渦中之人02



 ※スーパー不和不和タイム


 ピリ、とシンクから冷たい空気が流れて肌を焼く。
 びくりと震える私を庇うようにシンクは一歩前に出ると、出入口を抑えているアッシュに向かって歪な笑みを浮かべた。

「僕が、なんだって?」
「おかしいと思ってはいた。ダアト式封咒を解けるのは導師イオンのみ。そしてヴァンが命令を下した時のお前の反応。さしずめ、導師の予備ってところか?」

 くつりと喉奥で笑うアッシュの声には嘲笑が滲んでいた。
 どうしてそんな酷いことを言うのか。部屋で一緒に食事をした時は、あんなにも優しかったのに。

「口の利き方に気を付けな。それ以上言ったらいくらアンタでも容赦しないよ」

 私に注意した時よりもずっとずっと暗い声がアッシュに向けられる。怯える私の手をアリエッタが引いて、部屋の隅へと誘導する。
 そうはいっても小さな部屋だ。一触即発の二人からはほとんど距離が取れていない。びくびくする私を背に庇いながら、アリエッタは黙って二人を見ているだけだった。
 ……見ているだけで、止めてくれない。アリエッタもアッシュとグルなんだろうか。

「ほう? どう容赦しないつもりだ? 所詮レプリカなんざ人間の模造品、人から作り出されたまがい物だろうが!」
「アッシュ!?」

 レプリカを蔑むアッシュが勢いよく手を振り払い、シンクの仮面を弾き飛ばした。シンクは片手で顔を覆いながら慌てて距離をとったけど、その素顔は晒されてしまった。
 アリエッタが小さく、イオンの名を呼ぶ。床に手をつきすぐにでも飛び掛かれる体勢を取ったシンクが、これ以上ない程険しい顔をしてアッシュを睨み上げている。

「案の定、導師のレプリカか。どうやってヴァンに取り入った? 神託の盾に入り込み、装飾文字の読み手を囲い込んで、一体何を企んでやがる! この劣化品風情が!」
「もうやめてアッシュ!!」

 どこまでもレプリカを嘲るその言葉を聞きたくなくて、アリエッタの背中から飛び出してシンクの顔を隠すように抱きしめる。
 シンクが暴れたけど私もまた音素による肉体強化をして無理矢理シンクを抑え込んだ。アッシュはそんな私に舌打ちを一つ零すと、アリエッタに向かって怒鳴りつけた。

「アリエッタ! 読み手はきちんと保護しておけと言っただろうが!」

 けれどアリエッタは答えない。呆然としている。
 その間に私の腕から抜け出したシンクが私を無理矢理背中の裏に押し込んで、庇うようにアッシュと相対した。

「さっきからウザいんだよ!! 僕が何を企んでるかって? 見当違いにも程がある! 廃棄されたレプリカを、ヴァンが使えるからって拾っただけさ!」
「シンクッ」
「紛い物? 劣化品? 人間もどき? 上等だね! 所詮僕は利用価値があるから生かされてるだけだ。気に入らないってなら、またザレッホ火山にでも突き落として廃棄してみるかい? 被験者様はレプリカを使い捨てるのがお好きみたいだからさぁ!」
「なっ!?」
「ひ、ひどい……」

 流石にシンクが火山に廃棄されたと聞いてアッシュも驚いたようだった。アリエッタもまた、青い顔でぬいぐるみを抱きしめている。
 二人が言葉を止めたのを見てシンクがアッシュを睨み上げる。半歩足を開いて腰を落とす姿は完全に戦闘態勢に入っていた。そして笑みを作って、挑発。

「それで、僕をどうするつもりだって? 聖なる炎の燃え滓さん?」
「テメェ……この屑がっ!」
「アンタにとってレプリカってのは随分と都合のいい存在みたいだねえ? 自分で預言から逃げたくせに、レプリカに居場所を奪われただの好き勝手言っちゃってさあ。所詮レプリカは被験者の道具でしかないってわけ? ハッ、笑えるよねえ。そのレプリカを生み出したのは被験者のくせに!!」
「ハッ、だったら劣化品のテメェも今すぐここで」
「いい加減にして!!!!」

 ヒートアップしてい口喧嘩を見ていられずに、二人の間に躍り出る。このままでは手が出かねない。こんな狭い部屋で師団長レベルの二人が喧嘩したらそれこそ取り返しのつかないことになる。
 私はシンクを背に庇いながらアッシュの前で仮面をむしり取った。マユミ!とシンクが咎めるように声を上げるが、無視して目を見開くアッシュを睨み上げる。

「それ以上レプリカだからって理由でシンクをあげつらうのはやめて!」
「な……っ、まさか、お前も」
「何がそんなに気に入らないの。どうしてそんな蔑めるの!? どんな産まれであろうと私達は必死に生きてるだけなのに! アッシュに迷惑をかけてるわけでもないでしょう!?」

 私まで導師イオンのレプリカだと思ってもいなかったらしいアッシュは口をはくはくさせて何も言わない。
 シンクが再度私を庇おうとするのを無理矢理押し込んで、アッシュに向かって怒鳴り返す。

