契約成立/後



 契約成立-後-


 石畳の敷かれた廊下を進み、神託の盾兵が両脇に立っている高価そうな扉へと手をかける。シンクが部屋に入るときも微動だにしない神託の盾兵に感心しながら入った室内は、どうやら身分の高い人物が使用していたらしい。
 私が先程通された部屋とは違い豪奢な家具が配置され、部屋の隅には天蓋付きのベッドまで置かれている。私がその部屋に感嘆の声を漏らしていると、シンク手首を捻って私をベッドへと放り投げた。

 スプリングが軋む音がしたが、柔らかな布団の感触のおかげで痛みはない。投げられた瞬間フードがずれて素顔が露わになり、私は再度隠そうとして止めた。シンクもベッドの上に上がってきたのだ。
 嫌な予感が胸を占めた。もしやこのまま陵辱されるのではないか。導師と同じ顔をしているのだ、導師に鬱憤が溜まってるとか、そんな理由で暴行される理由もある。

「こ、来ないで……っ!」
「酷いね、助けてあげた人間に対してその言い草は無いんじゃないの?」

 喉の奥で笑いながらそんな事を言われる。それは確かにそうだが、それとこれとは別だ。
 後ずさる私に歪な笑みを浮かべながら、シンクは仮面に手をかけた。ゆっくりと外され、愉悦に歪む新緑の瞳が露わになり、私は驚愕に目を見開く。

「……あ、なた……」
「久しぶりだね、五番目。僕達を置いて逃げ出した同士……まさか生きてるとは思わなかったよ」

 あざ笑うかのような口調に、私は言葉を失う。あの施設を逃げ出す際、見捨ててしまった同じ顔の少年達が脳裏をよぎる。
 彼はあの時の一人なのだと嫌でも解ってしまって、震えて動けなくなる私にシンクは笑みを浮かべながら距離を詰めてくる。

「アンタがあの時逃げ出した理由、あの後すぐに解ったよ。僕達はザレッホ火山の火口に生きたまま投げ捨てられた。アンタはヴァン達の会話でそれを理解して、逃げ出したんだろう?」

 シンクの問いかけに、私は頷くしかない。
 四つんばいになって近付いてくるシンクと、仰向けになって動けない私。シンクは私の上に覆いかぶさると、愉悦に染まった瞳で私を見下ろしてきた。

「でも理解できないんだよね。刷り込みを施されたレプリカは自我が薄く、製作されたばかりだと周囲のことも正しく理解できない筈だ。それなのにアンタは明確に自我を持ち、逃げ出すことを選択した。同じレプリカなのにどうしてこんなに違うのか……」

 首に手をかけられる。このまま首を絞めて殺されるのかと思ったが、その手に力を込められることは無かった。
 だから会話を続けて良いのだと判断して、私は聞きなれない言葉をそのまま呟く。

「……レプリカ?って、どういうこと……?」

「アンタ……レプリカを知らないわけ? レプリカって言うのはね、オリジナルの情報を元に作られる紛い物、第七音素だけで作られる模造品のことさ。どこかしらに劣化が見られるのが特徴で、僕もアンタも導師イオンのレプリカってわけ。僕は導師として預言を詠む力が、アンタは……まず性別からして違う。それが劣化さ」
「劣化? 紛い物……? 模造、品……?」
「はははっ! 滑稽だね! アンタ、自分がレプリカだって知らなかったわけ!?」

 哄笑と共にシンクは私の首にかける手の力を強めた。
 息がし辛くなって抵抗の意を込めてシンクの腕を掴むものの、その手はぴくりとも動かない。

「そうだよ、僕もアンタも、成功作にすらなれなかったただの肉塊に過ぎない……。人形にすらなれなかった失敗作ってわけさ……」

 呟くような言葉と共にシンクの手が離れ、私は酸素を求めて咽こんだ。
 涙目になっている私を見下ろすシンクの瞳は冷たく、同士だからといって情を持っているわけでもないと知る。
 そこには諦めと憎悪も込められていて、私は咄嗟に叫んでいた。

「好きで……好きでレプリカに産まれた訳じゃない! 私の命の価値を勝手に決めないで! 私は誰のものでもない!」

 胸元を押さえながら叫んだ私にシンクは片眉を上げた後、口の端を上げるだけの笑みを浮かべる。その笑みに悪寒を覚え、逃げ出そうとしたもののすぐに私は押さえつけられた。
 考えてみれば当たり前だ。酒場で働いていた女の私と、軍人として訓練をしてきた男のシンク。力量差は明らかだった。

