私が負けると思うんですか?
「何をっ!?」
「こ、殺したのか……?」
シンクに突き立てたローレライの剣は、肌を傷つけることなく音素になって分解されていきます。
そのまま光になって消えたところでラルがシンクを放せば、シンクの身体がそのまま崩れ落ちました。
かろうじて意識はあったのでしょう。
倒れこむことなく、膝をついたシンクは頭に手を当てて呻いています。
ラルが横に座り込んで苦しむシンクを楽しそうに見ています。
あなた達、本当に仲が良いのか悪いのか解りませんねえ。
「さ、刺した……よな?」
「あ、ああ……そう、見えたが……」
「傷が、ないわね……」
見学人達が何か言ってますが無視です無視。
肩で息をしていたシンクが長く息を吐きました。
落ち着いたのでしょうか。
一拍置いた後、素早く伸びた手がラルの胸倉を掴んで床に叩きつけました。
シンクの口から心底不機嫌そうな声がまろび出ます。
「調子に乗ってるんじゃないよ、十三番目」
「思い出せたのは誰のおかげだと思ってるのさ、六番目」
「モカのおかげだろ、子供の手伝いしかしてないくせに」
はい、無事に思い出せたようですね。
ふらりと立ち上がったシンクがラルを跨いで近寄ってきたかと思うと、そのままぎゅうと抱きしめられました。
私もその背中に腕を回します。
「ごめん……君のこと忘れるなんて、一生の不覚だ」
「構いませんよ。忘れたシンクも可愛かったので」
「君が吹っ飛ばしてくれて助かったよ。言っちゃいけないことを言うところだった」
「後悔することにならなくて良かったです。気分はどうですか?」
「最悪だけど悪くないよ。君と会えたからね。身体の調子はどう? 顔色が少し悪いけど、気分は? 僕を背負って走るなんて無茶しちゃダメじゃないか」
抱きしめられながら優しく怒られました。
それでもその手つきはお腹の子を労ってくれているのだと解ります。
だから大人しくしていたんですが、そのままちゅっと頬にキスを落とされたかと思うと、何故か顔中にキスの雨が降ってきました。
「ちょっと、シンク」
「会いたかった」
「ん……」
「怪我とかしてないよね? もう、なんで君のこと忘れるかな……」
「シンク、ん。ちゃんとラルにもお礼を言うんですよ。んっ、こらっ、シンク!」
「チッ」
意地でもラルにお礼を言いたくないらしいシンクが舌打ちをしてそっぽを向きます。
ラルを見れば床に座り込んでシンクに歯をむき出しにして威嚇していました。
それに対してシンクも中指を立てています。
だからあなた達は仲が良いのか悪いのか、どっちなんですか。
「はぁ。で?」
「で、とは?」
「何、こいつら」
シンクの顔が見学していたルーク達へと向けられた瞬間、びりびりとした殺気が肌を叩きました。
途端に殺気を向けられた彼等は顔を強張らせながらも反射的に身構えています。
無事『経験値』も取り戻したシンクの殺気に気おされているのでしょうね。
あの大佐ですら冷や汗をかきながらシンクを睨むことしかできていません。
「シンク、そんな威嚇しないでください」
「……君に武器を向けたってだけで、そこの死霊使いは殺してやりたいけどね」
「私が負けると思うんですか?」
「思ってないさ。でもそれとこれとは話が別だ」
ふう、と一つ息を吐いてシンクが顔に巻いていた包帯を乱暴にはがしにかかりました。
途端に消えた殺気に見学者たちの中でも未成年組がその場に座り込みます。
失禁しないだけ充分素質がありますね。素人なら今頃気を失っている筈です。
素顔を晒したシンクはまた私にキスを一つ落としました。
いつもなら人前でこんなちゅっちゅっする男じゃないんですけどね。
やっぱり側から離れることがトラウマになってるのかもしれません。
と、思っていたところで背後からラルに抱きしめられます。
振り返れば少し不満げな顔をしたラルが居ました。
「ねえ、そいつばっか構ってないでもっと僕も褒めてよ」
「ふふ。そうですね。ラルも頑張ってくれましたもんね」
「そうだよ、僕頑張ったんだよ。君が頼むから、この僕が、わざわざ、こいつのために」
「だったらお前は残れば良かっただろ。勝手に付いてきたくせに」
「うるさいなぁ。何で僕がトモカと離れなきゃいけないのさ」
「お前が文句を言うからだろ」
「だいたいアンタが情けないから」
「胎教に悪いので私を挟んで喧嘩しないで貰えます?」
私の言葉に二人はぴたりと口を噤みました。
これ良いかもしれませんね。しばらく喧嘩が減りそうです。
私は身体の向きを変えてラルの頭をわしゃわしゃと撫でて思い切り褒めます。
嬉しそうです。ほっぺにちゅぅをすればそれはもう満足げです。
シンクは不機嫌ですが、頑張ってくれたのは事実ですからね。
「そろそろ私達の存在を思い出していただいても……?」
私が二人を順番に宥めていると、大佐が眼鏡のブリッジを上げながら声をかけてきました。
見ればまだ立っているのはガイと大佐だけのようですが……。
「何? また喰らいたいの?」
「シンク、それ以上やられると多分ティアとアニスあたりが失禁するので流石に……」
「おもらしされた部屋で寝るのやだよ僕」
「し、しないわよ!!」
「するわけないでしょ!!」
そうですか?
