まぁ解ってましたけどね。



 どうして、こんなことに。
 恐らくアニスが呟いたのは誰もが思う疑問だったのでしょう。

 魔界に辿り着き、タルタロスに乗り込んだ私とイオンは状況把握ができていない彼らを横目にひたすらルークの側に着いていました。
 シンクはタルタロスの中を見てくると言って艦内ですけどね。
 私の耳元で通路にある死体をどかしてくると言っていたので、ルークが死体を見ずに済むよう気遣ってくれたのでしょう。

 柱が消滅してしまったのだと語るティアを無視し、甲板に座り込み自分の両手を凝視しながら震えているルークの背中をひたすら撫でます。
 今回の場合、イオンは無理矢理力を使わされるルークを見ていますから、ルークに物凄く同情的です。
 なのでとりあえず貴方が不用意に封咒とかなきゃこうはならなかったんですよ、という言葉は一時的に飲み込んでおこうと思います。

 その時、ティアがルークをじっと見ていることに気付きました。
 ティアの説明を聞いていた全員の視線も、ルークに注がれています。
 流石のルークもこれだけ視線を集めれば気付くのか、顔を上げて全員の顔を見渡します。

「お、俺が悪いっていうのか」
「……貴方は兄に騙されたのよ」
「……う、嘘だ。俺は悪くねぇ、俺は何もしてねぇ!」

 その通りです。ルークは何もしてません。
 させられただけですし、そもそも私が紙人形を挟んだので最終的に壊したのはヴァンです。
 ですがルークの言葉が責任転嫁に聞こえたのでしょう。
 口々にルークを罵倒し始める彼等は、正直に言ってスケープゴートを求めているだけにしか見えませんでした。
 イオンが何とかルークの弁明をしようとしますが、彼らの口撃(誤字にあらず)の勢いが激しすぎて殆ど言えてないです。とりあえず気概は認めます。

 ここは私の出番ですね。面倒臭い、と言いたいところですがいい加減苛々してたので丁度良いです。
 こんな奴庇わなくて良いと言ってイオンの手を取ろうとしたアニスの手を思い切りはたき、ついでにその頬にも思い切りビンダを食らわせます。

 久しぶりですね。
 アニスに手をあげたのは何年か前、うまい儲け話があると言う強面のおじさんに着いて行こうとした時以来です。
 あの時はお前までだまされてどうすると散々叱りました。
 いえ、流石の私もアニスを娼館で働かせるのは気が引けたんです。それだけです。
 ビンダの音が響き、全員が口を噤んだ瞬間今度は私が口を開きます。

「さて、あなた方に質問です。誰かルーク様が柱を壊すところを見た人は居ますか」

 私の質問に全員が口を噤みました。ええ、見ていません。
 当たり前ですね。そもそも誰も側に居ませんでしたし。
 私がケセドニアで言ったことは彼らの脳味噌には刻まれていなかったようです。
 まぁ解ってましたけどね。誰も護衛がついていなかった時点で一目瞭然ですから。

「見ていないのに思い込みでよくもまぁそこまで罵倒できますね。それで軍人? それで使用人? それで一国の姫? 戦災孤児の私と違って、全員それなりの教育を受けられる立場ですよね? それともそうやって習ってきたんですか? 現場は見ていなくとも犯罪者だと思うならば冤罪をかけて罵倒しても良いと。おかしいですねぇ、幼年学校しか出ていない私とは真逆ですねぇ。私は疑わしきは罰せず、と習いましたがね」
「で、でも、ソイツがやったんじゃなきゃ誰がやったって言うのよ!」
「ヴァンに決まってるでしょう。阿呆ですか」
「嘘よ! だってアッシュが言ってたもの! 兄さんがルークを使って大地を崩落させようとしているって!!」
「何だ、解ってるじゃないですか。つまり大地を崩落させようとしたのはヴァンってことですよね」
「そ、それは……でもやったのは!」
「はい、やったのは誰ですか、最初から最後まで見ていた導師イオン」
「ヴァンです。ルークは自ら超振動を発動させようとはしていませんでした」

 青ざめた顔色ながらもきっぱりと言い切るイオンに、全員が口を噤みました。
 そこでようやくやって来たシンクを確認した私は、ルークに立つように促します。
 船室で休みましょう。ここは空気が悪すぎます。
 あ、イオンも来るんですか。いいですよ。同じ部屋で仲良く寝てください。寂しいでしょう?
 ルークを支えながら艦内へと向かう中、視線だけでちらりと彼等を見ます。

「とにかく、貴方達はルーク様に近寄らないでくださいね」

 そう言えば使用人と姫は顔を上げましたが、知りません。
 貴方達だって罵倒したでしょう。近寄る資格なんてありませんよ。
 追い縋ろうとする彼等を無視してルークをベッドに放り込み、イオンと一緒に休ませます。
 疲労が溜まっていたのでしょう。泥のように眠るルークに、イオンはひたすらに謝っていました。
 それはなんに対しての謝罪なんですかね。まぁ突っ込みませんが。
 二人を船室へと残し、通路に出た私はシンクと密談します。

