渦中之人04
「マユミ、またセフィロト行くことになったから、そのつもりで予定調整しといて」
「解った。今度はどこ?」
「アクゼリュス。キムラスカとマルクトの軍人にパッセージリングの実物を見せるんだってさ」
「私必要?」
「マルクトとキムラスカから同行させろって要請があったんだよ。教団としては解読作業を進めたいからって断ろうとしたけど、また情報を秘匿する気かって睨まれて無理だったらしい」
「うへあ。私どんどん政治のパワーゲームに巻き込まれてない?」
「何を今更」
二か国は最早教団に向ける疑惑の視線を隠しもしなくなった。
開示された資料が本当ならば確かに外殻大地降下作戦が必要であるとは認めたものの、情報の信憑性は未だ低い。自分達にも精査させろ。そういうことらしい。
例え事実が書かれた資料でも、開示した者が信用できなければその情報すら疑われる。怖いなあと他人事のように思った。
私は怖いなあで済むが、教団の人達からすれば戦々恐々だ。一応預言をもたらす教団として敬意を払われてはいるが、その扱いはどんどん悪くなっていると聞く。
なのでダアト式封咒の解咒からパッセージリングに刻まれている装飾文字の解読まで、証人として各国から派遣された軍人の目の前で行うことで何とか信頼を取り戻そうという腹積もりだという。
シンクから説明されたそういった内容をぽへっとした顔で聞いていたのだが、もっと真面目に聞けと怒られてしまった。
無茶言わないで欲しい。この世界に来るまで政治なんて遠い世界のことだったのだ。
でも既に私は巻き込まれ始めている。シンクから言わせれば巻き込まれ始めているというのは随分と生温い表現で、私が気付いていないだけで既に首元までずっぷり嵌っているそうだけど。
私しか資料が読めないということは、情報を握りたければ私を抑えなければならないということ。だから教団も必死に私を渡すまいとしているし、キムラスカとマルクトも虎視眈々と私を狙っているのだと。
「……平和に暮らしたい」
「諦めな」
思わずぼやいた私に対し、シンクが手をひらひらとふりなが投げやりに答えた。今日も空に浮かぶ譜石帯は綺麗である。
とはいえどれだけ現実逃避をしようと時間は進む。あらかたの取り決めが終わったらしい王様達はそれぞれの国に帰り、緊急対策チームがダアトに置かれ、各国から技術者たちが次々にやってくる。
礼拝堂は対策チームの会議室としてすっかり様変わりしてしまい、翻訳作業の合間に時折呼び出されては地下の資料を読み上げる日々が続いた。
私は一人で行動することを禁じられ、常に護衛の人がついている。庶民としては息苦しいことこの上ない。
相変わらずシンクと暮らしてはいるが、世話人も付けるから時折もっと警備の厳重な部屋に移らないかと何度か声もかけられた。丁重にお断りしたが。
そうして日々流されていくうちにアクゼリュスに向かう日がやってきて、シンクやグランツ謡将を護衛にイオンと共にダアトを発つことになった。
ダアトからケセドニア、そこからカイツール軍港を経由させてもらい、国境のカイツールで二か国と合流する手はずになっているという。
私は行きの船の中で、シンクに子供に言い聞かせるように今回の旅の注意点について散々言い含められた。
私の発言は全て記録され、それらは読み手の言葉としてキムラスカ、マルクト、ダアトで記録が残されること。
だから迂闊な発言は重々に慎み、発言を促されても導師イオンに任せるようにすること。
もし発言を求められたとしてもローレライ教団は中立であることを念頭に発言すること。
あとローレライ教団、実は世界の最期についての記述は二か国に開示してなかったんだって。
まだ隠してることがあるならそりゃあ疑われても仕方ないのでは? と思うのだが、お利口な私は素直にお口にチャックをする。
つまりそれも言っちゃ駄目ってことだね。解りました。と頷くだけでとどめておく。
けれど散々私が迂闊な発言をしてきたのを知っているシンクはどうも信用がならないのか、くれぐれも、くれぐれも! 勝手に口を開かないように! と重ね重ね念を押されてしまった。
シンクは私を何だと思ってるんだ。流石にここまでくれば昔のように発言するだけなら誰だって自由なんて思ったりしないぞ、私でも。
更には音素による身体強化が出来るなら自衛手段も持っておけと筋力トレーニングまで課せられてしまい、今度の船旅は大変充実したものになった。
それどころか何で音素が使えることを黙ってたのかと怒られる始末。別に黙ってた訳ではない。聞かれなかったから言わなかっただけである。
