陛下で遊ぶんじゃありません。


「さて、シンクとトモカだったな。ここに呼ばれた意図は解っているかと思うが、今は飽くまでも非公式の茶会だ。そこまで畏まらなくていいし、気楽にしてくれ」

「ありがとうございます」

「光栄です」

招かれた茶会で、私とシンクはピオニー陛下と同じテーブルに着くというとんでもない状況に陥っていました。
陛下の護衛は背後に立つアスラン・フリングス将軍のみ。と、見せかけて影にこそこそした気配がいくつか。まぁ当然ですね。
ぶぅぶぅと足元で鳴き声を響かせるブウサギ達には気づかないことにして、色々諦めた私は美味しいお茶菓子とお茶に舌鼓を打つことにします。
ああ、このクッキー美味しいですね。断って欲しい私達の意図を察することができず、留守番くらいできるぜ!お土産宜しくな!と意気込んで私達を見送ってくれたルークにお土産として持っていってあげたいです。
いえ、嫌味ではなくまだ七歳の子に察してくれと願った私達が馬鹿だったんです……こればかりは仕方ない。

「しかしルーク殿は随分と豪胆なお方だな。自分についている護衛二人を躊躇うことなく俺のお茶会に差し出すとは」

「豪胆と言いますか……ピオニー陛下はルーク様の生い立ちをご存知ですか?」

「いや、第三王位継承者ということしか知らんな。こう言っては何だが……むしろ彼は何かやっていたか?俺の耳に届いていないだけで実はかなりの武勇があるとか?」

「いいえ。ルーク様は擬似超振動を起こしてタタル渓谷に飛ばされるまで王命を受けお屋敷に軟禁されていたそうですから、陛下のお耳は正しく機能されているかと」

私の軟禁というワードにピオニー陛下がぴくりと反応します。確か陛下もケテルブルクに追いやられていた皇子様ですよね。
となれば謁見の間においてのルークの態度なんかもひっくるめて考えれば、境遇もなんとなく想像がつくでしょう。
ルークの作法などはどう見ても王族としてきちんと教育を受けたもののソレではありませんでしたから。
ところでシンクは何自分は関係ないみたいな顔して紅茶飲んでるんですか。貴方も会話に参加してくださいよ。

「いつの世も大人に振り回され、犠牲を強いられるのは子供をはじめとした弱者だな……しかし何故?」

「それに関しては実際にバチカルでファブレ公爵から護衛の依頼を受けたシンクから聞いた方が宜しいかと。シンク」

「……ルークさまはユリアの預言においてキムラスカに繁栄をもたらすと詠まれているそうです。
親善大使に任命される際に、謁見の間で大詠師モースが直々に譜石を持ち込み内容を読みあげさせたうえ、インゴベルト陛下がこの預言が故に安全を確保するために軟禁をしていたのだと仰られていたのでまず間違いないでしょう。

ただ詠み上げられた預言ではルーク様が鉱山の町へ行くというところで途切れてしまっていた上、早すぎる親善大使派遣の決断、数の少なすぎる先遣隊、護衛を出さないファブレ公爵家、また和平を受け入れると言っておきながらケセドニアで聞いたキムラスカが戦争の準備をしているという噂、そしてアクゼリュスでのグランツ謡将の凶行など……これだけ情報があるならば護衛が私達二人しか居ないことも、聡明な陛下ならばお察しいただけるものと」

シンクが言葉を重ねるたびにピオニー陛下の眉間の皺がどんどん増えていきます。
そりゃそうですよね。これだけの情報から導き出される答えはどう頑張って解釈しても気持ちの良い答えは導き出されませんから。

預言を遵守させるためルークは軟禁され、恐らくまともな教育もされていなかっただろうということ。
その預言のために辿り着いた鉱山の街で、ルークは国に見殺しにされたのだろうということ。
さらにそのルークをだしにした上で、キムラスカはマルクトとの戦争を想定していたであろうということ。
そして預言の先を知っている大詠師モースがキムラスカを煽るということは、十中八九マルクトが負けると預言には詠まれているであろうこと。
ピオニー陛下がジェイドのように無能でないならば、これくらいは楽に想像が付く筈です。

「……キムラスカが戦争準備をしていた事は俺の耳にも届いている。導師イオンが親善大使の無事を発表し、且つ戦争を止めんとするための導師勅令を出したことにより、あちらも手を止めたらしいがな」

「はい。アクゼリュス崩落後、辿り着いた街でシンクからは勿論、ルーク様も筆を手に取りキムラスカに無事を報せました。しかしそれだけではキムラスカが報せを握りつぶし戦争を強行しないとも限りません。
故に同行されていた導師イオンに戦争を止める為ダアトに帰還後親善大使の無事と導師勅令の発布をお願いしておきました」

「そういうことか。この際何故導師イオンがアクゼリュスに居たかということは横においておくとして、助かったことには違いないな」

それから(主にシンクが)お二方のSAN値をがりがりと削りまくるような、具体的に言うならばカーティス大佐の対応などの情報提供を重ね、ピオニー陛下は更に調査を進め話の裏づけをとる必要があるがと前置きをした上で、この憶測が事実であるならばルーク・フォン・ファブレの生存はマルクトにとっても非常に重要なものであるだろうと言ってくれました。
勿論ここは非公式の席ですので公にはできませんが、ソレならばと私がルークの保護を求めれば陛下は快く了承して下さいます。
ルークは王位継承権第三位を持つ親善大使なのだから下手な扱いなどできる筈がないとも。
まぁそうなんですけどね。ここでルークをないがしろにすればそれを原因に宣戦布告、なんてこともありえる話ですから。

