大丈夫だ、問題ない。



「昂龍礫破!」
「舞い散れ! 燐光、宵闇、紫電!」

 音素を纏わせた人型の紙を投げつければ、ただの紙だと解った途端大抵の敵は油断します。
 そこで人形士の力の応用で紙を相手に貼り付けた後、纏わせてある音素を発動させます。
 燐光は第六、宵闇は第一、紫電は第三です。光ったり暗かったり痺れたり、忙しいですね。

「歪められし扉よ開け、ネガティブゲイト!」
「悶え苦しめ、グラビディ!」

 敵が動きを止めた隙をついて素早く詠唱します。
 第一音素が収束して闇が口を開き、そこから更に上空からの圧倒的な重力が敵を襲います。
 只今護衛任務中です。ご飯作って戦ってまたご飯作って戦って。
 私ただのウェイトレスの筈だったんですが、どうしてこうなったんでしょうか。
 ネガティブゲイトとグラビティを喰らって潰れた盗賊達は放置です。さっさと先に進みます。

 カラカラと車輪の鳴る音。
 シンクと私は馬車の中に居るわけではありません。それぞれ御者席に座っています。
 馬車の中に居たらいざという時に飛び出せませんから。
 普通貴族の護衛となったら馬車と一緒に歩くんですが、それだとスピードが落ちると言われたために御者席です。
 一日三回青空お料理教室開く分、私達が疲れないよう気遣いつつ急いでくれてるようです。

 そのおかげでしょうか。五日はかかるだろうと思っていたにも関わらず、四日目の夜にはセントビナーに到着することができました。
 依頼人が料理がもう食べられないことを残念がっていましたが、専門のシェフが居るでしょう。
 そんな子犬みたいな目で私を見ないで下さい。
 帰りの馬車代や今日の宿代などを含んだ報酬を頂き、更にはご飯が美味しかったからとチップも弾んでくれました。
 相場よりかなり高めの報酬です。私だって戦ったんですから、半分は私のものです。
 通帳の数字がまた増えます。にやけてしまいますね。

「何とか無事に終わりましたね」
「ホントだよ。ま、予定より一日早く済んだのは嬉しい誤算かな」

 大きく伸びをするシンクに頷きつつ、宿屋を目指します。
 鞄の中のガルドの重みを感じれば疲れなんて吹っ飛びそうな気もしますが、休むのは大事です。
 むしろ余分に一泊して観光したい気分です。たまには散財したって良いじゃないですか。

 と、そこまで考えて気付きました。
 そう言えばセントビナーといえばソイルの木です。是非見てみたいです。
 今は夜なので無理ですが、明日馬車に乗る前に一目で良いから見たいです。
 なのでシンクにお願いすれば、それ位良いんじゃない? とのこと。
 許可は取りました。やりました。シンクはどうでも良さそうですが、私は初見なのです。
 やっぱ一回くらい見ておきたいじゃないですか。

 ガルドの重みとソイルの木が見れるという喜びに浸っていたからいけないのでしょうか。
 宿屋について部屋をとろうとしたら、ダブルの部屋しか空いていないと言われました。
 ツインではなくダブルですか、それはまた……。

「ところでお客さん、年齢確認できるもの持ってるかい?」
「あ、はい。旅券でよければ」

 疑う宿屋のおじさんに旅券を差し出し、年齢を確認してもらいます。
 今年で十六になりますが、未だに初対面の人には子供に見られます。
 しかしダブルですか。ゲームみたいに大部屋にベッドが並んでるわけではないんですね。
 どうしたものかと悩みながらシンクを見れば、旅券を確認したおじさんにじゃあそれでとか普通に言ってました。
 悩んでたの私だけでした。シンクは全然気にしないようです。
 それはそれで複雑。乙女心とは面倒ですね。

 部屋に行けばでかいベッドとクローゼット、それからベッドサイドに小さな戸棚が一つ。
 ソファもありますが、一人掛けがローテーブルを挟んで二つあるだけです。
 これでソファに寝るという選択肢は消えました。いえ、座って寝ても良いんですけどね。
 帰りは馬車ですから余程のことが無い限り戦闘にはならないでしょうし。

「ソイルの木見に行くなら早起きしてよね」
「解ってますよ」

 順番にシャワーを浴びて、おじさんが用意してくれた夜食を食べます。
 結構美味しいです。特に香りが良いです。良い香草使ってますね。流石はセントビナー。
 寝る時間になり、さてどうするのかと思っていたらシンクは普通にベッドに入ってしまいました。
 ああ、二人で寝るのに抵抗はないわけですか。
 それなら私も気にするのやめます。普通にもぞもぞとベッドに入ります。

「ちょっと、何で入ってくるわけ?」

 ……違いました。私のことを考えて無かっただけでした。
 私がベッドに入った途端不機嫌そうに言うシンクに思わずため息が漏れます。

「じゃあ私はどこで寝ろと?」

 そう聞けばシンクは目をぱちくりさせます。やっぱり考えていなかったようです。
 何回逆行してもずっと一人で行動してたわけですから仕方ないといえば仕方ないです。
 すっぽり抜けてたんでしょうね。同行する人間が居たとしても部下とかそれくらいだったんでしょうし。