そもそも音素を使った身体強化だって、貧民街に居た頃にほそっこい身体でなんとか仕事をこなすため、刷り込みされていた知識を使って身に着けた技術だ。
「だいたいシンクだって私が神託の盾に捕まったらダアト式譜術が使えるんだから即戦力として使い捨てられる可能性があるって言ってたじゃない」
「馬鹿? いくら素養があったってド素人を前線に送り込むわけないだろ。あんなのただの脅しだよ」
ひどい。
そんな訳で船の上で散々筋トレさせられた私は、ケセドニアに辿り着く頃には筋肉痛に軋む身体に涙目になっていた。
ただ普段はトロくても問題ないけど、いざという時はダアト式譜術で目撃者ごと吹っ飛ばせっていうのはどうかと思う。
確かに使えるけどね、ダアト式譜術。
そうしてひいこら言いながらたどり着いたカイツール。
既にマルクトとキムラスカの軍人さん達が国境を挟んで待機しており、導師とグランツ謡将が代表で挨拶を交わす。私も呼び出され、装飾文字の読み手として紹介される。
マルクトからは技術者兼軍人としてジェイド・カーティス大佐。キムラスカからは国王からの信頼が厚いファブレ公爵が来ているそうだ。どちらもあの会議の時に取り巻きとして参加していた人だということを思い出す。
これまた偉い人たちに囲まれてカチンコチンに固まったところでシンクが護衛兼付き人として紹介され、主なやり取りはシンクがしてくれることになった。これ幸いと口を噤む。
それぞれ馬車に乗り込み、向かったアクゼリュス。
デオ峠を越え、たどり着いた鉱山の町にはうっすらと障気が漂い薄紫色の空気が充満していた。
「……これは」
「障気が出始めていると報告は受けていましたが、これほどとは……」
地面を穿つように作り上げられた町というが良かったのか悪かったのか。障気は町の中にとどまっていたが、あの中に入ると思うとちょっとだけしり込みしてしまう。
研究者でもあるカーティス大佐に余り吸いすぎないよう注意されながら、封咒があるという十四番坑道に向かう。流石に坑道の中まで馬車で乗り付けることは出来ず、全員が徒歩だった。
「ここがセフィロトの入り口になります」
そうしてたどり着いた先。グランツ謡将がステンドグラスのような硬質さを思わせる封咒を見てファブレ公爵とカーティス大佐がじっくりと検分する。
カーティス大佐が許可を取って譜術で攻撃したが、封咒はビクともしなかった。その頑強さに全員が驚きながら、グランツ謡将に促されイオンが扉を解咒する。
もう何度も見てきたが扉はまるで最初から存在しなかったように姿を消し、ふらりと傾いたイオンの身体をグランツ謡将が支えた。
「大丈夫ですか、導師イオン」
「すみません、ヴァン」
「ここで待たれますか?」
「いえ……行きます。ここに残された文字を、確かめなければ」
「解りました。どうか無理をなさらぬよう」
「解っています」
顔色の悪いイオンが心配だったが、順番にセフィロトの内部へと足を踏み入れる。
そうして入ったアクゼリュスのセフィロトは、他と比べて随分と様相が違っていた。なんというか、短いのだ。
セフィロトを守る仕掛けも、番人として残されている魔物も居ない。そのことに内心首を傾げながら、見上げる程に大きいパッセージリングの前に全員が立った。
「これが、パッセージリング……」
「流石は創世歴時代の音機関、随分と大きい……いえ、大地を支えるセフィロトツリーを制御する音機関としては実にコンパクトだ、と言うべきなのでしょうね」
ファブレ公爵とカーティス大佐たちは、初めて見るパッセージリングに圧倒されていた。
そこにグランツ謡将が近づき、また本のような装置が起動する。途端に空中に現れた図形と文字列にどよめきが起こった。
「警告、耐用限界に達しています……なるほど」
「導師イオン、各地にあるパッセージリングは同時期に作られたとのことだったが……他のパッセージリングにも同じ警告が出ているということで間違いありませんかな?」
「はい。少なくともザレッホ火山とザオ遺跡のパッセージリングにも、同様の警告文が表示されていました」
「なるほど。そしてあちらが」
導師イオンに確認を取ったファブレ公爵が、壁に刻み込まれた日本語へと視線を移す。
それに釣られるように全員の視線が壁へと移り、私は緊張で喉がからからに乾くのを感じながら、シンクに背中を押されそっと足を踏み出した。
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