「さて、情報提供感謝する。少ないが謝礼も用意しよう。何か希望があったら言ってくれ」

「ありがとうございます」

「それなら少し話はずれますが、マルクト軍部に送付する予定だった請求書を今フリングス将軍にお渡しさせていただいても?」

「は?請求書?」

「タルタロスを奪われてからバチカルに到着するまでのルーク様と導師イオンの護衛と大佐の援護という依頼を受けましたが、まだ後金貰っていないので」

シンク、今、貴方ピオニー陛下の前でわざわざソレを話す必要性がありますか?それを今!!
最早精魂つきかけている二人を気にかけることなく、カーティス大佐と交わした契約書を引っ張り出したシンク。
その契約書を見てフリングス将軍は顔を真っ赤にしたかと思うと、押し殺すような声ですぐさま後金をご用意させていただきますと言いました。
本来ならば軍壊滅を報告した上で、補充したマルクト軍人がすべき仕事をわざわざケセドニアの傭兵に頼む。
軍部の恥ですね。誇りある軍人ならば屈辱でしょうね。しかもカーティス大佐の怠慢以外の何者でもありませんし。
ソレを陛下の前で言う時点でシンクの性格の悪さがにじみ出ています。ほら、もう陛下頭抱えちゃってますよ。陛下で遊ぶんじゃありません。

「あいつは何やってんだ……」

「申し訳ありません。こうでもしないと大佐はタルタロスを奪われた際にルークさまに剣を持って戦えといわんばかりでしたので」

「うあああああああ!!それで戦争吹っかけられても文句言えねええぇ!!」

「陛下、恐れながら申し上げますがルーク様のお話をお聞きした限り、それ以降もカーティス大佐の態度は褒められたものではありません。
ソレを理由に宣戦布告をされたら民からの支持も失い、我が国は降伏以外の選択肢が潰されたも同然かと……」

シンクがフォローするふりしてダメ押した後、追い討ちをかけるようにフリングス将軍がささやきました。
テーブルにごんごんと頭をぶつけ始めた陛下から逃げるようにしてブウサギが此方にやってきます。
ほら、ブウサギも怯えてますよ。私の足元でぶうぶう鳴いてますよ。ウザイのでいい加減復活してください。

「ちなみにシンク殿とトモカ殿、そのうちの馬鹿が今どこで何をしているかご存じないか?」

「ルーク様がお話になられたと思いますが、ユリアシティで袂を別って以来一度も連絡を取っておりませんので……」

多分今頃ワイヨン鏡窟あたりに居るんじゃないでしょうか、とは流石に言えません。
なので言葉を濁していると、シンクがこれは飽くまでも憶測ですがと前置きをしたうえで言葉を続けてくれました。

「あちらには鮮血のアッシュが同行しておりました。彼はグランツ謡将の目的を探らなければならないとユリアシティで口にしていましたから、もしかする

と彼に同行しグランツ謡将の足取りを追っているのやもしれません。
そうでなくともタルタロスを足に使っている筈です。そこから探せば恐らくは」

「あの阿呆……っ!情報提供感謝する。アスラン、タルタロスを探せ!」

「すぐにでも!」

俺の記憶が正しければ鮮血のアッシュはタルタロス強奪犯の一人だって聞いたんだがなぁ、とぶつぶつ呟きながらピオニー陛下はとっくにさめてしまった紅

茶を飲み干しています。
心労お察しします。どうぞ私達の分まで頑張って下さい。もうあの非常識たちを相手にするのはごめんですので。
心の中でそんなことを呟きながらピオニー陛下の雑談という名の愚痴を聞き流していると、頃合を見計らったフリングス将軍に促され、ピオニー陛下にそろ

そろお茶会も終わるかと告げられました。
ストレスもたまってるようで。禿げないといいですね。

「今日は本当に助かった。もしかしたらまた何か確認のために呼び出すことがあるかもしれないがその時はまたよろしく頼む。
謝礼は用意ができ次第すぐに届けさせよう」

「ありがとうございます。あ、お言葉に甘えるようで申し訳ないのですが、一つお願いをしても宜しいですか?」

「ん?なんだ?」

私の言葉に場に緊張が走りました。
軽く話してはいましたが私達の持つ情報は非常に価値の高いものです。恐らくマルクトの今後を左右できるほどの。
そんな情報を保持し、もしかしたらまだ何か情報を隠しているかもしれない私からの『お願い』。
将軍と陛下が緊張するのも解ります。解りますが私のお願いはそんな大層なものじゃありません。だからそんな緊張しないでくださいな。

「このお茶菓子のクッキー、ルーク様にお土産として持って帰りたいのですが、頂いても宜しいでしょうか」

「……アンタほんと図太いよね」

私の『お願い』を聞いて脱力する将軍と、爆笑を始める陛下。
ぼそりと呟いたシンクの足は思い切り踏み込んだ後、いくらでも持ってけという陛下の言質をとった私はルークのお土産をようやくゲットするのでした。


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