指切拳万04


 シンクが持ってきてくれた病人食をぺろりと平らげ、教団が呼んでくれたお医者さんからも健康体と太鼓判を貰って、ようやく私は自由に動き回ることを許された。
 といっても大抵はシンクが一緒に居るし、そうでないときも護衛として特務師団の人がついてくれている。ちょっと息苦しいが、これも仕方がないのだろう。

 引きずるほどに長い髪は結局切ることなく、グランツ謡将の指示のもとシンクとイオンの二人がかりで三つ編みされて何とか引きずらないレベルになった。
 グランツ謡将が女性のヘアアレンジについて指示できることが意外だったが、何でも妹さんが居るんだとか。それで二人よりも慣れているらしい。
 あとイオンは導師なのに私の髪なんて弄って良いのかと思ったが、人の目がなければ別に良いそうだ。イオンも楽しそうだったし、実際助かったので素直にお礼を言っておく。

 そうして身づくろいをした後にジェイド大佐とも改めて話す時間をとって、一応アクゼリュスへの再訪問許可を取ってからお別れをした。
 柏手を打つことで音素が反応するならアルバート式封咒もこれで解咒出来るのではないかという仮説が立ち、その検証のために再度アクゼリュスに行きたかったのでその許可を貰ったわけだ。
 ジェイド大佐にマルクトへの報告書を託し、同時にキムラスカへもこれまでのことの経緯を報告書としてまとめて送りつけ、ダアトにもこれからの予定を連絡して、私達はセントビナーをおいとました。
 ソイルの木をじっくりと眺められなかったことだけが残念だったなと思う。

 シンクとのことはダアトに帰還してから詠師達と改めて話をするつもりだったのだが、一応根回しとしてイオンとグランツ謡将にも伝えておいた方が良いだろうと二人で話し合った。
 イオンは教団の最高指導者だし、グランツ謡将は詠師の一人だ。味方になってくれれば頼もしいことこの上ない。だからアクゼリュスに向かう野営中に四人で野営食を食べながら報告したんだけど……。

「あ、あの。グランツ謡将。イオン様」
「何かな?」
「はい、なんでしょう?」
「えっと……えーっと……シンクを私のお婿さんにください!」

 緊張のあまり、順序立てるどころかドストレートに申し込んだところ、横で聞いていたシンクから思い切り頭を叩かれた。久しぶりの痛みィ!

「そうじゃないだろ! いや、間違ってないけど、そうじゃないだろ!!」
「そうなんだけど! だって、いや、そうなんだけど!」

 私の発言が想定外だったのだろう。スプーン片手に固まるイオンとグランツ謡将の前で、仮面の奥の顔を真っ赤にしたシンクに突っ込まれる。
 シンクの言葉にならない主張に、同じくうまく言葉にならない言い訳をする。叩かれた頭を抑える私の前でシンクが頭を抱えてしまう。ごめんて。
 そんな漫才みたいなやり取りをしている間に二人もようやく再起動をして、グランツ謡将がシンクの暴力を咎めた後、咳払いをして場を改めてくれた。

「マユミ殿。それはシンクと結婚したい、ということでしょうか」
「シンクと家族になりたい、が正確な表現だと思います。私、シンクとこれからも一緒に居たいんです。けど今のままじゃ難しいから、それならいっそのこと結婚して家族になっちゃえばって思って……私からプロポーズしました」
「一応言っとくと恋愛感情は互いにないよ。婚前交渉も当然してないから安心して」

 シンクの補足に今度は私が吹き出す番だった。大事なことかもしれないが、そんなオープンに話すことでもないと思う。
 イオンが慌てて咽こむ私の背中を撫でてくれるが、イオンはまだ私とシンクの言葉についていけていないようだ。その顔には困惑がありありと浮かんでいた。
 冷静なのはシンクとグランツ謡将だけである。

「ふむ。そうなるとシンクが部屋を移る形になるか」
「だろうね。詠師達からは前から同棲をやめるように言われてたし、今回の件で確実にマユミは僕から取り上げられて、教団に囲われる。そこに着いていくさ」
「私としては反対する理由はない。反対する権利もないがな。年齢的に少し早すぎる気もするが、二人とも親は居ないからな。きちんと話し合って決めたのならば問題なかろう」
「あ……ぼ、僕も賛成です! おめでとうございます、マユミ、シンク! 祝福させてください!」

 二人に反対されなかったことに胸を撫でおろしつつ、イオンにもお礼を言う。
 戸籍というものが存在しないこの世界では、教団が定期的に執り行っている結婚式に参加することで婚姻が成就したとみなされるとシンクから教わった。
 貴族はまた別のようだが、私達はイオンが直々に祝福してくれるとのことなのでありがたく好意に甘えることにした。

「式に参加して、結婚しましたって周知されればいいんですよね」
「はい。マユミの世界ではどうしてたんですか?」
「ええと、私の故国では戸籍という管理システムがありまして、出生、養子縁組、婚姻、死亡時なんかに国に届け出る必要があったんです。なので婚姻届を国に提出すれば結婚成立だった、はず」

