マイペースなのはどっちなんだか。



「はあ」

 ため息の後、ベッドにダイブをすればスプリングが軋みました。
 降ろした髪がベッドに散らばります。

 大詠師をぶちのめして導師救出を終えた私達は、さっさと教団に帰ってきました。
 大詠師に従っていた兵士は既に捕縛済み。
 ラルは詠師トリトハイムに報告後自ら独房に戻り、私とシンクも部屋に戻った訳です。
 シンクに勧められて先にシャワーを浴びたのですが……冷静になると、私結構ぶちぎれてましたね。
 あそこまで怒ったのは初めてかもしれません。

 アニスはきちんと導師守護役の務めをまっとうしていました。
 例え両親を人質に取られようと、導師と共に守り抜きました。
 その代わり自分がボロボロになってたわけですが。

 私が来たというだけで心底安堵していた顔を思い出します。
 散々暴行を受けたのでしょう。呼吸音に異音が混じってました。肺をやられていたのかもしれません。
 髪だって切られてました。あれでは整えてもショートにしかならないでしょう。
 ……導師守護役とはいえ、十三歳の子供にする仕打ちじゃない。

 また沸々と怒りが湧いてきます。
 同時に縁を切ったと思っていたのに、こんなにも情があったのかと自分に驚きます。
 正直檻の中にぶち込まれたオリバーとパメラには何にも思わなかったんですよね。
 何か喚いてたけど何言ってたかさっぱり思い出せませんし。

「はあ」

 またため息がもれます。
 どちらにせよ、アニスは既に教団で手当てを受けている筈です。
 しばらくしたらまたイオンにも会えるでしょうし、職場復帰していたらその時に顔くらい見れるでしょう。
 家まで行くのは嫌なんですよね。オリバーとパメラに会いたくない。
 これ以上ぐずぐず考えるのはやめようと身体を起こしたところで、シャワーを浴び終えたシンクが戻ってきました。

「なに悩んでたのさ」
「今吹っ切ったところです」
「アニスのこと?」

 吹っ切ったつってんだろ。
 髪から雫を滴らせたシンクがほぼ半裸でこちらにやってきます。体の譜陣も丸見えです。
 そして私を押し倒してきました。髪くらい拭きなさい。

「風邪ひきますよ」
「そこまで軟じゃないよ」
「なんですかこの体勢」
「僕は悪い男だから、傷心中の君に付け入ってやろうと思って」

 そう言って私を抱きしめたシンクは優しく背中を叩いてきます。
 自分で言ってどうする。
 そう思いますが今はなんとなく体温に縋れることがありがたいです。
 私からもぎゅうとしがみつけばシンクが小さく笑った気配。

「私悪い男より良い男の方が好きです」
「よく言うよ。君を引き受けられるのなんて僕くらいだろ」
「私そんなじゃじゃ馬ですか?」
「マイペースが過ぎてついていけるのなんて僕くらいだって言ってんの」

 そういえばマスターからもマイペースだと言われましたね。
 良いじゃないですか。自分の意志をしっかり持ってるってことですよね。
 というかそのマイペースな私を振り回すのがシンクでしょうに。主に腕力で。

「良かったじゃないか」
「何がです?」
「アニスのこと」
「……良かった、んでしょうか」
「縁を切ったとはいえ、妹が生きてることを喜ぶのは悪いことじゃないだろ」
「……はい」

 ぐりぐりと額をシンクの胸に押し付ければ、頭頂部にキスが落とされました。
 なんだかくすぐったいです。甘ったるい空気に慣れません。
 シンクを見上げれば緑の瞳と視線がかちあいます。
 目だけで小さく笑ったシンクにやや乱暴にキスをしてきました。
 これを拒否できていない時点でとっくに絆されてるっていうのは解ってるですよ。
 けどそれはそれとして素直に認められないといいますか。
 がぶりと噛みつくようなキスに安堵を覚えながらも反発を覚えてしまう。
 けれど今はそれに縋りたい。

 シンクの首に腕を回せば私が乗り気なのが伝わったのかもしれません。
 上から覆いかぶさるように体勢を変えたシンクに何度もキスをされます。

「……ねえ、悪い男の慰め方、知ってる?」

 至近距離で艶やかに笑ったシンクにぞくりとします。
 手袋のされていない指先が艶めかしい手つきで私の身体のラインをなぞりました。
 けれど残念。私が現実を教えてあげましょう。

「多分この後詠師トリトハイムに呼び出されますよ」
「……すっぽかしても、」
「仕事として受けたんですよね、導師の救助」
「くそがっ!」

 何だかんだ言って根っこは真面目なシンクは仕事となれば断りません。傭兵は信頼が第一ですからね。
 八つ当たりにベッドを殴るシンクは渋々上体を起こしました。
 残念でした。というかそこまで許した覚えはありませんよ。
 むすっとした顔でベッドから離れるシンクを見送りながら、その背中にお礼を言います。

「別に礼を言われることなんてした覚えはないよ」
「良い男なんですから、礼くらい受け取っておきなさい」

 私の言葉にシンクは一瞬だけ動きを止め、ひらりと手を振って髪を乾かしに行ってしまいました。
 マイペースなのはどっちなんだか。

 それから案の定詠師トリトハイムから呼び出しがありました。
 足を運べばそこにはイオンも居ました。アニスの姿はありません。
 流石にラルは呼ばれていないようです。
 改めて二人からお礼を言われた後、後日教団から謝礼を支払うと言われて素直に頷いておきます。
 正式に払うってことは守秘義務も発生しますからね。
 そういうことなら大人しくお口にチャックしましょう。

