不可侵領域02
セフィロト内部にいる魔物を護衛の人達が掃討しつつ奥へと進む。
シンクの顔色も多少回復していて、私は戦闘の邪魔にならないよう気をつけながらも周囲をきょろきょろと見渡していた。
文明が違う。一目でそう解るほどにセフィロト内部は洗練されたデザインと無駄の省かれたつくりをしていた。
「何か珍しいものでも見えるか?」
「へ? え、そ、そう……ですね、全部珍しいです」
「はは、そうだろう。セフィロトの内部は全て今は既に失われている創世暦時代の技術で作られてる、そう思っても仕方がないだろう」
グランツさんが朗らかに笑いながらそう教えてくれた。成る程、これが創世暦時代の技術なのかと納得しながらそっと壁をなぞる。
土や木で出来た教団本部とは違う、合金やプラスチックを連想させるつるつるした感触に一抹の懐かしさを覚えた。
そしていくつかの仕掛けを超えて辿り着いたパッセージリング。リングの前に立っていた棒のようなものにグランツさんが歩み寄れば、まるで本のように開かれる。
私がそれに驚いていると、グランツさんは少しだけ顔を顰めたあとディストを呼んでなにやら難しい話を始めた。
頭上に展開されている絵柄は私にはよく解らない。けどそこに書かれている古代イスパニア語は私にも読めた。
「警告、耐用限界に達しています……」
「あなた、古代イスパニア語が読めるのですか?」
「え? あ、はい。一応」
「古代イスパニア語、フォニック言語に加え装飾文字の読み手でもある……もしや言語マニアで?」
「違います!」
たったらららん。
マユミは"言語マニア"の称号を手に入れた!
なーんて阿呆な想像をしつつ、たまたま環境が恵まれていただけですよといっておく。
ディストはそうですかといいながら眼鏡のブリッジを上げたかと思うと、頭上に展開されている図面を指差しながらグランツさんとの会話を再開する。
だいたい古代イスパニア語もフォニック言語も刷り込みで読めるようになっただけで私自身が努力したわけではないのだ。
「あの、マユミ殿」
「はい? あ、マユミでいいですよ?」
「そうですか? ではマユミと呼ばせていただきますね。それで、あの、これって装飾文字じゃありませんか?」
グランツさんとディストの会話をぼんやりと眺めていた私だったが、イオンに呼ばれて少し脇へと外れる。
幸いパッセージリングの近辺には魔物も近寄ってこないため、それなりの範囲内を自由に動き回ることが出来たりする。
壁に刻まれていたのは確かに日本語で、そうみたいですとイオンに答えながら私はその文字を目で追った。
『預言に従い、我等は大地を打ち上げた。
しかし重要なのは預言そのものではない。
預言をいかに使うかが重要なのだ。
預言とは従うべきものではない。導となるものでもない。
預言とは我等に可能性を示してくれるローレライの恩恵である。
どれだけ預言によって利益を得ようとも、それを忘れてはいけないのだ』
私が読み上げた内容にイオンは目を見開いていた。
護衛として着いてきた人達も少しだけざわめいていて、シンクにホントにそう書かれているのか聞かれて素直に頷く。
「ふぅん。教団の教義とはかけ離れてるね」
「そっか、教団では預言には従うべきって言ってるもんね」
「そういうこと。それがユリアの教えなんだってさ」
「へー。……あれ? ユリアっていつそんな事言ったの?」
「は?」
「だって教団を立てたのはフランシス・ダアトでその間ユリアは投獄されてたんでしょ。ユリアが出た頃にはダアトは自害してて、ダアトの死を悲しんだユリアがダアトの名前を土地につけて、フレイル・アルバートを導師に任命して旅に出て、最後はホドに帰ったんでしょ?」
「まあ表の歴史じゃそうなってるね」
私の簡単な歴史にシンクは頷いた。
ちなみにフランシスの手記には全く別の内容が書かれていた。
それは教団を立ち上げたのはフランシス……というのは変わりないが、それはフロート計画を実施するために預言というものを認知させる必要があるという計略の一環で、ユリアもそれを了承していたと書いてあったのだ。
