますよ、当然ですね。障気障害以外の伝染病も蔓延しているでしょうし。

それに人一倍虚弱体質である導師イオンがそんな場所に行って、障気障害にかからないと言いきれるんですか?
本来なら貴方が指摘するところですよ、導師守護役殿。
導師の安全性を考えるのであればアクゼリュスまでの長距離徒歩移動も、瘴気の中に行くようなことも貴方が止めるべき事柄です。

更に言わせていただくならばその様な災害が発生した場所では暴動のみならず暴力が当たり前のように横行しており、秩序など存在しません。
導師だから攻撃されないなどと思わないほうがいいですよ。
もう一つ気付いていないようですから忠告しますが、ナタリアとティアとアニスも気をつけたほうがいいです。
自暴自棄になった鉱夫に襲われる可能性は充分にありますからね。孕まないと良いですね」

私の言葉にシンクを除いた全員が言葉を無くしてします。
こいつ等アクゼリュス行き舐めきってやがる。
深々とため息をびくっと肩を跳ねさせるアニスとイオン。
怯えるくらいなら最初から言わないで下さい。

「もう一個言わせて貰うとね、足の遅いアンタに合わせるって事はそれだけアクゼリュス行きが遅れるってこと、つまり救援が遅れるってことなんだよ。
遅れれば遅れるほど助かったかもしれない命が散っていくんだ。アンタそれでも同行したいの?」

シンクの言葉を聞いたイオンはハッとした後青い顔のままぶんぶんと首をふりました。
この調子ならイオンももう同行したいとは言わないでしょう。
シンクは本来ならアンタが言わなきゃいけないことだよ死霊使いと突っ込んでおくことも忘れません。
死霊使いもハッとしていましたが知りません。そもそもその人数でどうやって救助するんです?

「……更に念のために聞いておきますけど、ルークさまに救助させるとか言いませんよね?」

「? 親善大使なのですから救助するのは当たり前でしょう?」

「それで感染病を患って?キムラスカを怒らせて国交断絶が貴方の狙いですか?」

「! ち、違いますわ!ただ救助をするのはキムラスカの青き血を引くのであれば当然だと……!」

「親善大使がすべきことは文字通り親善です。更に言うならガイ・セシルとティア・グランツも救助するのは間違いですからね。二人はルークさまの護衛を徹底すべきです。
カーティス大佐は……仮にも大佐を名乗ってるんですから、ご自分のすべきことくらい解ってますよね?」

「…………ええ、わかってますよ」

ホントですか。ならその間は何ですか。
ずれてもいない眼鏡のブリッジを上げながら視線をそらす大佐に再度ため息が漏れます。

「おい、俺達が護衛するなら一体誰が救助するんだ?目の前で苦しむ人たちがいても放っておけって言うのか?」

「先遣隊に決まってるでしょう?そのための救助要員なんですから。
勿論マルクトからも新たに救助するための兵士が派遣されてる筈ですよ。
優秀な大佐殿ならご自分の部下がほぼ壊滅状態にさせられて救助要員が居なくなってしまったこともきちんと報告している筈ですし、自国の民を救助するのにキムラスカの兵士に頼りっぱなしなんて事は無いでしょうし。
それより親善大使であるルーク様に万が一のことがあった場合即刻戦争になりかねないんですから、護衛を徹底すべきでしょう」

私の発言にティアとガイは不満そうでしたが、大佐が目を泳がせつつも同意してくれたのでその方向で行くようです。
しかしやっぱり追加の救助要員は頼んでいなかったようです。ホント阿呆しか居ない。

こうして朝食を取った親善大使一行は導師イオンとアニスを置いてアクゼリュスに出発しました。
あれほど護衛の大切さを語ったに関わらず、領事館に行って護衛の補充をするとかそういう思考回路は無いようです。
シンクも頑張ってください。私は関わりたくないので遠くから応援してますよ。

それからアニスと共に暫く喫茶店でのんびりしていた導師でしたが、何故かずかずかと入ってくる神託の盾兵達。
揉め事はゴメンですよ。さっさと導師連れて出て行ってください。
そう思っていたのに何故か私まで無理矢理引きずられていきます。
マスターが抗議している声を聞きながら、まさかと思いながら指示を出している人間を探します。
案の定、兵士の向こう側にラルが居ました。
抵抗するのをやめればラルがゆったりとした足取りで私に歩み寄ってきます。

「言っただろ?アンタを奪ってやるって」

「これは強奪ではなく誘拐ではありませんか?」

「構いやしないさ。さっさとそこの男を黙らせな」

「待ってください。大人しく着いていきますからマスターには手を出さないで下さい」

神託の盾ともめた店、なんて評判が着けばお客様は激減します。
そんな恩を仇で返すような真似はしたくありません。
私の言葉を聞いたラルは舌打ちをしつつも、手だけで兵士達に合図を出してくれました。
なので私はマスターに向き直り、ぺこりと頭を下げます。

「マスター、やはり私はクビで結構です。今までお世話になりました」

「何言ってるんだお嬢!こんなの横暴すぎるだろう!何大人しく従ってるんだ!そんな性格じゃないだろうが!」

「すみません。あ、お給料や情報提供料はいつもの口座にお願いしますね」

「だからどうしてそうマイペースなんだ!!」

怒るマスターに背を向けて、ラルに行きましょうと告げます。
遠くでアニスが抗議している声が聞こえましたが、それもすぐに聞こえなくなりました。
導師の隣に移動させられて、兵士に囲まれながら店を出ます。

このままアクゼリュス行きでしょうね。
そうなるとどこかで逃げ出さなければシンクが怖いです。本気で脱出経路考えなければ。
にしても周囲の視線が痛いです。私はただの一般人ですよ!!全く!

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