違います。ただの夫婦喧嘩です。
壊した扉の向こうは人工の建物というよりは、自然の洞窟を使った空間でした。
そこに置かれていた巨大な音機関に大佐が顔をしかめています。
とはいえここでなにか言うつもりはないようです。
更に続く階段に全員が足を向けたところで、すみませんがと私は声を上げました。
「私はこちらで少々休んでいますので、皆さん先に行ってください」
「……確かに、顔色が悪いわね。病気じゃないって言ってたけど、大丈夫なの?」
「ご心配なく、少し休めば楽になりますので」
確か上には現れなかった筈ですし、延々と階段を登るのも面倒くさいんですよね。
なので休憩してると言えば思っていた以上に心配されました。
しかし私そんな顔色悪いんですかね。確かに体調は良くありませんが。
慢性的なものなので然程辛くはないんですよね。
でも今回は都合がいいです。
よっこいしょと階段に腰かければ、気を使ってくれたらしいルークに声をかけられました。
「人を探してるんだろ? 上に居たら伝言くらいしておいてやってもいいぜ?」
「では緑色の頭をした細身の男が居たら降りてくるように言ってもらってもいいですか?」
「緑色って言うと、イオンみたいな髪色か?」
「はい。よろしくお願いします」
そうです、まさしくその色です。
居ないと解ってはいますが伝言を託し、そのまま彼等を見送ります。
大佐からは猜疑の目をびしびしと向けられました。
まあ痛くも痒くもありませんが。
全員が視界から消えた後、ちょうどいいのでここの譜業を壊しておくことにします。
第四音素は適性がないので使えませんが、譜業なら雷でも当てておけばいいんじゃないですかね。
サンダーブレードを叩きこめばパリパリ音を立てて煙を立ち上らせます。
うまく壊れてくれたようです。これでルークのフォンスロットも開けないでしょう。
……これでいいんですよね??
暇だからやっちゃいましたが、間違ってませんよね????
「ああぁあああ! 貴方!! 貴重な譜業に何をしてくれるんですか!?!?」
「あらま、どうもこんにちは」
「挨拶なんてどうでもいいんですよ!! 何してくれてるんですか!! これではデータが取れないではありませんか!!」
ルークを抱えて現れた鼻垂れディストが何か喚いてます。
空中で地団太踏んでます。器用ですね。
ルーク落とさないでくださいね。
同時に背後から駆けてくる気配にその場から飛びのきます。
案の定、烈風の二つ名を持つシンクの登場です。
攻撃を避けられたことに舌打ちを零されました。
ふははは、今の貴方なら怖くありませんよ!
「なんでこんなところに部外者が居るのさ。アンタ何者だ」
「貴方の奥さんです」
「…………はっ?」
警戒を露わに地を這うような声で聞かれたので素直に答えたら、見事に固まってしまいました。
なんかディストが喚いてますけど無視です無視。
しかし案の定忘れちゃってるみたいですねえ。
あんなに絶対忘れないって言ってたのに。
ちょっと傷ついてしまいました。
約束通り一発入れてもいいかもしれません。
ハッと正気を取り戻したシンクが慌てて構えを取ります。
「戯言を」
「酷いですねぇ。覚えてないんですか?」
「アンタなんか知らないよ」
「酷いお父さんですねえ。お母さんのこと覚えてないんですって」
わざとらしく私がお腹を撫でながら声をかければ、構えたままのシンクがぎょっとする気配。
仮面をつけていてもあからさまに動揺する彼に笑いそうになるのをぐっと堪えます。
いやあ、この時期のシンクをからかうの面白いですね。
「シンク、貴方いつの間に……」
「違う! 知らないって言ってるだろ!! あんたまで馬鹿な事言い出さないでくれる!?」
おやま、ディストまで疑い始めました。
いいですね、そのまま仲間割れしていて下さい。
とはいえからかえたのはここまでです。
殴りかかってきたシンクの拳をひらひらと避けます。
ルークたちに散々戦えると言ってはしましたが、あんまり戦いたくないんですよね。
一応お腹の子の安全は確約されてますけど、やっぱり妊婦なので。
動き回るのは、ねえ?
