指切拳万05
二度目のアクゼリュス。
開いてしまったダアト式封咒はかけなおすことが出来ないため、十四番炭鉱にあるぽっかりと空いた口の前に神託の盾兵の人が番兵として立っていた。
グランツ謡将の先導で足を進めたその奥では、見上げる程の巨大な音機関であるパッセージリングが静かに佇んでいる。
これが音機関だということも、この音機関によって大地が宙に浮いているというのも未だに実感が湧かないが、これを動かせなければ世界は大変なことになるらしい。
そう思うとすごく緊張したけれど、イオンやシンクの方を見て深呼吸。最悪私が出来なくても方法はあると自分に言い聞かせ、無理矢理肩から力を抜いた。
「……いきます」
周囲に見守られながら柏手を打つ。ふわりと音素が動く気配がした。
そこからどうすればいいか解らない中、お参りする時みたいに音素意識集合体に祈る。世界のためとか。みんなのためとか。いろいろ考えたけど、結局私が祈る方向性はあの夜と変わらない。
どうかこの世界がこれからも無事でありますように。そして、これからもこの世界でシンクと一緒に居られますようにと。
帰りたいと、今でも思う。でもこの世界で一緒に生きるなら、私はシンクと一緒がいい。
意固地になっている部分があるんだろうなと自分でも思う。でも冷たかったシンクが少しずつ柔らかくなって、ちょっとずつ心の隙間を埋めていく姿をずっと見てきたのだ。
だから、これからも一緒に居たい。そのためにも、これからもこの大地で生きることが出来るよう、どうかお力をお貸しください。
心の中だけで、そう空の上に居る神様達に祈った。
「マユミ!」
ぶわりと音素が収束する。シンクの少し焦ったような声がした。
ゆっくりと目を開ければ身体が淡く光っていて、思わず自分を見下ろせば三つ編みにされた髪がするりとほどける。
風に煽られるかのように髪がたなびき、澄んだ音が響き渡った。
「封咒が……!」
グランツ謡将の言葉に全員が顔を上げる。空中に描かれた図形の中で何やらせわしなく文字が動いていた。ちかちかと光が明滅している。
宙に描かれた図形は相変わらず意味が解らないが、音素が霧散する感覚と共にグランツ謡将が何やら本のような台座の前でせわしなく指を動かし始めた。
全員が固唾を呑んで見守る中、振り返ったグランツ謡将が笑みを浮かべながらしっかりと頷いたことで一気に歓声が響き渡った。
「アルバート式封咒が解けたんですね!」
「マユミ、身体に異変は?」
「特にないよ。でも髪がほどけちゃった」
「また結べばいいだけだろ。君、また光ってたけど本当に何ともないんだね?」
「うん、平気。ぴんぴんしてる」
喜ぶイオンの隣でシンクに大丈夫だよと伝えながら、無事役目を全うできたことに私はホッと息を零した。
肩の力が抜け、大役を終えた気分になってシンクの肩にそっと頭を預ける。
「ちょ、ちょっと」
「ごめん、ちょっとだけ肩貸して。ようやく肩の荷が下りたっていうか……ちょっと疲れちゃった」
「……少しだけだからね」
「うん、ありがと」
「オツカレサマ」
「ん」
全員が興奮交じりに喜び合う中、シンクの体温を感じて息を吐く。
そっと手を伸ばせば、黒手袋のされた掌がぎゅっと握り返された。
それからセフィロトを出れば、後はもうダアトに帰るだけだ。途中ダアトだけでなくキムラスカやマルクトにも報告書を送りながら、馬車に揺られてマルクト経由で今度こそケセドニアを目指す。
途中とんぼ帰りにすることになってしまったが、今度は何も起きることなく何日もかけてケセドニアへとたどり着くことが出来た。ここからは船旅なのでお尻の痛さに悩むこともなくなるだろう。
ただ道中の予定変更があったため、あらかじめ予約していた船が使えなくなってしまったそうだ。そのため船の準備が出来るまで私達はケセドニアで数泊することになった。
ここでも当然のようにシンクと同室にされ、確かに私とシンクはそういう関係として見られていたんだなと遅まきながら理解する。
もしかしたら私が装飾文字の読み手として認識されなければ、シンクの愛人とかそういう目で見られていたのかもしれない。
いや、読み手にならないと部屋から出ることはなかったから、そもそも存在が認知されなかった可能性のが高いけども。
周囲に目を向ける余裕ができてそんなことを考えるようになった中、宿屋に籠っている私と違ってシンクはあちこち動き回っているようだった。
それはそうだ。イオンは良い機会だからと商人代表のアスターのところに行ってこれまでのことを説明をしているらしいし、グランツ謡将はあちこちに連絡を取りながらイオンの警備を担っている。
導師守護役が同伴していない今、警備を担っているのは特務師団の人達だ。導師守護役ならイオンが自分の権限で指示を出せるが、特務師団はグランツ謡将かシンクの指示でないと動かせない。
グランツ謡将は詠師としての仕事もあるため、警備関係の仕事は参謀総長であるシンクにお鉢が回りがちらしい。
