渦中之人01
『重要なのは人類が手を取り合うことなのだ。
国同士争いあわず、協力し合うことができれば未来を掴むことができると私は信じている。
そして願わくばローレライ教団が国同士の潤滑油として存続し続けることを願う。
なぜならばこの大地をパッセージリングにもまた、寿命があるからだ。その耐久年数はおおよそ二千年。
二千年後、力を合わせ障気を退け、大地を下ろさなければ人類は預言通り"障気によって破壊され、大地は塵と化す"。
それがオールドラントの最期となるだろう。
それだけは、それだけは避けなければならない。
人類の未来を願ったユリアの為にも、星の存続のため異世界から私を呼び出した意識集合体達のためにも。
しかし結局私は自分の存在を示すためではなく、未来を願い言葉を刻み込んでいる気がする。
けれど願わずにはいられないのだ。途方にくれるほどの未来で、人々が幸せに暮らしていることを』
最初、この文字を読んだ時に口にしていいか迷った。
だってこの世界の人がどれだけ預言に傾倒しているか、ダアトで暮らしている以上嫌でも肌で感じてしまう。
けれどシンクに促され、落ち着いて聞いてほしいと前置きしたうえで声に出して読んだ。
案の定恐慌状態に陥った人々はシンクが一喝したことで表面上は落ち着いたものの、それでもみんな顔色が悪い。
静寂に満たされる中、もごもごと口元を動かす。余りにも空気が張り詰めているせいで、口を開くことすら躊躇われる。
そんな空気の中、顎に手を当てて考え込んでいたシンクが顔を上げてこう言った。
「僥倖だ」
「シンク?」
「今、僕たちは過去の偉人が残した、未来を手に入れるための情報を手に入れた。なら"障気によって破壊され、大地は塵と化す"未来を避けるために僕たちは何をすべきか。それを考えるためにも、急ぎ報告する必要がある」
その言葉にほとんどの人がハッとしてシンクを見た。
シンクもまた全員をぐるりと見渡すと、この情報を渡すためにすぐにダアトに帰還すると告げる。
「ダアトでは既に導師と閣下がマルクトとキムラスカの両陛下を招くための準備に入っている。この情報があれば外殻大地降下作戦に協力してもらえる可能性はぐっと上がる筈だ。消極的な賛成と、積極的な協力ではやりやすさが違うからね。そのためにも急いでダアトに帰還するよ。全員急いで準備しな!」
「はっ!」
シンクの言葉に団員の人たちはキビキビと動き始めた。
私は文章の控えをとる書記官の人のために再度ゆっくりと壁の文字を読む。私が書いてもいいのだが、一応不正防止……らしい。
鳩で知らせるには余りにも情報の重要性も機密性も高すぎると、控えを取った後は休憩を挟むことなく急ぎセフィロトを出ることになった。
私は足が遅いのでアリエッタの魔物に同乗させてもらい、セフィロト内を駆け抜ける。
皆鍛えているだけあって弱音を吐くことなく、セフィロトを出てからも最低限の休息のみ取ってケセドニアまで強行軍となった。
ケセドニアでは急ぎ連絡船を手配してもらいつつ一泊したのだが、殆ど魔物に乗っていただけの私は既にヘロヘロだ。
まあシンクとしても連絡船の中では碌に動けないので、それを見越しての強行軍だったみたいだけど。
実際、連絡船に乗り込んでからは殆どの団員は休息に入った。
ケセドニアの商人代表、アスター氏に便宜を図ってもらったおかげで連絡船に乗っているのは殆ど今回のメンバーだけだ。
危険もそれほどないだろうと、私も最小限の護衛で自由にうろつくことが許された。
それでもシンクから今の私の価値はどんどん上がっているので、なるべく一人で行動しないようにと釘を刺されたけれど。
それなりに良い部屋をシンクと同室で宛がわれ、疲れが抜けきらないのもあって最初の一日二日は殆ど室内で過ごした。
シンクにも休んでほしかったのだけれど、今回の報告書をまとめたりと細々とした仕事をしていたらしい。
とはいえ同じレプリカだとしても性差もあれば身体の鍛え方も違う。座り仕事をしているだけでもシンクから言わせればちゃんと休息になるそうだ。
しかしシンクが細かい仕事を潰し終わった後も、ダアトに到着するまでまだ時間があった。
体力も回復して暇を持て余し始めていた私は、気分転換も兼ねて外の空気を吸いに行かないかと誘ってみる。
シンクも私がなるべく一人で動き回らないようにしていたのに気付いていたようで、そのまま二人で海が見える甲板へと足を向けた。
「海だーー!」
