世界嫌悪04



「マユミ殿」
「はい」
「アッシュ響士からお話は聞きました。詠師達が直接マユミ殿からお話を聞きたいと言っています」
「わかりました」

 アッシュたちが来てから数日後、苦虫を嚙み潰したような顔をした詠師トリトハイムのお迎えが来て、私は詠師会に行くことになった。
 詠師トリトハイムの顔、最近会う度にずっとそれだね。主に私のせいだろうけど。

 用意されていた法衣には手を付けず、シンクに買ってもらった服を着て詠師会に臨む。
 詠師トリトハイムにそれとなく法衣を着るよう促されたけど、私は馬鹿らしいので意味が解らないふりをして普段着を選んだ。
 たどり着いた大会議室には既に詠師達だけでなく、大詠師やイオンもそこに居た。席に着いた詠師達の前で、まるで尋問でもするみたいに私の席だけ離されてる。
 詠師トリトハイムに言われて席に着けば、グランツ謡将とイオンから心配そうな視線が寄越された。
 大丈夫。緊張はしてるけど、今は怒りの方が勝ってるから。と、心の中だけでお返事しておく。 
 口火を切ったのは大詠師モースだった。

「マユミとやら、何故自分がここに呼ばれたか理解しているな?」
「いいえ、まったく。さっぱりです」
「生意気な……!」
「モース、マユミはこちらの意向を受けてずっと部屋に待機してくれていたんです。一方的にまくし立てては解るものも解りませんよ。マユミ、突然お呼びたてしてすみません。いくつか確認したいことがあるのですが、宜しいですか?」
「はい、イオン様」

 大詠師……いや、太っちょモースが何やら怒っていたが、イオンがいさめて優しい口調で話しかけてくれる。
 そういう対応なら私もそれなりの対応をすると、素直にイオンの言葉にうなずいた。

「まず確認ですが、マユミ、貴方は音素意識集合体達に世界の救済を頼まれていますか?」
「いいえ、私は音素意識集合体達から何も頼まれていません」
「では、音素意識集合体達からの接触によってどのような変化がありましたか?」
「髪が急激に伸びたことと、柏手……手を二回打ち鳴らすと、音素が集まるようになったことだけです」
「なるほど。事前にあった報告通りですね」

 これはまず前提の確認だろう。旅路の際に話したことを再度詠師達の前で断言する。
 渋い顔をしている詠師が大半だが、事実なのだから仕方がない。私はそんな特別な人間じゃない。
 私の返答に頷いたイオンが次の質問をしようとしたが、その前に責めるような口調で詠師が詰問してきた。

「ですがあなたはアルバート式封咒が解いたのでしょう? それは相応の力を受け取ったからではないのですか?」
「相応の力とやらが何を示しているのか解りません。私は音素意識集合体達に祈っただけです。この世界で生きるしかないのなら、私はシンクと生きたい。だからそのために、世界が存続しますように、と」
「この世界のことを救ってほしいと願ったわけではないと?」
「なんで私がこの世界のこと救わなきゃいけないんですか?」

 詠師達の質問にさも当然のことを聞かれたといわんばかりにそう答えたら、絶句する人や、顔を真っ赤にして怒る人など詠師達の反応が別れた。
 太っちょモースなんかもこっちを指差して怒鳴ってる。お行儀が悪い。他の詠師達も机をたたいて私に怒鳴り散らした。

「貴方はそのために呼ばれたのでしょう!?」
「知りませんよそんなの」
「この世界に生きる人々のことを何だと思っているのですか!?」
「だから知りませんって」
「貴方がフランシスの資料を読んだことで此度の一見は始まったんでしょう!? まさかあれも全て嘘だったのですか!?」
「じゃあ全部無視すればよかったじゃないですか。私は言われた通り読んだだけです」

 わいのわいのと言われるが、私から言わせれば知らんがなの一言だ。
 イオンが音叉の杖で強く床を叩いたことで詠師達は口を噤むが、詠師の何人かはこちらを射殺さんばかりに睨んでいた。

「マユミ、これは個人的な質問になりますが……元は異世界人であれ、今の貴方はオールドラントに生きる一人の人間でしょう?」
「そうですね」
「何故、そんなに……まるで、他人事のような……」

 本当はどうしてそんなに冷たいのかと聞きたかったのかもしれない。問いかけるイオンの声が僅かに震えた。その緑の瞳は悲しげな顔で私を見ている。
 そんな顔させたいわけじゃないんだけどなあと思うのと同時に、仕方ないよねとも思ってしまう自分がいる。
 私にとっては至極当然のことなのだけれど、多分この人達には解らないんだろうなというのは先日のアッシュの件で解っていたから、ちゃんと説明することにした。

