渦中之人06
セフィロト内でのやり取りを終えた後、長々とここで話すこともないだろうと来た道を引き返し、私達はデオ峠にて野営することになった。
障気が充満しているアクゼリュスで一泊する気にはなれなかったのだ。そもそもイオンは身体が弱い。例え野営だとしても、アクゼリュスよりはマシだろう。
途中青空会談を挟みつつ、国境であるカイツールへと向かう。そしていざ解散という時になって、イオンが代表である二人にこう話しかけた。
「一通り、セフィロトとパッセージリングのご案内は出来たと思います。これからお二人は両陛下にご報告をすることになると思うのですが……混乱を避けるため、また彼女自身の平穏のためにも、マユミの素顔については秘匿してもらえませんか? 勿論、両陛下にご報告する分には問題ありません」
「構いませんよ。疑いの目こそ向けましたが、異世界人という特異性はあれど本当にごく普通のお嬢さんのようですから」
「そうだな、余計な混乱は私たちも望むところではない。もちろん、彼女が音素意識集合体と接触をした場合、ご報告いただけるのでしょうな」
「はい。降下作戦にも関わってくることですから」
「マルクトもダアトの誠意に期待していますよ」
「割譲したパダミヤ大陸を宗教自治区として収めることを許可したキムラスカが、かつての判断が誤りだったと言わぬようしていただきたいものですな」
イオンがこれ以上情報を隠匿するんじゃねえぞという二か国からの脅しを受けた後、ようやく私は偉い人たちに囲まれる状態から解放された。
とはいえ今度はマルクトを経由してケセドニアへ向かうらしく、行きと違って半分は陸路になる。これは中立を示すためにも必要なことらしい。
ガラガラと揺れる馬車に揺られながら、偉い人たちから解放された私は一種の虚脱状態に陥っていた。
「……ちょっと、大丈夫?」
窓の外を眺めながらぽへっとしたまま動かない私に、同乗しているシンクが声をかけてくる。
ちなみにイオンは別の馬車だ。あちらの馬車はグランツ謡将が同乗していると聞いている。
常時緊張状態から解放された私はのろのろとシンクを見ると、ようやく解放されたのだという実感からぶわりと涙が溢れ出した。
「シ、シン……ッ、シンクぅ……ッ」
「なっ、ちょっ、泣くんじゃないよっ」
慌てたシンクが私の仮面を外し、軍服の袖でごしごしと私の涙をぬぐい始めた。硬い軍服が肌に擦れて痛い。
けれどようやく安心した私はそのままシンクにしがみ付き、年甲斐もなくびゃあびゃあと泣いてしまった。
「こわ、怖かった……っ、わたし、なんもできないのにっ、みんな、みんな……っ」
「はあ……ようやく緊張状態が解けたわけ。解った解った。ほら、好きなだけ泣きな」
投げやりな口調とは裏腹に、シンクは私を抱きしめて優しく背中を叩いてくれる。私がしゃくりあげている中、シンクは何も言わずにただただそうしてくれた。
そうやってシンクにしがみ付いて散々泣いた後、落ち着いたところですんすんと鼻をすすりながら体を離す。
シンクは一つため息をついて、また軍服の袖でごしごしと私の目元を擦った。
「落ち着いた?」
「あい……ごめんなざい」
「いいよ。神託の盾でもたまに居るんだよね。初任務でガチガチに緊張して、終わった途端に脱力したかと思うと泣きだす奴。緊張状態から一気に解放された反動らしいよ」
なるほど、兵士の人達も似たようなことがあるのか。私はシンクの冷静さに納得しながらハンカチを取り出して目元をぬぐう。
鼻をかみたいがティッシュなんてこの世界にはない。精々使い古した布で鼻をかむ程度だ。その布も今はないので、汚いけれどずるずると鼻をすする。
散々泣き倒したのだ。目もパンパンに腫れているだろうが、仮面で隠れるのが唯一の救いか。
「ねえシンク、わだし、どしたらいいんだろ……」
「音素意識集合体を頼れってヤツ?」
「うん」
「心当たり、全然ないんでしょ」
「うん」
「ならなるようになるしかないよね。最悪アクゼリュスが崩落すればアルバート式封咒は解かれる。次善策はあるんだから、君が焦ってもしょうがない」
「それで……いいのかなあ?」
「いいもなにもそうするしかないだろ」
それはそうなんだけど、それでも焦ってしまうのが人情というものなのだ。
キッパリと言い切るシンクに腕を組んで悩みつつも、仮面を押し付けられたのでつけなおす。すると見計らったかのようにノックの音が響いた。
「失礼します」
「どうしたのさ」
シンクが小窓を開けて対応してくれる。声をかけてきたのは馬車の周辺を警護している特務師団の人だった。
そろそろ野営の準備に入るという言葉にシンクは諾の返事をしてからまた私に向き直った。
「アンタが落ち着いたからそろそろ野営の準備するってさ。それまでにメンタル立て直しときな」
「わ、私が泣いてたの、もしかして聞こえてた?」
「当たり前だろ、この馬車に防音性なんてあると思う?」
あるわきゃない。
私は羞恥心からその場でのたうち回りたいのを堪えながら頭を抱えた。いい年してギャン泣きしたのがバレてしまった。穴があったら入りたい。
