奥さんに向かって酷い言い草。
「ここまで来れば平気ですかねえ」
あー、疲れた。
カイツール軍港にほど近いところでシンクを降ろして伸びをします。
シンクを背負ったまま全力疾走なんて妊婦のすることじゃありません。
身体を大事にできないお母さんでごめんなさいねえ。
お腹を撫でながら木を背もたれにして転がしておいたシンクを見ます。
「で、動けそうです?」
「誰のせいだと……っ」
「私ですねえ。でも貴方がいけないんですよ。思っていても言っちゃダメなことは世の中にごまんとあります」
「だから! ……チッ!」
舌打ちしてばっかですね。
何か言おうとしたけど私にまた吹っ飛ばされそうだと思って言葉を飲み込んだってところでしょうか。
お父さん口悪いですねえなんてお腹に話しかけながらどうぐ袋を漁ります。
拾っておいたひしゃげた仮面をシンクに渡せば唖然としてました。
「一応拾っときましたけど、いります?」
「使えないじゃないか!」
「そうですね。流石に仮面の強度までは考慮してませんでした。はい、ヒール」
ついでに治癒術もかければシンクはむくりと身体を起こします。
素早く距離を取ろうとして痛みに顔をしかめてました。
まあヒール一発じゃ全快とはいきませんね。
「……全部吐いてもらうよ」
「はあ。何が聞きたいんです?」
一応答える姿勢を見せれば、シンクは視線をうろつかせました。
抵抗されるとでも思ってたんですかね。
やがて質問を決めたのか、シンクが此方を睨みつけながら口を開きました。
「……僕と、どこで会った」
「……どこで、と聞かれればダアトのローレライ教団で、という答えになります。渋々詠んでもらった生誕預言でアクゼリュスに移住すると言われて、断固拒否していたところで出会いました」
「アクゼリュスへの移住を拒否した……?」
「だって落ちるじゃないですか、あの町。死にたくなかったんです」
肩を竦めながら言った私の言葉にシンクが今度こそ目を見開きます。
ええそうです。知ってますよ、いろいろとね。
「どこでそれを知った」
「それこそ説明が難しいんですよねえ……というわけで提案です」
「聞かれたことにだけ答えろ」
「貴方が忘れている記憶を取り戻す方法があるって言ったら、どうします? 貴方が知りたいことも全部解りますよ」
私の提案にシンクが押し黙りました。
揺れているようです。
ま、そうですよね。
その方が手っ取り早いですからね。
「……どうすればいい」
「まずケセドニアへ行きましょう。そこで待ち合わせをしてるんです。彼が鍵を持ってます」
「彼?」
「貴方が大嫌いな人ですよ」
口端を上げて笑えばシンクが眉間に皺を寄せました。
「念のために言っておきますが、導師イオンではありません」
「……心を読めるわけ?」
「貴方のことを知っているというだけです」
「気持ち悪い」
「奥さんに向かって酷い言い草」
「認めた覚えはないよ!」
そう怒りながらもシンクは警戒態勢を解きました。
どうやら着いてきてくれるようです。
「ヴァンに報告とかいらないんですか?」
「ディストがしてるさ。それよりアンタの方が問題だ」
「そうですか。じゃあはい、どうぞ。透視効果付きの包帯です。髪を降ろして服を変えればだいぶ印象も変わるでしょう」
「……随分と準備がいいじゃないか」
「出来る奥さんでしょう」
「認めてないって言ってるだろ……」
そう言いつつも手早く渡された装備の安全を確認し、髪を降ろして着替えます。
烈風のシンクから傭兵シンクスタイルに変わったところで、ケセドニアに向かうためにカイツール軍港を目指します。
シンクから軍港からどうやって行く気だって言われましたが、世の中お金があると出来ること増えるんですよねー。
整備士はルークたちが助けて来るでしょうし、次の連絡船にこっそり乗せてほしいという私のお願いは見事に通りました。
いやあ袖の下って便利ですね! オールドラントのお金が日本の紙幣みたいに番号振られてなくて良かったです。
そんな訳でルークたちと同じ船でケセドニアへゴーです。
まさか彼等も同じ船に乗っているとは思うまい。
「アンタ……随分といい度胸してるよね」
「効率的と言ってください」
シンクには呆れられましたが、早い方が良いでしょう。あなただって。
そうして船に揺られてやってきましたケセドニア。
最早私にとって第二の故郷とも言うべき町です。
こっそり乗船した関係上船から降りるのに少し手間取りましたが、問題はありません。
「で、待ち合わせってどこさ」
「ケセドニアってことしか決めてないんですよね」
「はぁ? この町がどれだけ広いと思ってんのさ?」
「見つけるから大丈夫って押し切られちゃったんですよ。ですがまあ、一応当てはありますので……まずは喫茶『ラ ヴィ』に行きましょうか」
ところが喫茶店に向かうまでの道のりで何やら人だかりができてます。
かと思うと素早く屋根に上がった珍妙な身なりの三人組が堂々と名乗りを上げてました。
ああ、漆黒の翼のイベントか。
仮にも賊でありながらそれだけ堂々と名乗れるのは凄いなと思っていたら、内一人が背後から蹴っ飛ばされて屋根から落とされました。
蹴っ飛ばした張本人、砂避けのマントを羽織った緑の髪の男が鬱陶しそうに言います。
