元気いっぱいですねえ。


「イオン……様?」
「……はあ」

 ため息をついてイオンに歩み寄れば、アニスが身構えました。
 その横っ面を張り飛ばせばルークが慌てて受け止めます。良かったですね、受け止めてくれる人がいて。

「イオン、落ち着いて。ゆっくり息をして下さい」
「っ、ごめんなさい、僕は……っ、僕は……ただ」
「解ってます。大丈夫ですよ。息をして、そう。上手ですね」

 過呼吸一歩手前ってところですかね。
 呼吸の不安定なイオンがその場に座り込みます。
 その隣に膝をついて背中を撫でれば、音叉の杖を取り落としたイオンが私にしがみついてきました。

「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
「謝らなくていいんですよ。大丈夫です。イオンは悪くありませんからね」
「……ねえ、まさかあれまで引き取るとか言わないよね?」
「煽りすぎたか……ていうか七番目、根性なさすぎじゃない?」
「それだけ大事にしてこられたんでしょ、見るからに甘ちゃんだし」
「シンク、ラル。あとでお説教されたくなかったらもう黙りなさい」

 イオンを抱えたまま二人を振り返れば揃ってそっぽを向きました。
 まったく。やっぱりあなた達仲良いでしょう。
 吹っ飛ばしたアニスが身体を起こしてイオンに手を伸ばしますが、睨みつければその手も引っ込みます。
 その背中を支えていたルークもまた、恐る恐る声をかけてきました。

「お、おい……大丈夫かよ?」

 ひたすら謝罪を繰り返すイオンにルークがゆっくりと近寄ってきます。
 咎めるようにガイがルークを呼びましたが、ルークは気にすることなくイオンの側に膝をつきました。

「イオン……?」
「……っ、ごめんなさい、僕は、僕達は……っ」
「ルーク様はレプリカが気持ち悪いと思わないんですか?」

 私の確認にイオンの身体がびくんと跳ねました。
 怯えるようにしがみついてくるイオンの背中を撫でながらルークを見れば、何故かムッとしたお顔。

「レプリカだか何だか知らないけど、イオンはイオンだろ! 馬鹿にすんなよな!」
「るー、く」

 顔を上げたイオンがほろほろと泣き始めます。
 はいはい、良い子ですね。ルークの手を取ってイオンと繋いであげます。
 そのまま仲良くしていて下さい。
 でもルークが居ても限界ですかね。私はイオンの頭を撫でながら大佐に声をかけました。

「カーティス大佐」
「……何です」
「義務を果たしていないあなたに、これ以上行使できる権利はありません。どうぞ、出て行ってください」
「……後で様子を伺いに来ます」
「誰と?」
「一人で、ですよ」
「そうですか」

 それならまあ良いでしょう。
 頷く私に大佐は全員に部屋を出ていくように言います。
 アニスが抵抗しようとしましたが、大佐が引きずっていきました。
 ガイもルークを呼びます。とっさに立ち上がろうとしたルークの服をイオンがぎゅっと握りました。
 無意識のことだったのでしょう、
 すぐにハッとして手は離されましたが、イオンはまだ泣いている目でルークを見上げます。
 そんなイオンを見てルークはぐぅと喉を鳴らして腰を下ろしました。

「ガイ、俺、後で行くから」
「……付いてなくていいか?」
「へーきへーき」
「そうか。部屋間違えるなよ」
「わかってるっつーの!」

 ガイの余計な一言に応えながら、ルークはイオンの手を握りなおします。
 イオンはまた謝りながらもその手を握って放しませんでした。
 その背中を撫でながら嗚咽が止まらないことに顔を覗き込みます。
 過呼吸まではいきませんでしたが、涙腺が壊れちゃいましたかねえ。

「イオン、ベッドに移動しましょう。床では身体が冷えます」
「そうだぜ。お前身体弱いんだからさ……あ、運ぶか? 俺運んだ方が良いか?」
「運べますか? 人って結構重いですよ」
「出来るに決まってんだろ! ちゃんと鍛えてんだからな!」

 そう言ってルークは不器用にイオンを抱き上げました。
 驚いたイオンが慌ててルークの首に腕を回します。
 短い距離ではありましたが、ルークはずかずかと歩いてそっとイオンをベッドに下ろしました。
 良い子なんですよねえ、ほんと。

「あ、ありがとうございます……ルーク」
「礼を言うくらいならもう床で泣くんじゃねーぞ。また倒れたらどうする気だ」
「……はい。ごめん、なさい」
「……っ、だぁあああ、もう! そこで謝るんじゃねえよ!! イオンは悪いことしてねぇだろうが!!」
「元気いっぱいですねえ」

 俯いてしまったイオンに逆切れをかますルークにそんな感想が漏れます。
 私の両隣に来てそれぞれ肩に肘を置いたシンクとラルがまじまじとイオンを見下ろしました。
 二人の視線にイオンがびくりと震えます。

「で、気分はどうさ。成功作」
「大事な大事な導師守護役にレプリカだってバレちゃったねえ?」
「お前らもイオンをいじめるな!」
「うるっさいなぁ、いちいち怒鳴らないでくれる?」