 一緒に戸籍謄本もいるんだったっけ?
 婚姻届なんて無縁だったので、詳しく覚えていない。
 首をひねる私とは逆に、イオンは少しがっかりしている。確かにユリアとローレライに将来を誓いあうこの世界と比べれば浪漫も欠片もない。

「それは……なんというか、ちょっと味気ないですね」
「大抵の人は一緒に結婚式や披露宴もやってましたから、その時にお世話になった人たちに結婚の報告をするんですよ。あとはペアリングを買ったりとか、ですかね?」
「ペアリングですか?」
「はい。心臓に一番近いと言われている左手の薬指にお互い指輪をはめることで、伴侶が居ますよって目印にしてたんです。元は外国の習慣ですけど、かなり定着してましたね。結婚式の時に互いの指に指輪を嵌めたりとか」
「それは……ロマンチックですね!」
「はい。故郷では女の子が憧れる定番のシチュエーションでした」
「シンクはマユミに指輪を送るんですか?」
「今初めて聞いたのに無茶言わないでくれる?」

 ペアリングについてはお気に召したらしく早速シンクに話を振っているが、逆に私の世界の結婚様式など知らないシンクからすれば寝耳に水だ。実際私も聞かれなかったから話すつもりもなかった。
 ちょっと不満げなシンクに指輪が欲しいか聞かれたけど、ふるふると首を振る。私はもう、将来の夢はお嫁さんなんていう歳でもないし、純白のウエディングドレスなんてこの世界じゃ夢のまた夢であることも理解している。

「私はこれあるからいいよ」

 そう言って首にはめられっぱなしのチョーカーを撫でる。ドロップ型の緑色の石がぶら下がったチョーカーは、シンクに貰ってからずっとつけっぱなしのものだ。
 シンクの側に居るよって決めた後に、シンクが買ってくれたもの。充分すぎるだろう。

「そ」
「マユミがいつも付けていたそれは、シンクからの贈り物でしたか」
「はい。お気に入りです。だからこっちの習慣に合わせるだけで……ああ、シンクは何か欲しい?」
「は?」
「私から、シンクに。指輪だと戦う時邪魔になりそうだから……ネックレスとかの方が良い? それなら服の下に入れておけるよね?」
「別に……君の世界の習慣に無理に合わせる必要はないだろ」

 そう言ったシンクはこの話題に興味がないようだった。黙々と食事を口に運んでいる。
 まあ確かに、教団で将来を誓い合えば一緒に居られるんだったらわざわざアクセサリーを贈り合う必要はないのかもしれないけども。
 ちょっぴり残念に思いつつ、他の詠師にも根回しをしておいてくれると言ったグランツ謡将に礼を言っておく。イオンも個人的に詠師達に話を通してくれるそうだ。
 本来ならば私の婚姻に関して教団が口を挟む権利はないから、先にこうして話を通しておくだけで十分だろうというのが二人の見解だった。

 食事を終えた後に改めて二人にお礼を言って、お湯で身体を拭いてから就寝の準備に入る。
 今日は夜警は別の人がするということで、シンクと一緒にもそもそと寝床に潜り込んだ。音素灯を落とせば、テントの中はあっという間に真っ暗になる。
 瞼を閉じればすぐに眠気が訪れたが、隣の寝床でシンクが何やらもぞもぞと動く気配がして重い瞼を持ち上げた。

「シンク?」
「……あのさ」
「ん?」
「君の世界では結婚する時にペアリングを付けるって、言ってただろ」
「うん」
「他には?」
「ほか?」
「他には、なんかないの」
「他かあ……宗教によって、結婚様式って違ったからなあ……」
「は????」

 式を行うのが教会か神前か、はたまた仏前なんかもあったはず。人前式だとしたらそもそも神様に誓わない。
 眠い頭を何とか動かして説明を試みるが、シンクから言わせると神様がいっぱいいて、人によって信じる神様が違うということ自体が理解できないらしい。
 目を白黒させてるシンクにくふくふと笑いつつ、だから特に気にしなくていいんだよと伝える。

「病める時も健やかな時も、互いを想い支え合って、死が二人を別つまで……一緒に居ようねって、それで、十分じゃないかなあ」

 あやふやな定番のお祈り文句をあくび交じりに伝えながら目を擦る。
 そろそろ本格的に眠くなってきた。馬車の移動って結構身体に響くんだ。

「そんなことまで言って……もう逃がしてやらないからな」
「逃げないよ、あふ……」

 とろりとろりと這い寄ってくる夢の気配。
 耐え切れなくなった瞼は既に落ちていて、私の意識はゆっくりと沈んでいく。
 途切れかけた意識の向こうでシンクがおやすみと言うから、私もまた口の中だけでおやすみなさいと言葉を転がした。

- もどる -



ALICE+