「……床?」

 少し考えた後のシンクの台詞にちょっとベッドから蹴り落としたくなりました。
 実際頭をはたきました。私はお前の部下じゃないぞ。
 折角広いベッドなんです。端と端で寝れば充分でしょう。
 そう提案すればそれもそうかと言うシンク。
 お互い納得したところでもう一度ベッドに潜り込みます。

 男の子と同衾とか久しぶりすぎてちょっとドキドキですが、すぐに睡魔が襲ってきます。
 私の女子力はどうやらかなり低下しているようです。まあ問題ない。
 そうしてうとうとしていると、背後で何やらもぞもぞする気配。

「……寝た?」

 シンクの声が聞こえましたが、うとうとしてる中答えるのも面倒です。
 寝たふりしましょう。後ちょっとで寝れそうな気がしますし、大丈夫だ、問題ない。
 そうして目を瞑って寝たふりをしていたら、またもぞもぞとシンクが動く気配。
 ふに、とほっぺを指で押されて思わず目を開けそうになりました。
 何がしたいんですか、貴方は。

「……トモカ?」
 
 私は寝てるんです。寝てるったら寝てるんです。呼んでも返事なんてありませんよ。
 すぅすぅと寝息を立てるふりをしながら睡魔に身を任せます。
 ほっぺを突付かれちょっと驚いて眠気が飛びかけましたが、またすぐに睡魔はやってきます。
 あー……布団ぬくー……。

「……よく、寝れるよね…襲うよ?」

 …………それは嫌です。起きるべきでしょうか。
 予想外の台詞にまた睡魔が吹き飛びました。またシンクが動く気配がして、ぎしりとベッドが軋む音が耳に届きます。
 何する気ですか。目を瞑ってるのでシンクが何をしてるのか見えません。
 それが余計に不安をあおります。けどここで目を開けるのも何か悔しいです。

 布団の中でシンクの手が私のわき腹に触れます。くすぐったいからやめれ。
 僅かな抵抗として寝返りを打つふりをして仰向けになれば、シンクの手が離れました。
 そのまままたもぞもぞと動く気配がします。
 今度は何する気だと思いましたが、暫く立っても何もされる気配がありません。
 素直に寝てくれたんですかね。そうだとありがたいんですが。

それからまた襲ってきた睡魔に今度こそ負けて、私は夢の国に旅立ちました。
だからそれ以降シンクに何かされていたとしても、知覚できていないので解りません。



 翌日、目が覚めたときには既にシンクは起きていました。
 一瞬寝坊したかと思いましたが、時計を見ればまだ六時半。シンクは随分早起きですね。
 それから少し早めの朝食を食べた後、ソイルの木を見てから食料などを買い込みケセドニア行きの馬車に乗り込みました。
 ソイルの木、実に立派な巨木でした。あれに洞とかあったら中で住めそうですよね。
 あ、チーグルとかがまさにそうなのか。

「……寝る」

 そんな事をつらつら考えていたら、シンクが馬車の中で宣言通りに眠り始めました。
 昨晩眠れなかったんですかね?
 壁に凭れかかって、腕を組んで眠るシンクを見ます。
 その瞳はいつものように包帯に隠されているので解りません。

 ……もしかして、あれですかね。
 部屋を取る時は意識してなかったものの、実際二人でベッドに入ってようやく私と同衾することを意識しちゃった感じですかね。
 昨日の「よく寝れるよね」って台詞は、男の自分が一緒なのによく寝れるよねって意味だったのかもしれません。
 でも私が迷っている間にダブルの部屋で良いって言ったのはシンクですよ。私のせいじゃありません。

 あの後のことは覚えてませんが、もしかして私を意識して寝れなかった感じでしょうか。
 朝起きた時シンクが目覚めてたのも、実は寝て無かったとか言うオチでしょうか。
 だから今寝てるんでしょうか。そうだとしたらちょっと笑えてしまいます。
 ここで罪悪感を覚えない辺り、最低ですね、私。

 そっとシンクに手を伸ばして、長い前髪をずらしてみます。
 包帯は巻かれていても隈くらいなら見えるんじゃないかと思ったんですが、その前に寝ていたはずのシンクに腕をつかまれてしまいました。
 あら、寝てたんじゃなかったんですか。

「何?」
「いえ、隈でもできてるなじゃないかと思いまして」

 そう言えばシンクは眉を顰めて口をへの字にします。その顔も見慣れたものです。
 揺れる馬車の中、舌打ちをしたシンクは私の手を離してそんなものないよと言い放ちました。
 意地を張りたいお年頃って奴ですかね。良いですよ、気にしないふりをしたあげます。
 大人の余裕という奴です。そんな事を考えているとシンクにばれたら煩そうですが、ばれなきゃ良いのです。大丈夫だ、問題ない。

「そうですか。邪魔してすみません。おやすみなさい」

 なのでそう言って、私も壁に身を預けます。
 ガラガラと揺れる馬車の乗り心地は決して良いものではありませんが、不快というわけでもありません。
 ふむ、私も寝ましょうかね。どうせケセドニアまでやることありませんし。

「……おやすみ」

 はい、おやすみなさい。

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