馬鹿ですか。アホですか。


「ねぇ、何か仕事無い?」

「そうですねぇ……シンクにふれそうなのはこれかこれかこれくらいですかね。マスター、どうでしょう?」

「んー、そうだなぁ。確かにそれ位が無難だろうが……」

ケセドニアに来て一年が経ちました。
私も大分仕事に慣れました。傭兵業の受付も慣れてきたので、最後にマスターに確認を取るくらいで済むようになってきました。
シンクの仕事なんかはマスターの確認を挟まずに私の判断でふっちゃうこともあるんですが、なんだか今日のマスターは渋ってます。何かあるんでしょうか。

私が選んだ仕事を見ます。
砂漠の盗賊捕縛任務、どこぞの商人の家の警備、エンゲーブへの商隊の護衛。
シンクの腕なら別段難しい仕事ではありません。むしろ簡単すぎるくらいです。
ただシンクはまだ子供であるという前提のせいであまり大きな仕事はふれません。
でもぼちぼち大人数の仕事に放り込み、腕を示しても良い頃かもとはマスターと話してはいましたが、もしかしてそれを迷ってるんでしょうか?

「シンク坊、前に護送船の仕事引き受けただろ?」

「受けたね。海賊が出た奴だろ?」

「そうだ。結構名のある海賊だったんだが、知ってたか?」

「全然。あんまり歯ごたえ無かったし」

私がお嬢でシンクが坊、これも定着してます。
最初シンクも私も抵抗しましたが、ここらへんだと私達が最年少なので渋々受け入れました。
マスターはシンク坊と呼びますが、人によってはボンとか呼びます。
チビ助と呼んだ人はもれなくボコボコにされますのでご注意ください。
シンクも158はあるんですけどね。まだまだ他の人たちに比べたら小さいです。
あと私はあれ以来延びて無いので、それ以上に小さいです。何かむかつく。

「まあ結構有名な海賊だったんだ。けどそれをシンク坊が殆どボコったってことで結構話が広まってな。盲目の拳闘士が居るって噂になってるんだ。
そこで、だ。いっちょでかい仕事引き受けてみないか?」

マスターの言葉にシンクの唇がにやりと釣りあがります。
最近仕事が簡単すぎてつまんないって家でブーブー言ってたので丁度良いですね。
私も愚痴聞かずに済みます。
しかし盲目の拳闘士ですか。また単純な渾名と言いますか。
まあ目に包帯巻いている以上盲目と勘違いされても仕方ないでしょうが。

「ただし、嬢も一緒だ」

「……は?私もですか?」

「トモカも?何でさ?」

何か予想外に話が降ってきました。何で私まで同伴するんですか。
私はしがない一般市民です。時給700ガルドのただのウェイトレスですよ!

「ほら、最近の常連にちょっと身なりの良い客が居るだろ?」

「居ますね」

「マルクト貴族の坊ちゃんらしくてな、セントビナーに帰るってんで護衛を募集してるんだ」

成る程、貴族の護衛ですか。確かに給金は弾んでくれそうです。
斡旋する仕事の一覧表を捲り、該当する仕事を探し出せばかなりの高額。
二人で受けたとしても相場より高値です。一人頭私のお給料一か月分くらいあります。
問題はそのページの備考欄です。備考欄は依頼人の要求が基本的に書き込まれます。
要求は様々で、見目麗しいこと、女性限定、傭兵暦5年以上、マナーがなっていることなどなど。
この条件を満たした上で私も仕事を割り振るわけですが……。

「マスター、この備考欄の"料理に精通していること"って何ですか?」

「そう、問題はそれでな。飯にうるさいんだ、これが」

私の質問に、マスターがめんどくさそうに答えてくれます。
成る程、私が同伴する理由が解りました。つまり飯炊きですね。
青空お料理教室でもしろって言うんですか。
アホですか、馬鹿ですか。旅路の間くらい我慢なさい。
私が心の中で常連客に説教していると、シンクが眉を顰めて言います。

「料理くらい僕でもできるよ」

「じゃあ作ってみろ。俺が審査してやる」

売り言葉に買い言葉なんでしょうか、一人でできるもんと言うシンクにマスターがキッチンを開けます。
出来上がった料理は私が教えたことのあるオムレット。
マスターはそれを一口食べたあと、即座に却下を下しました。厳しいですね。
私も一口貰いましたが、それなりに美味しいですよ。普通に食べる分には。

「味に深みが無い。これじゃ駄目だ」

「何それ。トモカが作ったのとどう違うっていうのさ」

「嬢、作ってみろ」

「お給料でますか」

「まかないにして良い」

そういうことなら喜んで。
キッチンを借りて同じようにオムレットを作ります。
シンクと違うのは調味料の配分量にこだわることですかね。
それに風味は大切です。あと、塩と胡椒の配分は黄金比を崩すつもりはありません。
見た目も大事です。彩り用の野菜とソースも簡単に用意して、最後に料理に合う飲み物を用意すれば完璧です。
マスターとシンクに出してから後は私が食べます。
うむ、上出来。

