一人じゃありませんからね。
36.
「そうですか。これから各地を巡る旅に……寂しくなりますね。僕もついて行ったらダメでしょうか?」
「駄目に決まってるだろ!?」
「アンタ導師だろ!?」
「ふふ、冗談ですよ」
ダアトへ帰還した私達は詠師トリトハイムから後金を貰ったあと、イオンに別れの挨拶に向かったらそんな導師ジョークをいただきました。
ダブル突っ込みにイオンが小さく笑ってます。これ多分三割くらいは本音では??
なにせ教団は前途多難ですからね。
今は惰性で動いてますがプラネットストームもその内停止するでしょうし、預言が詠めなくなったら教団の存在意義も揺らぎます。
逃げ出したい気持ちはわかるので私はイオンの頭をそっと撫でておきました。
にこにこ微笑む姿は緑頭の中でも一等癒し系です。
「できればたまにでいいので、ダアトにも顔を出して欲しいんですが……」
「イヤだね」
「こんなところ二度と来るもんか」
「お手紙書きますよ。ルークも寂しがってましたから、仲介しましょう」
「ありがとうございます!」
揃って舌を出すシンクとラルを置いて約束すればイオンは嬉しそうでした。
最後にぎゅっとして良いですかって聞かれたので、シンクが駄目だというのを無視して両手を広げます。
しがみ付てくる手はシンクとラルと違って弱く細いものでした。
背中をぽんぽんと叩いてやれば、私にしか聞こえない声でイオンが呟きます。
「僕、貴方みたいなお姉ちゃんが欲しかったです……ちゃんと、叱ってくれる。僕を見てくれる、お姉ちゃんが」
「……イオン」
泣きそうな声になんと言っていいか解らなくなります。
そして理解しました。叱られたことがなかったんですね、この子供は。
ただお飾りであることを求められた。だから叱った私にこんなに懐いたのか。
頭を撫でてやればぎゅうとしがみ付く力が強くなりましたが、しびれを切らしたシンクによって無理矢理引きはがされました。
「どうして君は揃いも揃ってイオンレプリカに懐かれるのさ!?」
「あんたもその一人なのに何言ってんだか」
「うるさいなぁ、お前が一番簡単にコロッといったくせに」
「ハッ、一番最初にコロッといったのはアンタだろ」
「ふふ、賑やかな旅路になりそうですね」
「本当に」
「どうかお元気で。手紙、待ってますから」
「イオンも無理をしないようにしてくださいね。貴方は身体が弱いんですから」
「はい」
微笑むイオンと手を振りあって言い争うシンクとラルの襟首を引っ張って部屋を出ます。
導師守護役達に見送られながら私達は導師の私室を後にしました。
……そこに、アニスの姿はありません。
イオンはアニスの話をしませんでした。
事実、彼女はもう既に導師守護役ではありません。
本人も予想していた通り、モースに巻き込まれる形で騎士団に捕縛されたそうです。
教団内の罪だけならば、導師を命がけで守ったこともあって罷免だけで済んだかもしれません。
しかし導師が出奔した際、アニスはタルタロスの経路をモースに伝えています。
そのせいで六神将による強襲が起こり、第三師団の人達に被害が出てしまいました。
この件があったため、アニスの身柄はマルクトに引き渡されたそうです。
教団はもうアニスを庇うだけの力はありませんし、そもそも庇う理由もありません。庇ってもいけません。
アニスは抵抗せずにマルクトに引き渡されたそうです。以降アニスが出てこれるかは彼女次第でしょう。
一応、定期的に情報収集だけはしたいと思います。死んでなきゃそれでいいです。
あの子のことです。生きてりゃ図太く生き伸びるでしょう。
「レンちゃん!」
「ヒュー! ああ、ヒュー! ようやく会えた!」
喧嘩をやめたシンクとラルと一緒に教団内を歩いていたら、またオリバーとパメラに見つかりました。
ああもう面倒くさい。無視しましたが、腕を掴まれて渋々相対します。
「何か御用ですか。以前も言いましたが、私の名前はトモカです。どなたかとお間違いでは?」
「どうしてそんなことを言うのレンちゃん、ママが貴方のこと間違える訳ないでしょう?」
「そうだよ、ヒューレン。何回も言っているだろう? ヒューの名前は預言に詠まれた立派な名前なんだ。それなのに勝手に名前を変えるなんて」
「ご用がないなら手を離して貰っても良いですか。船の時間があるので」
「ダアトから出ていくの? そんなこと言わないで、また一緒に暮らしましょう? アニスちゃんまでマルクトに連れていかれてしまって……家族がこんな形で引き離されるなんて」
「ヒュー、アニスが……僕たちに黙って犯罪に手を染めていたんだ。とても悲しいことだ。ママもこんなに憔悴して……ヒュー、戻ってきてくれないか? また家族一緒に暮らそう」
「教団がね、モース様が払ってくださったお金を返せっていうの。すごい大金なのよ。そんなお金なんてないわ。ねえレンちゃん、大きな働きをしてたくさんお金が入ってきたんでしょう? パパとママを助けてちょうだい」
