暗中模索06



 月光を浴び、ほのかに光るセレニアの花。
 その群生地にて夜空を見上げながら、毛布をかき抱き私は息を吐いた。

 簡易版とはいえ、ベースキャンプはあっという間に出来上がった。
 一晩休んだら明日はシュレーの丘だ。早めに休まなければと思うものの、目がさえてしまって眠れそうにない。
 だからだろうか。この美しい景色を見たくなってテントを抜け出し、花畑の中にぽつんと立ち尽くしている。
 ベースキャンプを敷いてるお陰で魔物は近寄ってこないため、安心して夜空と花畑を堪能することができた。

 一人きりの夜は、考え事をするにはぴったりだ。
 頭の中がぐるぐるしている自分にとって最適な環境だろう。

 もう一度息を吐いて考える。
 もしかしたら今のイオンがレプリカだと薄々勘付いているかもしれないアリエッタのこと。
 放棄したはずなのに、劣化した導師としての力を使うことを強制されて荒れ気味のシンクのこと。
 帰れない故郷のこと。外郭大地のこと。教団のこと。雨宮さんが残した言葉のこと。
 考えたいことがたくさんありすぎて、私の頭じゃ追いつきそうにない。

 その一方で、頭の片隅で解ってはいるのだ。アリエッタのことと、教団のことは私が考える必要はない。
 帰れない故郷の事だって、今考えても仕方のないことでもっと時間があるときに感傷に浸るべきだ。
 そう思うのに頭の中はぐるぐるしたまま。昼間のように問題を先延ばしにするにも限界があった。
 後から考える、なんて。一時的な現実逃避でしかないのだから。

 けどやっぱり頭の中で色んな考えが浮かんでは消えていき、一つのことに集中できない自分に下唇を噛んだ。
 感情的になりすぎてる。そんな自分が情けなくなる。

「何してるの」
「うひょぉわっ!?」
「……何その声」

 ふいに背後から伸ばされた腕が、私の体に絡みついた。肩に乗せられる顎と、夜であることを考慮してか囁くような小さな声が耳元に響く。
 聞きなれたそれは間違いなくシンクの声だったが、突然背後から抱きしめられた私は驚きのあまり妙な声を上げて五センチほど飛び上がってしまったのだ。
 呆れないでよ。シンクのせいでしょ。

「魔物は近寄ってこないとはいえ、あんま離れないでよね。一応ついてきてる兵士は皆マユミの護衛なんだからさ」
「う、うん。ごめん」
「セレニアの花が見たかったの?」
「あ、うん。それもある。綺麗だよね。夜に発光する花って初めて見た」

 風がふき、花の群生が揺れる。幻想的で美しい風景はきっと日本に居たならば見られなかったであろう。
 そう思えばこれは異世界に着たからこそ見られた景色だ。運がいい。そう思いこもうとする。

「ねぇ、僕も毛布に入れてよ。寒い」
「え、うん」

 一緒に景色を眺めていたシンクにそんなことを言われて、私は毛布の前を広げた。そしてシンクが私の背中から離れたかと思うと、私から毛布を奪い取って自分の肩にかける。
 文句を言う間もなく私は腕の中に閉じ込められ、結果二人してすっぽりと毛布に包まれる形になった。何これちょっと恥ずかしい。

「で、何してたの?」

 が、シンクはあまり気にしていないようだ。多分効率の良い毛布の使い方をしている、という認識しかないのだろう。
 私は羞恥心を飲み込み、同時に抱え込んでいたこの思いを吐露すしてもいいか迷う。
 貴方のことで悩んでます。というのか。馬鹿正直すぎてまた呆れられそうな気がしなくもない。
 でも黙っていてはシンクも不安になるだろう。なので一部言葉を濁してから伝えようと決めた。

「色々考えてたら寝れなくてさ。女々しいって言われるかもしれないけど、今考えることじゃないって言うのは解ってるけど、やっぱり故郷に帰れないって解ったのは寂しい。お母さんやお父さんに会えないって、友達にももう会えないんだって思ったら泣きそうになる。それ以外にも、ね。ほら、アリエッタとか。謡将の言葉に引っかかりを覚えたらしくて。私が気にしてもどうしようもないって言うのは解ってるんだけど、無視できるほど私が達観してないから、気になっちゃって……そうやってぐるぐる考えてたら眠気がどっか吹っ飛んでっちゃった。寝なきゃいけないってのは解ってるんだけどね」

 苦笑する私に、シンクはふぅんとどうでもよさげに呟く。
 そして私の首元に顔を埋めたかと思うと、腹部に回されている腕に力がこめられた。

「……そのぐるぐるに、きっと僕のことも含まれてるんだろうね」
「う……」

 ばればれである。誤魔化した意味がなかった。小さくうめいた私にシンクは自嘲にも似た笑みを浮かべ、短く息を吐き出した。くすぐったい。
 でもあまり悲哀の色はない気がした。正面から見てないから、なんとなくの印象でしかないが。