「誰のものでもない、ね……。ねぇ、アンタ……これからどうするわけ?」
「ど、どう?」
「保護するとは言ったけど、まだ正式に保護を受け入れた訳じゃない。だからここでアンタを解放すれば、アンタはまた当てもなくダアトの街をさ迷うことになる」

 シンクの言いたいことの意味を理解して、私は眉根を寄せて歯噛みした。
 そうだ、私には帰れるところがない。保護されたって、どんな扱いを受けるか解りはしない。

「もし正式に保護を受け入れたとしても、だ。レプリカという特異な身の上で、普通に扱われるだなんて思わないほうがいいよ? 下手をすれば早期から自我を確立したレプリカとして実験台にされる可能性だってある。劣化しているとはいえ導師の力が使える以上、軍人として戦場に出されるかもね?」

 白衣を着た男達に、実験台にされる未来。
 人権なんて存在しないだろう。レプリカである時点で、きっと彼等は私のことをモルモット程度の認識しか持っていないに違いない。

 そして私が持っている力を利用して、軍属にされる未来。
 きっと人を殺さなければならなくなるし、痛い事だってたくさんある。導師としての力は頭にあるから、下手をすればすぐに戦場に出される可能性もある。

「わ、たし……は……」
「そこで、だ。アンタに選ばせてあげるよ」
「……?」
「一つ目は、このままダアトの街に放される道。顔を隠しながら生きていくのは大変だろうけど、まあ頑張れば何とかなるんじゃない? そんな顔をしてる以上、今回みたいに犯罪に巻き込まれる確立もぐっとあがるだろうけどね」

 シンクの言葉に今までの生活が走馬灯のように脳裏をよぎった。

「二つ目は、正式にローレライ教団に保護される道。さっきも言った通り、保護された途端実験室行きか、騎士団行きになる可能性が高い。なんたってレプリカだろうと導師の力を持ってるんだ。利用したい奴は五万と居るだろうさ」

 その言葉に釣られ、私はその道を選んだ未来を脳裏に描く。到底輝かしい未来とは言えず、苦労と苦悩に塗れているのが容易に想像できた。
 私の揺れる瞳を見たシンクが目を細めて凶悪に笑う。そして最後の道を私に提示した。

「そして三つ目……アンタはさっき、自分は誰のものでもない、って言ったね? だからその身体、僕に寄越しな」
「……え?」
「僕は騎士団である程度の地位を持ってる。人間一人隠すくらい軽くできる。つまり安全と衣食住を引き換えに、僕の玩具になれってことだね」

 シンクの言っていることをすぐに理解することができず、私は言われた言葉を何度も頭の中で反芻した。どちらにしろ、人権など保障されそうも無い未来だった。
 しかし実験台にされるよりも、軍人になって人を殺すよりもずっとずっと良い気がして、私は恐る恐るシンクを見上げる。

「……い、痛いこと……しない?」
「どうだろうね? アンタが僕をイラつかせたりしなければ、しないんじゃない?」

 んな無茶な。
 喉まで出かけた言葉をぐっと飲み込む。

 自分の命は誰のものでもない。そう宣言したばかりだというのに、私の心は迷っていた。
 少なくとも衣食住は保証されるのだ。それは低賃金で泥を啜るような生活をしてきた私にとってとても魅力的だった。
 殴られるようなことは酒場でもままあった。多少であれば耐えられるだろう。プライドより命のほうが大事だ。私は覚悟を決めた。

「……いいよ、なる。シンクの玩具になる……」
「へぇ? 良いの?あんたさっき言ったじゃないか。自分は誰のものでもないって」
「そうだよ。けどこのまま放逐されても生活の保証はないし、実験台にされるのも軍属にされるのも嫌だ。だったら衣食住を確保するためなら、私はどんな道でも選ぶ。私が誰のものになるかは、私が決める。命が無きゃ、何もできないのよ」

 私の言葉にシンクは楽しそうに笑い、私の頬を撫でた。
 喉の奥から漏れる笑いは幼い顔に不釣合いで、彼の異常さがそれだけで解る。

「……いいよ、契約成立だ。今からアンタは、僕のペットだ」

 その言葉に、私は無言で頷いた。



契約成立



 JUNK《コトノハ》設定で、シンクと契約するお話。長くなったので前後編に分けました。
 この後夢主はシンクに飼われる事になります。あと書いてから気付いたのですが、名前変換が無い……!

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