世界嫌悪03



「正直なところ、俺も細かいところまでは解らん。神託の盾と教団では指揮系統から違うからな。だがそれでも詠師達が二分していることは伝わってきている」
「二分? 意見が分かれてるってこと?」
「ああ。その……シンクと結婚するそうだな?」
「あ、そこまで話が伝わってるんだ。その予定だったよ」
「それを許さず音素意識集合体達の意思を受け取る巫女として教団の新たな象徴とすべきだという詠師と、そもそも象徴として祀り上げるにしても扱いが余りにも不当だという意見で分かれているらしい」

 アッシュの言葉に私は思わず眉を顰めた。
 そもそもの話、巫女になるなんて私は一言も言っていない。

「これは俺の推測も含むが、強硬派の大詠師モースの後ろ盾を得た詠師達は完全にあんたを操るつもりでいるようだな。逆に穏健派の詠師トリトハイムや導師イオンは、巫女として立ってもらうにしろ、歴代の導師でも表向きは独身でも事実婚状態だった者は居た。だからシンクとの結婚も好きにさせてやるべきだと訴えていると聞いている」
「……私、まず巫女になることに同意してないんだけどなあ」
「そうなのか?」
「帰還後すぐにこの部屋に放り込まれたから」

 思わず口をへの字にする。
 私のことなのに私を置いて話が進んでいることが腹立たしくて仕方がない。そんなに象徴が欲しいならお人形さんでも飾っておけばいいのだ。
 それともレプリカだからお人形さんみたいな扱いされてんのか。

「だが……難しいと思うぞ」
「なにが?」
「その髪を見て俺も驚いたからな……奇跡だという詠師の気持ちも解らんでもないんだ。だからこそ教団が保護し、地位を保証しなければただ利用されて捨てられる可能性もある。そういう意味でも巫女として立つのは避けられないんじゃないか?」
「それは……解るけど。私自身のことなのに私には何も知らされずに勝手に物事が進んでるのが端的に言って腹立つの。正直イオンに止められなければこのままシンクを解放してくれないなら教団から出て行ってやるって言うつもりだったもの」

 私の言葉にアッシュは解りやすくぎょっとした。
 そしてやめておけ、と真剣な口調で言われる。教団を敵に回すのは悪手でしかないとも。

「キムラスカとマルクトに不信を持たれてはいるが、預言を管理する教団の権力は強い。敵に回してもいいことなど一つもないぞ」
「でも私シンクが居ないなら教団に居る理由がないんだよね」
「だからって……預言を詠んで貰えなくなったらどうする気だ」
「別にどうもしないよ? 私預言なんて詠んで貰ったことないし、別になくても構わないかな」

 私の言葉に今度こそアッシュはカップをひっくり返す勢いで驚いていた。
 実際持ち上げかけたカップをソーサーにたたきつけんばかりに戻し、紅茶がテーブルの上に零れている。

「確かに以前そんなことを言っていたが、本当に預言を詠んで貰ったことがないのか!?」
「貧民街で過ごしてた頃は預言よりも明日のご飯のが大事だったし……詠み手として働き始めてからも特には。え? そんなに変?」
「生誕預言くらい詠んでもらったことはあるだろう!?」
「無いよ。元の世界に預言なんてなかったし。それに私レプリカとしてこの身体が作られた日なんて知らないから、こっちの世界での誕生日って解んないんだよね」
「……も、元の世界の誕生日は」
「そもそもカレンダーが違うからわかんない。あっちだと一年は十二ヶ月で、一月は三十日前後だったんだよね」

 口をあんぐりと開けて絶句するアッシュ。
 預言が大事にされていることも生活に根差していることも知っていたが、そこまで驚かれるとは思わなかった。
 シンクは預言が嫌いだったから、一緒に暮らしていて預言に頼ることなんてなかったし。

「そこまで驚く?」
「預言を管理する教団に所属する人間が、一度も預言を詠んで貰ったことがないなんて誰も思わないだろう……!」
「それはそう」
「反応が軽すぎる!」
「だから言ってるんだよ。シンクが居ないなら教団に居る理由なんてないって。その上で勝手にシンクと引き離されて、承諾も無しに象徴として祀り上げられることになってるんだよ? 私が教団に対する心証どうなってると思う?」
「……最悪、だろうな」
「そう。だから教団がキムラスカとマルクトに睨まれようが知ったこっちゃないから、出てっちゃおうかなって思ったの」

 アッシュは信じられないと言わんばかりの空気だった。
 かと思えば口元に手を当てて何か考え始めたので、私はまた紅茶に口を付ける。

「……一応聞くが、シンクと引き離されたからって音素意識集合体達からの願いを無視する、なんてことはないよな?」
「私、音素意識集合体達から何も頼まれてないけど?」
「音素意識集合体達から接触があったんだろう!?」
「髪を勝手に伸ばされただけで別に何か言われたわけじゃないからなあ」
「待て待て待て! それじゃあ世界はどうなる!?」
「知らないよ。封咒は解けたんだし、障気や大地の液状化は専門チームの人達が居るんだし、後は偉い人たちが何とかするんじゃないの?」
「預言に人類の滅亡が詠まれていると解読したのはあんただろう!?」
「じゃあ預言に従わなければいいだけじゃないの?」
「反応が軽すぎる!」
「だから、そっちが勝手に期待しすぎなんだよ。私にできるのは装飾文字を読むことだけなんだってば。あ、いや、なんか柏手叩けば音素が集まるようになったけど、それくらい?」
「嘘だろ……」

