ええ、幸せですよ。



「ミストラル、寝た?」
「ええ。砂漠の暑さが堪えようですね」
「慣れないとキツいからね」
「私達も慣れるまで苦労しましたもんねぇ」

 ダアトから出て足を運んだケセドニア。
 まずはここだろうと元の職場である喫茶『ラ ヴィ』に足を運べば、マスターの歓迎を受けた私達はしばし歓談に勤しみました。
 同時にやっぱり私達が大金を手にしたと聞いて群がってくる人たちが現れたから、しばらく顔を出さない方が良いと言われました。
 なのでしばらく旅を楽しむと告げ、家を買い取りたいと言えば即座に売買契約完了。古い家だからとかなりオマケしてくれました。
 なんだかんだいって良い人ですよね、マスター。
 ちょっと気を抜くと人を陥れようとしてくれますが、根本的には良い人です。気が抜けないだけで。

 そうして改めて私達のものになった自宅に向かい、三人がかりで大掃除です。しばらく留守にしてましたからね。
 それから物置に使っていた、かつて何かの作業部屋だったらしき場所を改めてラルの部屋にしました。
 家具なんかはおいおい揃えていけばいいでしょう。どうせすぐに留守にしますし。

 それに留守の間の管理はマスターが引き受けてくれるらしいので、新しい家具を入れることにも不安はありません。
 勿論管理料は払いますよ。マスターが善意で引き受けてくれるわけがありません。
 私達もそんなあやふやなものに任せるよりきちんとお金を払って契約した方が安心できます。

 そんな経緯でラルにはひとまず私のベッドで寝てもらうことになったんですよね。
 私は最悪リビングのソファで寝れますし、砂漠の寒暖差も慣れてるので問題ありません。
 最初は渋られましたが、慣れない環境にラルが体調を崩して出発が延期する方が大変ですから。
 ちなみにシンクは一緒に寝るんじゃないならいいよとあっさりとしていました。
 そこで自分のベッドを使えと言わないあたりがシンクだなと思います。

「次どこに行こうか」
「ラルはどこでもいいって言ってましたからね。私としては今まで行ったことのない街に行ってみたいです」
「じゃあケテルブルクとかどう?」
「いいですね。スパ行きましょう、スパ」
「決まりだ」

 あっさり行き先が決まります。
 お互い金はありますからね。ラルの分を含めてもしばらく働かなくても困りませんよ。
 ソファに座っていたシンクに手招かれ、隣に座ります。
 すると何故か押し倒されました。さらりと緑の髪が揺れます。

「ね、良いだろ」
「何がです?」
「とぼけるなよ。もう僕のものになっても良いだろって言ってんの」
「同じ屋根の下にラルが居るのに何言ってるんですか」
「寝たって言ったのは君じゃないか」
「だからって、」
「逃げる時間はあげたよ。僕がいずれこうするって解っていながら、逃げなかったのは君だ」
「む……っ」

 それを言われると言い訳のしようがありません。
 確かに逃げる時間はありました。
 あれやそれでバタバタしていたことを加味しても、シンクと距離を取らずにいたのは私の選択です。

「君なら解っていた筈だ。解らないとは言わせない。君はそこまで馬鹿じゃない」
「でも……」
「もう逃がさないよ」

 だから言い方が愛の告白じゃなくて犯罪予告なんですよ、あなた。
 ギラついた目で見降ろしてくるシンクにため息をついて、その頭を抱えこむように抱きしめます。
 私がそんなことをすると思わなかったのか、思っていた以上にあっさりとシンクは私の腕の中に収まりました。

「……ねえ、何この体勢」
「シンクの言う通り、逃げる気があるならとっくに逃げてますよ」
「なら」
「でも私、まだシンクの告白にお返事してないんですよね」
「……ちょっと」
「だから襲い掛かる前にまずはそっち聞いてくれません?」

 私の発言にシンクは何故か無言になりました。
 動かなくなったシンクにどうしたのかと思えば、シンクの腕が動いて私の身体に巻き付いてきます。

「…………僕のこと、好き?」

 もしかして今更不安になったんですか?
 あんなに私を追い詰めるようなこと言っておいて?
 私の平べったい胸に顔を埋めたシンクのくぐもった声に笑みが零れます。
 思ったよりもこの男、可愛らしいです。

「ええ、好きですよ。男性としてね」
「……ん」

 嬉しかったんですかね。
 ぐりぐりと額を押し付けてくるシンクの頭をぽんぽんと叩きます。
 顔を上げたシンクはじっと私を見てきました。
 ほっぺ赤いですよっていう指摘はちょっと野暮でしょうか。
 口にするのはやめておきましょう。

「好きだよ」
「ええ」
「愛してる」
「私もですよ」
「君が欲しい。全部。僕のものになって」
「……せめてベッドでお願いしても?」
「防音譜術も張ってあげる」

 肘をついたシンクと自然と唇を重ねます。
 前も思ったけどどこでこんなキスの仕方覚えてきたんでしょうね。
 互いの首に腕を回しながら何度もキスを交わせば、自然と気分も盛り上がってきます。
 体格差がちょっと心配ですが、まあ何とかなるでしょう。

「んっ」

 おっと、キスをしたまま抱き上げられるとは思いませんでした。
 このままお姫様抱っこで運ばれる感じですか?
 ちょっとロマンチックでむずむずします。
 柄じゃありませんが、嫌ではないのが困ったところ。

「僕が満足するまで付き合ってね」
「ご自分の体力解ってます?」
「君の体力は把握してるから問題ないよ」
「私の方は問題あります」

 違いました。逃がさないための布石でした。
 ちょっと後悔し始めましたが、シンクは私を抱き上げたままさっさと私室に向かってます。
 そのまま防音譜術を張った部屋でベッドに押し倒されました。
 器用ですねアナタ。そんながっつかなくても逃げませんて。

