私は何も楽しくない。


シンクが楽しそうに語ってくれました。
やっぱり逆行しているそうです。しかも何度も。
なので私は逆行ではなく転生だと言いました。
けど前世でこの世界のことを知っていたので、アクゼリュスは嫌だったと告げれば少しだけ残念そうな顔されました。

シンクが仮面を取ります。緑の目です。導師と同じ顔です。
けど導師なんて雲の上のお方です。一緒だろうと知ったこっちゃありません。
驚かない私にシンクは少しだけ楽しそうでした。私は何も楽しくない。

「もう飽きたんだよね。毎回毎回失敗するってわかってる計画に加担してさ。
どう足掻いてもレプリカルーク達には勝てないし、ヴァンに計画を変更するように言っても聞きゃしないし。何であんなに自信満々なのか不思議でたまらないよ。
私の計画は完璧だとか言うけどさ、完璧じゃないから変更するように言ってるんだって解ってるのかあのボケ総長」

「苦労されてるようですね」

「まぁね。試しに火山に落とされるとこで自分から飛び込んでみたけど、次の回でレプリカとして作成される時に今までに無い苦痛があってさ。
どうも自殺しても意味が無い上に、苦痛が伴うらしいって解ってからはそれも諦めたんだけど」

「何回も自殺を選べる時点で以下に精神が磨り減ってるかわかりますね」

「もうね、飽きたんだよ。ほんとに」

ため息交じりのシンク。思い切り愚痴られてます。
どうやらストレスが溜まっていたようです。
ようやく話が通じる上、感覚を共有できる相手に出会えた喜びなのか愚痴は止まりません。
私の返事も段々とおざなりなものになっているのですが、気付いてません。

「リグレットもヴァン至上主義だしラルゴは脳筋だし、代わり映えしないメンバーっていうのも苦痛でしかなくてさ。
任務だって毎回同じでどこをどうしたらどうなるとか解りきってるわけ。
そうなるともうただの作業だよ。全部押し付けてやりたいけど師団長にされる以上そうもいかなくてさ」

「ご愁傷様です」

「ディストもそう。死者の蘇生とか、模造品を使ってる時点で蘇生じゃないだろって何回突っ込んだことか。
無駄に自信満々なのも変わんないし、いい加減苛ついてためしに殺してみたことあるんだけどその時はヴァンに殺された」

「そうですか」

「……ねぇ、人の話聞いてる?」

「聞いてますよ。聞き流してますけど」

ばれてしまいました。
シンクの目が三白眼ですが、愚痴なんて聞いてても楽しくも何ともありません。
レベルもカンストしてるから稽古とかダルイとか言われても知りません。

「ねぇ、あんたは二回目なんだよね?」

「そうですよ」

「ぶっちゃけさ、もう計画とかどうでも良いからこのループから抜け出したいんだよ。
アンタは僕とは少し違うみたいだけど、何か知らない?」

「私自身二回目なので何とも……というか、もう預言は良いんですか?」

確かシンクは預言を憎んでいた筈です。
なのでそう聞けばシンクは俯いた後、先程の勢いはどこへやらぽつりと零すように答えてくれました。

「そりゃ……まだ、憎いよ。けど、ヴァンの計画はどう足掻いたって失敗する。
それならもういっそ普通に死にたいんだ」

……病んでます。思い切り病んでます。重いです。
私には受け止め切れません。誰か助けてください。
でも聞いたのは私です。仕方ないので答えます。

「ならいっそ六神将辞めちゃったらどうでしょうか。
だってルーク達が預言撤廃してくれるんですから、それで良いじゃないですか」

わざわざ関わる必要なんて無いのです。
それくらいならストーリーから抜け出して、預言が撤廃された世界がどうなるか見たほうが良いと思いません?
今までと違う道筋を辿る事でもしかしたらリセットマラソンも終わるかもしれませんし。

そう言えばシンクは目を見開いていました。目から鱗です。
今までの生の間では考え付かなかったようです。

「確かに……君という異分子も居るわけだし、何も前回をなぞる必要は無いってことか」

「そうですよ。ほっといても世界は救われるんですから」

「そ、うだね。けど、一個問題がある」

「なんでしょう?」

「正直な話、腕一本でやっていく自信はある。けど、僕は子供だ」

そう言ってシンクは歯噛みします。
何度人生を繰り返し年齢以上の年を重ねていても、周囲はシンクを12歳の子供としか見ません。
成る程、確かに問題です。
この世界では15歳未満は子ども扱いされ、宿を取ることすらできません。
勿論何かしらの役職に着いていれば可能ですが、ただの子供では不可能でしょう。

