人を挟んで喧嘩しないで貰えませんかね。


「モカ!!」
「ぐえっ」

 宛がわれた部屋でホッと息を吐き、改めてラルと話をと思ったところでシンクが飛び込んできました。
 バァン! と音を立ててドアが壊され、私はまた尻もちをつきます。
 緑頭のクソガキ共はどいつもこいつも人を何だと思ってやがる。

「良かった……っ、君が、死んだかと……っ」
「くるっ、しっ、ちょっ、シンクッ、息、息……っ! 死ぬ……っ! 死にますっ!」

 せっかく地殻から生き延びたというのに、シンクに殺される!
 レベル上限に達しているシンクの熱い抱擁に私が虫の息です。
 ばんばん背中を叩いて何とか呼吸ができる範囲に収めてもらいます。
 ぜいぜいと息をしていると、遅まきながらラルの存在に気付いたシンクが殺気を露わにしました。

「なんでお前がここに居る。死にぞこない」
「それはお互い様だろ、出来損ない。僕はトモカに言われて戻ってきただけさ」

 びしびしと殺気が肌を叩きます。二人とも私より強いから止められないんですよね。
 というかラルは何回シンクに負けようが怯まないそのガッツ、一体どこから来るんですか。
 あなた今譜術封じの腕輪をつけてるんですよ? 解ってます?

「いったい何考えてるのさ。君こいつに殺されかけたんだよ? それなのに何で手を差し伸べてるわけ? お人よしも大概にしな!」
「男の嫉妬は見苦しいんじゃない? 一緒に暮らしていようが所詮他人なんだ。僕とトモカの関係に口挟まないでくれる?」
「ハッ、会って一年も経ってないのにどの面下げて言ってるんだか」
「どの面も何もアンタと同じ面だけど?」

 人を挟んで喧嘩しないでもらえませんかね。
 ため息をついた私はひとまずパンパンと手を叩いて注目を集め喧嘩を終わらせた後、シンクに向かって役目を終えた扉を指差しました。

「シンク、内緒話したいので直してください」
「何で僕が」
「シンクが壊したからですよ」
「……教団員に」
「シンク、貴方教団にお世話になってたんでしょう?」
「……」

 包帯で目元を覆ってても解るほどむっつりしたシンクは渋々扉を直しに行きます。
 ついでに恐る恐るこちらを覗き込んでいた教団員に軽食を頼めば、彼等はささっと姿を消しました。
 扉が元通りになった後、軽食を届けてくれた教団員に礼を言ってから部屋に引きこもって盗聴防止に防音譜術をかけます。
 今は一時的に見逃されてますがいつラルが捕まるか解りません。その前に情報共有を済ませねばなりません。

 未だむっつりしている二人を置いて私は軽食を食みながら地殻であったことを余さず説明します。
 シンクは自分がループしている原因がローレライだと解ってローレライのクソッタレ!と叫んでました。
 防音譜術張っておいて良かったですね。お忘れかもしれませんが、ここユリアとローレライを信奉する教団ですよ。
 ひとまず全部話し終えたところで、シンクは頭を抱えてしまいました。

「……流れが違いすぎる」
「あら、それが望みで教団を抜けたんです。良かったじゃないですか」
「良くない。僕はレプリカルークが何とかすると思ってたのに、今じゃ殆ど僕たちにしわ寄せが来てるじゃないか。こんなのも出来るしさぁ」
「アンタが居なくなったせいで僕が作られ産まれたんだけど?」
「知らないよそんなの。だいたい何でモカにくっついてきたわけ? 大人しく地殻で死んでればよかっただろ」
「トモカが言ったからだって伝えたはずんだけど、もう記憶が劣化した?」
「大人しくそれに従うなんて何を企んでるのかって聞いてるんだよ、思考能力が劣化してるのはそっちじゃないの」
「ただでさえ時間がないのに喧嘩するんじゃない!」

 二人に拳骨を落とせばようやく静かになりました。
 まったく、同族嫌悪なんでしょうがいちいち喧嘩しないでほしいです。

「〜〜っ、モカ! 君自分が馬鹿力なのいい加減理解してくんない!?」
「頭が割れるかと思った……っ!」
「二人が喧嘩しなきゃいいんですよ。それとラル、私も気になってたんです。どうして私と一緒に戻る気になったんですか?」

 痛みに呻く二人にファーストエイドをかけてから、私もラルに疑問をぶつけてみます。
 ラルは答える気はないようで無言を貫きました。
 なので「アクゼリュスで見捨てられたと思ったからびっくりしたんですよ」と言えば肩を跳ねさせました。
 そして一度口を開いたかと思うとまた閉じ、そしてしばらくしてからぽつぽつと話してくれました。

「……アクゼリュスに着く少し前、ヴァンと合流した時……折檻されたんだ。あんたに執着しすぎだって。失敗作のくせに、勝手なことをするなって」
「折檻」

 あのヒゲ、アクゼリュス崩落だけでなく虐待の罪も重ねるべきでは?
 思わず眉根を寄せる私の横で、シンクがぼそりと「あれか」と呟いてました。
 こっちも覚えがあるようです。やっぱ虐待でとっ捕まえるべきでしょう。

