私はしません。やりません。絶対にだ。



「いった!!」

 どすん、と尻もちをつきます。
 したたかに打ち付けたお尻が痛いです。
 しかし両手が埋まっているせいで摩ることも出来ません。
 それ以外にも全身が軋むような痛みが響きます。

 がやがやと周囲がやかましいのを感じながら、痛みで涙目になる目でぱちぱちと瞬きをします。
 全身にかかる体重と温もりに、ラルがしっかりと私にしがみついているのを感じます。
 ついでに鍵と宝珠を抱えなおし、改めて周囲を見渡しました。
 わお、なんで私槍と剣を持った兵士に囲まれてるんですか?

「……まさか、トモカですか?」

 兵士越しに青い軍服を纏った赤い瞳の男とぱちりと目が合い、反射的に小さく会釈。
 同時に大佐の指示によって兵士たちが槍と剣を降ろしてくれました。ありがたい。

「ミストラル。ラル。意識はありますか?」
「……ん」

 私の薄い胸に顔を埋めているラルに声をかければ、ふるりとまつ毛が震えて数度の瞬き。
 顔を上げようとするラルに待ったをかけ、着ていたジャケットを脱いで頭にかぶせました。
 意識を取り戻したラルも自分が仮面をつけていないことに気付いたのでしょう。
 大人しくジャケットを被りながら、私にぎゅっとしがみついてきます。
 兵士たちの間をぬってやって来た大佐はラルの存在に眉を顰めましたが、大人しくしているのを見て一時言及を控えたようです。

「ご無事で何よりです、トモカ。まさかもう一度顔を合わせることが出来るとは思いませんでした」
「酷いですね、と言いたいところですが……地殻に落ちた人間に対して正常な反応ですね。あれからどれくらい経ってますか?」
「一週間です。今はダアトでピオニー陛下とインゴベルト陛下、そして導師イオンにご報告をしているところでした」

 ありゃま。何と良いタイミングでしょうか。
 改めて周囲を見渡せばホッとした顔をしているイオンに、驚いているピオニー陛下。
 パッと顔を明るくしているルークと、眉間に皺を寄せているファブレ公爵。
 そして化け物でも見たような顔をしているインゴベルト陛下と、般若の顔をしている大詠師が居ます。
 いえ、あんまりよいタイミングではなかったかもしれません。

「シンクは居ないのですか?」
「彼なら貴方が居なくなって以来、抜け殻のようになってしまいまして」
「冗談はいいですから」
「いえ、本当のことです。憔悴して寝食をおろそかにするものですから、今はローレライ教団が保護しています」
「えぇええぇ? シンクが???? それ本当にシンクですか?? 誰かすり替わったりしてません????」
「仮にも兄弟のように手を取り合って生きてきた相手が目の前で死んだのなら、当然の反応かと思いますが」

 そういやそんな設定でしたね、私達。
 それでもあの図太いシンクが抜け殻になるなど想像も出来なくて、ひとまず立ち上がろうとしたところでぎゅっとラルにしがみ付かれました。
 離してください。立てません。

「ラル? 立ちたいので離れて下さい」
「……いやだ」
「ラル、どうしたんです? どこか痛むんですか?」

 私の質問にラルはふるふると首を振ります。
 困っていると大佐がつかつかと近寄ってきました。
 足音に反応したのか、ラルが更に強い力で私にしがみ付きます。

「ラル、と呼んではいますがそれは地殻で私達を妨害した烈風のシンクですね?」
「あー……まあ、はい」
「拘束します。こちらに」
「まあ、そうなりますよねえ……」

 それはそう。
 仮にも各国の要人が集まっている場に、教団から離反した挙句地殻振動停止作戦の妨害をした犯罪者を放置しておくわけがありません。
 理屈は解るのでせめて悪い待遇にならないよう、ラルに大人しく捕まるよう促してみます。
 けれどラルはいやいやと首をふるだけです。

「いやだ。トモカが僕に戻れって言ったんだ。トモカの側に居る」
「まるで子供の駄々ですね」
「まるでも何も子供なのはご存じなのに何を言ってるんですか?」

 呆れたように言うジェイドに同じく呆れた口調で言い返せば、何故か彼は赤い目をぱちくりとさせていました。
 この大佐、しおらしくなれど情緒は全然成長してませんね??
 私はため息をついてからラルの肩をぽんぽんと叩きます。

「ラル、離れるのが嫌なら両陛下や導師イオンに危害を加えないと約束してください。そして地殻で見聞きしたものについて証言をしてほしいんです」

 ただし、シンクと私のことは内緒で。
 ラルにしか聞こえないように小声で付け足せば、ラルはちょっと顔を上げてこくんと頷きました。

「大佐。この通りラルも大人しくなってます。実際地殻であったことは両陛下や導師イオンにご報告せねばと思っていました。なら私一人の証言よりも信憑性は高くなると思うのですが、いかがでしょう?」
「……信用できませんね」

 冴え冴えとした赤い瞳を細めながら言われて、まあそうだよなと内心頷きます。
 私だってそうする。というかきっとみんなそうする。
 しかしそこで導師イオンから待ったがかかりました。
 近づいてくるイオンにラルが私に強くしがみ付きます。そろそろ苦しいです。