しかし預言を使って着々と力をつけていく教団に恐れを抱いたイスパニアとフランクがユリアを人心を乱したという理由で投獄。そのユリアの身柄を材料にフランシスさんと取引をしたという。
ユリアを愛していたらしいフランシスさんは、その取引を受け入れた。
ありとあらゆる手を尽くし、可能な限りの根回しをして、自分がいなくなっても教団が存続できるようにしてからユリアを救うために姿を消した。
そして歴史は歪められ、フランシス・ダアトは裏切り者として刻まれることになった……。
手記もそこで止まっていたから、本当にフランシスさんは教団を去ってしまったのだろう。
これが本当の歴史かは解らない。フランシスさんのことを知り、日本を知る人が書いた創作かもしれない。
けれど裏切り者の名前を教団に残すって言うのもおかしいし、やっぱりこれが本当なんじゃないかと思う。
閑話休題。
「投獄されて、旅に出て、ホドに帰って……ユリアが教義を説く暇なくない?」
「旅をしてる間に広めてたかもしれないじゃん」
「それならそう明記されてると思うよ。ユリアは旅をしながら預言を広めていった、みたいな。だってユリアの偉業は全て記録するとでもいわんばかりにユリアユリアな教団なんだよ? もしそうならユリア自ら各地に広めたーって絶対残してると思う」
「……じゃあ誰が決めたっていうのさ」
「誰って……教団」
「は?」
いつの間にかグランツさんとディストが会話をやめていた。お話終わったのかな?
私は昔学校でディベートやディスカッションをしていた時を思い出しながら、考えたことを言葉にまとめる。
「だからさ、ユリアは本当に預言を詠んだ"だけ"なんじゃないかってこと。だってユリアは人を救いたくて預言を詠んだんでしょ? けどそれを実行するために建てられたのが教団だけど、ここでは従うものじゃなくてあくまでも可能性だっていってるわけ。つまり最初は預言っていうのはそういう扱いで、ユリアも人類を救う可能性を模索した結果、預言を利用しただけだった」
これはあくまでも仮定だ。得られた情報から推測できる一つの憶測。
そしてこれが正しいのであれば、だ。
「けど預言を扱ううちに、預言は人を救うものである、預言は人を導くものである、預言は従うべきものである……って感じに歪められてったんじゃないかな。特に未曾有の繁栄なんて喉から手が出るほど欲しいものも詠まれていたわけでしょ? だったら教団が権力を拡大しつつ各国と同等の立場に立つために、預言に従えば未曾有の繁栄が手に入るぞって解釈を始めてもおかしくないもの」
かつて高校時代に受けた宗教戦争の授業を思い出しつつそう言えば、シンクは口をぽかんと開けていた。
見ればイオンも唖然としていて、何故そんな表情をされるか解らずに助けを求めるために周囲をキョロキョロと見渡す。
しかし口を開いてはいなかったもののグランツさんやディストも驚いた顔をしていて、私は変なことを言ってしまったのかと一人パニックに陥った。
「……それ、外では言うんじゃないよ」
「へ? え、う、うん……?」
復活したらしいシンクにそう言われて、よく解らないまま頷いておく。
すると何故かグランツさんが笑い出して、私もイオンもびくっとなってしまった。
「ヴァン……どうしたんですか?」
「いえ、失礼……余りにも愉快な話だったもので」
「え? そんな愉快でしたか……?」
「ああ、今までにない解釈だった。面白い話をありがとう」
心底愉快そうに言われ、私はそんなに面白いことを言ったかと首を傾げる。しかし一体どこがウケたのかはサッパリ解らなかった。
あとバンさんではなく、ヴァンさんだったらしい。呼び間違えなくて良かったとひっそりと胸を撫でおろす。
そんな私はさておき、ここでの調査は終わったとかで、今夜はここで野営をして明日教団へと帰ることになった。
というのもセフィロト内部は一定の明るさが保たれているので解りづらいが、時計で確認すると既に午後八時を回っていたらしい。
今から帰還しても到着は真夜中になってしまうし、なにより今回の調査には身体の弱いイオンが居る。それくらいならば今晩はこの魔物が来ない範囲内で休みを取り、明日帰ったほうが良いだろうという話で纏まったというのだ。