「どうせアンタも僕を見捨てるって、そう言われた。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……捨てられるって、失敗作だからって、代用品にすらなれないレプリカごときがッて!」

 段々と呼吸が荒くなっていくラルの腕を掴んだのは咄嗟のことでした。
 こちらを見るラルの仮面を外せば、その顔は青白く、脂汗が滲んで目が虚ろです。
 だからラルの後頭部に手を当ててそっと抱き寄せれば、ぎゅうっとラルがしがみついてきました。

「それで、私を置いてアクゼリュスを跡にしたんですね」

 私の確認にラルがこくんと頷きます。
 ちらりと見ればシンクがすごい顔してました。
 どうやら思ってた折檻よりも酷いものだった模様。

「離反してからは、また、鍛える必要があるって……訓練、追加されて。正直、死ぬかと思った」
「強くなってましたもんねえ。正直びっくりしました」
「その間もずっと、何回も、ヴァンが……だから……名前も知られて、烏滸がましいって……所詮、僕は、ただの……っ!」

 私にしがみ付いてひゅうひゅうと息をするラルを落ち着かせるように背中をさすります。
 言葉が既に意味を成してませんが、それだけ酷いことをされたのでしょう。
 名前を否定されて、肉体を酷使されて、存在を否定されて、精神的に追い詰めて、私のことも否定されて。
 あー、なるほど。洗脳の手口。そりゃああれだけ澱んだ目になるってもんですよ。
 効率よく追い詰めて、地殻振動停止作戦で使い潰したってことなんでしょうね。

「……だから、最後にコイツから奪って、一緒に死んでやろうって、思って……」
「それで私と無理心中したんですか」

 呼吸の落ち着いたあたりで付け加えられた言葉に納得します。
 私の確認にこくんと頷いて、とても小さな声でごめんと言われました。
 仕方ありませんね。許してあげましょう。今こうして無事なわけですし。

「でも君は……僕を捨てなかった」

 身体を放したラルが、僅かに赤く腫れた目で私を見ます。
 まだその目は少しばかり虚ろです。

「だから、君に生かされるなら……良いかなって、思ったんだ」

 自嘲にも似た笑みを小さく零してラルはそう言いました。
 なるほど。結構綱渡りしてましたね、私。
 そしてここまで依存させてしまった以上、責任を取る必要があるんでしょうね。
 いえ、名前つけただけでここまで依存されるなんて思ってもみなかったんですけど。
 私以外居ないと縋ってくる子供を振りほどけるほど非情になり切れないんです。
 アニスを見捨てられたのは一応両親という保護者が居たというのも大きかったんですよね。
 あの両親が保護者をやれてるかはともかくとして。

 けどラルには私しか居ません。
 ヴァンは使い捨てるつもりだったでしょうし、戻ったとしてもまた使い潰されるでしょう。
 教団に引き渡しておしまいという手もありますが、流石に胸が痛みます。
 ちらりとシンクを見ればとてもぶすっとしたお顔。
 不満なんだろうなあと思いながらも、まあ被保護者が一人増えたところで変わらないかと結論付けました。
 美味しいご飯作るのでそれで勘弁してもらいましょう。

「ミストラル」
「なに?」
「私はね、この町が嫌いなんです。正直教団にも二度と足を踏み入れるつもりはありませんでした」
「……? そう」

 話の見えないラルは僅かに首を傾げて頷きます。
 私はそんなラルの両肩に手を置いて、はっきりと告げました。

「けど待ちます。貴方が出てくるまで。だから神託の盾に出頭して、きちんと罪を償いなさい」
「いやだ! 離れたくない!」
「ちゃんと待ちます。貴方の保護者になれるように願い出ます。事情も話して、情状酌量の余地があることも伝えましょう。だからきちんと罪を償いなさい」
「結局アンタも僕を捨てるっていうわけ!?」
「違います。保護者として言ってるんです。きちんと罪を償いなさい。それとも私をさらって逃げますか? 人質を連れた逃亡生活なんて長続きしませんよ? 捕まったら今度こそ私と引きはがされます。それくらい解るでしょう?」
「アンタが僕を生かしたんじゃないか! それなのにっ」
「そうです。ちゃんとまっとうに生きるための手順を踏みなさい」

 涙目になるラルに言い聞かせ、ぐずぐずと泣くラルを慰め、ちゃんと会いに行くからと言い聞かせます。
 シンクの顔でそんな風に泣かれるとちょっとむず痒いんですが、まあラルですからね。
 二年も生きていない上に精神的に不安定過ぎる子供なら仕方ない。
 しがみ付いてくるラルをよしよしと頭を撫でて落ち着かせます。

 途中シンクが我儘言うなら見捨てればって口を出してきた時は拗れるからやめろと思いました。
 絶対離れないといわんばかりにしがみ付いてくるラルにまた窒息するかと思いました。
 それでも時間をかけて説得したラルは、最終的に神託の盾に出頭することに合意してくれました。
 何度も何度も捨てないか確認してくるラルに、私は繰り返し大丈夫だと言い聞かせました。

 最終的に寝落ちしましたが、起きたら神託の盾に出頭してくれるでしょう。
 ところでシンクがすっごい不満そうなんですよねえ。
 私いつになったら休めるんでしょうね、これ。

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