渦中之人07
グランツ謡将を見送った後、のろのろと食事を再開する。とっくに食欲などないが、ダアトに帰るにはまだ時間がかかる。体力を落とすわけにはいかない。
ご飯を胃の中に押し込むようにスプーンを動かしていると、同じくゆっくりと食事をしていたイオンが声を上げた。
「あの、マユミ」
「うん? どうしたの?」
「その……すみませんでした。貴方の素顔を、無遠慮に暴いてしまって」
「それは、仕方ないよ。あの時はそういう空気だったし、もし仮面を取らなかったらもっと疑われただろうし……だから顔を上げてよイオン。イオンのお陰で何とかなったんだから」
「はい……」
私の言葉にイオンは頭を上げたものの、その表情は暗い。
けれどふるふると首を振ったかと思うと、私を見てはっきりと宣言した。
「マユミ、貴方のことは僕が守ります。いえ、守らせてください。友達としても、兄弟としても」
「ありがとう。すごく心強いよ」
「ま、あの場での発言は二か国でも記録されてるんだ。精々頑張るんだね」
「はい! シンクほど頼りにはならないかもしれませんが、精いっぱい頑張りますので」
「アンタ自分の地位解ってる??」
ぐっと拳を握るイオンに、食事を終えたシンクが突っ込む。
シンクは肺の中の酸素を全て吐き出す勢いでため息をついた後、それ以上は何も突っ込むことなくやる気に満ち溢れているイオンにさっさと食べるように言った。
慌ててスプーンを動かすイオンに私もまたスプーンを口に運ぶ。まずくはないが、美味しくもない。美味しい保存食の開発って、誰かしてないんだろうか。
もそもそと咀嚼しながらそんなことを考えていると、ふとシンクの口が一文字に引き結ばれているのが見えた。顔を覗き込んでみるが、仮面に遮られてその表情は見えない。
「シンク? どうしたの?」
「……別に」
「そう?」
「……アンタは、ヴァンをどう思う?」
別に、と言ったくせに質問を飛ばしてくるシンクにきょとんとしてしまう。
けれど軽く首を傾げながらグランツ謡将について考える。
「う〜ん。私を使って、何か企んでるのかなぁっていうのは思ったけど……」
「へえ。アンタのことだから単純に良い人とか言うと思ってた」
「良い人はレプリカを殺すのにあんな手段取らないでしょ」
「そう、だね……そこまで考える頭、あったんだ」
「流石に私もそこまで馬鹿じゃないよ?? シンクはどれだけ私が馬鹿だと思ってるの????」
あんまりにもあんまりな言い方に思わず突っ込むが、シンクはどこか上の空だ。何か考え込んでいるらしい。
結局シンクはそれ以上何も言うことなく、私わため息をついてからイオンと雑談をしながら食事を終えた。
そのお喋りもグランツ謡将がイオンを迎えに来たことでお開きになり、お湯で身体を拭いたらそのまま就寝だ。
テントの中に誂えられた寝床は二つ。けれどシンクは警護もあるから仮眠しかとるつもりはないという。少し気が引けたが私だけ寝床に潜り込み、瞼を閉じてゆっくりと夢の中に意識を落としていった。
そうして就寝した私だったが、不意に目が覚めた。テント越しに感じるレムの光はなく、まだ夜中だと解る。
眠たい目を擦りながら水でも飲もうと身体を起こせば、シンクの姿が見当たらないことに気付いた。
「シンク……?」
当然、返事はない。
テントの外に出て探してみようか。勝手に出たら怒られるだろうか。今の私の価値は天井知らずらしいから。
迷っている間に微かにと話し声が聞こえて、私はテントの中で声が聞こえる方向へと移動した。
テントの裾をそっと捲り上げ、視線だけで声の主を探す。少し離れたところで凸凹な影を見つけて、私は音素による身体強化を自分にかける。
ちょっと難しいのだが、目にも身体強化をかければ暗闇の中で密談をするシンクとグランツ謡将の姿が見えた。
……迷った末に、私は少しだけ譜術を使うことにした。
第三音素を使って音を風に乗せる。つまり盗み聞きである。軍の伝令や情報収集なんかに使われる譜術の一つだ。シンクの部屋の本棚にあった知識だった。
グランツ謡将がただの良い人でないことは察していたし、食事の時のシンクの態度も気になってのことだった。
「それで、どういうつもりさ。計画にマユミを組み込むつもり?」
「まさか。既に計画は破綻している。組み込もうにも想定外のことが多すぎて不可能といっていい」
「じゃあなんでわざわざ」
「随分と絆されたようだな、シンク。同胞として情でも湧いたか?」
「話を逸らさないでくれる?」
「そらしてなどいない。シンク、気付いているか。アレは劇薬だ。この世界にとっての」
「……どういうこと?」
「既に賽は投げられた。これから世界は激動の時代に入る。いずれ来るぞ、預言が疎まれ、忌避される世界が。人類が預言から解放される未来が来る」
「ヴァン、あんた……」
「お前はアレの側に居ろ。誘導するのにちょうどいい。私は外から導師とキムラスカを誘導する」
「何をするつもり?」
「私が何もせずとも、あのコトノハが世界を動かす。それを少しばかり我々の都合のいいように誘導するだけだ。だからそう威嚇するな。何も害そうというわけではない」
「よく言うよ。……アンタが何か企んでることくらい、マユミも察してる」
「だろうな。そこで素直に私を信頼するような馬鹿ではそれはそれで問題だ」
