自業自得じゃないですか。



「「連撃、行くよ!!」」

 しょっぱなから秘奥義ですか。
 音素が爆発する感覚と共に互いに拳を交わすシンクとラルに私は紙を配置し、大佐は詠唱に入ります。
 当然秘奥義を喰らった程度でラルが倒れる筈もなく、甲板で譜術がぶつかり合いました。
 ちらりとノエルを見れば青い顔をしながらもアルビオールの側で待機しています。
 彼女を巻き込むわけにはいかないと、私もまたシンクを援護しながらラルに攻撃をします。

 ああ、そういえばこんなふうにラルと戦うのは初めてかもしれませんね。
 今更気付いた事実に少しだけ胸が痛みましたが、殺意を持って繰り出される拳に感傷なんてすぐに吹き飛びます。
 彼は確実に私たちを殺す気のようです。

「トモカ、回復!」
「解ってますよ!」

 今更気付きましたがこのメンバー回復役が私しか居ません!
 もうちょっとグミとか買ってくるべきだったか!?

 前よりも確実に強くなっているラルを相手に三人で奮闘します。
 後先考えず突っ込んでくるラルに流石のシンクも苦戦しているようです。
 気を抜くとアルビオールを攻撃しようとするから余計に厄介なんですよね。
 守りながら戦うというのは思っている以上に厳しいです。

 それでも多対一の戦いです。
 こちらは全員前衛後衛が可能な三人組。
 勝利の女神がどちらに微笑むかなど、子供でも解ること。

 シンクの蹴りをもろに食らったラルが甲板の手すりに全身を打ち付けられたことで、カランと音を立てて仮面が外れました。
 現れたシンクと同じ顔にノエルが息を呑みます。
 大佐もどうやら察していたらしく、ちらりとシンクを見ただけで何も言いませんでした。
 あちこち擦り切れた軍服。口の端から血を流しながらラルはよろよろと上体を起こします。
 遮るもののなくなった緑の瞳が私を射抜きました。
 その目は以前見た時よりも暗く、そして澱んでいて……。

「……ラル、もうやめましょう。一緒に地上に帰りましょう」

 思わず声をかけた私にシンクが咎めるように視線を寄越しますが、知ったこっちゃねえです。
 息を荒げながら膝をつくことはできても立ち上がることは出来ない彼に近づいて手を差し伸べます。
 ぼう、とこちらを見上げる瞳。切れた唇が音もなく私の名前を呼びました。

「ラル。ミストラル」

 名前を呼べば差し出した私の手をじっと見つめていたラルからふっと殺気が抜けます。
 解ってくれたのでしょうか。
 黒手袋のされた手がゆっくりと持ち上げられ、数度の躊躇のあとに私の手を掴みます。
 私がホッと息を吐いたところで、ラルの視線がちらりとシンクへと移りました。

「トモカ! そいつから離れろ!!」
「えっ」

 シンクの焦った声に振り返りかけたところで、身体を引き寄せられ、そして体にかかる浮遊感。
 甲板の手すり越しにこちらに手を伸ばすシンクが、どんどん遠くなっていきました。

「ざまあみろ!!」

 地殻へと落ちながらしっかりと私の身体を抱えて哄笑するラルに、ようやく私はラルの無理心中に巻き込まれたことを悟りました。
 私、ここで死ぬのか。
 どこか他人事のように考えながら、届かないと解っていながらこちらに手を伸ばすシンクが妙に瞼の裏に焼き付いていました。

 それからぐんぐんと落ちていく中、ちゃっかり気絶したラルと違って私は普通に意識がありました。
 こういうのって途中で意識が飛ぶもんだと思ってたんですが、違うようです。
 というか自由落下にしては妙に速度が遅い。ラルが気絶したのはシンプルに戦闘のダメージによるものでしょう。
 気絶しても私を離さないあたり、やっぱり懐かれていたというか、執着されていたのだなあという片鱗は感じました。

 ゆるゆると降りていく中、余裕ができた私はゆっくりと地殻の中を見渡します。
 ゲームを見ていた時にも思ったのですが、不思議な空間ですよね。
 遠くに見つけたでっかい譜石はもしかして第七譜石でしょうか。
 というか私はどうやって死ぬんでしょうか。
 餓死は辛いから嫌なんですが。
 時間の感覚もなくなりそうな不可思議な空間で、燐と目の前で炎が揺れます。
 ここに居るコイツの正体など、一つに決まってます。
 私はじっと目の前の炎を見つめました。

「……ローレライ」
「いかにも」

 か細い呼吸をするラルを抱えながら、現れた意識集合体と対峙します。
 ゆらゆらと揺れる意識集合体から微かに音素の動く気配を感じたかと思うと、私とラルの傷が即座に癒されました。

「……どういうおつもりですか」

 ラルの呼吸が安定していくのを確認しつつ問いかければ、ローレライはしばしの無言のあとにこう言いました。

「そなたに、頼みがある」
「引き受けるかは解りませんが、聞くだけ聞きましょう」
「この永劫回帰の牢獄から、解放して欲しい」
「そういうのはご自分の同位体に頼んでいただけませんか。居るでしょう、上に。二人ほど」