「随分と面倒見が良いじゃないか」
「中身が中身ですから。それに情が移ってしまえば後は早いですよ」
「へぇ? まぁいいけど。それよりケセドニアからアクゼリュスまでの間について詳しく聞かせてよ」
「私も聞きたいので教えてください。ついでに甲板で起きたリンチについても話しておきます」
「は? リンチ?」
「あ、あの……」

 訝しげに眉を上げるシンクの背後、アニスが所在なさげに立っていました。
 その頬が赤く腫れている所を見ると、治療も受けずにそのまま私達を追ってきたのでしょう。
 しかし私が向ける視線は冷たいです。まぁ当たり前ですがね。
 まだ苛々してますし。我慢しているのはひとえにシンクが怖いからです。

「何か?」
「イオン様は……」
「お部屋に居ますよ。同じ部屋でルークさまが眠っておられますから、近寄らないでくださいね。それで、何の用です。肝心な時に導師の側を離れて役に立たなかった導師守護役さん」

 私の嫌味にアニスの肩がぴくりと跳ねます。
 泣きそうな顔を向けられましたが、知りません。事実です。
 何か言おうとしたらしいアニスは結局言葉が見つからなかったのか服の端をぎゅっと握り締めたまま俯いてしまいました。
 僅かに震えてる気がしますが、容赦する気はないです。
 そのまま暫く待ってみましたが何も言わないので、私とシンクは移動した方が良さそうだと判断しました。

「治癒術、使わないほうが良いですよ。障気は汚染された第七音素と言われていますが、それでもまだまだ未知の存在です。そんな中第七音素を使用する治癒術を私用した場合、障気を体内に取り込まないとは限りませんから」
「……え?」
「行きましょうシンク。ここでは邪魔が入ります」
「……そうだね」

顔を上げて呆然としているアニスに背を向け、ラルに宛がわれていた部屋へと足を運びます。

「あれも情?」
「ご冗談を。イオンに使われたら困るからですよ。私には完全にイオンとアニスを分断する手立てはありませんから」
「へぇ?」
「特に貴方達は第七音素を取り込みやすいでしょう」
「……あー、そういう側面もあるね、確かに」

 背後から着いてくるシンクとそんな会話をします。
 正式名称を避けるのは誰が聞いているか解らないからです。
 密談するならちゃんと防音譜術張らないと。

 そうしてユリアシティに辿り着くまでの時間を、私はシンクとイオンとルークと一緒に過ごしました。
 一度イオンは落ち着いたアニスと話をしたらしく、アニスはちゃんとルークに謝ったようです。
 ルークがこっそり教えてくれました。
 頭下げられて困ったんだけどああいう時どうしたらいい?って聞く形で。

 どうするも何もありません。許す許さないはルークが決めることです。
 許さない、という選択肢があることにまずルークは驚いていましたが、そもそも王族であるルークを罵倒した時点で極刑確定です。
 どうやらあれ以降殆ど眠れていないらしいルークは考えてみると言っていましたが、考えすぎて睡眠不足こじらせないでくださいね。

 問題は同行者達が何をこじらせたのか、やっぱりルークが壊したんじゃないか、と結論を出してしまったことです。
 どうやらルークがヴァンにそそのかされてやったらしい、と仲間内で話してそれが真実になってしまった模様。
 私やイオンが言ったこと意味なし! まぁ解ってましたけどね!
 一度も私やイオンの元に事実確認に来なかった時点でたかが知れてます。

 それどころかアニスにビンダかましたことをねちねち言われてますが、別に後悔してませんし悪いことしたと思ってないので謝りません。
 アニスもお姉ちゃんは悪くないって庇ってくれますけど、あの、貴方の姉じゃありませんって何度訂正したら解っていただけますか。
 いえ、正確に言うと姉なんでしょうが私もうその立場捨ててるんです。
 いい加減そこも理解してください。

 で、辿り着いたユリアシティ。
 私やシンク、イオンという味方が居ますからルークの精神状態はまだまだマシでしょうが、それでも肉体的な疲労はどうしようもありません。
 やはりあの時のヴァンを思い出してしまうらしく、殆ど眠れていないようですし。仕方ないといえば仕方ないのでしょうね。
 タルタロスを降りてさっさと行ってしまった彼等に続く形で降りた私達でしたが、ふとルークが足を止めました。
 必然的に私とシンクとイオンも足を止めます。そしてあれ以来ほぼ片時もイオンの側を離れないアニスも一緒にとめることになります。

「どうかしましたか?」
「……ユリアシティって、教団の町なんだろ? 預言順守しろって、また何かされたり、させられたり……するかもしれないんだろ? ……行きたくねぇ」

 ……まぁ、当然の反応ですね。
 それでも私達が着いているから大丈夫ですよと言おうとした時、頭上から声がふってきました。

「とことん屑だな出来損ない!!」

 ……もう魔界の海に沈めちゃ駄目ですかね、あれ。
 駄目ですか。やっぱ駄目ですか。そうですよね。
 障気中和の時の為にとっておくべきだと考えておきましょうか。
 そして彼もルークがやったと思い込んでいるようです。まぁ解ってましたけどね。

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