「シンク謡士、いえ、シンク。教団としては貴方に譜術封じの腕輪を貸与できます。ここに残るというのであれば、自ら手枷を付けることに同意できますか?」
「……それでいい。あと、仮面も」
「解りました。両陛下もそれでよろしいでしょうか? 何やらトモカは地殻で情報を掴んできた様子。複数人から証言を得ることは決して無駄ではないかと思われます」

 イオンの提案にラルが頷いたことで教団員が急ぎ譜術封じの腕輪と仮面を持ってきます。
 ラルは仮面をつけた後、大人しく譜術封じの腕輪をつけました。私もようやく立ち上がれました。
 ほんと何でこんな迷子の子供みたいになっちゃったんだ。
 改めて両陛下と向き合い、膝をついてからまず場を騒がせたことを謝ります。ラルも無言で私の隣に膝をつきます。
 ついただけで挨拶もしません。こら、と叱りたいところですが後回しです。
 私達に顔を上げるように言ったのはピオニー陛下でした。

「突然の登場に驚きはしたが、改めて無事を喜ばせてくれ。よく帰ってきてくれた。貴殿に危険な任務を背負わせた責任者として、喜ばしく思う」

 ピオニー陛下の言葉を皮切りにイオンもまた無事を喜び、インゴベルト陛下もまた頷きました。
 インゴベルト陛下、無理しなくていいですよ。こちとらただの傭兵ですからね。
 あとワクワクルークはもうちょっと大人しくしてなさい。

「それで、地殻であったことについて報告があるとのことだったが……」

 視線だけで今にも飛び出しそうなルークを咎めていると、ピオニー陛下がちらりとラルを見ます。
 違います、ミストラルのことじゃないです。
 ラルは無言で跪いたままです。私は改めて地殻でローレライと出会ったことを話しました。

 といっても馬鹿正直に全部話すわけにはいきません。
 このまま預言に従っていれば人類は滅ぶことや、消滅預言が成就されるかはこの二年で決まること。
 そのためにローレライが我が魂の片割れと称した聖なる焔の光の生存が重要なキーであるらしいということ。
 かつてユリアは人類がこの消滅預言に抗ってくれることを望んでおり、ローレライはその手助けをするため地殻に居たこと。
 けれどそろそろ音譜帯の一つになるためにも地殻からの解放を望んでいることなどなど。
 目を見開きながら呆然としている陛下たちに説明していきます。
 今更ですけど全部じゃなくても結構衝撃的なこと話してますね。

「……シンク謡士、トモカの言葉に嘘偽りはないか?」
「ございません。付け加えるのであれば、ローレライは自らの解放のため、鍵と宝珠をトモカに託していました」

 ラルの言葉に全員が私が持っていた剣と宝珠を見ます。
 あとラル、貴方も敬語使えたんですね。
 なんとなくよしよしと頭を撫でてしまいます。ラルもされるがままです。
 ちょっとだけ和んでいると、ぶるぶると震えていた大詠師が私を指差して喚き始めました。

「たわごとも大概にしろ! 孤児の傭兵崩れが、ユリアの預言をなんと心得る!! ユリアが人類の滅亡を詠んだなどありえぬ!! ユリアは未曾有の繁栄を詠んだのだ!! 陛下、このような子供の嘘を信じてはなりません! 裏切者の神託の盾兵を従えていることといい、地殻に落ちて頭がおかしくなったに決まっています!!」

 うるっっさ。
 唾を飛ばす勢いで怒鳴り散らすモースに思わず顔を顰めます。
 ラルは小さくため息をついてました。あー、はいはい。って感じ。
 そうですね。貴方も教団に居ましたもんね。
 また癇癪が始まったとでも思ってるんでしょうか。
 うるさいモースに両陛下と導師イオンも顔をしかめています。

「控えなさいモース。命がけの任につき、こうして無事帰還したトモカを傭兵というだけで侮辱するなど」
「ユリアは繁栄を詠んだのです! 第七譜石さえ見つかればこのような小娘のたわごとなど」
「第七譜石なんて見つかるわけないだろ。とっくの昔に地殻に沈んでるんだからさ」

 ラルの言葉にしんとその場が静まり返りました。
 あなたさっき使ってた敬語はどうしたんですか。
 めっ、と怒ればつんとそっぽを向かれます。
 もう反抗期なんですか? さっきまであんなに甘えん坊だったのに。

「シンクとやら、それはまことか?」
「地殻にあったよ。巨大な譜石がね。ホドと一緒に沈んだんじゃないの」
「ホド……そうか、ホドか! 確かにユリアは晩年ホドで暮らしたといわれている。そこに第七譜石を持ち込んでもおかしくない!」
「どおりでいくら探しても見つからぬ筈だ……」

 両陛下が納得する中、それでもモースが騒ぐためにイオンの命令でモースは拘束されていきました。
 まあ私への侮辱はともかく、両陛下の前で怒鳴り散らすのはいただけませんね。
 敬語もへったくれもないラルが捕まらないのにモースが捕まるのは変な感じですけども。

 モースが連れていかれたことで場の空気も変わり、ひとまず休めと言われた私とラルも退室を促されました。
 ついでにワクワクルークにはいとローレライの鍵も渡しておきました。拡散の能力がある宝珠はアッシュに渡しておきましょう。

 突然ローレライの鍵を渡されたことにワクワクルークの顔がぎょっとしてました。
 何驚いてるんです。ローレライの解放は貴方の仕事ですよ。
 私はしません。やりません。絶対にだ。

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