私一人では帰れないし、特に反対する理由も無かったのでそこは素直に頷いておく。
そうと決まれば早速特務師団の人達が野営の準備を始めた。私とイオン用にと簡易テントまで張ってくれたのはとてもありがたかった。
寝袋を渡され、まるで野外活動のようだとちょっとだけワクワクする。
「楽しそうですね、マユミ」
「あ、イオンさま。そうですね、不謹慎でしょうけど、ちょっとわくわくしてます」
「僕もです。何だか遠足みたいですよね」
遠足、とは違う気もするがとりあえず笑顔で頷いておく。
そして特務師団の人達が晩ご飯の準備をしているのを見守りながら、手持ち無沙汰になった私とイオンは寝袋の上に座り込み、お喋りなど始めていた。
ちなみにシンクは少し離れたところでグランツさんと話しているため、近くには居ない。
でもこうして話しているのを目撃されたらシンクの機嫌が悪くなるかなーとか思っていると、イオンが何故かもじもじし始めた。
ほんのりほっぺを染めつつ、視線を反らして言いよどんでいる姿はどう見ても乙女だ。というか、髪もつやつやだし手も柔らかくて傷一つないし、もしかして私より女子力高い……?
「その、マユミは……シンクと仲が良いんですね」
「? 仲が良いと言いますか、シンクは恩人なんです。シンクが居なければきっと私は死んでいたと思います」
「そう、なんですか?」
「はい。もし生きていたとしても……きっとこんな風にワクワクしたり、ドキドキしたり出来なかったと思います。身体は生きていても心は死んでいただろうなぁっていうか……そういう意味では、シンクにはいっぱい救われてるんです」
「そうなんですか……ちょっと、意外でした」
「意外、ですか?」
「はい。その、シンクはとても刺々しいと言いますか、その……」
「ああ、解りますよ。部屋でも相変わらずご飯美味しいって言わなくて、洗濯物も投げつけてきて、ちょっと失敗すると私もぺしんって頭叩かれますから」
「えっ」
「でも、シンクの側に居たいって言ったのは私で、今の生活も嫌いじゃないんです。それにシンクはシンクでいっぱい色んなものを抱えてるから、支えてあげたいと、そう思うときもあるんですよ。いや、違うな……そう思うから、側に居るんです」
手を上げられるくだりでイオンは絶句したものの、続けた言葉を聞いて柔和な表情に戻る。
そしたらまたもじもじし始めたので先ほどのシンクの話は言いたかった事ではないのかなと解釈して、イオンが何か言い出すのを辛抱強く待った。
「あの……良ければ、その僕のこともイオンと呼んでいただけませんか?」
「……え?」
「シンクと仲が良さそうに話しているのを見て、羨ましくて……その、シンクと話しているみたいに話してくれたらって、思ったんです。駄目、でしょうか……?」
「んー……。たくさん人の目があるところでは無理だけど、こうしてこっそり話す分には平気、かな?」
お兄ちゃんが羨ましかったんだね、と言いかけた私は慌てて取り繕って敬語を外した。
イオンはそれだけでパァっと表情を明るくさせていて、素直だなーとか呑気なことを考える。
「ありがとうございます! 実はマユミと話してると何だか凄く懐かしい気がして……仲良くなれたらって思ってたんです」
それは産まれたばかりの時のことを覚えているからだろうか?
嬉しそうに目を細めるイオンにそうなんだーと答えながら、かつて逃げ出した場所のことを思い出す。
あそこに居た、同じ顔をした少年達の中にイオンは居なかったと思う。まだ作成されていなかったか、もしくは成功作として別の場所に連れて行かれていたか。
それでも懐かしい気がするなんて言うってことは、イオンなりに何か感じることがあるのかもしれない。
「じゃあこれからは友達だね」
「! はい!」
頬を染めながら嬉しそうに頷くイオンを見ながら、いやこれはどちらかと言うと弟だなと思いつつ頭を撫でる。
仮面の下でこっそり私とイオンを見つめていたシンクに気付かないまま、私は呑気にイオンと話し続けていた。
- もどる -