「イオン様。私の居た世界はとても豊かで、便利でした」
「はい」
「水道水が飲めるのが当たり前でした。スイッチ一つで部屋が昼間みたいに明るくなって、夜に出歩いても安全なほど治安が良い国で生まれ育ちました。大半の子供が十五歳まで働くことなく勉強することを義務付けられ、ニ十歳を超えても勉強に励む人は多かったです。食べるものに困ることなんてなくて、親に守られているのが当たり前で、遠くに居る人と小さな音機関でやり取りが出来ました。空を飛ぶ乗り物で大陸間を移動することだってできます」
「それは……とても、豊かで平和な世界だったと」
「はい。でも私、気付いたらその豊かな生活を失っていたんですよ。私、何もしてないのに」

 ひゅ、とイオンが息を呑む。
 しんとした空間に、私の声だけが響き渡る。

「気づけば顔が変わっていて、知らない人からドウシサマって意味が解らないこと言われてるんです」
「右も左もわからない世界で、誰も助けてくれませんでした。助けてほしいのはこっちなのに、ドウシサマって言われて伸ばされる手が怖かったのを覚えてます。私、ドウシサマじゃないのに」
「そこから逃げて。逃げて逃げて逃げて、貧民街に辿り着きました。着るものどころか食べるものにも困りました。腐ったものを食べてお腹を壊したこともありました」
「足を伸ばして寝ることも出来ませんでした。綺麗な水なんて夢のまた夢でした。暴力だってふるわれました。女性としての尊厳を失いかけたこともありました」
「身体を清潔に保つこともできませんでした。傷の手当も碌にできませんでした。知ってます? 傷ってほっとくと虫が寄ってくるんですよ」
「それでも死にたくありませんでした。何故自分がこんな目に合わなければいけないのかと泣くこともありました。けどそれが無意味だとすぐに思い知りました」
「ただ死にたくなくて生きてました。でも自分の心がすり減っていくのが解りました。心がどんどん摩耗していきました。生きているのに死んでいました」
「そして最終的に、売られました」
「この世界を嫌いになるには、充分ですよね?」

 詠師達の赤ら顔はいつの間にか真っ青になっていた。
 冴え冴えとした気持ちで彼等を見渡す。気づけば自分の唇は皮肉気に吊り上がっていた。

「こんな世界、なんで助けなきゃいけないんですか?」
「っ、でも! でも、貴方は僕と友達になってくれたじゃないですか!」
「はい、シンクが助けてくれたので。シンクの部屋でゆっくり養生することで、私はようやく私を取り戻しました」
「ぁ……」
「そのシンクもまた失いそうになってますけど。あはは、この世界、私から奪ってばっかりですね。やっぱ助ける必要ないんじゃないかな?」
「違います、マユミ、僕たちはそんなつもりじゃ」
「フランシスさんは、この世界のためなんて考えなくてもいい。大切な誰かのために、頑張ってくれないかって。そう言葉を残してました。でもその大切な誰かを取り上げられるなら、私頑張らなくても良いですよね?」
「お待ちください! マユミ殿!」
「マユミ殿! 音素を抑えて!」

 ふわりと、音素が舞う。
 気付けば私の周りに音素が浮かんでいた。色とりどりの音素がゆらゆらと揺れている。視界の端でいつの間にかほどけた髪が淡く光っている。
 私何もしていないんだけどなあってぼんやりと考えながら、慌てた様子で立ち上がる詠師達を見る。イオンがこちらに駆け寄ろうとして、グランツ謡将に危険だと止められている。
 そのグランツ謡将だけが真剣な眼差しでこちらを見ていて。仮面越しに、目があった。

「グランツ謡将」
「……何か?」
「第七譜石には、この大地が落ちることでこの世界が滅ぶって書かれてるんじゃないかなって思うんです」
「何故、そう思ったのですか?」
「だって、惑星預言って、星の一生が書かれてるんでしょう? 第七譜石で終わりってことは、そこで世界が終わりってことでしょう?」

 グランツ謡将の目が見開かれた。
 考えもしなかったと言わんばかりのその顔にふっと頬が緩む。
 この世界の人達って、実は私以上に馬鹿なのかもしれない。

「なら、この世界が滅んじゃっても……私の祈りのせいじゃないですよね」

 パキパキと音がする。何の音だろうと視界を巡らせようとして、身体が動かないことに気付く。
 氷みたいな、水晶みたいな何かが足元から私の身体を覆っていく。
 伸ばされた手が弾かれる。視界がかすんでいく。音が聞こえなくなっていく。

 私、死んじゃうのかなあ。
 暢気なことを考えながら、私はゆっくりと目を閉じた。

 ……指輪、はめたかったな。

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