「僕がこうして居られるのもお二人のお陰です。惑星預言を詠めばきっと、乖離していたでしょうから」
「イオン様……」
「トモカ、貴方には恩ばかり積み上がってしまいますね。どうかこれからは他人の目がない時もイオンと呼んで下さい」
「ではイオン、まだ休んでいた方が良いのでは?」
「そうもいきません。例え僕がレプリカでもモースがしたことは導師への反逆です。やるべきことは山とあります」
「イオン様にご無理を強いるのは私達としても不本意ですが、両陛下がおいでになっている今、教団としてもイオン様に療養していただくわけにはいかず……」

 ああ、確かに。
 この騒ぎも知られているでしょうし、下手にイオンを引っ込めるわけにはいきませんか。

 それからイオンの口から改めてことの顛末が語られました。
 どうやら大詠師派の兵に私室に押し入られ、導師守護役達はなぎ倒され、アニスは唯一大詠師に従う素振りを見せたそうです。
 そのためザレッホ火山まで同行を許されたものの、その先で惑星預言を詠むよう命令する大詠師に反発。
 しかしそれを予測していた大詠師にオリバーとパメラが人質として取られているところを見せられ葛藤。
 導師も大詠師の命令を拒否したところで兵に囲まれ、逆にアニスが人質に。

 導師が迷う素振りを見せたことでアニスはトクナガを使って導師を強奪。
 オリバーとパメラを庇う位置で導師の動きを封じ、ワンド一本で神託の盾と立ち回り、敗北したようです。
 その後導師を解放するよう暴行を受けている内に私達が到着……なるほど、そういう経緯でしたか。
 人形士が人形取らたら……まあ負けますよねえ。

「僕がどれだけ訴えても、アニスは僕を守り続けました。それが仕事だと言われればそうかもしれません。ですが、いえ、だからこそ。僕は彼女の献身に報いなければなりません」
「イオン様、余り気負いすぎませんよう」
「解っています。アニスは今治療を受けています。命に別状はないとのことですから、トモカも顔を見に行ってあげて下さい」
「オリバーとパメラが居ないなら、まあ……」

 ああ、そうか。
 私とアニスの関係を察していたからこそ、わざわざ話してくれたんですね。本当にイオンの成長が著しいです。
 私の言葉にイオンは苦笑した後、オリバーとパメラは今神託の盾で保護されていることを教えてくれます。
 つまりしばらく動けないってことですね?
 それなら一回くらいお見舞いに行ってもいいかもしれません。

「ああ、そういえばラルの件なんですが……今回の協力で多少減刑されたりとかは無理でしょうか?」

 ふと思いついたことを詠師トリトハイムに聞いてみます。
 神託の盾のトップである大詠師がとっ捕まったので、ラルを裁くのは詠師会になるはず。
 なのでそう嘆願してみれば、詠師トリトハイムも心得ていると言うように頷いてくれました。

「ミストラル殿……いえ、シンク謡士の働きによって導師奪還が成功したのもまた事実。詠師会はこの事実を重く受け止めるでしょう。恐らく神託の盾へ復帰した後、減俸と数か月分の給与の返還。それと奉仕活動を行うという形に落ち着くのではないでしょうか」
「そうですか」

 少なくとも極刑は確実に間逃れそうでで私は胸を撫でおろしました。
 けれどそれにやめておいた方が良いと思うけど、と口にしたのはシンクでした。

「それはどういう意味でしょう?」
「多分だけど、あれが動いたのは教団への忠誠心でも、神託の盾への仲間意識でもない。ただの義務感じゃないかな」
「……軍人として義務感があるのは良いことでは?」
「そうじゃない。僕の代わりとして生み出され、据え置かれたことによる『烈風のシンクとして完璧であらねばならない』っていう強迫観念みたいなものじゃないかってこと」
「それは……」
「あいつは生まれてすぐ、師団長になることを強要されてきたんだ。そうあることを強要されて、それ以外知らなかった。けど今は違う」

 シンクの言葉に詠師トリトハイムもイオンも難しい顔をしています。
 その二人にシンクは淡々と告げました。

「捨て駒にされ、地殻で一度死を選んだあいつが戻ってきたのは義務感じゃない。トモカへの執着だ。無理矢理神託の盾に留め置いても刷り込まれた義務感からある程度は働くだろうけど、強制するヴァンも居ない以上、いつか決壊する」
「神託の盾への復帰は難しいでしょうか? 正直なところ、神託の盾騎士団は今人材不足が甚だしく、彼に戻ってきてもらえるのならば大変助かるのですが……」
「大詠師が失脚した以上、カンタビレを呼び戻した方が確実だろうね」
「そうですか……」
「産まれて二年も経ってないレプリカに何もかも押し付けすぎじゃない?」

 残念そうに言う詠師トリトハイムにシンクが苦言を漏らします。
 その言葉を聞いた詠師トリトハイムがハッとしたかと思うと、おっしゃる通りですと静かに目を伏せました。


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