シンクの仕事を減らすためと長旅の疲れを癒すため、私は自主的に宿屋に缶詰めになっていた。
警備の人に町に出る時は声をかけてほしいって言われたけど、仕事を増やしてしまうかと思うと早々出ようとは思えない。興味がないと言えば嘘になるが。
そんな風に大人しくしていたのが良かったのか、シンクは夜には部屋へと戻ってきた。
お帰りなさいと出迎えて、一緒にご飯を食べる。今回は宿屋のランクが良いので、お風呂だってついている。
なのでシャワーを進めれば、その前にシンクに小箱を差し出された。
「ん」
「何これ? おみやげ?」
「君が言ったんじゃないか」
「え?」
「君の世界の……習慣なんだろ」
「え」
ふいとそっぽを向きながら言われた言葉に恐る恐る小箱を開ければ、そこには鈍色に光るリングが入っていた。
まさかシンクから指輪を貰えるなんて思っていなかったから完全なる不意打ちを喰らい、カッと頬が熱くなる。
ふっとシンクが笑う声がして、部屋の中でもきちんとつけていた仮面がシンクの手によって外されてしまった。
「顔真っ赤」
「だって……こんな……不意打ちだよ」
「いいね、君のそういう顔」
「待って、見ないで」
「嫌だね」
顔を隠そうとする手を掴まれ、真っ赤になった顔を覗き込んでくるシンクは実に楽しそうだ。
私は心臓がうるさくて震えるくらいなのに、下から私の顔を覗き込んでくるシンクはにやにやと笑っている。
「いいね」
「なにが……」
「君が言ったんだ」
「シンク、ちょっと」
「僕はもう、そういう目でマユミを見てる。だからマユミもちゃんと僕を意識してよね」
「え、あ……」
その言葉の意味を理解した私が思わず顔を上げたところで、シンクは自分の仮面を外した。
素顔のシンクから噛みつくようなキスをされて思わずよろけるが、手首を掴んでいた手が素早く私の腰に回される。
シンクの唇はすぐに離れていったが、私は指輪の入った箱を持ったままその場でへなへなと座り込んでしまった。
「僕、シャワー浴びてくるから」
多分、シンクの方も恥ずかしかったんだと思う。頬を赤くしたシンクがまた仮面をつけて、今度こそ風呂場へと行ってしまった。
取り残された私はどくどくとうるさい心臓にしばらく立つことが出来ず、小箱をぎゅっと握り締めながら床に座ったまま呆然とする。
「待って、ちょっと……キャパオーバー……!」
そっと小箱を膝の上に置いて、両手で顔を覆う。面白いくらい、自分の頬は熱かった。
というかキスをして気付いた。シンク、少し背が伸びてる。ちょっと前まで目線同じだった筈なのに。
男の子なのだ。
これから、どんどん男の子になっていくのだ。
それを物理的に思い知らされたようだった。
「もう! もう!」
恥ずかしさが抜けず一人怒ってみるが、当然返事はない。当たり前だ。暴挙をふるった張本人は、今はシャワーを浴びているのだから。
とはいえいつまでもこうしているわけにはいくまい。シンクのためにお風呂上がりのお水でも用意しておかなければ。
数度の深呼吸の後、気持ちを切り替える。私は小箱を大切に持ちあげて立ち上がろうと床に手をつき。
「いった!」
自分の髪を巻き込んで、その場で転んだ。
こんな風にどきどきして。少しずつシンクの距離を縮めて。これからも一緒に居られると思っていた。
そのためにプロポーズだってした。グランツ謡将とイオンにも話した。指輪だって貰った。障害は除いた筈だった。
あとはダアトに戻ったら、イオンに祝福してもらえばずっと側に居られる。
そう思ってたのに。
「シンク謡士を捕らえろ! 巫女様を保護するんだ!」
「シンク!?」
教団に戻った私達を出迎えたのは物々しい神託の盾兵達だった。
側に居たシンクを強引に引きずり倒し、背後から伸びてきた手によって私は距離をとらされる。
慌てて駆け寄ろうにも何人もの神託の盾兵に妨害され、手を伸ばしても届かない。
いくつもの鎧の向こう側でシンクが腕を掴まれ、床に頭を抑えつけられる姿を見て自分の血の気が引いていく音を聞いた。
「待って! 何で!? シンクが何したの! シンク! シンクを離して!!」
「落ち着いてください、巫女様」
「巫女様、近づいてはなりません」
「そうです。アレは巫女様を監禁していた張本人ではありませんか」
「は? なに言って」
意味が解らない。次々に投げかけられる言葉の意味を理解できない。
拘束されるシンクと違って、やんわりと距離を取らされた私は丁重に扱われる。
「巫女様、あのような暴漢に監禁されるなど、今まで大変おつらかったでしょう。もう大丈夫ですから」
「あ……待って! シンク!」
「巫女様をお連れしろ、混乱されているようだ」
「巫女様もお疲れなのでしょう。すぐに人をやりますので」
「巫女様、新しいお部屋が整っておりますよ」
遠くでイオンとグランツ謡将が抗議している声が聞こえる。
私が伸ばした手は、シンクに届くことはなかった。
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