強行軍のせいでほとんど堪能することのなかった潮風と潮騒にテンションが上がる。シンクが呆れているようだけれど無視だ無視。
手すりに触れながら揺れる波間を眺めて思ったのは、世界は変われど海は変わらないのだなということだ。ちょっとしんみりしてしまう。
テンションのアップダウンが激しい私にシンクは隣に来た後、そっと手すりに乗せていた手に手袋のした掌が重ねられた。
「何考えてんのさ」
「……前の世界で、私島国に住んでたの。海は結構身近だった。だから海はこっちでもあっちでも、そんなに変わらないんだなあって」
「ふうん……他には?」
「え?」
「他にはどんな違いがあったのって聞いてんの。前も話してたじゃないか。色々違うところも……多かったんじゃないの」
「そうだなぁ……あ、譜石帯。譜石帯は、あっちにはなかったな。それから音素もないから、動力系は全く別。音機関じゃなくて機械って呼ばれるものがたくさんあったよ。スマホって言ってね、掌くらいのサイズの通信機とかあって、遠いところに住んでいる人と気軽に通話と文章のやり取りができたの。正直今それがあればダアトとのやり取りも凄く楽だろうにって思ってる」
「それは確かに便利そうだね。そんなものが使えたってことは、君って実はかなり良いところの出だったりする?」
「まさか。ごく普通の一般家庭出身だよ。スマホは普通に流通してたし……まあ子供が買える値段ではなかったけど」
「……随分と、発展した世界だったんだね」
「そうだね。離れた人とやり取りできるのが当たり前で、スイッチ一つで部屋が明るくなって、蛇口をひねれば飲める水が出てくるのが当然だった。オールドラントとは……全然違う世界だったよ」
重ねられたシンクの手に力がこもる。帰りたいなあ、と思う。けれど帰れないんだなあ、とも思う。
じんわりと滲みかける涙を上を向いて誤魔化す。空に浮かぶ譜石帯が、ここはオールドラントだと突きつけてきた。
「思えば、すごく恵まれてたと思う。実際、私の居た国はすごく平和だったけど、違う国はそうじゃなかった」
「そうなの?」
「うん。といってもニュースでしか知らなかったし、遠い世界のことだと思ってたから詳しくは知らないけど。あ、でも世界的に見ても緑やピンクの髪の人は居なかったと思う」
「なんで?」
「何でって……私からすればこっちの世界の人たちの髪色の方が何で?だよ。私の国はみんな黒髪だったし」
「珍しいね」
「そう?」
「そうだよ」
重ねられた掌を上に向けて、指を絡めて手を握り合う。どうでもいいことをぽつぽつ話しながら海を眺める。
ダアトに戻ればきっと大変なことになる。それまでの猶予とでもいうように、この穏やかな時間を噛み締める。
外殻大地降下作戦についてマルクトとキムラスカの両陛下を招いて説明をしなければならないというイオン。
けれど大地を降ろすにはいくつも問題があって、同時に教団内でも預言に詠まれていないのに大地を下ろして良いのかという声もあるらしい。
降ろさなきゃ死んじゃうのに何を言っているのだろうか。
「第七譜石には、外殻大地が崩落することで世界が終わるって書いてあったのかな?」
ふと思いついたことを口にすればシンクは仮面をつけていても解るほどぎょっとして、慌てて私の口を塞いだ。
そしてほかの誰も聞いていなかったことに肩を落としてホッとすると、どうしてそう思ったのさ、と地を這うような声で聞いてくる。
どうやら私はまた危なっかしいことを言ってしまったようだと遅まきながら気付いたが既に時遅し。後悔先立たず。
素直に話していいものか迷っていると、靴音を立てながらアッシュが歩み寄ってきた。
「シンク、今いいか」
「……なにさ」
「少し話がしたい。部屋は押さえてある」
ここでは話せないことらしい。これ幸いと行ってらっしゃいとシンクを見送ろうとしたのだが、私も一緒にと言われて連行される羽目になった。私何かした?
目論見が外れたことに密かにがっかりしつつ、アッシュが抑えたという小さな会議室のような部屋に揃って足を踏み入れる。
そこには何故かアリエッタも待っていて、困惑する私に席を進めながらアッシュは部屋に鍵をかけながら言った。
「人払いは済ませてある」
「……用件はなに」
「そうだな……単刀直入に言おう。シンク。お前、導師のレプリカだな?」
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