「あっそ。それで? 僕に何しろって?」
「音素意識集合体との接触について何か解ったことは?」
「なぁんにも。アンタも聞いてただろ。欠片も知らないってさ」
「そうか。何か解れば報告しろ。どんな些細なことでも構わん」
「解った」
「まずは彼女の地位を固めねばな。マルクトやキムラスカに持っていかれては困る」
「そのあたりは任せるよ。僕は下手に動き回らないよう、行動を制限しておく」
「お前が言わずとも教団はもうアレを手放さないだろうが……まあいい。ああ、アレはダアト式譜術はどれほど使える?」
「さあね。随分と平和な世界で暮らしてきたらしいから。荒事とは無縁だったみたいだし、知識はあれど使えるかは別じゃない?」
「シンク。ダアト式譜術は殆どが口伝だ。その理由は残された資料が余りにも複雑で、読み解ける者が居なかったからでもある。だがアレは違う」
「つまり……マユミは導師よりも」
「そうだ。そもそもアレのシンクロ率は今の導師を超えていた。性別が反転していなければ今頃導師イオンはあれが務めていたはずだ」
「へえ……」
「いざとなれば導師と対なす存在として祀り上げてもいいかもしれん」
「ハッ、聖女ユリアの再来とでも言うつもり?」
「良い謳い文句だ。いずれそうなる。いずれ、な」
「ヴァン……計画を変更するなら僕にだって知る権利がある筈だ。話せ」
「お前にもいずれ解る。それとも近すぎて見えていないのか? そうだな……お前はアレに迂闊なことを言うなと言い含めているようだが、やめておけ」
「アンタ……何企んでるワケ?」
「何も企んでなどいないさ。言った筈だ。あのコトノハが世界を動かすと」
「それの意味が解らないって言ってるんだけど?」
「何度も言わせるな。いずれ解る。それだけの劇薬なのだ、アレは」
「ハァ。アンタが話す気がないってことだけは解ったよ。話はそれだけ? なら仮眠のためにも戻りたいんだけど」
「ああ。読み手を守れ、シンク」
「ハイハイ。総長閣下の仰せの通りに」
シンクがひらりと手をふってヴァンと別れる。
私はドクドクとうるさい心臓を抑えながらそっと立ち上がった。早く寝床に戻らないとシンクが戻ってきてしまう。
カラカラに乾いた喉で何とか唾液を飲み込んで毛布をかぶる。眠ったふりをしなきゃと思うのに、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
けれど予想に反してシンクは戻ってこない。すっかり覚めてしまった頭で聞いてしまった話のことをぐるぐると考える。
しかし断片的な情報ではその全貌など欠片も見えず、解るのはグランツ謡将が私に何か期待していることくらい。私には何の力もないのに。
それと謡将がシンクと手を組んでいることぐらいだろうか。その計画とやらも今は破綻してしまったらしいけれど。
……シンクは、自分で謡将に協力しているのだろうか?
しているのだろう。シンクは預言が嫌いだ。はっきりと聞いたことはないが、態度で解る。肌で感じる。預言を尊ぶ人たちと、シンクは違う。
だからきっと預言から解放される未来というのを、シンクも求めているのかもしれない。
ああ、そういえば導師の死は秘預言に詠まれていて、それでレプリカが作られたんだっけ。
だからシンクは預言が嫌いなんだろうか。自分を生み出して、劣化品と判断して、ザレッホ火山に廃棄した。その大元を辿れば結局は預言が原因だ。ううん。この世界ではどんなことにも預言が絡む。
出会ったばかりの頃のシンクは随分と荒んでいた。自分というものを嫌悪していた。産み出されたエゴを唾棄していた。
今は少しマシになったけど、同じレプリカであるイオンにすら憎悪を向けて世界中を憎んでた。
……きっとシンクは、世界が、預言が嫌いなんだろう。しょうがない。世界がシンクに優しくないんだから。
誰かシンクを助けてあげて欲しいと、そう思った。所詮私に出来ることなどないのだ。困ったときの神頼みだが、少なくともこの世界に私の知る神様は居ないと思う。
この世界の人達はユリアとローレライを信奉している。けれどシンクは預言が嫌いなのにそこに頼るのは何か違う気がして、ふと他の音素意識集合体のことが脳裏を過った。
私の知る限りこの世界に自然信仰は無いけれど、音素意識集合体は自然を司る神様ともいえるのではないだろうか。実際、世界を救うためにこうやって私を異世界から連れてきているわけだし。
むくりと起き上がる。
音素意識集合体との接触方法なんて未だに解らない。けど空の上に座す音素を司るものは、きっと祈るに値する存在だと思う。
だから手を合わせて目を閉じる。柏手を打ち、口の中だけで願い事を転がす。
「シャドウ。ノーム。シルフ。ウンディーネ。イフリート。レム。もし私の声が届くのなら、どうかこの世界が少しでもシンクに優しいものになりますように……」
ざり、とシンクの靴音が近づいてくるのが聞こえた。帰って来たらしい。
私はあわてて身体を横たえようとして、全身に感じる大量の音素に思わず天井を見上げる。
天幕の向こう、大量の音素が空から降り注ぎ、テントを包み込んだ。
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