えっ、そうなんですか。



 烈風のシンクの件で時間を貰いたいとイオンにお手紙を書きました。
 私はずっとラルって呼んでますけど、周囲からすればラルはまだ烈風のシンクなんですよね。
 盲目の拳闘士であるシンクも同じ名前なのでちょっとややこしいです。

 具体的なことは何も書いてないのにイオンは時間を捻りだして部屋に来てくれました。
 ぐーすか寝てるラルを見て苦笑した後、詠師トリトハイムを紹介されます。
 イオンがレプリカだと知っているそうです。
 アニスにはまだ告げていないようでちょっと内緒話をするために退室してもらうことに揉めましたが、シンクが護衛をするということで渋々了承を得ました。
 お仕事ちゃんとしてるじゃないですか。そのまま頑張って下さい。

「正直なところ、事前に連絡を入れてくださり助かりました。導師イオンがレプリカであることは教団内でも知る者が限られておりますので」
「彼が出頭すれば嫌でも顔がバレますからね。騒ぎになるのが避けられないなら、事前に知っていた方が良いかなと」
「お気遣いありがとうございます。ただ僕は自分がレプリカであることを公表しようと思っているのです」

 えっ、そうなんですか。
 薄々ラルが同じレプリカじゃないかと察していたイオン。
 私にちゃんと導師の立場について勉強しなさいと怒られて、ダアトに戻ってから仕事の合間に学びなおしていたそうです。
 お陰で今回の会談でもなんとかモースに手綱を握られずに済んでますって詠師トリトハイムが疲れたように言ってました。
 ああ、表向きは導師でもレプリカだからって舐められてんだろうなぁ。

 そうして色々学んで、いろいろ考えて、レプリカであると言った方が良いとイオンは結論付けたようです。
 ラルの処遇についてもレプリカであることを考慮してもらえたら嬉しいのでこちらとしてはありがたいんですけども。
 何で急に? という私の疑問が透けて見えたのでしょう。
 イオンは苦笑交じりにシンクを見ました。
 うちのシンクが何か?

「烈風のシンクと、ケセドニアの盲目の拳闘士シンク。今やキムラスカの公爵子息であるルークも、マルクトのピオニー陛下もご存じです。これ以上知らぬ存ぜぬを突き通すのは無理だと判断しました」
「僕のせいって言いたいワケ?」
「まさか。僕は良いきっかけだったと思ってますよ」

 確かに二か国の要人がダブルシンクのこと知ってます。
 いつかばれるのが解り切ってるなら堂々と言っちゃえってことですね。
 躍起になって隠した挙句、知ってるぞって脅される羽目になりそうなのでいいかもしれません。
 それでも思い切ったなぁとは思いますが。

 シンクを見ればぶすっとした顔で包帯を外して素顔を露わにします。
 詠師トリトハイムは驚いてましたが、イオンはにこりと笑いました。
 シンクの許可を取って、彼が元々烈風のシンクとしてダアトに居たことまで話しました。
 ラルはその後釜として作られた八番目の個体だと言えば、流石にイオンもそこまで把握してなかったようで。
 ヴァンからの所業を告げれば、詠師トリトハイムも流石に非情が過ぎるとお怒りの様子。
 情状酌量の余地があると思うので、起きたら出頭させますからどうぞお慈悲をと頼めば、きちんと事情は汲むと言って貰えました。
 これでいい方に進むと良いんですが。

「ああ、それからもう一つ」
「なんでしょう?」
「ルーク様の件です」
「……彼のことも気づいていたのですか?」
「鮮血のアッシュの素顔は私も見ていますので」
「そういえばそうでしたね。しかし世の中には知らない方が幸せなこともあるのではないかと僕は思うのですが」
「彼等が完全同位体でなければ私も同じことを言ったかもしれません。しかし人類を存続させたいならローレライの魂の片割れは保護しなければいけないでしょう?」

 そう言って私がルークに渡さなかった宝珠を出せばイオンはハッとしました。
 情報源はラルからってことで良いんじゃないですかね。
 レプリカルークが作られた時、まだラルは生まれてません。
 罪は加算されず、ただの情報提供者として扱われるでしょう。

「確かに、秘匿し続けるわけにはいきませんか」
「はい。早急に保護する必要があるかと」
「……実はトモカが告げた人類が存続できるかこの二年で決まるという件でも揉めてまして」
「預言に従っていれば繁栄が齎されると思っていたのに実際は消滅ですからね。当然でしょう」
「その……トモカは随分と冷静ですね。人類の滅亡を予言されてるんですよ?」
「なら預言に従わなければ良いのでは? としか思えないので」

 あっけらかんと言えばイオンは目をぱちくりさせました。
 詠師トリトハイムは眉間に皺を寄せてます。怒りたいけど怒れないんだろうな。

「どちらにせよND2018のルークが死ぬという預言は外れました。外殻大地降下作戦のおかげでこの後の戦争も回避できそうですし、ちょうどよく人類の敵も居ます。共通の敵が居れば人間は団結できる生き物ですからね、人類皆手を取り合って立ち向かえばいいんじゃないですか。預言は未来の選択肢の一つなんでしょう?」

