世界嫌悪01
シンクから強制的に引き離された私は、新しく用意されたという私のための部屋に連れていかれた。寝室とリビングが別れている贅沢な部屋だ。
以前住んでいた軍事関係者の部屋が集まるあたりとは程遠く、殆ど来たことがない区画だった。
私がシンクに監禁なんてされてない。誤解だ。シンクを解放して欲しいと願っても聞き届けられることはなく。
疲れてるんだろうとか。混乱してるんだろうとか。はたまた洗脳されているのかもなんて言われてしまえば、この人達に私の言葉が届かないことは嫌でも解る。
こうなればイオンとグランツ謡将に任せるしかない。そこでようやく、私は一旦抗議するのを諦めた。
表向き落ち着いたところで、部屋に余り親交のない詠師が好々爺の顔でやってくる。
詠師はシンクの暴挙に気付けなかったことを謝り、音素意識集合体達から接触があったことを大げさなほどに持ち上げ、伸びた私の髪を見て奇跡だとのたまった。
……こいつがシンクを嵌めたのか。
沸々と怒りが湧き上がる。
そんな怒りが伝わったのか、詠師はしばらくゆっくりと休んで旅の疲れを癒して欲しいと言い、付き人だという女性を二人置いてさっさと行ってしまった。
怒鳴り散らさないようにしようと何とか気持ちを沈めようとしていたら問い詰める機会を失ったことに舌打ちが漏れそうになる。けれど付き人の人達に怒っても意味がない。
深呼吸をして改めて付き人の人達に世話は不要だと言おうとしたら、二人は嬉々として私に話しかけてきた。
「長旅お疲れさまでした、巫女様」
「お湯に浸かられますか? お食事にされますか? ああ、それとも一旦お休みになられますか?」
「……あの、その巫女様って何ですか?」
「もちろん、あなた様のことです。古き良き言の葉を知る者。装飾文字の読み手。音素意識集合体達と接触があったと聞いた時は耳を疑ったものですが、その御髪が何よりの証拠でしょう?」
「詠師の方々はローレライ教団で巫女様のことを保護すると決定されたそうです。私達も巫女様の世話役に選ばれたことを光栄に思います」
にこにこと笑う彼女たちが奇妙なものに見えた。私はそんな御大層な人間じゃない。
レプリカとして蔑まれたいわけではないが、同時にこんな持ち上げられることにも違和感を覚える。
「あの、自分の世話は自分で出来ます。ですからお世話はいりません」
「どうか遠慮なさらず何なりとお申し付けください。その御髪をご自分でお手入れするのは大変でございましょう?」
「ああ、巫女様のご尊顔についても聞き及んでおります。私達の前では仮面を外して下さっても大丈夫ですよ」
「……は?」
とはいえ彼女たちは何も知らないただの教団員だ。だから穏便に部屋から出て行ってもらおうと思ったのに、私の素顔を知っていると言われてしまえばそうもいかなくなった。
出てしまった声は思っていた以上に低いもので、自分はシンクと元が同じなのだなと嫌でも思い知らされる。
同時に彼女たちも私の機嫌を損ねたことに気付いたらしく、笑顔を消してこちらを伺ってくる。
「私の顔のことについて、誰から聞いたんですか?」
「……詠師様から、通達がありました」
「その、音素意識集合体達によってオールドラントにお越しになられた際に、世界をお救いになるために導師のお姿を模したものだと……」
「……そうですか。解りました。出てってください」
さっきの詠師が勝手に情報を流したのだと解った私は今度こそはっきりと彼女たちを追いだしにかかる。
ただ巻き込まれただけの人だと思って穏便に対応しようとしたが、それもやめる。
「あの」
「巫女様……?」
「私のことを私の許可も得ずに勝手にばらまいた人から派遣された人なんて信用できません。出てってください」
「そんな!」
「巫女様、どうか落ち着いて」
「私に落ち着けっていうならさっさと出ていってって言ってるの!!」
一向に引こうとしない二人にいら立ちが募る。だから感情のままに怒鳴りつければ、二人とも怯えた顔でそさくさと部屋を出ていった。
ため息をついてから改めて深呼吸をする。落ち着けと自分に言い聞かせる。
教団が勝手なことをするな私も勝手に動いてやろうかと思ったが、流石にそれは悪手だと自分でも解る。多分外には警備兼監視役の神託の盾兵も居るだろう。
しまった。あの二人にイオンとグランツ謡将と詠師トリトハイムへの面会できるようにしてもらってから部屋から追い出せば良かった。
その手のやり取りは大抵シンクがしてくれていたので、私だけではどうしていいか解らない。
一旦休んで頭をリセットさせるべきかとも思ったが、苛立ちが治まらずに大人しく寝る気にもなれない。
腰を落ち着ける気にもなれず、ひとまず与えられた部屋をうろついてみる。
寝室には私の数少ない私物が持ち込まれており、シンクの部屋も勝手に荒らされたのだと解って更に苛立ちが増した。