「アニスの罪はアニスが償うべきだ。確かにアニスは僕たちの娘かもしれないが、その罰だとしてもあまりにも、」
「いい加減にしてくれませんか」
好き勝手言う二人に苛立ちが湧き上がって、私は掴まれていた手を振りほどきました。
伸びてきたパメラの手を叩き落せば、二人は何故かびっくりした顔で私を見ます。
「貴方方、わざわざ家族を名乗ってお金たかりにきたんですか?」
「違うわ! あなたは私達の娘よ! 家族が助け合うのは当然のことでしょう!?」
「そうだよ、何故そんな悲しいことを言うんだい!?」
「私は貴方達が家族だと思ったことなんて一度たりともありませんよ。今も昔もね」
「ヒューレン!?」
「レンちゃん!?」
驚愕の表情を浮かべる二人に嫌悪を露わに距離を取ります。
ラルとシンクが私を庇おうと前に出ますが、それは止めました。
いい加減、この二人にもケリをつけるべきなのでしょう。
アニスみたいな結果にならないことは明白ですが。
「だいたい教団が返せと言った金は元をたどればあなた方の借金でしょう。アニスが言ってましたよ。自分が居なくなったら貴方達二人がどうなるかと、ええ、心配していました」
「だったら!」
「ですから言っておきました。二人ともいい大人なんですから自分達で何とかするでしょうと。未成年の子供に頼らなければ生活できないなんて大人として情けない限りですからね」
「そんな……っ」
「ヒュー! どうしてそんなことを言うんだい!? 僕たちは家族だろう!?」
「さっきも言ったでしょう。私は貴方達を家族だと思ったことはありません。一度たりとも。親の責任を放棄して、それどころか自分たちのツケを子供にまで払わせる夫婦が親? 冗談も大概にして下さい。そうと自覚もなしに子供の罪悪感を煽って自分たちのツケを押し付ける。だから私は昔から、貴方達が大嫌いです」
「レンちゃん……どうして」
「他人に親切にするのはさぞ気持ちよかったでしょうね。預言に従うだけの生活はさぞ楽だったでしょうね。甘ったれた生活をしてきた、そのツケを払う時が来ただけです。大金だと言いますが例え一つ一つは小さくても全て自分達がこさえた借金でしょう。もう尻ぬぐいをしてくれるアニスは居ないんです。精々頑張って下さい。そして二度と私の前に姿を現さないでください。私の家族はこの二人です。貴方達じゃない。それでは、さようなら」
よろよろと伸ばされたオリバーの手を再度払い落とし、シンクとラルの手を引っ張ってずんずんと歩きます。
泣き叫ぶような声は無視しました。私の名前はトモカです。ヒューレンじゃない。
二人に追い付かれてはたまらないと早歩きで教団を後にします。
市街地を抜けたあたりで、黙って腕を引かれていたシンクが声を上げました。
「……モカ。モカ、トモカ。もう撒けたよ。追い付かれないから、落ち着きな」
「……すみません」
「いいよ。落ち着いた?」
「はい」
ずんずか進んでいた足を止め、二人から手を離します。
ラルもシンクも黙って私の肩を叩いたり、頭を撫でてくれました。
これではいつもと逆ですねえ。
「……ありがとうございます」
「いいよ、家族だもんね」
「そうそう。家族だから」
むっ。からかわれている気配がします。
確かにそう言ったのは私ですが、にまにまと笑っている二人に素直に反応するのはなんだか癪です。
ですから私もむふんと笑って言い返してやりました。
「ええ、私は二人の保護者ですからね。二人とも私の子供みたいなものです」
「ちょっと、家族ってそっち!?」
「僕トモカの子供ならいいよ」
「僕はよくない! こいつと一まとめにしないでよね!」
「じゃあトモカと家族なのは僕だけだね。部外者はとっととどっか行ってくれる?」
「はあ!? ポッと出のお前に言われる筋合いはないね!」
ラルは素直に認めましたがシンクが噛みついてきます。
そしていつも通り二人の喧嘩に発展しました。
毎度毎度喧嘩して、飽きないんでしょうか。この子達。
仕方ないので置いていきますよと言えば二人とも喧嘩しながら付いてきます。
ダアト港まで喧嘩しながら歩くつもりでしょうか。魔物寄ってきそうですね。
ホーリィボトル使っておきますか。
「ほらほら、二人とも。船の時間に遅れますよ」
「ねえトモカ、家族なら一緒に寝てもいいよね?」
「駄目に決まってるだろ、何言ってんのお前」
「それ以上喧嘩するなら二人で同じベッド使ってくださいね。私は一人で寝ます」
「「ぜっったいに嫌だね!!!!」」
やっぱ仲良い気がします。
私を挟んでぎゃあぎゃあと言い合う二人の声を聞きながらダアト港に向かって足を動かします。
イオンの言う通り、賑やかな旅路になりそうです。
ひとまず向かうはケセドニア。
手紙で済ませようとも思いましたが長い話になりそうですし、マスターに会いに行きましょう。
そこで家を買い取って、そこからどこに行くか決めましょうか。
一人じゃありませんからね。どこに行ったとしても、きっと楽しい旅路になるでしょう。
戻る
ALICE+