 途中ヒートアップしたアッシュがソファから立ち上がり、怒鳴らんばかりに問い詰めてきたが、知らないものは知らない。髪だって本当は切りたいのだ。
 アッシュは余りにも無責任な私の発言にしまいにはソファに腰を下ろし、背もたれに身体を預けてずるずると体勢を崩した。
 その体勢でしばらく放心していたが、改めてソファに座りなおし、カップの中身を全部飲み干してからきっぱりと宣言する。

「お前に巫女は無理だ」
「だから、自分から言い出したことじゃないんだってば」
「この後詠師からアンタの状態を聞きたいと言われている。その時に今の話を伝えて、アンタに巫女の役は無理だと伝えておく」
「是非ともそうしてほしい。シンクにも私は要人になったんだって言われたけど、正直そんなものなりたくないから」
「なんで音素意識集合体達はアンタを呼んだんだ……」
「それは私が一番聞きたい」

 本当に私が一番聞きたい。なんで私みたいな無責任で、自分勝手な一般人を呼んだのか。
 きっともっと俺が世界を救ってやるぜ!みたいな人なら積極的に協力してくれただろうに。

「……本当に音素意識集合体達に何も頼まれていないのか?」
「ないよ。むしろ私が頼んだ? というか、お祈りしてたら音素が降ってきたっていうか」
「お祈り?」
「故郷の作法で、神様に祈るときに手を打ち鳴らしてお祈りするの。イオン様はその作法と祈りが音素意識集合体達に接触するキーなんじゃないかって言ってたな……だから本当に私は祈ってるだけなんだよ。アルバート式封咒を解くときもそう。お祈りしただけ」
「あんたのことだからだいたい想像はつくが……一応聞く。世界を救ってほしいと祈ったわけじゃないんだよな?」
「シンクと一緒に生きたいから世界が存続しますようにとは願ったよ?」
「どこまでもシンクか……」

 頭痛でもするのか、片手を頭に当ててアッシュはため息をついた。何で私が急に連れてこられて苦労しかしてない異世界のことを、真剣に救うと思ってるんだろう。この人。
 新しい紅茶を用意し、アッシュの前に出す。湯気の立つ紅茶を見下ろしながら、アッシュは膝に肘をついて行儀悪く言った。

「少し、シンクに依存しすぎじゃないのか」
「……それは、そうかもしれない」
「かもじゃなくて間違いなくそうだろう。いや……まあ、未成年が助けてくれた相手に依存するのは当たり前かもしれないが」
「共依存みたいな関係になってるかもしれない。でも……お互いの境遇を理解し合える相手なんて、私にはほとんど居ないんだもん」
「それもそうかもしれんが……あんた、シンクを傷つけられたらどうするつもりだ」

 その言葉に私は反射的に眉を顰めた。仮面で解らないだろうが、不機嫌になったのは伝わったのだろう。
 カップを片手にシンクが私に対する人質なのはもう解ってるんだろうと言われてしまえばそれがただの戯言じゃないことくらい解る。

「シンクは謡士の地位にあり、第五師団を預かる身ではあるが……所詮兵士だ。教団の決定には逆らえん。最悪の事態だってあり得ることくらい、想像がつくだろう」
「……困ったな。そうなったら音素意識集合体達にこんな世界滅んでしまえってお祈りしちゃいそう」
「ぶっ! 冗談でもそんなことを言うな! そんなもんもう祈りじゃなく呪いだろうが!!」

 きちゃない。
 紅茶を吹き出したアッシュに布巾を差し出しながら首を傾げる。
 
「祈りも呪いも似たようなものだよね?」
「どこがだ!?」
「一緒でしょ。神様、どうかあの人を不幸にしてください。この世界ごと滅ぼしてください。私がどうなろうと構いません。どうかどうか、あの人を絶望の淵に叩き落してください……呪いって、そういうことでしょう?」

 指を組み合わせて、歌うように口にする。呪いってこういうものだろう。
 けどアッシュからしたら信じられないことだったらしい。アッシュはこの短い時間に何度言葉を失う羽目になるのだろうか。全部私のせいだけども。

「ぜったいに、やめろ」
「……」
「返事をしろ、おい。聞いてんのか」
「ほら、私シンクに依存気味だから……」
「だからって世界を巻き込むんじゃねえ!」
「でもなあ、シンクに会うまでこの世界のこと大嫌いだったしなあ……死にたくはないけど、シンクが居ないなら、まあ……。あ、死んだら元の世界に戻れるのかなあ」
「嘘だろ……」

 思ったことを口にすればアッシュに絶望しました、みたいな顔をされる。
 私の発言はアッシュの危機感を大いに煽ったようで、くれぐれも、くれぐれも大人しくしているように! と言い聞かせた後、アリエッタを抱えて出ていってしまう。

 その調子で是非私とシンクを引き離さないよう、詠師達を説得していただきたい。
 私はシンクと無事に暮らせたらそれでいいのだ。


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