 私の言葉にイオンは目をぱちぱちさせたあと、ふにゃりと笑います。
 そうですよ、貴方が言ってるんですよ。貴方改革派の筆頭でしょう。
 どうせモースは預言に従えとしか言わないんです。
 そのままとっ捕まえて実権握っちゃいなさい。
 レプリカだろうが何だろうが、今は貴方が導師なんですから。

 それからもう少し話を詰めた後、イオンと詠師トリトハイムは帰っていきました。
 最後にあの時叱ってくれてありがとうございましたと言われました。
 ちょっと複雑です。見ていられなかっただけなんですけどね。
 しかしこれで後はラルが出頭すれば一段落です。私は地殻振動停止作戦の後金貰ってウハウハです。
 ラルが落ち着いたらケセドニアに帰るのではなく、しばらくぶらぶらするのも良いかもしれません。

 そんなこと考えてたらシンクに腕を掴まれました。
 なんだなんだと引っ張られるがままに立ち上がります。
 なにか言ってください。
 かと思えばラルが寝ているのとは違うベッドに放り投げられました。
 質の良くないスプリングが軋むのと同時に、起き上がる前にシンクがのしかかってきます。

「もういいだろ」
「な、にがです……?」

 突然のことに驚く私の身体をシンクがきつく抱きしめてきます。
 私をすっぽりと腕の中に閉じ込めるシンクの肩はか細く震えていました。
 そこでようやく気付きました。
 私、ラルのことにかかりきりでずっとシンクのことを放置してました。
 大佐に言われてもシンクだから大丈夫だろうなんて思ってました。
 けど私が思っていた以上にシンクの心労は大きかったようです。
 私はシンクの背中に手を回してぎゅっと抱きしめ返します。
 思えばシンクとはそれなりに一緒に居ますが、こうした触れ合いは初めてかもしれません。

「シンク、ごめんなさい。無事帰ってきましたよ」
「遅いんだよ」
「心配かけました。もう大丈夫ですからね」
「放置してたくせに」
「放置してごめんなさい。心配してくれたんですよね」
「……敵に情けをかけるなってあれだけ教えたのに」
「はい、すみません……でも」
「言い訳なんざ聞きたかないんだよ。どれだけ、肝が冷えたと思ってんのさ……っ」

 嗚咽が混じった言葉にごめんなさいともう一度謝ります。
 私に戦闘のいろはを叩き込んだのはシンクです。
 体術の基礎も、譜術の行使も、対人戦の心構えも、全部シンクに教わりました。
 盗賊相手に躊躇する私に半端な情けは自分の命を削るだけだと何度も言われました。
 戦闘において最優先にすべきは自分の命だと口を酸っぱくして言われました。
 この短期間で私が強くなれたのは血反吐を吐きそうな訓練をしてくれたシンクのお陰です。
 何度も死ぬかと思いましたが、その訓練があったからこそ生き延びてきたともいいます。
 現にルークとの旅だって、その経験がなければ成しえませんでした。
 全部シンクが教えてくれたからです。
 私はそのシンクの教えを破っていたのだな、とようやく気付きました。

「シンク、ごめんなさい。もうしませんから」
「当たり前だろ。もし次に同じ事したら今以上の訓練メニュー仕上げるからね」

 それは嫌です。
 既に血反吐を吐くほど辛かったというのに、今以上に鍛えられたら私死んじゃうじゃないですか!
 ぶんぶんと首を振って嫌がる私にシンクの手が緩みました。
 むくりと起き上がったシンクが私の上に馬乗りになります。
 私を見降ろす緑の瞳は痛そうに歪んだままです。
 黒手袋のされた指先が私の指に絡みつきました。

「……君が、死んだかと思ったんだ」
「生きてますよ」
「心臓が止まるかと思った」
「お互い動いてますから安心してください」
「もう一度死ねば、ND2016に戻る。そうしたらまた君と会えるんじゃないかって考えてた」
「やめて下さい。自害のハードル低すぎませんか?」
「でも長いループの中で君に会えたのは今回だけだったから、やめたんだよ。君の存在していた痕跡すらない世界なんてごめんだった」
「ああ、そうですね。私はどうもバグみたいなものらしいので。まあ本来人と人との出会いなんて一期一会なんですから」
「君が好きだ」
「……えっ、そうなんですか?」

 突然の愛の告白に驚いて、思わず間抜けな返事をしてしまいます。
 シンクを見てぴたりと動きを止めたところで、掴まれていた手をぎゅっと握られました。
 今思えばこれって恋人繋ぎじゃないですか。

「君が居なくなって気付いた。僕は、君が好きなんだ」
「……そ、うですか。はい、えぇと……」
「もう二度と僕の前から居なくなるな」
「シンク、えっとですね、ちょっと落ち着いて」
「君の都合でもう充分待っただろ。これ以上待つ気はないね」

 そう言って噛みつくようなキスをされます。
 頭が真っ白になった私は、拒否することも、逃げることも出来ませんでした。



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