私の内心が荒れ狂っている内に馬車が止まり、野営の準備に入る。元の世界で外国にあった移動式住居を思わせるテントが神託の盾の人達の手によって次々に建てられていく。
導師が居るのと、二か国の代表も同行する予定だったため、野営のためのテントもただのテントではないのだ。つまり教団の見栄みたいなものだろう。
私もまた豪華なテントを一つ宛がわれた。パッセージリングを巡った時よりも随分と恵まれた環境だなと思う。イオンの存在って凄い。
でも下にも置かぬ扱いにちょっと腰のあたりがもぞもぞする。この辺りは私の庶民根性のせいだろう。
ただ配給された料理は流石に天下一品とはいかない。生鮮品もないわけではないが、やはり保存食がメインだ。
とはいえこの世界の文化レベルを考えれば、旅をしているというのにかなり良いランク帯の食事でもある。
草地の上に敷かれた絨毯の上に座り、シンクが持ってきてくれたご飯に手を合わせていざいただきますという時に、イオンとグランツ謡将が訪ねてきた。一緒に食べることになり、改めて手を合わせる。
そうして食事をとりながら、話題に上がったのはイオンが私の素顔について二か国の代表に大法螺を吹いたことだった。
「マユミ殿、まずは導師の軽率な行動により貴方の秘密を強引に暴く羽目になったことを詠師として謝罪させていただきたい」
「い、いえ。導師も私と陥れようとしたわけではないことは解ってますから」
食事中なのに深々と頭を下げるグランツ謡将に慌てて頭を上げるよう促す。
その隣で食事の手を止めたイオンが俯いていて、もしかしたら馬車の中でも叱られたのかもしれない。
「お心遣い、痛み入ります。導師も仰られていたように、貴方の身柄は教団が全力を持ってお守りしますので」
「ありがとうございます。頼りにしてます」
「ただ、ジェイド・カーティス大佐だけは注意した方が良いでしょう」
「えっと、マルクトの代表として来られていた方ですよね」
「そうです。彼はレプリカ技術の生みの親。恐らく貴方の出生にも勘づいていることでしょう」
「ヴァン!」
その言葉にヒュッと息を呑む。青ざめ言葉をなくす私の横で、咎めるようにシンクがグランツ謡将の名前を呼んだ。
グランツ謡将はシンクを一瞥しただけで何も返さず、柔らかな笑みを浮かべて私を安心させるように言う。
「ご安心を。貴方の身体のことを知っているのは教団内でもごく一部、今回の旅路ではここに居る人間だけです」
「なんで……」
「私もまた、導師イオンのレプリカ作成に関わった一人だからです」
「チッ」
仮面の奥で目を見開く私の横でシンクが舌打ちを零した。
グランツ謡将に何故導師イオンのレプリカが作成されることになったか知っているかと聞かれ、そういえば聞いたことがないとゆるゆると首を振る。
そんな私に一つ頷いてから、グランツ謡将は今は亡き被験者のことを話してくれた。
導師の生死は、惑星預言に詠まれている秘預言の一つだという。
被験者である導師イオンは自分が死んだあと、長く導師の地位が空位になることを憂いていた。
そのためディストが持ち込んだレプリカ技術を用いて己のレプリカを生み出し、教団の安定を計ったのだと。
作成されたレプリカは七体。残っているのは五番目である私と、六番目であるシンク。そして成功作とされたイオンの三体だけ……。
そしてイオンは成功作として、導師イオンの跡を継ぎ導師の地位に就いた。
「レプリカとはいえ、導師は導師。先代が指名した正統なる導師です。そして貴方も、レプリカの身であれ今や教団が有する唯一の装飾文字の読み手であり、ダアトの残した言葉を借りるのであれば古き良き言の葉を知る者。そしていずれ音素意識集合体と接触すると思われる重要な人物」
その言葉にびくりと肩が跳ねる。とっくに食欲などなくなっていて、膝の上から滑り落ちかけた食器を慌てて戻す。
「導師の機転で、貴方が導師とそっくりである理由が提示されました。秘匿事項であることを了承した以上マルクトとキムラスカも深く追求してくることはないでしょうが、決して自分がレプリカであるとバレるようなことなどないようにしてください」
「は、はい。わかり、ました……気を付けます」
アッシュとアリエッタにはとっくにバレてます、なんて言えない雰囲気である。
ぎこちなく頷く私にグランツ謡将は重々しく頷いた。続けてシンクの方を見る。
「シンク、お前は彼女の素性を知る数少ない人物だ。決してその身を損なうことがないよう、しっかり警護するように」
「……解ってる」
「ならいい。私は警備責任者と少し話をしてくる。お前は警護を続けろ。私は席を外しますが、警備の関係もあるので導師もマユミ殿も食事を終えた後は無意味にテントを出ないようお願いします。導師は後でお迎えに上がりますので」
「解りました。何かあったら報告してください」
「かしこまりました」
いつの間にか食事を終えていたらしいグランツ謡将はそのままテントを出ていく。
その背中を見送ってから、私の隣でシンクがまた舌打ちを一つ漏らしていた。
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