指切拳万03


「……はァ? 馬鹿じゃないの?」
「そんなに馬鹿な考えかなぁ?」
「はァ。あのさァ、アンタ今僕と居ることでどういう目で見られているか解った上で言ってるんだよね?」
「そうだよ。でもさ、元々家族みたいなものでしょう? 血だってある意味繋がってるんだし」
「それは、まあ……繋がってるっていうか、おんなじだけど」
「でしょ? 元々家族というか、兄弟みたいなものなんだから。いっそのこと本当に家族になっちゃおう。どう?」
「どう? って……馬鹿?」
「なんで」

 家族なら一緒に居てもおかしくない。いい考えだと思ったのに。なんでそこまでバカバカ言われなきゃいけないんだ。
 そう思っていたらシンクに抱き上げられたかと思うと、そのままベッドに押し倒された。見上げる形になって、仮面の奥にあるシンクの瞳がちょっとだけ覗く。
 ほんのりと頬を赤らめたシンクが私の手首を握ってシーツに押し付けてくる。

「僕とこういう関係になりたいわけ? 随分と熱烈なお誘いじゃないか」
「あ、いや、そうじゃなくて、ただ兄弟みたいな」
「君の言いたいことは解るけどね、そうとしか取れない言葉を言ってるっていい加減理解してくれる? それとも……本当に僕とこういうことがシたいの?」
「あの、あのね。シンク、聞いて。こういうことをシたいんじゃなくてね、ただ家族になれば今まで通り側に居られるって思って。だから、そのためなら……その、みんなにそう思われても良いって、思って……」

 頬が熱くなる。きっと今の私の顔は真っ赤だろう。でも本当にそう思ったのだ。
 逆にシンクは仮面の下で眉間にぎゅぎゅっと皺を寄せているのが見える。そして肺の中の酸素を全部吐き出す勢いでため息をつくと、私にのしかかるようにしてまた抱きしめられた。

「君は……僕と違って女なんだから、さ。もうちょっと外聞とか気にしなよ……」
「でも、私……シンクとなら、いいよ?」
「おんなじ顔した男と結婚しても平気だって? 馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、随分と奇特な趣味じゃないか」
「それは、」
「でも……僕は君の言葉が嬉しいと思ってる。僕も、随分と趣味が悪いみたいだ」

 そう言ってシンクは私の首筋に顔を埋めた。仮面の冷たさと一緒に肌の熱さを感じるのは、きっと気のせいじゃない。
 だから私もシンクの背中に手を回して、ぎゅうと抱きしめる。シンクに押し倒されたのも、この触れ合いも、全然嫌じゃない。

 シンクに恋をしているかなんて解らない。解らないけれど、きっともし本当にシンクとこういうことをすることになっても、私は受け入れられるんだろうなって思う。
 恋はなくても愛はあるのだ。それが恋愛だろうと親愛だろうと、互いを思いあえるのならば家族になるのになんら問題はないと思ってる。

「ほんとにいいの」
「うん」
「馬鹿だね」
「うそつきって言われるより、そっちの方が全然いい」
「……ごめん」
「ううん。シンクが居るからって、私がぼんやりし過ぎてただけだから」
「それは本当にそう。もうちょっと危機感持ちな」
「うあ。はい……」

 むくりと起き上がったシンクに大真面目に肯定されて思わずへこんだ。
 おかしい。元の世界では私の方が年上だった筈なのに、シンクの方がはるかにしっかりしている。

「だいたい僕相手とはいえそう簡単に押し倒されるんじゃないよ。もっと抵抗しな。よくそんな状態で貧民街で生きていけたよね、君」
「あそこではそれなりに抵抗してたよ? 基本的には逃げてたけど、一応元の世界でも痴漢撃退方法とか教わってたし……まあ、その。流石に路地に連れ込まれた時は蹴っ飛ばしたけど」

 話している内に貧民街でのことを思い出してしまい、ぶるりと震えてしまう。
 シンクだから抵抗しないだけで、あそこでは若い女というだけで狙われることはままあった。散々逃げた後、音素で身体強化して股間を蹴っ飛ばしたあたりで狙われることは減ったが。
 が、シンクの雰囲気が変わったのを感じてそちらへと視線が移る。すると唇を引き結んだシンクが固い雰囲気をまとって私を見降ろしていた。

「どいつ」
「え?」
「君にこういうことをしたのは、どこの、どいつだ」

 シンクが、怒っている。
 ザッと自分の血の気が引くのを感じた。降りかかる怒気が私の身体を固くする。
 シンクの手がもう一度私の手首を掴む。ぎちりと握りこまれた手首が痛みを訴えた。

