後は本職の方々に任せましょう。
「お邪魔しますよ」
詠師トリトハイム達との話を終えた後、私は念には念を入れて神託の盾にオリバーとパメラが留め置かれていることを確認しました。
そしてアニスのお見舞いに足を運べば、アニスはちょうど起きていたようです。
現れた私にパッと顔を明るくし、シンクを見てぎょっとしていました。
なんで、と思って今更気付きました。シンク、顔隠してないです。
「お姉ちゃん。そっちの人……イオン様、じゃ、ないよね?」
「これはケセドニアで傭兵をしているシンクです。勝手に着いてきただけなので気にしなくていいですよ」
「そ、そう??」
居心地悪いでしょうが、我慢してください。
本当に勝手についてきただけなんです。
特に貴方に用があるわけではないそうなので。
「怪我の具合はいかがですか?」
「もうだいぶ良くなったよ。治癒術も使ってもらえたから」
「そうですか。なら仕事復帰も早そうですね」
「それは……どう、かな。わかんない」
そう言ってアニスは視線を落としました。
腰かけたベッドのシーツをぎゅっと握り締めます。
「……モースに、さ。うちの借金、肩代わりしてもらってたんだ」
「そうですか」
「代わりに、いろいろやれって言われた。パパとママには内緒で、あたしもいろいろしてきた。モースが捕まった以上それもバレちゃうだろうし。そもそもあたしが導師守護役になれたのもモースが無理矢理捻じ込んだからだし……復帰は難しいじゃないかなって、思ってる」
「後悔しているんですか?」
「……してない。モースの手を取らなきゃ、今頃どうなってたか解んないもん。お姉ちゃんと連絡が取れなくなってからもパパとママは全然変わらなくて、お人好しで、借金作ってばっかりで……正直、導師守護役のお給料が無きゃとっくに野垂れ死んでたと思う」
「相変わらずですね、あの二人は」
「そうだね。でもだから心配なんだ。あたしが捕まったら、パパとママはどうなっちゃうのかなって」
陰のある顔でそう告げるアニス。
どうなるもなにも、なるようにしかなりません。
いい歳した大人がどうなろうが、子供のアニスが背負う必要はありません。
「自分のしでかしたことは自分で責任を取る。それだけでしょう。それができずに子供にまで一緒に責任を背負わせて、しかもその自覚もない。だから私はあの二人が心底嫌いです」
「……知ってたよ。お姉ちゃんがパパとママのこと大嫌いなんだって。お姉ちゃんと連絡がとれなくなった後も、パパとママから逃げたんだろうなって思ったもん」
「……貴方一人に押し付けたことは、悪かったと思ってます。多少は」
「あはは。あたしもお姉ちゃんみたいにスパッと嫌いになれたら良かったのかもね。ほんと……なんで、こんなんになっても……大好きなんだろ……っ」
アニスが声を押し殺して泣き始めます。
私はベッドの端に腰かけ、アニスの頭を抱き寄せました。
私にしがみ付いてくる身体は、もう私より大きいです。
それでも彼女は私より幼いただの子供です。
「今はイオン様の無事を喜びましょう。オリバーとパメラも大人です。自分の面倒くらい自分でみれますよ」
「……うん。イオン様、無事でよかった……っ、けどあたし、ちゃんと守れなくて……っ」
「そんなことありません。よく頑張りました。お仕事できてるじゃないですか。偉いですよ」
「……っうん」
声を震わせながら何度も頷くアニスを黙って抱きしめます。
大声で泣くでもなく、声を押し殺して泣くアニスが落ち着くまで。
頭を撫でても、もうあの長い髪はありません。
それがまた腹立たしくありましたが、アニスが落ち着くまでは黙って慰め役になりました。
「……アニス」
「……ごめんなさい」
嗚咽がおさまったあたりで名前を呼べば何故か謝罪されました。
別に謝られるようなことはされてませんが。
「何に対しての謝罪かは知りませんが、私はオリバーとパメラの娘という立場はとっくに捨てました。ですから貴方の姉でもありません。貴方が捕まってからもあの二人を養う気は毛頭ありません」
「……うん」
「何度も言いますが、あの二人はいい年した大人なんです。貴方は自分の罪を償うことに集中しなさい」
「……はい。ねえ、またお姉ちゃんって呼んでもいい? 呼ぶだけ。呼ぶだけだから」
「……ヒューレンじゃなく、トモカと呼ばれたら返事くらいはしますよ」
「トモカお姉ちゃん」
「頑張りなさい。貴方も十分、情状酌量の余地はあるでしょうから」
最後に一度だけ抱きしめて、アニスの側から離れます。
もう来ることはないでしょうが、今のアニスならきっと大丈夫でしょう。
立ち上がる私に手が伸びてきますが、すぐに落とされました。
泣きはらした目で不器用に笑います。
「ありがとう、トモカお姉ちゃん」
「どういたしまして。それではそろそろ失礼します」
「また来てくれる?」
「さあ。一応待機要請を受けてるので教団に居ますが、他の予定もありますから」