「失礼します。詠師トリトハイムがお越しです」
そんな中、外から声をかけられてバッとドアを振り返る。
どうぞ、と声をかければ苦虫をかみつぶした顔をした詠師トリトハイムが部屋の中に入ってきた。
「お久しぶりです、マユミ殿」
「お久しぶりです、詠師トリトハイム。これは一体どういうことなのか、説明してもらってもいいですか」
「もちろんです。そのために来たのですから」
ようやく話が通じる人が来たと怒りを飲み込んでソファに腰かける。声が冴え冴えとしてしまったことはご容赦願いたい。
詠師トリトハイムは私の怒りももっともだというように頷き、対面に腰かけてから私がダアトを離れていた間のことを教えてくれた。
二か国から睨まれた教団はかなり焦っていた。
信頼を取り戻そうと本来ならば秘匿する筈のパッセージリングについても侵入を許し、情報開示を認めるほどに。
そして秘匿していた筈の人類の滅亡まで二か国に知られてしまったことを知って更に追い詰められた時、追加で届いた知らせが音素意識集合体達からの接触と私の変化。
最早二か国への切り札は私しか居ないと、残された詠師達の一部が暴走を始めたらしい。
「このままでは最悪自治権の取り上げもありうると考えた彼等は、貴方を祀り上げることで何とか教団の面子を保とうと思ったようです」
「それで、シンクが邪魔だと判断したと」
「……おっしゃる通りです。ですが実際、貴方はシンク謡士に保護された後、しばらくの間彼の部屋から一歩も出てこなかった。それはまごうことなき事実です」
「それが私の意思だとは考えなかったんですか」
「彼等にとってそこは重要ではなかったのでしょうな」
ただ邪魔だったから。そこに都合のいい口実が良いから、使っただけ。それだけなのだと解って、また苛立ちがぶり返す。
私が怒っているのが伝わったのか、詠師トリトハイムはあわててあくまでも今回の騒動は詠師達の総意ではなく、一部の教団員の暴走だと念を押してきた。
「ただ……タイミングが悪かった、というのもあるでしょうな。イオン様とグランツ謡将からあなたがシンク謡士と結婚を考えているようだという連絡があったのも彼等の暴走を後押ししました」
「……何故?」
「このような表現は余り使いたくはないのですが、やはり象徴となる女性は処女性が求められるものですから……」
私の意思をことごとく無視した物言いにぐっと拳を握り締める。私は物じゃないと怒鳴りつけてやりたいのを、奥歯を噛んで堪える。
少なくとも詠師トリトハイムはこうして説明のために足を運んでくれている。本心はともかくとして、敵に回すべき人ではないと自分に言い聞かせる。
「お話は解りました」
「マユミ殿、今回の件は私も遺憾に思っています。シンク謡士は間違いなく貴方を守ろうとしていました。それを一方的な理由で捕縛するなど許されることではありません」
「ええ、そうですね。私も大変腹立たしく思っています」
「そうでしょう。今貴方の扱いに対する抗議をするために根回しを行っています。導師イオンもお戻りになられた。シンク謡士のことはこちらで何とかしますから、どうかこちらでお待ちください」
暗に大人しくしていろと言われた私は長く息を吐き、ざわめき続ける胸の内を落ち着けようとする。けれどさっきから同じようなことを何度繰り返しても苛立ちがぶり返す。
このまま嫌味の一つでもぶつけてやりたいところだが、感情のままに動くのは悪手だと何度も自分に言い聞かせ、必要最低限のことだけを伝えることにした。
「解りました。ただ一つだけ宜しいですか」
「なんでしょう」
「私の素顔についてはもう知ってますよね。二か国から信頼してもらえるよう今回の旅路で仮面を外しましたが、余計な混乱を招かないようにとイオン様が二か国の代表に秘匿をお願いしてくれたんです。私自身もイオン様と同じ意見です。ですので、勝手に素顔について情報を漏らされるのは正直不愉快ですし、もっと言うなら不信感を覚えています」
「それは……ごもっともです」
「その上私の保護者でもあったシンク謡士を無実の罪で捕縛されて、はっきり言って今の教団を信用できません。もちろん、詠師トリトハイムやイオン様に関しては個人的に信頼できる方だと知っていますが。ですからこれからも教団に勤めてほしいというのであれば、誠意ある対応を期待しています」
「他の詠師達にも必ず伝えましょう」
できうる限り丁寧な言葉で、冷静に、情報漏洩についてだけ抗議する。
教団はともかくとして詠師トリトハイムと導師イオンは信頼できると付け加えた私のつたない打算は当然バレバレだろうが、詠師トリトハイムとしても都合がいいのではないだろうか。
退室していく詠師トリトハイムを見送りながらため息をつく。
なんとしてもシンクを取り戻さねばならない。
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