「ふっ」
「チィッ!」
上段回し蹴りを屈んで避け、足払いをかけます。
体勢を崩しかけたところをバックステップで近接戦闘距離から離脱されてしまいました。
ううん、体調が万全なら追撃をかけたところですが。
仕方ないので紙を投げて牽制します。
音素を込めた紙ですからね、触っただけでもちょっとは痛いですよ。
「大気の刃よ」
「もだえ苦しめ」
互いに詠唱短縮した譜術を放ちあい、同時に飛びのきます。
綺麗に術を避けられましたが、距離は取れましたか。
「気色悪い」
吐き捨てるように言われました。
「僕の子供だって? 冗談じゃない」
まあ今のシンクからすれば自分の子供なんてそうでしょうね。
でも流石に傷つきます。やっぱり一発入れときましょうか。
「それが事実だとしたら、絶対に、──っ!?」
毒を吐くシンクに肉薄して、その腹に思い切り膝を叩き込みました。
吹っ飛んだシンクが壁に叩きつけられ、衝撃で壊れた壁がガラガラと音を立てて崩れていきます。
拳でないだけ優しいですよね、私。
背後でディストがドンびいてますけど知りません。
「それ以上言ってはいけませんよ、後悔するのは貴方です」
「こ、これが家庭内暴力……」
「違います。ただの夫婦喧嘩です」
ディストの阿呆な言葉に訂正を入れたところで、バタバタと足音を立ててガイ達が降りてきました。
ようやく追いついたようです。
慌てて逃げようとするディストに石を投げつければ、投げるようにしてルークを返してくれました。
何も言わずとも通じたようで何より。
「っと、流石にこれだけ身体が大きいと重いですね」
「ルーク!」
意識のないルークを受け止めた私の元にガイが駆け寄ってきます。
私は床の綺麗そうな場所にルークを寝かせれば、ガイがすまないと私に言ってからルークを揺さぶり始めました。
「意識を失ってましたから、余り頭は揺らさない方がいいかもしれません」
「あっ。そ、そうか。ルーク、おい。起きろ、ルーク! 旦那!」
「見せて下さい」
目覚めないルークにしびれを切らしたガイが大佐に声をかけたところで、私は吹っ飛ばしたシンクの方に歩み寄っていきます。
案の定気絶していました。まあこの時点じゃ経験値が違いすぎますから、仕方ありませんね。
あら、仮面が外れてひしゃげちゃってますね。
仕方ないのでジャケットを脱いで頭からかけ、背中に背負います。
追ってきたアニスが目を丸くしていました。
「ああ! シンク!」
「はい。ご協力ありがとうございました。探し人が見つかりましたので私はこれで失礼します」
「探してたのってシンクだったんだ。えっ!? シンク結婚してたの!? うそぉっ!?」
やかましいですね。
見目は私の知ってるアニスと一緒でも、一緒に積み重ねた時間がないので情もありません。
お陰でキンキン高い声はただやかましいだけです。
「失礼」
眉を顰める私の元に大佐がやってきました。
ルークを見れば額に手を当てながら上半身を起こしています。
どうやら無事目覚めたようです。
「すみませんが、貴方をここで返すわけにはいかなくなりました。いくつかお聞きしたいことがあります」
「お断りします、と言ったら?」
「貴方を拘束します」
「驚きました。いつの間にマルクト兵はキムラスカで逮捕権を得たんですか? ……越権行為ですよ、ジェイド・カーティス大佐。キムラスカを刺激したいんですか?」
「……大人しくしていただきます」
「ぅ……」
大佐が槍を取り出しそうになったところでシンクが小さく呻きました。
頑丈ですね。もう目が覚めたようです。
何度かの瞬きの後に暴れ出そうとしましたが、顔を見られたいんですかと言えば慌てて顔に手を当てます。
そうそう、仮面ないでしょう。大人しくしてなさい。
「アンタ、どういうつもり」
「旦那が嫌がることはしたくないんですよ」
「吹っ飛ばしておきながらよく言う」
「貴方が忘れてるからですよ」
「アンタなんか知らないって言ってるだろ……っ」
「私は知ってます」
「な」
「シンクのことは、よく知ってます。貴方の嫌がることはさせまんし、しません。顔、隠したいんでしょう? そもそも碌に動けないでしょう。大人しくしてください」
「……チッ。動けるようになったら殺してやる」
「はいはい。目の前見てから言ってくださいね」
シンクと小声で会話しつつ視線は大佐に固定です。
大佐って唇読めるんですかねえ。
一応問題のある単語は避けているつもりですが。
「彼が探し人、とのことですが」
「ええ、まあ」
「戦闘の痕跡がありますねえ」
「互いに腕が立つと夫婦喧嘩も派手になるんです」
「殺し合いの間違いでは?」
「この程度で死ぬほど私の旦那は軟じゃないので」
「ノロケが聞きたいわけではないのですが……」
「それは失礼、聞きたいのはそこの音機関絡みですか?」
私の指摘に大佐の空気がピリつきました。
いつの間にか追ってきたらしい全員が私達のやり取りを見守っています。
見世物じゃないんですがね。
まあ視線がある限りシンクが大人しいので助かるっちゃ助かりますけども。
「そうだ、と言ったら教えて下さるので?」
「人の事情を無遠慮に探ろうっていうんです。先に貴方の事情をここに居る人全員に話してくれるというのであれば構いませんよ。博士」
「博士……?」
私の呼称にルークが首を傾げます。
同時にイオンの顔色がサッと青くなりました。
ああ、察しましたか。
そういうところは勘が良いんですから、まったく。
「貴方に言いたくないことがあるように、私だって言いたくないことがあります。それを一方的な事情で話せというのはただの傲慢ですよね」
「……私にも関わりのあることです。ならば私には聞く権利があります」
「権利を行使できるのは義務を果たしている人間だけです。で、果たしてますか? 果たしてるなら私に問うより先に謝罪すべき人間が居るでしょう」
視線だけでイオンを睥睨すれば、一歩後ずさる導師イオン。
ばれているのだと解った彼は唇を戦慄かせながら私を見つめていました。
背負っているシンクも私の肩に乗せた手に力を込めます。
ハイハイ、貴方のことも知ってますよ。
「何を知っている、答えろ!」
「答える義理はありませんねえ。『燐光』」
おっと、大佐の堪忍袋の緒が切れました。
シンクとの夫婦喧嘩の時に投げっぱなしだった紙をちょうどいいので流用します。
第六音素を放ち目くらましをしたところで素早く離脱。
まったく、妊婦に無理させないでほしいです。
「あんた……何を知ってる」
「貴方が思い出せば済む話なんですけどねぇ……」
私に背負われながらシンクが聞いてきますが、本当にそれに尽きるんですよ。
早く思い出してもらいましょう。
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