最低ですね、私。


アレから帰宅した私がアクゼリュスに行くことを次げると、オリバーとパメラはあからさまにほっとした顔をしました。
送別会をしようと言い出しましたが、だからその金はどこから出てくるんですか。
明日シンクが迎えに来るんですからそんな暇はありません。普通に今夜は準備で終わりです。

残念がる二人を無視して荷物を作ります。
服の替えとへそくりくらいですかね。詰めるものなんて案の定殆どありませんでした。
当たり前ですよね。貧乏なんですから。

そこでふと目に入った花飾りがついたヘアピン。アニスが昔誕生日にとくれたものです。
どう見ても安物ですが人様からのプレゼントということでそれなりに大切にはしていました。
これくらいなら持って行っても平気でしょう。小瓶にヘアピンを入れ、バッグに詰めて準備は完了です。

帰宅したアニスにアクゼリュスに行くことを告げれば、ちょっとだけ泣きそうな顔をされました。
けど預言だから仕方ないねと笑ってました。
その預言だから仕方ないという考えが理解できません。
明日出発すると言えば、今晩だけ一緒に寝たいと言われたので狭いベッドで二人で寝ました。

寂しいのでしょうか。
正直な話、アニスは主要メンバーの一人ということであまり仲良くしてきませんでした。
むしろ避けていた自覚があります。パメラにももう少し仲良くできないかと言われたこともあります。
けどアニスは私を慕ってきます。姉だからでしょうか。
時折自分の分のパンを分けてやったり、借金取りのオジサン達から隠すために樽の中に放り込んだことはありますが、結局はそれだけです。

見捨てたことも多々あります。
それでもアニスは私のことをお姉ちゃんと呼びます。
同じ両親という名の枷をつけているからですかね。
まあ私はそれをアニス一人に押し付けるわけですが。

翌日、朝食を食べ終わった辺りでシンクが迎えに来ました。
そのまま馬車に乗ればダアト港に出発です。
オリバーとパメラは涙ぐんでいましたが、どうでもいいです。
アニスは精一杯笑おうとしてました。こっちのが可愛げがあります。
サヨナラを告げ、私服の上にマントを羽織ったシンクと一緒に馬車に乗り込みます。

呆気ないお別れでした。
今生の別れになれば幸いだと思います。やっぱ最低ですね、私。

「ほら、旅券」

「用意してくれたんですか?」

「一応アクゼリュス行きってことになってるからね」

「よく一晩で用意できましたね」

「ダアトから正式に発行されたものだよ。まあ色々と手順はすっ飛ばしてるけどね」

成る程、つまり権力万歳、ということですね。
ニヤリと唇を吊り上げるシンクの手にも同じものが。
正式に発行されているということは後々面倒になる確率も少ないということ。
私はそれをありがたく受け取り、鞄の中にしまい込みます。
ダアトとケセドニア間の移動では旅券は必要ないので、奥のほうに。

ダアト港では預言に詠まれたからケセドニア経由でアクゼリュスに行くのだと説明すれば、少し船賃をまけてくれました。
預言割引というのがあるそうです。
初めて知りました。

シンクは馬車の中で仮面を取り、髪を下ろして顔に包帯を巻いています。
包帯には視界を遮らないようにする譜術が施されているそうで、それで前が見えなくなることは無いそうです。
ただそういった譜術は軍にのみ伝わるもので、一般人には馴染みがありません。
そのせいか途中何度も盲目だと勘違いされてました。勘違い乙。

二人で船に乗り込み、三十分程で出航しました。
波の音が聞いてて心地よいです。でも揺れが酷いですね。
船室にいると酔いそうなので、潮風の気持ちいい甲板でのんびりします。
あ、シンクが来ました。何でしょうか。