 イオンを庇うように前に出るルーク。
 イオンが呆然とその背中を見上げていたので、もう一度その頭を撫でておきます。
 ふにゃりと笑われたので私もにこりと笑っておきました。

「しかしこの部屋レプリカだらけになりましたね」
「確かに、紛い物だらけだ」
「そうだね。気色悪いったらありゃしない」
「お前等、自分のことだろ……」
「アンタもレプリカなのに何他人事みたいな顔してんのさ」

 あ、それ言っちゃうんですか。
 ラルの台詞にルークとイオンの目が見開かれ、シンクがラルの頭を殴ります。
 すみませんラル、ちょっと庇えません。

「ばっか!! この時点じゃルークはまだ知らないんだよ!!」
「ってぇえ……! ちょっと口滑らせただけだろ!」
「俺が……俺も、レプリカ?」
「待ってください! どういうことですか!?」

 あら、イオンもまだ気づいてなかったんですね。
 ひとまず顔を青くするルークをイオンの横に座らせます。
 喧嘩しているシンクとラルは放置です。
 ラルは初めてのことですからねえ……気が抜けて情報の取り扱いをミスっちゃいましたね。
 そのままシンクに叱られててください。

「トモカ、一体どういうことですか? ルークが、ルークも……やはり、僕達と、同じ……?」
「落ち着いてください、イオン。ルーク、大丈夫ですか? 話聞けますか?」
「あ、ああ……俺、レプリカなのか? でも、俺、普通に……やはり、って。イオン……何か知ってるのか?」
「あ……い、いえ。ただ記憶がないと聞いていたので、もしかしたら、と……思っていただけで」
「記憶……?」

 なるほど、まだ疑惑の段階だったと。
 私はルークの手を取り握り締めます。
 ルークはのろのろと私の顔を見ました。

「……お、おれも……作りもの、なのか?」
「そもそもルークはレプリカとは何か。フォミクリーとは何か、きちんと理解していますか?」
「……わかんねえ。何か、難しい話だったし」
「そうですか。じゃあ順番に説明しましょう。一個ずつ、理解していきましょうね。解らないことがあったら途中で止めていいですから、きちんと聞いて下さい」

 私の言葉にルークは青い顔でこくんと頷きます。
 なのでルークにも解りやすいように、一つずつフォミクリーについて説明しました。
 第七音素のみで出来た複製体であることや、例え同じように見えても音素振動数は別物であること。
 コーラル城で見かけた巨大な音機関によってレプリカは作られることや、出来たレプリカは何も解らない赤ん坊のようなものであること。
 そして例えレプリカでも育ってきた環境が違えばそれはもう別人であることも。
 途中何度か質問を挟みながらも、ルークはきちんと話を聞いていました。

「……もしかして、俺が十歳より前の記憶がないのは……そこで、作られたから?」
「そうですね。ルークは今、七歳ということになります」
「……七歳」
「ちなみにイオンは二歳です」
「二歳」
「そこの二人も二歳です。一応」
「「二歳じゃない!!」」

 息ぴったりですね。
 しばしルークは呆然としていましたが、その間ゆっくりと事実を咀嚼していたのでしょう。
 ぶれていた緑の瞳がゆっくりと焦点を合わせていきます。
 そしてまずしたのは……否定でした。

「……嘘だ」
「ルーク」
「俺が偽物だっていうのかよ!? そんなのどこに証拠があるんだよ! 嘘つくんじゃねえ!」
「君がレプリカだって証明するのは簡単さ。髪を少し切って、放置しておけばいい。それだけで第七音素で出来た身体は簡単に乖離する」

 シンクは説明しながら自分の髪を一本抜いて見せました。
 しばし掌の中にあったそれは、やがて音素になって消えます。
 跡形もなくなったそれを見たルークは震える手で自分の髪を一本抜いて……しばらく消えなかったそれに安堵しました。
 しかし期待を裏切るようにその直後に儚く消えたその髪に、ルークの唇から吐息にも似た声が漏れます。

「……俺も、偽物」
「違います!!」

 ルークの口から零れ落ちた言葉を否定したのはイオンでした。
 ルークの肩を掴み、無理矢理向き合う形でルークの顔を覗き込みます。

「言ってくれたじゃないですか! 僕は僕だと! ルークはルークです!」
「イオン……」
「大丈夫です、ルーク。少し混乱しているでしょうが、僕が居ます。一緒です。だから大丈夫ですよ」
「イオン、俺……オレ……」

 ルークが震える手でイオンにしがみつきました。
 すっかり落ち着いたイオンもルークを抱きしめてその背中を撫でています。
 隣に居てくれる人がいてよかったですね。
 多分イオンが落ち着いているのは自分よりパニックになっている人がいると逆に落ち着いちゃうアレですよ。

 傷の舐め合いじゃないか、とこぼすラルをシンクがまた殴ります。
 そもそもこうなったのもいきなり事実を暴露したラルのせいなので、甘んじて受け止めておいてください。


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