人体の構造的に女性の方がどうしても決壊が速いというだけの話なんですが……。
よろよろと立ち上がったアニスは、虚勢を張るようにシンクに噛みついてきました。
「アンタ、服は変わってるけどシンクでしょ! そっちの奴もそうだけど、なんでイオン様そっくりなわけ!?」
「うるさいなあ。僕等よりそこの死霊使いに聞きなよ。僕等が産まれたのはそこの偉大なる博士のお陰なんだからさあ」
「えっ、大佐が……?」
「どういうことだ、旦那」
偉大なる博士のお陰という多大に皮肉を含んだシンクの言葉に全員の視線が大佐に集中しました。
しかし大佐はメガネのブリッジを上げただけで詳しいことを語ろうとしません。
「……そうですね。フォミクリーは私の罪です。ですから聞いているのですよ。私はその技術を封印したはずです」
「ハハハッ、罪! 罪だってさ! 僕らの産まれたのは罪悪だって言いたの? 死ねよ、ほんと」
「ラル」
「トモカ、やっぱりこいつら追い出そうよ。死霊使いも導師イオンも顔なんて見たくない」
「大佐はともかく、イオンは貴方も同じ顔でしょうに」
「だからだよ。ただでさえ同じ顔が近くにあるのにこれ以上増やしてどうすんのさ」
「ぁ……」
ラルの言葉にイオンが吐息のような声を漏らしました。
その顔は紙のように白く、音叉の杖をきつく握りしめながらこちらを凝視しています。
アニスもそれに気付いたのか、イオンを庇うように立ち位置を変えました。
大佐も横目でそれを確認した後、私達を睨むように見つめてきます。
「答えて下さい。禁忌の技術を復活させたのはどこの誰です」
「解り切ったこと聞かないでくれる? あんたの幼馴染だよ。鼻垂れ」
「……っ、あいつは! あなた達以外の、レプリカは」
「成功作以外は全部破棄されたはずだ。僕等が生き残ってるのは運が良かっただけさ」
レプリカ、という単語に聞き覚えがあったのでしょう。
アニスがハッとしたかと思うと、キッとシンク達を睨みつけてきました。
「フォミクリー、レプリカ……つまり、あんた達はイオン様に偽物ってこと!?」
「偽物! 偽物ねえ。まあ間違っちゃいないね。作り物。まがい物。言い方は何でもいいけど、まあ被験者イオンから作られた複製品であることは間違いないね」
「やっぱり人間の複製品ってこと? 気持ち悪い! イオン様、近づいちゃダメです! こんな奴等、何企んでるか解りませんよ!」
「あ、アニス、僕は……」
やはり幼い分、アニスの言葉は苛烈ですね。
興奮していることも含め、自分の吐いた言葉がどういう意味を持つのか想像しきれないのでしょう。
本来なら咎めるべき大佐も今はそこまで気が回って居ません。
今にも倒れそうなイオンはアニスに庇われながらもどうしていいか解らないようです。
「だってレプリカって人間もどきってことでしょ!? そんなの、」
「導師イオン」
仕方ないので口を挟みます。
びくりと肩を跳ねさせたイオンが私を見ました。
「従者の口を閉じさせてもらえますか。不愉快です」
「も、申し訳ありません……」
「イオン様は悪くないです! 本当のこと言っただけじゃないですか! それなのに」
「レプリカは好きでレプリカとして生まれた訳じゃありませんよ。彼等に罪はありません。あるとしたら彼等を生み出した人間です。貴方は産まれというどうしようもないことで、そこにある命を蔑むんですか? 自分だって貧乏人だって言われたら嫌なくせに」
ぐっとアニスが言葉を詰まらせました。
けれどその顔にはありありと反感が見て取れます。
「あ……あんたみたいに人間じゃない奴とつるんでる頭のおかしい奴に言われたくない!」
……流石に私も腹立ちますね。
けど駄目ですね。このアニスは駄目です。イオンが目を見開いて固まってます。
流石に大佐もイオンの様子に気付いたようで今更アニスを咎めてますが、もう無理でしょう。
ライン超えです。それだけは言っちゃダメだった。
ラルとシンクがくすくすと笑っています。
まったく、この子達は。
「可哀想にねえ。自分の守護役にそこまで言われちゃってさ」
「人間じゃないってさ」」
「そうだね、所詮ただの模造品だ」
「本物になれない複製品」
「所詮レプリカはレプリカなんだよ。解ったら被験者のふりなんてやめたら? 七番目」
「そうそう。成功作とはいえ、アンタも所詮レプリカなんだからさ!」
「え……?」
ラルとシンクの言葉にアニスが目を見開きました。
顔を青くして、恐る恐るイオンを振り返ります。
俯いたイオンはひゅうひゅうとか細い息を零しながら、ただ小さな声で謝りました。
「……レプリカで、生まれてきて……ごめんなさい」
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