「わ、わかん、な……蹴って、逃げた、から……」
「……ほんとに? 報復は?」
「な、なかった。身体強化して、こ、股間を思い切り蹴ったから。多分、立てなくなってるだろうし……」
「…………なかなかにえげつないことするね、君」

 が、私の撃退方法を聞いたことで怒気は霧散した。むしろまた呆れられているようだ。
 男の人からすると大変痛いらしいが、生憎と元の世界でもこっちの世界でも私は女なので、その気持ちが解る瞬間は一生こないだろう。

「それなのに……僕にこうされるのは、平気なんだ」
「あ……うん。その、シンクは……平気」
「トラウマとか、あるんじゃないの」
「どうなんだろう。思い出すと、ちょっと怖いよ。でもあの時は生きるのに必死だったし……シンクなら、平気だよ」
「本当に?」
「ほんとに」

 シンクの疑り深さは心配の裏返しだ。自然と頬が緩みそうになるのを堪えながら、身体を起こしてシンクの頬にちゅとキスをする。
 途端に頬に手を当てて身を引いたシンクが可愛くて、今度こそ笑みが零れてしまう。仮面付けてるのに顔真っ赤。

「ね? 大丈夫でしょ?」
「ばっ、馬鹿じゃないの!?」
「ふふ。シンクは平気なんだよって解ってくれた?」
「だからって……ああもう! 誰にでもするんじゃないよ!」
「しないよぉ」
「あとさ」
「ん?」

 シンクが少しだけ仮面を持ち上げた。まだ顔は赤いのに、何故か眉間に皺を寄せている。どういう感情なのかと思ったら、後頭部に手が添えられてシンクの顔が近づいてきて。

「え、あ」

 それは頬へのキスというよりは唇をぶつけただけという方が正しい言い方だったかもしれない。
 けれどあと数ミリずれていれば唇に触れるような位置にシンクの唇がぶつけられて、私は間抜けな声を上げることしかできなかった。
 目を真ん丸にする私の前で、シンクはさっきよりも赤い顔で気まずそうに眼をそらしつつ仮面をつけなおす。

「仮にもプロポーズした相手なんだし、ちょっとは男として意識してくんないとこっちも立つ瀬がないんだけど?」
「う、あ……えっと、その」
「マユミ」
「は、はい!」
「何を今更って思うかもしれないけど、僕だって……男なんだ。覚えときな」
「……うん」

 男の声でそんなことを言われると嫌でも意識してしまう。
 引いた筈の頬の熱がぶり返して俯いていると、ベッドから降りたシンクが立ち上がっていた。

「シンク?」
「お腹減ったろ。何か適当にかっぱらってくるから、ここで大人しくしてて」
「あ、うん……解った。あ、それじゃあ一緒に鋏をお願いしてもいい?」
「はさみ? 何でさ」
「髪切りたくて」
「やめときな。切った直後は良くても、切り落とした髪がそのうち音素に還ることはもう知ってるだろ。怪しまれるよ」
「あ、ああ……そっか。解った」

 そういえばそうだったと以前髪を整えた時のことを思い出す。箒と塵取りで集めた髪は確かにゴミ箱に放り込んだ筈なのに、いつの間にか綺麗さっぱりなくなっていたのだ。
 確かにこれだけ長い髪を切り落としたのに一本たりとも残っていないとなると確実に怪しまれるだろう。今度こそ髪を切るのを諦めて、部屋を出ていくシンクを見送る。
 持ち上げた指先は無意識のうちにシンクの唇がぶつかった頬を撫でていて、かあとまた熱がぶり返した。

 単純に、家族になれば一緒に居られると思った。もう周囲から誤解されてるなら、それを事実にしてしまえばいいと。
 例え実情が兄弟みたいなものでもそんなの周囲にバレなきゃいい。ただこれからも一緒に居る手段が欲しかっただけ。

 けれどシンクは私と夫婦になる、つもりらしい。そりゃ家族になるという意味では間違ってはいないが、あんな風に言われてしまえば嫌でも意識してしまう。
 家族になろうという私の言葉もプロポーズと認識されていた。意識の違いが改めて浮き彫りにされて、結構恥ずかしいこと言っちゃったなと今更ながら羞恥心が込み上げてくる。

「けど、嫌じゃないから困る……」

 自分の熱い頬を抑えながら零れ落ちた言葉。
 思い出すのは自分も男なのだというシンクの声。

「男の子、なんだよなあ」

 そんな目で見たことがなかったのに。これからはもう、意識せずに一緒になんて居られないだろう。
 私がベッドの上で恥ずかしさに身もだえているのと同じころ、シンクが同じように人気のない廊下で頭を抱えて蹲っていることなんて、私はちっとも知らなかった。

 恥ずかしいのは、きっとお互い様。


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