「これからのことなんだけど」

「はい」

「……の、前に。僕は神託の盾をやめたんだ。もう敬語は必要ない」

「あー、すみません。これ癖なんですよ。
敬語がないと本音がだだ漏れになってしまうので、常に敬語で話すようにしてたらいつの間にか癖になっていたとも言いますね」

シンクの柳眉が片方だけ跳ね上がります。
目は見えませんが、きっとどういうことだという目をしているのでしょう。

どういうことも何もそのままなんですけどね。
何分小さい頃から働いてたんで、トラブルは避けるために本音というものを隠す必要があったんです。
でも子供の自制心なんて脆いものです。私が我慢したくてもついついぽろっと文句が出てしまうんですよ。
だから敬語を使って、切り替えるようにしてたんです。
それが大層うまくいきまして、人間関係の円滑化のために常日頃から敬語を使うようにしていたらいつの間にか染み付いてしまっていたんです。

「だからシンクだから敬語使ってた訳じゃ無いんですよ」

「それはそれで失礼な話だね」

「そうなんですよね。最近敬語にも慣れてしまったせいかポロっと本音が漏れることがたまに」

「ねぇ僕嫌味を言ったんだけど?」

「シンクの嫌味なんて可愛いものですから、別に気にしませんよ」

「ほんとに失礼だね、君」

失言だって後悔しても遅いわけですから、今はなるべく口を開かないようにしてるんですけどね。
ため息混じりに言えばシンクは口をへの字にしてました。
でもシンクの嫌味ってほんとに気にならないんですよね。そう言うところはまだまだお子様です。
日本で生きた年数を合わせればこちとら云十年は生きてるわけですから、その程度へでもありませんよ。

「という訳で敬語に関しては勘弁してください。で、これからの話でしたっけ?」

「そ。実際ケセドニアに行ったらどうする気?」

「そうですね……シンクは傭兵になるつもりなんでしょう?」

「そうだよ」

「でしたらまずは酒場へ。昼のうちなら私達のような未成年でも問題なく入れますし、そこで仕事を探すついでに家を探しているといえば不動産屋や丁度いい物件などを紹介してくれる筈です。
そのためにもまずは良質な酒場を探さないといけませんね。悪質なところだとぼったくられますから。
長引くようならその日は宿をとるということでいかがでしょう?」

「酒場ってそんなこともしてるの?」

「してますよ。大体の情報は酒場で収集するでしょう?
そうなると自然と情報を流す人も酒場に集まってくるんです。この場合物件を紹介したい人、客を探している人ですね。
酒場って言うのは何かを探すには丁度いい所なんです」

アニスと一緒に酒場で働いていた時、マスターに教えてもらった知識です。
今思うと逃げる時はこの知識を生かしなさいという意味だったのかもしれません。
知識は荷物にならない宝ですね。

「じゃあ良い酒場を知ってるから、そこに行こうか。ついでに君の職もそこで探そう」

「そうですね。接客業なら任せてください」

「君が?」

「失礼な。これでも猫かぶりだけは得意なんですよ」

「だって君、僕と出会ってから殆ど表情筋動いてないじゃないか」

「仕事となれば別です。前世はサービス大国でしたから、過剰なサービス精神は今でも健在ですよ。その点だけはどの仕事場でも褒められました」

ま、それが今の敬語に繋がるわけですが。
この後もシンクとこれからのことを話し、船の中で一晩明かしてケセドニアに到着しました。
ついでに私たちの素性も二人であーでもないこーでもないと言いながら捏造しました。

シンクも私も戦災孤児で、他人ではあるものの似たような境遇ということで兄弟のように手を取り合って生きてきたのです。
シンクは生きるために戦っているうちに強くなり、顔を布で覆っているのはその時に傷を負ってろくな手当てをしなかったために醜い傷跡があるからだという設定です。
私の方は戦闘はできないものの小さい頃からあちこちで日銭を稼ぐために働いてきたという設定です。そのままですね。
私の方がお姉ちゃんというのは変わりません。