「そっか。じゃあ、元気でね」
「貴方も、元気で」
さっさとオリバーとパメラなんて見捨ててしまえという言葉を飲み込み、手を振るアニスに背を向けます。
また会う日が来るかは解りませんが、少なくともわだかまりはなくなったように思います。
部屋に戻るまでの間、ずっと黙っていてくれていたシンクがそっと私の手を握りました。
握り返した手は私と同じ、豆だらけの固い掌ですが……それでも温かい掌でした。
それから部屋に戻ったところでシンクにぎゅうっと抱きしめられました。
これはあれですかね。シンクなりの慰めなんでしょうか。
悪い男らしいですからね。
でも別にそこまでメンタル不安定じゃありません。
ケリもつけましたからね。
翌日からはラルの面会に出るだけの日常に戻りました。
オリバーとパメラは今まで以上に避けて何とか会わないようにしています。
ただでさえ減っていた神託の盾も大詠師に組した者たちが削られててんてこまいのようです。
毎日復帰してくれって嘆願されて鬱陶しいそうです。
ラルにその権限はないんですけどねえ。
実際今回の件が評価されて、思ったよりも早めに出られそうと言っていました。
出たらさっさと神託の盾なんて後にするそうです。
どれだけ懇願されてもラルは神託の盾にとどまる気はさらさらなさそうです。
神託の盾兵に縋られると働かなきゃいけない気分になるって言ってましたからねえ。
シンクの強迫観念にも似た義務感を背負っているのではないかという憶測もあながち間違っていなさそうです。
ただそれだけ慕われていたことに何も思えないのは、少し可哀想だなと思います。
それからファブレ公爵からのお呼び出しを受けました。
呼ばれたのは私だけなんですが、何故かシンクもついてきます。
金魚の糞かな?
ただ地殻での別離が原因なんだろうなと思うと拒否しきれません。
呼び出された会議室に向かうと、ファブレ公爵だけでなくルークとアッシュも居ました。
ルークがぱっと顔を明るくしてアッシュが顔を顰めます。
そういえばアッシュはことごとくシンクに攻撃されてばかりですからね。そんな顔しても仕方ないか。
「お呼びと伺い参上しました。トモカと申します」
「来たか。そっちは……シンク謡士か?」
「ケセドニアの傭兵の方のシンクです」
「ああ、地殻振動停止作戦の功労者か。まあよかろう」
シンクも同席が許され、私達も席に着きます。
場を取り仕切るのはファブレ公爵のようです。
ファブレ公爵はここ数日の会議で、ローレライの解放と三か国合同でのヴァン討伐が決定されたことを教えてくれました。
「ローレライより預けられたという宝珠は、現在貴殿がお持ちと聞いたが」
「はい。アッシュ殿にお渡しするつもりでした」
「ルークはアブソーブゲートに、アッシュはラジエイトゲートへやる。そこで外殻大地の降下とローレライの解放を行う予定だ」
「畏まりました。ではアッシュ殿、こちらを」
持ってきていた宝珠を差し出せば、アッシュは複雑そうな顔で私から宝珠を受け取ります。
どういう経緯でこの席が出来上がったかは知りません。
けれどアッシュはファブレ公爵邸に受け入れられたようですね。
確かに宝珠を渡した後、ファブレ公爵は厳かに頷きます。
「確かに見届けた。それと直接関係はないが、一応伝えておく」
「……何でしょうか」
「外殻大地降下作戦と貴殿から伝えられたローレライの言葉から、ルークはマルクトで、アッシュはキムラスカで保護することが決まった」
そこまで話が進んでいましたか。
驚く私にアッシュが存外穏やかな声で補足してくれました。
どうやらアッシュの元にもローレライからの電波が飛んでいたようです。
そこでローレライ解放と消滅預言のことも伝えられていたとのこと。
捕縛されたばかりで会議の内容を知らないアッシュがそのことを訴えて暴れるものだから、最早私の言葉は疑う余地なしとみなされたんだとか。
ちなみにルークの方にも電波は届いていたようなんですが、頭が痛くて何言ってるか解らなかったそうです。それは仕方ない。
まあどちらにせよ私達には関係ないことです。
後は本職の方々に任せましょう。
ただルークが私達と話したいと駄々をこねているそうで、ファブレ公爵が席を外した後にお喋りタイムが設けられました。
アッシュも同席しましたが、驚くほど静かでした。
ほぼほぼルークがセフィロト巡りの旅について話をしていただけでした。
旅ができると聞いて私達とグランコクマを目指した時のような旅路を期待していたのに、軍人さん達は態度が固くてつまんなかったそうです。
私達みたいな傭兵とお国に仕える軍人を一緒にしちゃだめですよ。
あっちのプライド逆なでしちゃいますからね。
ともかく私の仕事はこれで終わりです。
ラルのことがケリがついたら、ようやく自由を得ることが出来そうですね。
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