「私たちの命は私たちのものだよ! レプリカは道具なんかじゃない!!」
「……チィッ!! 装飾文字の読み手は異世界人じゃなかったのか?」
「……確かに私の魂は異世界のものだよ。気づいたら、レプリカイオンになってたってだけ」
「理屈は解らんが、中身は別人ってことか」
「そうだよ。まったく知らない世界でハンデを背負って生きていくのがどれくらい辛いか解る? 私もシンクも一生懸命生きているの。それを否定する権利は誰にだってないはずだよ」
「ハッ、俺にはある。俺の居場所はレプリカに奪われたんだからな!」

 アッシュはまたもや嘲るような口調で言うが、その嘲りの対象はシンクや私に向けられたものでないのは明白だった。
 どういうことかと眉を顰めれば、その答えはシンクがくれた。

「そこのアッシュにもレプリカが居るのさ。アッシュの代替品、預言に詠まれた聖なる焔の光ルークとして、今はキムラスカに居る」
「え? なんで……」
「言っただろ、預言から逃げてきたんだよ。キムラスカのルークには死の預言が詠まれてる。ND2018に鉱山の街で力を災いとして町と共に消滅する、ってね。それが嫌でこの被験者様はヴァンの手引きで逃げてきたくせに、代わりに送り込まれたレプリカに居場所を奪われたって喚いてるのさ!」
「シンク、テメェ……!」
「シンク、そこをあげつらっちゃ駄目だよ。死にたくないって思うのは誰だって一緒だよ」

 アッシュが激昂しかけたが、私はシンクに向き直り、首を横にふってその物言いを咎めた。
 嘲るような笑みを浮かべていたシンクは私に咎められたことにムッとした表情を浮かべる。

「私だってそうだよ。この世界で目覚めた時、このままだと殺されると思ったからあそこから逃げ出して、死にたくなくて必死に生きてた。誰だって死ぬのは怖いよ。そうでしょう?」
「……」
「そこに被験者もレプリカも関係ないよ。だから、そこはあげつらっちゃ駄目」
「……わかったよ」

 未だ不満げな顔をしながらも、渋々私の言葉にうなずいてくれたシンクを見てから、またアッシュと向き直る。
 アッシュは眉間に皺を寄せながらも流石に私にまで怒鳴りつける気はないようだ。

「アッシュの気持ちもわかるよ。私だって、逃げてきた。まだ自我もなくてぼうっと立っていただけのレプリカの子達を置いて、一人で逃げ出した。死にたくなかったから。でも、シンク以外みんな死んじゃったんだって。私が置いて逃げたから。あの時一人でも手を取って一緒に逃げれば、私が助けてあげられたかもしれないのに」
「それは、」
「レプリカだからって、失敗作だからって、それだけの理由で殺されちゃった。勝手だよね。私も、あの人たちも。ねえアッシュ、私は私としての自我があるからこうして冷静に話せるけど、レプリカの身体を持っている以上私の意見はどうしてもレプリカ寄りになる。アッシュ。アッシュのレプリカも、アッシュの代わりに死ぬんでしょう?」

 私の質問に、何故かアッシュはヒュッと息を呑む。まるで想定外のことを言われたといわんばかりに。
 変なの、と思いながらそれでも私は言葉を続ける。

「確かに居場所は奪われたかもしれない。けどその代わりに死の預言をレプリカルークが受け持つなら……やっぱりレプリカを蔑むのはやめてほしい。代わりに亡くなる命に、敬意を持ってほしい。私達は被験者の代わりでも、都合のいい道具でもないんだよ」
「俺は、俺はただ……っ! クソッ!!」

 言葉にならない感情を抑えきれなかったのだろう。アッシュが壁を殴る。
 シンクが私の背後でため息をつくと、床に転がっていた仮面を二つ拾い上げた。その一つを受け取り、私はまた仮面をつけなおす。
 同じく仮面をつけなおしたシンクが、まるで独り言のようにぽつりと言った。

「……レプリカルークは、自分の名前すらないんだ。お前はルークだと言われ、ルークであれと育てられ、そしてルークとして殺される。僕やマユミみたいに自分の道を自分で切り開く権利すら与えられない。アンタのレプリカってだけでね」
「シンク……」

 それはきっと、少し前のシンクなら出てこなかった言葉だ。
 導師イオンとして生きることを強要された七番目のレプリカイオンと言葉を交わすことがなければ、シンクは絶対にこんなこと言わなかった。
 シンクの言葉に思わず感動してしまう。

「確かにレプリカルークはアンタの居場所を奪ったのかもしれない。けどアンタだってレプリカルークが自分の居場所を作る権利を奪ってる。被害者面も大概にしなよ、燃えカス」
「シンク……」

 なのになんで最後に余計な嫌味をつけるかな。
 シンクの名前を呼ぶのは同じなのに、二度目の呼びかけは思わずがっくりと肩を落としながらになってしまった。

「アリエッタも、もう僕たちに近寄るんじゃないよ。僕たちはアンタの導師イオンじゃないんだ」

 シンクは私の腕を掴み、二人を置いてさっさと部屋を出ていく。
 振り返った先、扉が閉まるその時まで、残された二人はただただ俯いて何も言うことはなかった。



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