「邪魔だよ」
「ちょっと! ヨークに何てことすんのさ!」
「うるさいなぁ。ローテルロー橋を落とした稀代の犯罪者の扱いなんてこの程度で充分だろ」
ローテルロー橋を落としたという言葉に見学していた民衆がざわめきました。
逆に私の隣に立っていたシンクは青ざめてます。
それはそう。私もまさか顔を隠してないとは思わなかった。
「ミストラル!」
声を張り上げればラルがぱっと顔を明るくして、ぴょんぴょん身軽に跳ねながらこちらにやってきます。
民衆は漆黒の翼相手にローテルロー橋を落としたことを言及してるのでそれどころではないようです。
味方である筈の民衆に責められてたじたじになっている漆黒の翼は放っておきましょうか。
嬉しそうに駆け寄ってきたラルを受け止めるために、私は両手を広げました。
「トモカ!」
「はい、元気そうですね」
最初こそ飛びつこうとしてきましたが、ぴたりと直前で止まったラルはそっと抱き着いてきました。
お腹の子に気を使ってくれてありがとうございます。
「会えてよかった。探してたんだよ」
「すみません、今ケセドニアに着いたところなんです」
「そっか。調子はどう? 無理してない? 顔色悪いよ。旅が堪えたんじゃない?」
「平気ですよ」
「そう? ねえ、僕頑張ったよ。褒めて」
「ええ、頑張りましたね。偉いですよ。流石はラルです」
「ふふん」
「……っ、どういうことだ! 説明しろ!」
私にしがみついたまま懐いてくるラルに、ようやく再起動したらしいシンクが噛みついてきました。
見れば包帯で目元を隠していてもその顔は真っ青です。
私よりシンクのが顔色悪いですよ。
「あんだけ豪語してたくせに覚えてないの?」
「はい」
「ふうん……」
全身で毛を逆立てて威嚇するシンクにラルがにやりと笑います。
あ、悪いこと考えてる気配がしますね。
「僕が誰か、聞きたい?」
「……貴様!」
シンクが半歩身を引いたあたりで、バタバタと足音を立てて乱入者が現れます。
案の定ルークたちです。まあ私も声を張り上げましたからね。
ルークたちは私を抱きしめているラルの顔を見て大変驚いていました。
「ふわあ、イオン様そっくり! ご兄弟ですかあ?」
「あ、えっと……」
「兄弟じゃないよ、そんなヤツ」
アニスの質問にイオンが言葉を濁し、ピシャリとラルが否定します。
それに対してイオンが俯き、大佐が槍を取り出しながら厳しい顔で私たちの前にやってきました。
周囲の人間がぎょっとして避けていきます。
巻き込みたくないのでそのまま避けて下さると助かります。
「今度こそ話を聞かせていただきますよ」
「ちょっと、妊婦に向かって何する気?」
「妊婦ぅ!? おま、妊娠してたのかよ!?」
「ええ、まあ」
ピリついた大佐にラルが噛みつき、それに対して若干ビビりながらも見学に徹していたルークが驚いて声をあげました。
貴方どこでも素直ですね。嫌いじゃないです、そういうところ。
しかし流石に衆目の目を集めすぎです。
私は一つため息をついてラルの腕をタップし、後ずさりしているシンクを指差します。
途端に逃げ出そうとしたシンクをラルが抑えつけました。
シンクに勝てるのが嬉しいんですかね。大変楽しそうです。
「クソッ! 離せ!」
「今アンタに逃げられちゃ困るんだよ。ハハッ、僕に負ける気分はどう?」
「最悪だよ!」
「僕は最高!」
「ひとまず移動しません? ここじゃその内番兵呼ばれますよ」
「家?」
「まさか。宿屋です。あなた方も来るならご自分で宿取って下さいね。道端で武器出してる危ないマルクト兵さん」
「……確かに、このままでは私が不審者ですか」
おや、思ったより冷静でした。
シンクを肩に抱えたラルが立ち上がり、さっさと宿屋へ向かいます。
それに続く私に槍を消したジェイドが続き、他の面子も付いてきます。
イオンとアニスはともかく、貴方がたは何故ついてくるんです?
まあいいですけど。
宿屋は無事とれました。三人部屋です。
喚くシンクを不審がる宿屋の人にはすみません兄弟喧嘩中なんですと適当なことを言っておきました。
ルーク達も宿をとるそうです。勝手にしてください。
それから与えられた部屋に行くとジェイド達も付いてきました。
別にいいですけど当然のように部屋に入ってくるのやめてもらえません?
せめて一言声かけて下さい。
「先にこっちの用事済ませますので、いろいろ聞きたいなら黙っててくださいね」
「……解りました」
ラルがシンクを床に転がし、どうぐ袋から宝珠を取り出して私に投げてきます。
私は腰に差していた剣にそれを嵌めこみ振ってみましたが、やっぱり剣は慣れませんね。
「なんなんだよ、あんた達は!」
「ハイハイ。ラル、抑えて下さい」
「はいよ。僕まで刺さないでよね」
「機能上そうはならない筈です」
起き上がって吠えるシンクをラルが後ろから羽交い絞めにします。
ぎょっとする人たちを置いて、私は持っていたローレライの剣をシンクに突き立てました。
感覚的なものはともかく、視覚的には気分のいいものではありませんね。
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