「とまぁこの差だ。嬢は食い意地が張ってるからな。
あの客もこの嬢のこだわりが気に入ってウチに通い詰めてるくらいだ」

ああ、だからあのお客さんの料理だけは私が作るんですね。
そう言えばまかないを好きに作って良いと言われてからほんとに好き勝手やってます、私。
いくつかは日替わりランチに採用されました。それが原因だったようです。
食い意地が張ってるのも否定しませんが、ケセドニアの料理が豪快すぎるだけだと思います。

もぐもぐと私がまかないを食べている間も、シンクは唇を尖らせています。
せっかく自分の腕を見込まれての高額の仕事です。一人で受けたいのでしょう。
……ふむ。

「ちなみにその仕事の間にクビになるとか言いませんよね?」

「言わん。というか帰ってきてもらわないとこっちが困る」

念のために確認を取れば、マスターから心強いお返事。
いや、確認取らないとほんとにクビ切られる可能性があるんですよ。
この人私の周囲に落とし穴大量に掘ってる気がするんです。気が抜けません。

「シンクは私と一緒では嫌ですか?
どうやら私が求められているのは料理の腕のみのようですし、護衛自体は実質シンク一人になっちゃいますけど」

そうです。護衛自体はシンクが勤めるのです。
私は戦う気なんぞさらさらありません。痛いのは嫌です。
一応戦えるようにはなりましたし、腰のポーチには人型の紙が大量にストックしてありますが、今のところ使ったことはありません。
それくらいなら音素で肉体強化しての怪力技の方が活躍してます。

「別に嫌じゃないけどさぁ。毎回これだけの料理作るってことは普通より日数取られるってことだろ?」

「でしょうね。一日三回青空お料理教室を開くわけですし」

「普通より日数取られるのにこの金額ってちょっと割りに合わなくない?」

おや、シンクも結構がめついですね。今までの仕事に比べれば格段とお値段は良いですよ。
まあ確かに貴族の護衛として相場よりは良いお値段ですが、更に料理というオプション付きならちょっと割に合わないところはあります。シンクの言うとおり、日数取られますし。
ですがこちらも新人であるという部分も含めれば十分すぎると思います。

「道中の食費と帰りの馬車代は向こう持ちだから普通の仕事で自腹を切る必要経費は殆どかからない。それを考えりゃ妥当ってとこだ。
それと貴族の護衛ってのは無事たどり着いたらチップを弾んでくれるから、最終的には結構な額になる。傭兵初めて一年程度の新人の仕事にしちゃかなり美味しい仕事だぞ」

マスターが渋るシンクを丸め込みにかかります。
どうやら話が来た時から私込み込みでシンクに引き受けさせる気で居たようです。
まあここでこれを断ったとして次に大口の仕事が来るかどうかなんて解りませんし、マスターが回す気になるかどうかも不明です。
シンクもそれが解らないほど馬鹿じゃ無いので結局は引き受けると思います。

「解ったよ……じゃあその仕事請ける。で、いつ?」

「三日後だな」

「了解。それまで家に居るから。あ、トモカ、今日は炒飯にして」

「店で晩ご飯の注文しないで下さい」

周りの客が炒飯がメニューにあると勘違いするでしょう。何回言えば理解するんですか。
仕事の契約書を取り出し、シンクが内容を確認します。次に私も確認します。
同行者は依頼人と御者、それと使用人が一人のみ。貴族の旅行にしては結構少人数ですね。
そこに私とシンクが加わり、馬車二台でセントビナーまで向かいます。
大体ケセドニアからセントビナーまでは三日ほどで着きますが、お料理教室開くことを考えれば五日は見たほうが良いでしょうね。
帰りは三日で帰るとして、往復で八日ですか。八日でこのお値段ならやっぱり美味しいお仕事だと思います。

ただ貴族の馬車とは狙われやすいものです。シンク大活躍の予感です。
私は手を出さないので頑張ってください。

「あ、トモカも戦える準備しときなよ?」

「……私は飯炊きだけなのでは?」

「何言ってんの?飯炊きのできる護衛、だろ?」

そう言ってシンクがにやりと笑います。マスターも笑います。
こいつ等どうあっても私に戦わせる気です。いつの間に結託したんですか。
今ですか、そうですか。嬉しくありません。
なんだか落とし穴に嵌った気分です。馬鹿ですか。アホですか。
そういう仕事は傭兵だけでやってなさい。私を巻き込むんじゃない!



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