シンクの案内で酒場へと向かって職と住む場所を探しているというと案の定訝しげな顔をされたので、捏造した過去を端的に話せば「あー……」という顔になりました。
ま、珍しい話じゃありませんからね。むしろ盗賊などになっていないだけ、まっとうに生きてる方ですよ。
表通りからは遠い代わりに、未成年二人が暮らすには充分な一軒家を紹介してくれました。
何でもマスターのおじいさんが使っていたそうですが、亡くなってしまったために借り手を捜していたそうです。
ついでに私が酒場で働いてくれるなら家賃も安くしてくれるそうです。
傭兵の仕事も斡旋しているそうなので、丁度良さそうですね。

この酒場、昼は喫茶店をやっているそうで私はそちらで働くことになりました。
といってもやることは多いです。接客、調理、掃除、それから傭兵の仕事の受付。
成る程、マスター一人では目が回るような忙しさです。
先日も一人雇ったそうですが、あまりの忙しさに三日でやめていったそうです。
どんとこいです。やってやろうじゃありませんか。

決まりだと笑うマスターに契約書を渡されます。
ふむふむ……ってちょっと待ちなさい。何ですか休みが二週間に一回って。
しかもこの労働時間もおかしいでしょう。どんとこいとは言いましたが、朝の10時から夜の3時までぶっ通しって馬鹿ですか。誰だってやめますよこんなの。
しかも契約切った場合違約金を支払うとか、どこの詐欺ですか。

そこを指摘すればマスターがニヤリと笑いました。
どうやら試されていたようです。シンクを見ればニヤニヤと笑ってます。
マスターがこういう性格だと知っていたようです。事前に言いなさいそういうことは。

新しい契約書を渡されてそれを読み込めば、今度はまともでした。
週休二日の朝10時から夜の6時までの八時間労働、休憩は一時間です。
お給料もまぁまぁです。しかもまかない付き。お昼が浮きますね。
ついでに家の賃貸契約書も渡されましたが、コチラは実際に家を見てからで良いそうです。
内容を確認しましたが特におかしな点はありませんでした。

「家を見て問題を無ければ来週から来てくれ。家具なんかはそのまま使ってくれて構わない」

「解りました」

「ねぇ、傭兵の仕事もここで斡旋してくれるんだよね?」

「そうだ。護衛、討伐、警備なんかがメインだな。腕に覚えはあるのか?」

「無きゃ言わないよ」

「ならまずは安くて地味な仕事でも文句を言わず繰り返し請けて自分の腕を示すと良い。そうして実績を積んで腕が認められれば逆に指名されることもあるし、こっちも高額の仕事を斡旋することもできる」

「解った。ありがと」

マスターに手を降り、そのまま酒場を出ます。
出るときに看板を見れば『ラ ヴィ』と書いてありました。
古代イスパニア語で人生を意味するそうです。意味深ですね。

賃貸契約書と一緒に渡された地図や鍵を片手にシンクと住宅街の奥地へと足を踏み入れます。
表通りの雑踏が嘘のような静かさです。
大体五分程歩いた所に家がありました。二階建ての小さな一軒家です。
渡された鍵でドアを開ければ少し誇りっぽい空気。
とりあえず換気をして、改めて中を見渡せば二人で住むには充分すぎるお家でした。

ドアを開けてすぐにリビングがあり、すぐ横手にカウンターキッチンが。冷蔵譜業付きでした。
奥の廊下を進めば風呂トイレの他に何かの作業部屋だったような部屋が一つ。
二階には部屋が二つありますから、それぞれの私室にできそうですね。
箪笥やベッドなども一通り揃っていますし、新たに買い足すものも少なそうです。
日常消耗品や鍋や食器くらいですかね。カーテンなんかもそのまま使えそうですし。

改めて賃貸契約書を読み、問題ないのでサインを入れます。
ヒューレンとは書きません。トモカです。ファミリーネームは勿論ありません。
戦災孤児なんですから、当たり前ですね。

こうして職と住処を手に入れた私達のケセドニアでの生活が始まりました。
とりあえずあの人を食ったようなマスターには油断しないよう気をつけたいと思います。


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