「別に隠さなくていいから。あれ以来イライラしている自覚はあるしね。君がそんな僕を伺うように見てるのも解ってる。心配、してくれてた……んだよね?」
「そりゃするよ、当たり前でしょ」
「なら僕のことは後回しでいいよ」

 おずおずと、それでも間違いなく心配という言葉を口にしたシンク。
 以前のシンクなら絶対に口にしなかった言葉を唇に乗せたシンクに食いつき気味に応えれば、何故かあっさりとした答えが帰って来る。
 自分を案じて居くれる人が居る。不安そうにではあるがそれを理解してくれたシンクが嬉しくて即答したというのに、思わ勢いよく振り返ってしまった。
 と、同時に髪が遠心力に従いシンクの顔にばさっとかかった。ごめん、わざとじゃないんだ。

「ご、ごめん。でもなんでそんな」
「……あのね、君と違って馬鹿じゃないんだ。学習くらいするさ」
「息をするように今私馬鹿にされたね?」
「君が心配してくれてることも、側にいてくれることも解ってる。不安が無いといえば嘘になるけど、それでも……それを理解してるから、自棄になる程じゃないよ。いざとなったら君が受け入れてくれるって思えば、まだ落ち着けるし、自分で処理できる範囲内、だと思う。だから……大丈夫」

 さりげなく馬鹿にされながらも、振り返って垣間見えたシンクの表情は比較的穏やかなものだったと思う。仮面の下から覗く顔色は酷そうには見えなかったし、何より声が落ち着いていた。
 イオンの一件があって以来、私に対する信頼が向上していたようには感じていたがここまでとは思っていなかったために少しだけ驚いてしまう。

 これも成長、なのだろうか。
 少しだけ考えた私は、それならばとその言葉に頷くことにした。シンクの言葉を、信じることにしたのだ。

「……じゃあ、一個だけ約束して」
「なに?」
「何か辛かったりしたら、ちゃんと口にするって」
「……それが、君の負担にならないのなら」
「負担じゃないよ。むしろシンクが一人で抱え込んでいるのを見てるほうがハラハラする」
「……じゃあ、少しだけ頼りたい」
「どうぞどうぞ」

 少しだけ震えている声に気付かないふりをして、肩を捕まれ促されるがままに身体ごと振り返る。
 対面する形になったかと思うと、シンクの腕が肩から滑り落ちるのと同時に膝からも力が抜け、その場に座り込んでしまった。
 反射的にシンクを支えるために腕を伸ばし、しかしそれに失敗して私もその場に座り込んだのだが、腹部に腕を回されて一瞬だけ戸惑う。
 薄い胸にシンクの額がぶつかった。行き場をなくした子供のように見えた。逡巡の後、腕を伸ばしてシンクの頭を抱える。そして大丈夫だよというように私と同じ緑の髪に頬ずりをする。

「ごめん、ちょっとだけ……こうさせて。情けないのは解ってる、から」
「……いいんだよ。私も、シンクが居なかったらもっと泣いて、わめいてた。だからこうするだけでシンクが少しでも楽になるなら、いくらでも」
「……ありがとう」

 お互いの体温を分け合うように、背中に手を回しあう。
 見た目に比べれば随分と筋肉質に感じるが、それでもやはり子供の体であるということは変わらない。

 ……ああ、そうだ。信じよう。
 アリエッタのこともシンクのことも、私が悩んでいたってしょうがないことだ。だけどシンクはこうして、自分の感情を発露してくれる。
 それなら私は、シンクのことで悩むのをやめよう。ただシンクを信じていよう。そしてこうやってシンクが頼ってくれた時に、一緒に目一杯悩んで、触れ合えば良い。

 私の悲しさや苦しさも、無くなりはしないけどきっといつか薄れていくだろう。一緒に居てくれる人が居るということはそう言うことだ。
 私の胸元で、シンクが甘えるように額をぐりぐりと動かす。ふは、と小さく息を漏らして笑いながら、私もそれを受け止める。

 信じると決めたなら、後はもうなるようになるだけだ。この悲しさも何もかもひっくるめて、先に進んでいこう。
 そう決意して、私はシンクの頭を撫でる。大丈夫、シンクと二人でならきっと何とかなるから。

 翌日、悩むことをやめた私とイラだった空気を少しだけ和らげたシンクは皆と共に予定通りシュレーの丘へと向かい。
 そこに残された言葉から、オールドラントという世界の滅びの未来を知ることになる。

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