「結婚するならどこがいい?」
「そこまで話が飛びますか」
「逃がさないって言ったろ?」
「逃げる気はありませんが、手順は踏んでほしいです」
「手順すっ飛ばして子供引き取ってきた君には言われたくない」
「そうなるとラルは私達の養子でしょうか」
「ねえ、鳥肌立った」
「んふふ。あの子も家族に加えてあげて下さいね」
「自分のレプリカが家族とか心底嫌なんだけど」
「でも貴方のレプリカなんです。無視なんてできませんよ」
「それ言われちゃ何も言い返せないんだよ」
「知ってます。だからラルのこと殺さないでくれたんでしょう?」
「そうだよ、悪い? 君がどれだけあいつを気にかけたとしてもその根底に僕があるって解ってるから我慢できたんだ」
「すみませんね、我儘に突き合わせて。でも諦めて下さい」
「君がベッドの中で僕以外の男の名前を出さないって約束してくれるならね」

 そう言って唇を塞がれます。
 どうやらお喋りはおしまいのようです。
 体をまさぐってくる掌に身を任せながら私も目を閉じてキスに集中します。

 シンクと初めて会った時にはまさかこんな関係になるとは思いませんでした。
 けれど……悪くない。

「ん、愛してます。シンク」
「……僕も、愛してる」

 音素灯が消され、暗くなった部屋。
 寒い砂漠の夜に互いの体温を溶け合わせる夜は、思っていた以上に幸福なものでした。




「ねえ、今日の晩ご飯何?」
「ライスが余ってるので炒飯です」
「僕餃子も食べたい」
「良いですよ、包むの付き合ってくださいね」
「わかった」
「戦闘に集中しろ馬鹿!!!!」

 シンクに怒られました。
 仕方ないので第一音素を集めて術を発動させます。
 グラビディでぺっしゃんこ。いやあ、ケテルブルクの魔物は強いですね。

 ケセドニアを発ってやってきたケテルブルク。
 しばらくスパでのんびりしていたのですが、どうも遊ぶだけの生活というのが性に合わず、結局魔物退治なんかの仕事を受けて傭兵生活を続行してます。
 ケセドニアよりも魔物が強いので歯ごたえがあってシンクもラルも喜んでます。
 この二人も何だかんだ言ってワーカホリックの気がありますよね。
 血の気が多いだけかもしれませんが。

 戦闘を終えた後、戦う時は集中しろとシンクに説教されながらケテルブルクに帰ります。
 ホテルではなく借家です。従業員に任せられるホテル暮らしも楽ではあるんですが、やっぱり性に合わないんですよねえ。
 あと宿泊費が高い。沁みついた貧乏根性が辛いです。

 相変わらずご飯を作るのは私です。シンクはリクエストしてくるだけです。ラルは手伝ってくれます。良い子ですね。
 ラルは完全に私の子供ポジションですが、本人がそれに満足してるので構わないでしょう。
 シンクとは相変わらず喧嘩ばかりですが、私とシンクの仲を邪魔してくるわけでもありません。
 いえ、目の前でイチャつかれるとムカつくとのことで邪魔はされますが。
 前のようにシンクから私を奪ってやろうという気はとっくの昔に消失しているようです。
 だからシンクも一緒に過ごすことを許しているとも言えます。

「ねえ、イオンとルークから手紙が来てる」
「あの二人も筆まめですねえ」

 途中買い出しを挟みながら帰宅すれば郵便受けに投函されていた二通の手紙をラルが持ってきてくれました。
 イオンは簡単な近況報告と、アニスから連絡があったという話でした。アニスの方も元気なようで、私の連絡先を教えていいかと尋ねています。
 ルークの方は昔私に託されたライガが卵を産んだから見に来てくれという報告でした。
 そういやそんなの居たな……というかまだルークの元に居たのか……。
 もうすっかり存在すら忘れてましたよ。以降の流れが怒涛過ぎて。

 手紙の返事は後で書くことにして、ひとまずサクッと晩御飯作りです。
 ラルも餃子を包むのをせっせと手伝ってくれます。
 その間にシンクは別の家事をまとめて片付けます。
 キッチン以外の家事はやってくれるんですよね、シンク。

 大量に作った餃子を消費しつつルークとイオンからの手紙について二人に話せば、じゃあ次はグランコクマでも行こうかと話が広がりました。
 いいですね。銀世界もそろそろ飽きてきましたから、次は水の都で遊びましょうか。
 ルークも思ったより自由にさせてもらってるみたいですし。
 たっぷりとあった餃子をぺろりと平らげたところで、ラルがまじまじと私を見つめてきました。
 何ですか? おかわりほしいんですか? まだライスあったかな……。

「あのさ、卵って聞いて思ったんだけど。最近トモカの食欲凄いだろ?」
「そうですね。やっぱり動いていると食欲は増します」
「確かに、でもそれを加味しても前より食べてるよね?」
「それってもしかして、赤ちゃんできたからじゃない??」

 ラルの言葉に私とシンクはぴたりと動きを止めました。
 赤ちゃん。
 赤ちゃん????

 本気で言ってます?
 え?
 そういえば前に生理来たのいつだ??

「……えっ、私赤ちゃん居るんですか?」
「僕が聞いてるんだけど」
「えっ、君子供出来たの」
「出来たとしたらあなたの子供ですよ」
「それはそう」

 ……。
 シンクと顔を見合わせます。
 ひとまず、病院に連絡……ですかね。明日一番に予約しておきましょう。
 一人大慌てするシンクを宥めながらそんなことを考えます。
 本当に、飽きることのない賑やかな生活ですね。

 ええ、幸せですよ。



 終わり。

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