 ローレライの解放なんて私には無理です。無理無理。
 そう思ったのですが、ローレライはぽつりぽつりとルークとアッシュでは駄目なのだと語りました。

 ローレライの言う牢獄というのは地殻を指しているわけではないそうです。
 なんでもローレライはND2016からND2018の二年を延々と繰り返しているとのこと。
 それは人類存続のため、二千年前のユリアとの契約によって決められたループ。
 人類が存続できるかどうか、この二年で決まる。そのためにかつての自分が己にかけたメビウスの呪い。
 けれど何度ルークがローレライを解放しても、人類の滅亡する未来が避けられない以上ローレライは地殻に戻されてしまう。
 もう疲れたのだとローレライは言いました。

 知らんがな。自業自得じゃないですか。
 そう言おうとしたところでふと気づきました。

「まさかシンクが何度も逆行してるのも……」
「あれは繰り返す度に私の元に落ちてくる。私に馴染み、巻き込まれるようになったのだろう」

 レプリカという体質上、同じく地殻に落ちてくるヴァンよりもシンクは影響を受けやすかったのでしょう。
 他人事みたいに言うローレライを殴ってやりたくなりましたが、音素意識集合体って殴れるんですかね。
 見た目は炎みたいですし、水ぶっかければいいですかね。
 幸いここには第七音素以外の音素も大量にあります。第四音素の素養がない私でもいける気がします。

「……逆行って、どういうこと」

 私がローレライを消滅させられないか考えていると、抱えていたラルからそんな声が聞こえました。
 不安定な状態ながらも身体を起こしたラルに少し迷ってからシンクのループ現象について説明します。
 ラルは黙って私の話を聞いていました。

「シンクが完璧だったのは、そういう絡繰りがあったんですよ」
「……そう。あんたが僕とあいつを比べない理由が分かったよ。二人そろって厭きるほど同じ時を繰り返してるなら、そりゃ逃げたくなるわけだよね」
「いえ、私は別です」
「……どういうこと?」

 ぎゅっと私の手を握るラルに、本来の歴史の流れでは私はいない筈だったことも説明しました。
 訝し気な顔をするラルからローレライへと視線を移します。

「ローレライ、時が繰り返している理由は解りました。私というイレギュラーを呼び込んだのは貴方の仕業ですか?」
「知らぬ……繰り返し、擦り切れた星の記憶が歪み、オールドラントの外から魂を呼び寄せた可能性は、ある」
「オールドラントの、外?」
「はい。私は元々この世界の住人じゃないんです。別の世界で、物語としてこの世界のことを知っていただけの、ただの異邦人なんですよ」
「異邦人……」
「ええ。だからレプリカに対する価値観も、預言に対する考え方もこの世界の人々と違います。預言を厭うからこそ、私はシンクとダアトを出たんです。もちろん、以前話した理由も嘘じゃないんですけどね」
「……そ、っか」

 そこで黙り込んでしまったラルは好きにさせておくとして、私は再度ローレライに向き直りました。
 正直ユリアの願いを受けて勝手にエンドレスループを始めたローレライがどうなろうと知ったこっちゃありません。
 自業自得じゃないですか。でも巻き込まれている身としては、放置も出来ない。まったくもって腹立たしい。

「それで、私に一体何をしろと言うんです」
「わずかでいい。星の記憶を外れ、未来を……」
「でもルークが同じことをしてもダメだったのでしょう?」
「……聖なる焔の光が生き延びれば、変わるやもしれぬ」
「それはどっちのこと言ってます? あなたの完全同位体、二人いるでしょう」
「共に、だ。我が魂の片割れに、未来を……」

 つまりルークとアッシュの二人が大爆発を起こさずに生き延びる未来があればいいということでしょうか。
 私は少し悩んだ後、そのことを人類の代表に伝えるから地上に戻してほしいとローレライに頼みました。
 ローレライは頼むと言って私にローレライの鍵と宝珠を渡してきます。
 ついでに地殻から解放して欲しいって、他力本願が過ぎませんか、この意識集合体。

「頼む。人類の、未来を。この永劫回帰の牢獄を、破壊して欲しい」

 第七音素が収束する気配。
 超振動の要領でシンクの元に送ってくれるというローレライからの懇願に、私は中指を立てます。
 ラルがぎょっとしてますが、知ったこっちゃない。
 私達、今尻ぬぐいさせられてるんですよ。怒って何が悪い。

「ラル。帰りますよ。いいですね?」
「……わかったよ。あんたが、そう言うなら」

 諦めたように私にぎゅっとしがみ付く彼の背中をぽんぽんと叩きます。
 子供ですね。いえ、まごうことなき子供なんですね、彼は。
 転移の際に離されることのないよう私も片手でラルを抱きしめます。
 本当は抱きしめてあげたいんですけど、片手に鍵と宝珠を持ってるので無理なんですよね。
 私の首筋に顔を埋めてくるラルの息を感じながら、私の意識はそこで一瞬途切れました。

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