ふむ。
……これは、チャンスではないでしょうか。

「それなら、私を連れて行きませんか?」

「アンタを?」

「つい先日、私は15歳になりました。一応ですが、シンクの保護者になれます」

「何でそんな事を言うわけ?」

警戒の視線が突き刺さります。痛いです。
勿論好意じゃありませんよ。私だって下心があります。
つまりこれはどちらかと言えば取引に近いわけです。

「逃げたいんです、私も」

「逃げる?」

「そうです。死の預言からも逃げたいですが、あの両親からも逃げたいんです。
お人よしで騙されやすくて、その尻拭いを子供にもさせるような預言中毒者。
アニスは見捨てきれないようですが、私は前回の記憶があります。
私にとって両親とは前回の両親です。ぶっちゃけた話、オリバーとパメラには情の欠片すらありません。

けど私には伝手が無いんです。お金もありません。生活の保障もありません。
だからシンクに提案してるんです。私が雑事などを引き受ける代わりに、私を連れ出して欲しい。
勿論私だって働きますよ。シンクが15になる頃までにひとり立ちできるようにしますから」

結局、私は私の身が一番可愛いのです。
アニスはきっと家族を捨てた私を憎むでしょう。
けど私にとって妹とは前世の妹なのです。
アニスは妹っぽいものでしかない。一緒に泥を啜れるほどの情が存在しないのです。
オリバーとパメラ?知りません。野垂れ死にしようがどうでもいい。

シンクは私の言葉に考え込みます。
嘘偽り無い私の言葉は利害の一致に足る筈です。
ですがシンクの方が利が少ないですかね。

頑張りますよ、私。家事だってしますし、勿論働きます。
15歳ですが、オリバーとパメラのせいで仕事経験は豊富です。
シンクに養われるつもりは毛頭ありません。

「……行くならどこが良いと思う?」

「ケセドニアですかね。情勢が掴みやすく、どちらにも属していません。
物価の変動はありそうですが、中継地点である以上そこまで高くもならないでしょう。
シンクが傭兵なり何なり腕を生かして働くのなら余計です。
バチカルやグランコクマに行けば、その腕に目を付けられて軍に勧誘されますよきっと」

「成る程ね、ある程度動けるようにしたいし、それが無難か」

「それに砂漠にある町ならフードを被って顔を隠していても砂避け日除けだと言えば納得してくれるでしょう。
勿論仕事中は仮面が必須でしょうが」

私の言葉にシンクが頷きます。
どうやら納得していただけたようです。
どちらにしろ、私も逃げるならケセドニアだと思っていました。
マルクトに逃げるにしろキムラスカに逃げるにしろ、どちらにでも行けるという点でもケセドニアは便利です。

「良いよ。僕が15歳になるまでアンタと一緒に過ごす。
無事ND2018を越えるためにも、アンタと一緒に行動した方が良さそうだ」

「では決まりですね。どうせならこれからはヒューではなくトモカと呼んで下さい」

「トモカ?」

「前世での名前です。正直今の名前は好きじゃありません。
預言に詠まれてたとかで付けられましたが、思い入れもクソもないので」

「成る程ね。じゃあトモカ、いつ動ける?」

「家に帰ってアクゼリュスに行くふりをして荷物を纏めておきます。
シンクはどうですか?」

「僕も荷物をまとめて退団届けを出す。今ならヴァンがキムラスカに行ってるし、人事課には預言に詠まれたからって言えばすぐに受理してくれるだろうから……」

「では、三日後くらいでいかがでしょう?」

「それだとヴァンが帰って来る」

「……明後日?」

「いや、できればもっと余裕を持ちたい」

「じゃあ明日しかないじゃないですか」

ため息混じりに言えばシンクがにやりと笑いました。
どうやら有言即実行タイプのようです。
今までと違う展開ということに心が躍ってる可能性も無きにしも非ずです。
まあ良いです。元々荷物は少ないですし、一晩もあれば準備は可能です。

「解りました。では明日で。引継ぎとか良いんですか?」

「知らないよそんなの。副官が適当にやるんじゃない?」

「では明日迎えに来て下さい」

「決まりだ」

楽しそうにシンクが言います。やっぱり楽しんでますねこの少年。私は何も楽しくない。
アニスを見捨てることに多少心が痛みますが、でもやっぱり多少なのです。
これから導師イオンに出会い、彼を心の支えとするのでしょう。
私が居なくたって何とかなると思います。事実ゲームではなってましたし。

こうして私は擬似的な家族を捨てました。
ごめんなさいを言うつもりはありません。
許して欲しいというつもりもありません。
捨てた以上、関わりたくないとは思います。

結局私は我が身が一番可愛いのです。最低ですね。

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